今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 2008.06.21(土)公開、映画『西の魔女が死んだ』

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 「人はみんな、幸せになれるようにできているんですよ」

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 おばあちゃんは、普通の人とは違う生き方をしていた。

 「私の母は、ものを見通す力がありました。ある時、父が海上で遭難して海の中を必死で泳いでいた時、『右!』と言う声がしたそうです。それで父は、右に向かって必死に泳いだそうです。すると暫くして砂浜が見つかったのです」。

 その晩、まいは、こんな夢を見た。

 暗い海の中を、まいが必死に泳いでいる。でもどっちに向かって泳げばいいのか分からない。その時、「西へ!」と言う声が聞こえ、まいは西へ泳ぎだす。それは、「西の魔女」が自分の救いであるという啓示のようでもあった。

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 「バラのそばにニンニクを植えておくと、バラに虫もつかないし香りもよくなるの」

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 宵っ張りの朝寝坊だったまいが“魔女修行”を志す。
 魔女修行の基本は、早寝早起き、しっかりご飯を食べ、よく運動し、
 自分の事は自分で決め、決めたことはやりとげることだった。
 すごく当たり前の事だったけど、実は、まいの一番苦手なことばかり。

 「おばあちゃんには、予知能力はないの?」
 「わたしには、そんな力はありません。わたしは日々のほんの少しの変化が楽しみなのです。予め知る必要などありません」

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 「おばあちゃん、大好き!」「 I know. 」
 まいは、自然の恵みの素晴らしさに、次第にこころを開いてゆく。

 まいは、温室の片隅に咲いていた草を、「ヒメワスレナグサ」と名づけました。大きく育ったら大切に植え替えようと心にきめて…。

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 ワイルド・ストロベリーの畑:祖父が亡くなって暫くしたある日、裏山の畑に野苺の花がたくさん咲き誇っていました。そして、その日は、祖母の誕生日だったのです。「じゃあ、それはおじいちゃんから、おばあちゃんへのプレゼントじゃない」、「その通りです。あの人は私の誕生日を一度も忘れたことがありませんでしたよ」。おばあちゃんは、思わず畑にひざまずいて泣いたそうです。

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 「おばあちゃん、人は死んだらどうなるの?」
 「そうですね、おばあちゃんが信じている話をしましょう」

 「死ぬということは、魂が体から離れることです…」

 「じゃあ、魂が離れたら、まいに教えて。約束だよ」
 「あっ、別に急がなくてもいいよ」
 おばあちゃんは、にっこりと微笑みました。

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 中学に入学した「まい」は、友達との関わりから不登校になり、祖母の家に預けられる。幼い頃に、ハーフであることで苦労した母親は、感受性の強い娘を“扱いにくい子”と夫に話す。まいは、その言葉にも傷ついた。そんなまいを、祖母は優しく包み込んでくれた。

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 母は、まいのために暫く仕事を休む。何を最優先させるべきかを考えて…

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 ※ NHK「ハゲタカ」、とても良かった。受信料を喜んで払えるものだった。

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 威圧的な存在感、不気味な雰囲気で、まいを混乱させ、祖母との不仲の元になる。
 「おばあちゃんは、わたしよりゲンジさんの方が大事なんだ!」

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 祖母との別れの時、「おばあちゃん、大好き!」と言えなかったまい。
 いつまでも、寂しそうに見送る祖母…

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 「おばあちゃんは私に冷たい仕打ちをした。でも私のしたことは、その何倍もヒドイことだった。おばあちゃんは、わたしを許してくれるだろうか…」。 祖母、危篤の報せを受け、母と共に祖母の家に向かう車の中で、まいは今さらながらに、二年間の音信不通を後悔するのだった。


 映画『西の魔女が死んだ』公式サイト
 http://nishimajo.com/

 映画「西の魔女が死んだ」 オフィシャルブログ
 http://blogs.yahoo.co.jp/nishimajo_movie/


 ◇ 原作:梨木香歩 「西の魔女が死んだ」

 発表から今日に至るまで十数年もの間、愛され読まれ続けてきました。第44回小学館文学賞、第28回日本児童文学者協会新人賞、第13回新美南吉文学賞受賞と数々の賞に輝く名作です。

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 ◇ 長崎俊一監督「西の魔女が死んだ」

 主演は、アカデミー賞女優シャーリー・マクレーンの愛娘で、日本映画デビューを飾るサチ・パーカーと、半年にも及ぶオーディションで選び抜かれた13歳の期待の新星・高橋真悠。

 少女はおばあちゃんとの生活のなかで、自然と触れ合ううちに、「強さ」「優しさ」「希望」といった「生きる楽しさ」を再発見していく。

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 ◇ サチ・パーカー(1956年生まれ、本名:サチコ、Stephanie Sachiko Parker)

 母は女優のシャーリー・マクレーン、父は映画製作者のスティーブ・パーカー。米国生まれだが、2歳から12歳までを東京で過ごし、学習院初等科に通っていた。流暢できれいな日本語を話す。両親ともに親日家としても知られ、「サチコ」という名前も「 blessed child(祝福された子) 」を意味することから、当時渡米中だった小森和子により命名された。本作では、50代のパーカーさんが老けメークでおばあちゃんになりきり、心の底から孫を優しい愛情で包み込むおばあちゃんを好演しています。

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 “西の魔女”と呼ばれる、ちょっと不思議な祖母を演じたパーカー。役作りについて聞くと「撮影前に原作を読み、おばあちゃんの歩き方や座り方、話し方を研究しました。元教師という設定なので、マナーについてもいろいろ勉強しましたね。でも清里に着いて、おばあちゃんの家を見た瞬間、すーっとキャラクターが入り込んできたんです」。

 劇中で、おばあちゃんはまいに“魔女修行”と称し、料理や掃除、洗濯といった日々の営みを伝授する中で“手作り”の素晴らしさも教えているが、パーカーの生活スタイルも、良い意味で“オールドファッション”だと言う。「電子レンジは持っていないし、料理も最初から手間ひまかけて作るようにしています。今の時代には難しいことかもしれないけれど、その瞬間瞬間を家族と過ごすことがとても大切だと思います」。

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 パーカーは、父親(『青い目の蝶々さん』の製作者スティーブ・パーカー)と奥日光にある加仁湯という秘湯をよく訪れたそうです。「まいのように、私は父から自然の素晴らしさを学んだのです」。 この作品に出会う前は、感情的で心配性だったと語るパーカー。だが、おばあちゃん役を演じて心境に変化が現れたのだとか。「迷った時に、おばあちゃんのセリフを思い出せば、『それはそれ、これはこれ。心配しなくても大丈夫よ』と言われているような気がして、元気になれるんです。そしていつかは私も魔女になれると思っています。今、一生懸命修行してるんですよ(笑)」。

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 「おばあちゃんは覚えていてくれたんだ」。まいは、思わず「おばあちゃん、大好き!」と、つぶやく。すると、台所の方からさわやかな風が吹き渡り、「 I know. 」と吹きすぎてゆきました。台所には、まいが使っていたマグカップが置いてあり、そこには「ヒメワスレナグサ」の花が大切に植えられていました。

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 ※ 山梨県清里で、撮影。

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 手嶌 葵 (てしま・あおい) 『 虹 』

 映画 「西の魔女が死んだ」 テーマ

 丘に咲く野の花 足もとで揺れた
 雨のあと光が 心まで届いた

 空には生きている 叶える虹が微笑む
 胸にはかけがえのないもの 守ることを

 透き通る思い すべて愛を育てて

 空には生きている 叶える虹が微笑む
 胸にはかけがえのないもの 守ることを

 なくさない 私のたからもの かがやく
 この胸に かがやく


 岐阜 TOHOシネマズモレラ岐阜 058-320-5770
 13:00〜15:05、Screen6、観客数約20名ほど。

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 ◇ 交流戦優勝は、ソフトバンク

 これで4年連続のパ・リーグ優勝です。しかも、セ・パ総合成績でも
 4年連続のパ・リーグ勝ち越しです。セ・リーグは井中の蛙と見えにけり(涙)
 36試合から24試合に減らしたんだから、来季は12試合に減らしまひょ。

 <阪神5 - 3日本ハム>(22日、甲子園)18:00開始

 先発:阪神=アッチソン、 日本ハム=グリン
 勝利投手=アッチソン(5勝4敗)、 敗戦投手=グリン(3勝10敗)
 セーブ [阪神] 藤川(2勝1敗25S)


 ※ 先に阪神が勝ったため、巨人とSBとの何れか勝者が交流戦優勝となった。


 <中日7 - 5ロッテ>(22日、ナゴヤドーム)18:00開始

 先発:中日=中田、 ロッテ=清水
 勝利投手=吉見(8勝0敗)、 敗戦投手=清水(5勝6敗)
 セーブ [中日] 岩瀬(2勝2敗22S)


 ※ 中日が5連勝で、交流戦を5割で終えました。新加入の小池が光ります。
 日がたとえ西から昇ることあるも 交流戦にドラの優勝はあるまじ。


 <巨人2 - 3ソフトバンク>(22日、東京ドーム)18:00開始

 先発:巨人=内海、 ソフトバンク=和田
 勝利投手=久米(4勝1敗2S)、 敗戦投手=クルーン(1勝2敗19S)
 セーブ [ソフトバンク] ニコースキー(1勝3敗2S)


 ※ クルーンが、同点の9回表に登板して1失点、優勝を逸する。
 原監督、すっごく悔しそうでした。肝心のところでミスの続出ではね。

 平成20年6月23日(月)国家の品格?:その前に国民の品位を引き上げよう。

 足代わり119番、救急車「予約」、非常識な要請広がる

 救急車を病院までのタクシー代わりに利用しようとする119番が、全国各地で相次いでいることが、主要51都市の消防本部を対象にした調査で明らかになった。急病でないにもかかわらず、「病院での診察の順番を早めたい」という理由で、救急車を呼ぶケースも目立つ。昨年1年間の救急出動件数の5割は軽症者の搬送で、110番に続き119番でも、非常識な要請が広がっている傾向が裏付けられた形だ。

 「119番でかけつけると、入院用の荷物を持った女性が自ら乗り込んできた」ケースや、「119番で『○月○日の○時に来てほしい』と救急車を予約しようとする」事例が多い。症状を偽る人もおり、甲信越地方の60歳代の男性は「具合が悪くて動けない」と救急車を呼びながら、実際は緊急の症状はなく、あらかじめ病院に診察の予約を入れていた。風邪程度なのに、「救急車で行けば、早く診てもらえる」と思って119番する事例も、28消防本部で確認された。

 51消防本部で昨年1年間に救急車が出動した約232万件のうち、安易な要請も含めた軽症者の搬送は約117万件。厳しい財政事情から救急隊の増員が進まず、重症者への対応が遅れるなど支障も出ている。

 ※ 国民が、自らその首を絞めるかの如き行為を平然と行う社会は、もはやその社会性を失っていると言えよう。老いも若きも、男も女も、政治家も官僚も、そしてあらゆるメディアが害毒を垂れ流す現代に、清く正しい人生の選択は、奇跡以外の何者でもないのかも知れません。繁栄の極致は、すなわち破滅であると歴史は教えてくれる。



 6月23日は、「三木露風の誕生日」です。

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 ◇ 三木露風(1889〜1964、本名:操)

 兵庫県龍野町(現・龍野市)で生まれる。父の放蕩が原因で、母は彼が7歳の時に家を出てしまい、その後、祖父の家に引き取られ、お手伝いの姐やに養育された。幼くして離別した母に対する慕情と、ふるさとに対する望郷の思いが、国民的愛唱歌「赤とんぼ」として結晶したとも言われる。

 12歳の頃、すでに自作の文章、詩歌、俳句を投稿していた。「赤蜻蛉とまっているよ竿の先」は龍野高等小学校時代の作で、童謡「赤蜻蛉」の4番目の歌詞にあたります。早稲田に入学し、相馬御風、野口雨情らと早稲田詩社を結成。詩集「廃園」は北原白秋の「邪宗門」と並び称された。第4詩集「白き手の狩人」は、その詩風を完成した代表作で、日本の象徴詩の歴史に大きな足跡を遺す。 西条八十、服部嘉香らと未来社を結成、河井酔茗、白秋らとマンダラ詩社を興すなどした。のちに北海道に渡り、トラピスト修道院講師に着任、信仰生活に入る。

 晩年、三鷹の地でひそかに詩を書き続けていた彼は、昭和39年、自宅付近で交通事故に遭い、75歳で世を去りました。 童謡「赤とんぼ」は、彼がこの地で母を想い、子供の頃の郷愁とはるかな「ふるさと龍野」をうたったものです。1921年(大正10)年に童謡集「真珠島」に発表され1927年(昭和2年)に山田耕筰が曲をつけました。

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 「赤とんぼ」 詩:三木露風  曲:山田耕筰

  歌:小鳩くるみ 絵:望月春江

 ♪夕やけこやけの 赤とんぼ 負われて見たのは いつの日か

 山の畑の 桑の実を 小かごに摘んだは まぼろしか

 十五で姐やは 嫁に行き お里のたよりも 絶えはてた

 夕やけこやけの 赤とんぼ 止まっているよ 竿の先

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 【参照】6月23日、「フェルマーの最終定理」の証明を宣言?
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/9122722.html

 【参照】6月23日、沖縄「慰霊の日」
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/33948221.html

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