今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 ◇ 自戒する中谷 巌の『資本主義はなぜ自壊したのか』──「日本」再生への提言

   集英社 ISBN : 978-4-7976-7184-1 発行年月 : 2008.12

 中谷巌:1942年生まれ。ハーバード大学留学を経て、大阪大学教授、一橋大学教授など。「経済戦略会議」元議長代理・三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長。

 リーマン・ショック、格差社会、無差別殺人、医療の崩壊、食品偽装。すべての元凶は、「市場原理」だった。 構造改革の急先鋒であった著者自身が記す、「懺悔の書」。グローバル資本主義の本質とは何かを明らかにする。


 新自由主義に席巻されたアメリカの経済学を信奉してきた著者が,そういう過去を自己批判する。最近よく批判される小泉政権の政策については、郵政民営化で公共事業に自動的に資金が流れる仕組みに楔をうった点を評価しながらも、地方の特定郵便局まで民営化して採算重視することへの疑問を述べる。

 格差や貧困をを生み出し、環境を破壊する近年のグローバル資本主義を批判するだけでなく、一神教であるキリスト教に支えられた米英の資本主義や、土地の私有制などにもメスが入れられる。 その一方で、グローバル資本主義を拒否したブータンとキューバに、羨望の目が向けられているのが興味深い。さらに自然との共生を重視してきた日本人の思想を見直し、「商人道」から発した日本の商慣習を評価し、日本の自動車産業の成功の理由をそういうところに見ている。

 その一方で、批判した資本主義を「歴史を逆行させることはおそらく出来ないだろう」とあっさりと認めてしまう。資本主義のルーツにまで遡りながら、根本的な見直し議論が欠落する。


 ◇ 『小泉改革の大罪と日本の不幸 格差社会、無差別殺人
── すべての元凶は「市場原理」だ』

昨年末の「週刊現代」に寄稿した中谷巌氏の論文

 中谷巌氏は、小泉純一郎・元首相や竹中平蔵・元経済財政政策担当大臣とは思想的に近く、「米国式市場万能論」の信奉者として「日本の米国化」を強力に推進してきたエコノミストであったが、過去の自分の主張には大きな過ちがあったと「懺悔」をしているようだ。「週刊現代」の記事の冒頭部分には、こうあります。

豊かな中流階級はどこへ消えた

 私、中谷巌はいま、これまでの自分の主張が誤りだったと率直に反省しています。1990年代、細川内閣や小渕内閣で首相の諮問機関のメンバーだった私は、規制緩和や市場開放の旗を熱心に振り続けました。 そして小渕内閣の「経済戦略会議」議長代理として発した提言は、その後、同会議の委員だった竹中平蔵さんによって引き継がれ、彼が小泉内閣で政策立案の中心人物となったときに、小泉構造改革の一環として実現していきました。

 小泉構造改革は日本にアメリカ流のグローバル資本主義を持ち込みました。間接的にですが、その改革に参画した私は、小泉・竹中氏同様、日本社会に構造改革を持ち込んだ張本人なのです。 しかし、いきすぎた構造改革は日本社会の良き伝統を壊す強烈な副作用を生み出しているように思われます。貧困層の増大、異常犯罪の増加、ぬくもりのある社会の消失などです。「これはいけない」と、私は自らの主張が誤りだったと悔恨の念を持っています。

 「すべての改革が不要だった」と言っているわけではありません。ただ、改革は人々が幸せになるための手段です。構造改革で日本人は幸せになれたでしょうか? 多くの人々を不幸に陥れてしまう改革は、改革とは呼べないのです。

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 ※ エコノミストにはもとより、「幸福論」があるとは思わない。国民の福祉には経済の安定が不可欠だが、政治の力により国民の幸福がもたらされるなどとは、誰しも思うまい。ただ、日本の国の仕組みが明治以降、「殖産興業」に凝り固まり、産・官・学の癒着から一歩も出れない状況で百年余が経過している。これこそが日本の不幸であり、有権者の怠慢のしからしむるところ。

 ※ ネオ・コンとは:ブッシュ政権を操った政策集団。「新保守主義派」(ネオ・コンサバティブ)と“保守”を名乗りながらも、“急進的改革”の旗を振った彼等。その世界戦略の破綻は、文字通り世界規模の経済恐慌をもたらした。

 対米追従を抜け出せない日本の外交、米国市場偏重の輸出体質から脱却できない日本経済。親亀コケたら小亀・ニッポンもコケてしまう現状を、どう乗り切るのか。



 三菱UFJリサーチ&コンサルティング・中谷巌のページより
 http://www.murc.jp/nakatani/

 「資本主義はなぜ自壊したのか?」 2009.01.20 理事長 中谷巌

 昨年末に「資本主義はなぜ自壊したのか」という著書を出版させていただいた(集英社インターナショナル)。その意図は、国の方向性は市場参加者の意図が反映される「市場メカニズム」に任せるべきだという「新自由主義」的な考え方で進んできた日本の「改革」路線では、日本社会の良いところが毀損していくのではないか、マーケットだけでは日本人は幸せになれないのではないかという疑問を率直に示すことにあった。

 私が昔、「改革」の積極的な推進者であったことを自戒する内容であったことから、思いのほか、世の中から大きな反響をいただいた。「何をいまさら」という批判、「中谷は守旧派になったのか」という批判など、反響の中身はきわめて多様であった。改めて世の中に「発信」することの責任の重さを感じさせられた次第である。

 メディアにもたくさん取り上げていただいたが、中には、私があたかも「マーケット」や「改革」そのものに反対しているように受け取られる報道がなされてしまったこともあるが、これは本意ではない。なぜなら、私は「改革」そのものを否定しているわけではなく、日本社会の素晴らしさにさらに磨きをかけることができるような、明確な政策意図を持った「改革」が必要だと主張しているに過ぎないからである。

 繰り返しになるが、「なんでも市場に任せるべき」「国がどうなるかは市場に聞いてくれ」という新自由主義的な発想に基づく「改革」は、無責任だし、危ないのではないかということを強調したかったのである。実際、グローバル資本主義は巨大なバブル崩壊を招来し、世界経済に多大の損害を与えたし、平等社会を誇っていた日本もいつの間にかアメリカに次ぐ世界第2位の「貧困大国」になってしまった。そのほかにも、医療難民の発生、異常犯罪の頻発、食品偽装など、日本の「安心・安全」が損なわれ、人の心も荒んできたように見える。これを放っておいてよいのかという問題意識である。

 新自由主義的改革においては、「個人の自由」を「公共の利益」に優先させ、あとは小さな政府の下、「市場にお任せ」すれば経済活性化が可能になるという考え方をとるが、それが上記のようなさまざまな副作用を生んでしまった。したがって、「改革」は必要だが、それはなんでも市場に任せておけばうまくいくといった新自由主義的な発想に基づく「改革」ではなく、日本のよき文化的伝統や社会の温かさ、「安心・安全」社会を維持し、それらにさらに磨きをかけることができるような、日本人が「幸せ」になれる「改革」こそ必要であると考えたわけである。

そのための方向性はこれからもっと勉強しなければならないが、とりあえずは、「貧困大国」の汚名を返上する改革が必要だろう。底辺を底上げし、貧困層が社会から脱落していくのを防ぐこと。このことが重要なのは、「日本の奇跡的成長の原動力であった中間層の活力を回復しないと日本の将来はない」と考えるからである。日本が富裕層と貧困層に2分されてしまえば、社会は荒み、日本の良さが失われるだろう。

 もう一つは、明治以来の中央集権体制を解体し、「廃藩置県」に匹敵するくらいの大きな制度改革を断行することである。中央官庁に集結した優秀な官僚が今度は疲弊した地方を再生させるために地元に戻り、彼らに自分の故郷が文化の香り豊かな元気いっぱいの地域にする術を死にもの狂いで考えてもらう。これくらいの大改革が必要だと思う。
 平成21年2月10日(火)昨日:麻生首相「最終的に民営化賛成」、答弁を修正。

 麻生太郎首相は9日午前の衆院予算委員会で、郵政民営化に関して「民営化した方がいい、最終的にはそう思った」と述べ「賛成ではなかった」とした5日の国会答弁を修正した。答弁の変化について首相は、2003年9月の総務相就任時は「民営化に反対だった」と釈明した上で、「その後、2年間勉強して、やり方によっては十分採算が取れる」と述べた。さらに「国営に戻すとは言っていない」と強調。
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 しかし、首相は5日、「内閣の一員」だったことを賛成理由としており、矛盾は依然として残る。定額給付金の在り方などに続く発言の「ぶれ」に、与野党の議員は最早あきれるばかり…。


 ◇ 豪の山火事、火の壁と炎の雨(2月9日)

 ビルのような火の壁が立ちはだかり雨のように炎が降ってきた。大規模火災が襲ったオーストラリア・ビクトリア州の人口1500人の町キングレークの住民は8日、声を震わせながら「地獄」の体験を語った。AAP通信によると、レストランの女性従業員は7日、火災が襲う直前まで異変に気付かなかった。
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 「家に帰れって誰かが叫んだ後、列車の音のようなごう音が聞こえた」。午後4時すぎなのに、たちまち真夜中のような闇に包まれた。必死で家まで車を走らせ子供を何とか避難させた。生存者の1人は、火の壁は4階建てビルの壁のようだったと語った。 初老の男性は同国のテレビ、スカイニューズに「残ったのはポケットの小銭と自分の車だけ」と放心した表情で話した。

 「みんなが家をなくした。何とか助け合って…」。隣人と抱き合っていた女性が嗚咽を漏らす。瞬く間に命と財産を奪った激しい火災。男性住民の1人は「炎が雨のように降ってきた」と振り返った。
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 ◇ 豪州山火事、20ヶ所で延焼、犠牲者200人超す恐れ(2月10日)

 オーストラリア南東部の大規模な山火事は10日も20ヶ所以上で延焼が続き、ビクトリア州警察は同日午前までに死者が173人に達したと発表。地元報道によると、鎮火した地域での捜索が本格化してから遺体の発見が増え続けており、最終的な犠牲者数は200人を超す恐れがある。


 ◇ 中国国営中央テレビのビルが全焼、爆竹で引火?

 北京市内にある中国の国営中央テレビ(CCTV)の敷地内で9日午後9時(日本時間同10時)頃、火災が発生し、新社屋北側にある建設中の高層ビル一棟が焼け落ちた。新華社電によると、消防士6人が消火作業中に負傷した。市当局が出火原因を調べているが、地元メディアでは、爆発後に火災が発生したと伝えている。
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 9日は1月26日の春節(旧正月)から数えて15日に当たる「元宵節」で、北京市内では各地で爆竹が鳴らされていた。香港系の鳳凰テレビは火災現場の様子を生中継し、爆竹や花火が引火した可能性に言及した。国営新華社通信やCCTVなどは火災が起きたニュースのみを伝え、出火原因には触れていない。
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 新華社通信によると、高層ビルは地上30階建てで高さは159メートル。「マンダリンオリエンタルホテル」が入居を予定している。 CCTVをめぐっては、放送内容に否定的な中国の若手学者、弁護士ら22人が先月12日、「洗脳を拒絶する」などとして、視聴を拒否する宣言をインターネット上で発表している。



 2月10日は、「豊橋鬼まつり」の日です。

 ◇ 「豊橋鬼まつり」(国重要無形民俗文化財)

愛知県豊橋市の安久美神戸神明社(あくみかんべしんめいしゃ)で、
毎年2月10日〜11日に執り行われる天下の奇祭です。


 ◇ 「豊橋鬼まつり」由来(安久美神戸神明社・鬼祭栞より)

 神明社の鬼祭は、日本の国のはじめの神話を田楽にとり入れて、祭の神事としたものと言われている。高天原の大神様のところへ、暴ぶる神が現れて、いたずらをするので、武神がこらしめようとして、両神秘術を尽して戦い、遂に和解して、一同喜んで神楽の舞をしたのである。赤鬼は暴ぶる神を表わし、天狗は武神を表わし、神社創立当時から安久美神戸の農民によって、年々農作物の豊作を祈るために行われたと言い伝えられる。

 まず高天原では、神々が高津神の災、諸々の悪魔を追払うために、黒木の弓で十二本の矢を射る。これは一年十二ヶ月の災を除く神事で今の御的の神事である。 次に、大神様が穀物の種子を田畑に蒔かしめ農耕をすすめられ、また侍女に機を織らしめになった。暴ぶる神が度々御殿へ暴れこんで、貯蔵してある穀物をまきちらし悪戯をするので、大神様が大変お困りになっておられるのを、武神が見かねて、武器を手ごろの木の枝に結び付け、これをたずさえて、男女の神々と御殿に隠れ、待ち受けているところへ、いつものように暴ぶる神が二又の大きな木を振りかざして暴れこんできた。そこで木をたたいて合図をする。この合図が今の呼太鼓である。

 それを聞いて神々が現われて暴ぶる神と武神の戦いとなるのであって、現在これを赤鬼と天狗の「からかい」と称している。前記の武神の持っている武器は、現在薙刀に替わり二又の木は鬼の撞木となっている。

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 暴ぶる神は再三挑戦したが、大神様の御恵み深い御徳を身につけられた武神にはかなわず、この非を悟って、持っていた白粉餅(これは米を今の石臼のような形の石で粉にして水でねり乾かして作った食物)や、穀物の粉で、自分の罪穢を祓い清め、また里人に対して犯した罪悪の償いをせられた。これがタンキリ飴の由来であって、これを食べると厄除けとなり、夏病みをしないといわれている。

 そこで双方の和解ができたので一同喜び、武神が先頭に立ち、続いて足や腰を打たれて傷ついた二神、これを現在司天師と呼んでいる。この二神を始め、六人の侍女(現在の笹良児)を従えて大神の御前に出て、最初武神が武器で祓いを行ない、次いで二神と六人の侍女が持っている楽器や拍板を打って音調べを行なう。後世その音を表現してポンテンザラの田楽という。

 まず男神の司天師が安静になった事を喜んで、傷ついた足を引きながら新薦の上を八足とんで八方何処へ行っても安全で危害を受けることなく平穏であるということを現わす。 次に武神の天狗が立ち上がって、鈴と手麻を持って神々の神歌に合わせて神楽を舞う。次に男神の司天師が足を引きながら一人ずつ面白く舞をする。次に侍女らも鈴と手麻や拍板を振りながら笛と太鼓の神楽に合わせて舞をする。

 そこで暴ぶる神は不用になった二又の木を高く投げる。これを和の木と称し、国中が明るくなったのは大神様の御徳であるから、その御徳を授かりたいと国津神等がこの木を切って引き合い福徳を手に入れようとした。後世これが、その年の天候を占う御玉引の神事となった。

 この暴ぶる神は察するに素盞鳴命で、赤鬼の姿で表わされ、武神は天狗の姿で表わされ、猿田彦命とも言われる。この出来事の成り行きを案じ、傍で終始一人の国津神が見守っており、最後に和の木の引き合いに立ち合ったのが黒鬼である。


 【参照】2月10日、「Deep Blue」がチャンピョンに初勝利(1996年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40198556.html

 【参照】2月10日、実習船「えひめ丸」沈没(海の安全祈念日)(2001年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/28332222.html

 【参照】ソウルの「南大門」炎上(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40253407.html

 【参照】南大門火災、拘束の男が「犯行自供」(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40257633.html

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