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平成22年5月23日(日)昨日:宮崎牛ブランド 消滅の瀬戸際。 宮崎県の口蹄疫問題で、同県西都(さいと)市に避難させていた宮崎牛のブランドを支える最後の種牛6頭のうち、1頭が感染していることがわかった。 農林水産省によると、動物衛生研究所での遺伝子検査で20日と21日の2回、口蹄疫の陽性反応が出た。この1頭については殺処分する。残る5頭については検査結果を見て対応を決めるという。 農林水産副大臣は1頭の感染疑いについて報告を受けたことを認め、「今後の対応については宮崎県知事と協議する」と話した。同県家畜改良事業団では、6頭を含む種牛計55頭を飼育していたが、口蹄疫の発生後、主力級6頭への感染を防ぐため、国の許可を得て、移動制限区域外に移していた。 口蹄疫 エースも殺処分 東国原知事は見直し要請(2010/05/22) 一方、農水省と県は21日、牛や豚の殺処分に向けたワクチン接種について、関係自治体の理解を得られたと発表。農家の同意を得て22日午前にも接種を始める。同県ではすでに感染が発生(疑い例を含む)した農場の約13万頭が殺処分されることが決まっているが、さらに感染が発生していない農場の20万頭以上が殺処分されることになる。 補償案は、殺処分される牛や豚について、個別の家畜の価値に見合った「時価評価」の方式で全額補償することが柱。このほか、家畜の種類と数に応じた生活支援金やワクチン接種後から殺処分までの餌代などを対象農家に支給する。 ワクチンを巡っては、政府が19日、口蹄疫発生場所から半径10キロ圏内の牛や豚を殺処分の対象とし、埋却場所が確保できるまでワクチン接種で感染拡大を防ぐ方針を公表。地元自治体が接種を拒否していた経緯がある。 21日の記者会見で、東国原知事は「農家のみなさん、極めて大きな負担をおかけします。日本の畜産を守るため断腸の思いだが、ぜひともご理解とご協力をお願いしたい」と訴えた。 今日5月23日は、「ペンテコステ」です。(日付不定) ペンテコステ(ラテン語:Pentecostes)(聖霊〔神〕降臨祭) イエスの復活・昇天後、祈っていた使徒たちの上に神からの聖霊が降った という出来事。 およびその出来事を記念するキリスト教の祝祭日。 ◇ 使徒行伝第二章第1節〜第39節 五旬節の日がきて、みなが一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起こってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分かれて現れ、ひとりひとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろ他国の言葉で語りだした。(第1節〜第4節) エルサレムには、天下のあらゆる国々から、信仰深いユダヤ人たちがきて住んでいたが、この物音に大ぜいの人が集まってきて、彼らの生まれ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけに取られた。そして驚き怪しんで言った、「見よ、いま話しているこの人たちは、皆ガリラヤ人ではないか。それなのに、わたしたちがそれぞれ、生れ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったい、どうとたことか。わたしちの中には、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人もおれば、メソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者もいるし、またローマ人で旅にきている者、ユダヤ人と改宗者、クレテ人とアラビヤ人もいるのだが、あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを聞くとは、どうしたことか」。(第5節〜第11節) みなは驚き惑って、互いに言い合った、「これは、いったい、どういうわけなのだろう」。しかし、ほかの人たちはあざ笑って、「あの人たちは新しい酒で酔っているのだ」と言った。そこで、ペテロは十二人の者と共に立ちあがり、声をあげて人々に語りかけた。「ユダヤの人たち、ならびにエルサレムに住むすべてのかたがた、どうか、この事を知っていただきたい。わたしの言うことに耳を傾けていただきたい。今は朝の九時であるから、この人たちは、あなたがたが思っているように。酒に酔っているのではない。(第12節〜第15節) そうではなく、これは預言者ヨエルが預言していたことに外ならないのである。すなわち、『神がこう仰せになる。終わりの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこは娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。その時には、わたしの男女の僕たちにもわたしの霊を注ごう。そして彼らも預言するであろう。また、上では、天に奇跡を見せ、下では、地にしるしを、すなわち、血と火と立ちこめる煙とを、見せるであろう。主が大いなる輝かしい日が来る前に、日はやみに月は血に変わるであろう。そのときに、主の名を呼び求める者は、みな救われるであろう』。(第16節〜第21節) イスラエルの人たちよ、今わたしの語ることを聞きなさい。あなたがたがよく知っているとおり、ナザレ人イエスは、神が彼をとおして、あなたがたの中で行われた数々の力あるわざと奇跡としるしとにより、神につかわされた者であることを、あなたがたに示されたかたであった。このイエスが渡されたのは神の定めた計画と予知とによるのであるが、あなたがたは彼を不法の人人の手で十字架につけて殺した。神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせたのである。イエスが死に支配されているはずはなかったからである。(第22節〜第24節) ダビデはイエスについてこう言っている、『わたしは常に目の前に主を見た。主は、わたしが動かされないため、わたしの右にいて下さるからである。それゆえ、わたしの心は楽しみ、わたしの舌はよろこび歌った。わたしの肉体もまた、望みに生きるであろう。あなたは、わたしの魂を黄泉に捨ておくことをせず、あなたの聖者が朽ち果てるのを、お許しにならないであろう。あなたは、いのちの道をわたしに示し、み前にあって、わたしを喜びで満たして下さるであろう』。(第25節〜第28節) 兄弟たちよ、族長ダビデについては、わたしたちはあなたがたにむかって大胆に言うことができる。彼は死んで葬られ、現にその墓が今日に至るまで、わたしたちの間に残っている。彼は預言者であって、『その子孫のひとりを王位につかせよう』と、神が堅く彼に誓われたことを認めていたので、キリストの復活をあらかじめ知って、『彼は黄泉に捨ておかれることがなく、またその肉体が朽ち果てることもない』と語ったのである。(第29節〜第31節) このイエスを、神はよみがえらせた。そして、わたしたちは皆その証人なのである。それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。このことは、あなたがたが現に見聞きしているとおりである。ダビデが天に上ったのではない。彼自身こう言っている、『主はわが主に仰せになった、あなたの敵をあなたの足台にするまでは、わたしの右に座していなさい』。だから、イスラエルの全家は、この事をしかと知っておくがよい。あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は、主またキリストとしてお立てになったのである」。(第32節〜第36節) 人々はこれを聞いて、強く心を刺され、ペテロやほかの使徒たちに、「兄弟たちよ、わたしたちは、どうしたらようのでしょうか」と言った。すると、ペテロが答えた、「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマをうけなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである」。(第37節〜第39節) ※ 信仰固き者は聖霊に満たされる。だが、彼らも始めよりこのような固き信仰を持ちえた訳ではなかった。イスカリオテのユダは、銀貨三十枚でイエスを裏切った。 イエスのためなら死をも厭わないと断言したペテロは、イエスが捕らえられた時、仲間ではないかと疑われて、とっさにイエスなど知らないと三度否認する。その時、朝を告げる鶏が鳴き、ペテロは「明日の朝、鶏が鳴く前に、あなたは三度私を知らないと言うだろう」と言うイエスの予言を思い出し、自らの背信に激しく泣いた。 トマスは、イエスの復活が信じられなかった。ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」というと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と言い放った。 八日の後、弟子たちは家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と。トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。 イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」。 我らは皆のこらず、裏切りのユダであり、否認するペテロであり、信じることのできないトマスなのである。 にもかかわらず、「見ないのに信じる人」になれる可能性を生まれながらにして戴いている。自己の霊性に気づくとき、世界は景色を変える。 ◇ 今日の誕生花・アマドコロ(ユリ科) 花言葉は、「心の痛みのわかる人」。 薫風やきりんは空に顔並べ 藤井圀彦(くにひこ) 清楚なる白いみどりの花を垂れ アマドコロ咲きひとのやさしき 鳥海昭子 ※ 緑:黒くつややかな色 →緑の黒髪。 「白いみどりの花」? 初夏の陽のやさしく映ゆるアマドコロ 心の痛み癒すがごとく 祝・誕生 |

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