今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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平成22年5月29日(土)昨日:社民、連立離脱へ 地方組織が相次ぎ要望。
 
 社民党執行部は29日、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題をめぐって福島党首が消費者相を罷免されたことを受け、連立政権から離脱する方針を固めた。 30日の全国幹事長会議で地方組織の意向を踏まえて最終判断するが、「離脱すべきだ」との方針を決める地方組織が相次いでおり、連立離脱は必至となった。昨年9月に発足した民主、社民、国民新3党の連立による鳩山政権は大きな転機を迎えた。
 
 党内では、連立政権を離脱しても、夏の参院選での選挙協力や、今国会での労働者派遣法改正案などの審議では民主党と一定の協力関係を維持したいとの意見が強い。このため、民主党とも協議し、正式に連立政権離脱を決める方針。 福島氏は29日、静岡市で記者会見し、「私自身を罷免したということは、社民党そのものを切り捨てたのだと理解している」と述べ、連立政権への残留は困難だとの考えを示した。特に、閣議での署名拒否は27日の常任幹事会の決定に基づくものだったとして「罷免は党決定についてのノーだと理解している」と強調した。
 
 社民党の地方組織では29日、連立離脱を求める決定が相次いだ。沖縄県連は役員会を開き、連立離脱に加え、閣外協力もしないよう求める方針を決定。このほか、北海道、青森、宮城、埼玉、静岡、岡山、愛媛、香川、高知、徳島、福岡、鹿児島各道県連が「離脱すべきだ」などの方針を決めた。
 
 
 
 1973年5月29日、内奏問題で増原防衛庁長官が辞任しました。
 
 ◇ 増原内奏問題
 
 1973年5月26日、増原惠吉防衛庁長官は昭和天皇に「当面の防衛問題」について内奏した時、昭和天皇は、「近隣諸国に比べ自衛力がそんなに大きいとは思えない。国会でなぜ問題になっているのか」と述べたと言う。 増原は、「仰せの通りです。わが国は専守防衛で野党に批判されるようなものではありません」と述べると、昭和天皇は、「防衛問題は難しいだろうが、国の守りは大事なので、旧軍の悪いことは真似せず、よいところは取り入れてしっかりやってほしい」と述べたとされる。
 
 増原は、この内奏を新聞記者に紹介した上で、「防衛関連法案の審議を前に勇気づけられた」と話してしまう。 現役閣僚が、天皇の政治的言葉を紹介したことが、5月28日に新聞に掲載されるや、「天皇の政治利用である」との批判をうけて一気に政治問題化した。この問題が皇室に及ぶことを回避するため、5月29日に増原は防衛庁長官を辞任する。
 
 
 
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 ◇ 亀井氏が天皇陛下との会話漏らす 過去には辞任の閣僚も(2009/12/28)
 
 亀井静香郵政・金融担当相がテレビ番組の中で、天皇陛下に会った際、「権力の象徴であった江戸城にお住まいになられるのは、立場上相応しくないのではないか」と伝えた、と明かした。閣僚が天皇陛下との会話の内容を明らかにするのは極めて異例。過去には昭和天皇との会話をマスコミに漏らして辞任した閣僚もおり、亀井氏の発言は議論を呼びそう。
 
 亀井氏は2009年12月27日、テレビ朝日の報道番組「サンデープロジェクト」に出演。この日の放送は「鳩山政権100日記念」として、亀井氏のほか民主党の菅直人副総理や、社民・福島瑞穂党首、自民・谷垣禎一総裁など、党首級の8人が登場。米軍普天間基地移設や、鳩山総理の偽装献金問題など、現政権が抱えている懸案について議論した。
 
  「陛下は『京都、好きです』とは言っておられた」
 
 その中で、天皇の政治利用について討論した際、亀井氏が「先日、天皇陛下と殿下にお会いしたとき、権力の象徴であった江戸城(現皇居)にお住まいになられるのではなくて、京都かあるいは(亀井氏の地元の)広島とかに(お住まいになれば)と恐れ多くも申し上げた」と明かした。「権力の象徴であるお城にお住まいになられるのは、お立場上、相応しくないんじゃありませんか」と伝えたという。 亀井氏が陛下と会話したのは、12月24日、鳩山首相も参加した宮中昼食会と見られている。番組内では「陛下は黙って聞いておられました」としていたが、その後、報道陣の取材に対して「陛下は『京都、好きです』とは言っておられた」と暴露したもの。
 
  1973年には内奏漏らして防衛庁長官が辞任した例も
 
 政治的な利用を避けるため、閣僚は天皇とのやり取りを明かさないというのが慣例となっており、亀井氏の発言は極めて異例。 1973年には、当時の増原恵吉防衛庁長官が、昭和天皇に防衛問題について内奏後、記者に「昔の軍隊は悪い面もあったが、そこはまねてはいけない。良い面を取り入れてしっかりやって欲しい」などの昭和天皇の言葉を漏らした。これが国会で「天皇を自衛力強化に利用しようとした」として問題になり、辞任している。 平野博文官房長官は12月28日の会見で亀井氏の発言に触れ、「閣僚としての発言ではないと思う。亀井静香代議士の発言だろう」とし、あくまで亀井氏個人としての発言だと強調。「(皇居移転を)政府として考えているわけではない」と説明している。
 
 

 ◇ 新管長・河野太通師の就任を祝う 臨済宗妙心寺派晋山式(2010/5/29)
 
 4月1日に臨済宗妙心寺派の新管長に就いた河野太通師(80)の晋山式が5月29日、京都市右京区の大本山・妙心寺で営まれた。臨済宗をはじめ他宗派の高僧や壇信徒たち約1200人が就任を祝った。 穏やかな晴天の下、晋山行列は午前8時から始まった。普段は閉じている勅使門から境内に進んで練り歩き、仏殿や開山堂などで読経した。 続いて太鼓が鳴り響くなか、緋色の衣をまとった河野管長が参列者で埋め尽くされた法堂に入り、須弥壇に上って力強く法語を唱えた。
 

 ◇ 河野太通師 全日本仏教会の次期会長に決定(2010/1/07)
 
 国内にとどまらず、米国やスイスなどに約3400ヶ寺を持つ臨済宗妙心寺派(本山・妙心寺、京都市右京区)。4月から管長に4年間就くとともに、全日本仏教会会長を2年間務める。重責だが、「会長職は、宗派の持ち回りで決まっていたので巡り合わせ。健康に留意しないと」と気を引き締める。 神戸市兵庫区の祥福寺で専門道場の長である師家を務めた後、2006年10月から、姫路市網干区の龍門寺大衆禅道場の師家。龍門寺を開山した盤珪国師にならい、老朽化した寺の修復に熱意を燃やす。月に10日間は龍門寺に帰ることを管長就任の条件に申し出たという。
 
 大分県生まれ。太平洋戦争の終戦時は15歳。大分県の軍需工場で米軍機の空襲を受け、同級生1人を失い、全身大やけどを負った同級生の看護に付き添って終戦を迎えた。軍国主義から民主主義へ急転換した時代、18歳で坐禅の道を選んだ。「どんな社会になっても変わらない、人間の真の在り方を求めた」と振り返る。「戦争は諸悪の根源。命を尊ぶことは仏の教え。憲法9条を守ろう」と訴え続ける。
 
 阪神・淡路大震災で祥福寺は大きな被害を受けたが、修理もそこそこに若い修行僧を救助活動に向かわせた。犠牲者を追悼するため、自らは、被災地の土を練って地蔵菩薩像を焼き続けた。 「仏教が今後も世界に生かされ続けるためには、すべてのものが神聖で、仏性があるという受け止め方が大切だ」と説く。元・花園大学長。姫路市在住。80歳。
 
 
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   ◇ 今日の誕生花・セッコク(ラン科)
 
   花言葉は、「あなたは私を元気づける」。
 
   石斛の花海境の照りわたり   黒田杏子
 
 さわやかに白いセッコク咲きました 元気になれとたまいたる花  鳥海昭子

 【参照】5月29日、白櫻忌(1942年、与謝野晶子の命日)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/33057154.html
 【参照】5月29日、アッツ島玉砕(1943年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/42655262.html
 【参照】5月29日、大桃美代子の誕生日(1965年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48390964.html
 【参照】パ・リーグ強し、交流戦(2007年5月29日)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/33081270.html

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