今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成22年6月23日(水)昨日:広島市マツダ本社工場乱入、構内を5キロ暴走。

 朝の工場が騒然とした。広島市のマツダ本社工場内で22日、暴走車が歩いている人たちを次々に襲い、1人が死亡し、10人が負傷した。広島県警に逮捕されたのは、4月まで、この工場で働いていた引寺(ひきじ)利明容疑者(42)だった。惨事を起こした動機は何だったのか。

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 引寺容疑者は工場の東正門で車を一時停止しないまま、警備員の制止をふり切って工場敷地内に侵入。 県警や同社によると、引寺容疑者が乗っていた車は、同社製の青いファミリア。東正門近くで2人をはねた後、工場内を約5キロにわたってかなりのスピードで走り回り、北門から外に出る途中、6ヶ所で人をはねた。車内には刃渡り約18センチの包丁も積んでいた。 同社によると、事件が起きた時間帯は、工場で夜勤をした社員が帰宅し、日勤の社員が出勤してくるという人通りが多い時間帯だった。

 工場を出た引寺容疑者は、直線で約5キロ離れた広島県府中町瀬戸ハイム4丁目に向かった。「わしがやった」などと自ら110番通報し、駆けつけた捜査員に逮捕された。

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 ※ 2008年6月8日に発生した「秋葉原無差別殺傷事件」を想起させる。この時は、7人が死亡、10人が負傷した。 自暴自棄の、自殺としての他殺事件が目立つ。私たちは、どんな世界を生きているのだろうか。私たちは、闇の先の、かすかな光を見出す力を失ってしまったのだろうか。目の前の闇を自ら増殖させて、それを飼いならし、やがて、自己中毒的な事件へと噴出する。 かつて、「21世紀はこころの時代」という空疎なスローガンがあった。 今、われわれは、光のない時代を生きているのか? 人間は、自分自身と、光を直視できない存在として、死ぬ他ないのだろうか?

 目の御不自由な人びとも観光旅行をします。現地に立って、景色を感じるのです。全身で気配を体感するのです。彼らは失った視力を嘆くよりも、残された感覚を総動員して視力以上の感性を獲得しているのです。



 6月23日は、国木田独歩忌です。

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 ◇ 国木田独歩(1871年〜1908年)

 千葉県銚子生まれ、広島県広島市、山口県育ち。 「武蔵野」「牛肉と馬鈴薯」などの浪漫的な作品の後、「運命論者」「竹の木戸」などで自然主義の先駆とされる。編集者としての手腕も評価されている。夏目漱石は、その短編『巡査』を絶賛したほか、芥川龍之介も独歩作品を高く評価していた。

 1891年8月、山口県田布施町麻里府村に仮住し、石崎家に家庭教師として出入りする。そのうち、石崎トミと恋仲となる。翌年トミに求婚するが、トミの両親に反対されて、失意のうちに弟とともに上京。その後「酒中日記」や「帰去来」など田布施を舞台にした作品を多数発表する。

 1893年2月3日、日記『欺かざるの記』を書き始める。 同年10月、大分県佐伯の鶴谷学館に、英語と数学の教師として赴任し熱心に教育を行うが、クリスチャンである独歩を嫌う生徒や教師が多く、翌年6月末に退職。

 1894年、『青年文学』に参加する。民友社に入り徳富蘇峰の『国民新聞』の記者となる。この年起きた日清戦争に海軍従軍記者として参加し、弟・収二に宛てた体裁の「愛弟通信」をルポルタージュとして発表し、「国民新聞記者・国木田哲夫」として有名になる。

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 ◇ 余りに理想主義的で、余りに独善的な独歩

 従軍から帰国後、日清戦争従軍記者・招待晩餐会で、日本キリスト教婦人矯風会の幹事・佐々城豊寿の娘・信子と知りあう。席上、信子は「雪の進軍」という軍歌を歌い花を添えた。独歩は熱烈な恋に落ちるが、信子の両親からは猛烈な反対を受ける。信子は、母・豊寿から監禁されたり他の男との結婚を強要されたという。独歩は、信子との生活を夢見て単身で北海道に渡り、僻地の田園地帯に土地の購入計画をする。「空知川」は、この間の事情を綴った短編です。

 1895年11月11日、独歩は信子と結婚する。執拗な独歩の熱情と、徳富蘇峰らの仲介によるものだった。神奈川県逗子で二人の生活が始まった。しかし、日本橋の病院長の娘として育った17歳の信子には、あまりの貧困生活が耐えきれず、信子は両親の下に帰ってしまう。失踪した信子を探すべく、独歩は駈けずりまわった。自分が信子に愛想を尽かされるなど、想像すらできない独歩だった。

 翌年4月、信子と協議離婚、独歩は強い衝撃を受ける。この間の顛末は、有島武郎の『或る女』に描かれた。 信子側からの視点としては、信子の親戚の相馬黒光が、手記「国木田独歩と信子」を書いており、独歩が理想主義的である半面、かなり独善的で男尊女卑的な人物であったと記されている。傷心の独歩は、内村鑑三にアメリカ留学の助言を受けるが、実現しなかった。当時の日記に、「愛破れ、希望滅し、猛気消え、自信死し、死灰よりも冷然たり。自殺の念の動くも無理ならず」と記す。

 1898年、下宿先の娘・榎本治(はる)と結婚。治は、のちに国木田治子の名前で小説を発表し、独歩社の解体までを描いた「破産」を『萬朝報』に寄稿、『青鞜』の創刊にも参加する。

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 1908年2月、肺結核で茅ヶ崎南湖院に入院、「病榻雑話」を『新声』に発表。また二葉亭の露訳で「牛肉と馬鈴薯」が露文雑誌に連載された。4月、二葉亭、花袋、藤村、秋声ら友人が相図って「二十八人集」(花袋、風葉編、新潮社刊)を編んで贈り、その印税を療養費に当てた。

 5月2日、真山青果が花袋に同道して初めて訪れ、以後、死に至るまで病床に侍した。5月11日から、青果の「独歩氏の近状を報ずる書」が死の当日まで読売新聞に連載された。5月18日、「病体録」出版の計画成り、青果の助手として新潮社の中村武羅夫を招く。19日、植村正久に生死の煩悶を訴えたが、救いは得られなかった。6月2日、第1回喀血。以後ときどき喀血あり。6月15日、川上眉山自殺の報に衝撃を受ける。臨終の五六日前、『死も亦悪しからず。疾病は彼岸へ到達する階段のみ。順序の … 』と家族に語り、6月23日、午後8時40分死去。38歳であった。

 24日、茅ヶ崎六本松火葬場で茶毘に附す。6月29日、東京青山斎場において葬儀。坪内逍遥、島村抱月、島崎藤村、志賀重昂、巌谷小波ら文壇の名士多数列席。田村三治、徳富蘇峰、田山花袋、島村抱月、中澤臨川、満谷国四郎、高田早苗ら弔辞朗読。青山墓地に埋葬。戒名は天真院独歩日哲居士。

 作品は清純で、小説の大部分は『源叔父』以後、わずか十年ほどの間に書かれた。作家としての独歩の名声は微々たるものであったが、晩年には大いにあがり、死後は「文豪」と称する例さえ出た。独歩に対する評価は、死後から現在に到るまで安定している。認められてわずかに三年にして逝去。

 ※ 人間を理解できなかった独歩。理念が実地に根ざすことのなかった独歩。巷間言うところの唯我独尊に終始した独歩。独善に身を滅ぼした独歩。そして、愛すべき独歩。



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 ◇ iPad 80日間で販売300万台突破

 米アップルは22日、情報端末ipadの累計販売台数が、4月3日から6月21日までの80日間で300万台に達したと発表した。 米国で先行発売されたiPadは、タッチパネルによる簡単な操作で、電子書籍や動画、ゲームを高画質で楽しめる。4月末に100万台、5月末に200万台を突破していた。 5月28日からは日本を含む各国で順次発売され、順調に販売台数を伸ばしている。スティーブ・ジョブズCEOは「iPadは、人々の生活の一部となるぐらいに愛好されている」との声明を発表した。

 ※ かつて、アップル・ニュートンというPDA(Personal Digital Assistant:携帯情報端末)があった(1993年〜1998年)。理念が素晴らしくて、当時としては斬新なデザインだった。展示会でニュートンを使いこなす人が、何だかとても恰好よく見えたものだった。でも、ニュートンはコケた。価格が高すぎたし、携帯にしては大きすぎた。文字認識精度も甘かった。ジョン・スカリーの躓きの石となり、やがて、NEXTSTEPを手土産にスティーブ・ジョブズはアップルに復帰する。

 ジョン・スカリーのスティーブ・ジョブズ評:スティーブはまさに刺激的な存在だ。放漫で、暴虐で、激しく、無い物ねだりの完全主義者だ。彼はまた、未成熟で、かよわく、感じやすく、傷つきやすくもある。そして精力的で、構想力があり、カリスマ的で、さらにおおむねは強情で、譲らず、まったく我慢のならない男だ。



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   ◇ 今日の誕生花・ヒメサユリ〔オトメユリ〕(ユリ科)

   花言葉は、「飾らぬ美」。

   指さしてわがものとする崖の百合   橋本美代子

 楚々として咲くヒメサユリ 看護婦のあの娘に似ると思いにとどむ  鳥海昭子


 【参照】7月15日、国木田独歩の誕生日(1871年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/34677000.html


 【参照】6月23日、三木露風の誕生日(1889年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/43156784.html

 【参照】6月23日、妹尾河童の誕生日(1930年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48716604.html

 【参照】6月23日、沖縄「慰霊の日」(1945年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/33948221.html

 【参照】6月23日、「フェルマーの最終定理」の証明を宣言? (1993年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/9122722.html

 【参照】2008年 『西の魔女が死んだ』
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/43161583.html

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