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平成22年6月8日(火)本日:菅直人内閣が発足します。
菅新首相は8日、皇居での首相任命式を経て第94代、61人目の首相に正式に就任し、直ちに組閣を行って国民新党との連立政権を発足させる。菅氏は7日の民主党両院議員総会で、枝野幸男行政刷新相を幹事長、玄葉光一郎衆院財務金融委員長を政策調査会長に充てるなどの役員人事を提案し、承認された。民主党政権が「脱小沢」を鮮明にし、再スタートを切ることになる。 鳩山首相は総会に出席したが、小沢氏は欠席した。 菅氏は挨拶で、「鳩山首相の辞任の思いを受けて再スタートする。民主党らしい民主党とは、全員が闊達に動き、力を発揮できる党だ」と述べた。
◇ 「菅効果」V字回復、熱気の両院議員総会
7日夕、国会近くの憲政記念館で開かれた民主党両院議員総会は熱気に包まれていた。 「私たちの再スタートだ」、大きな拍手の中、壇上に立った菅新首相は、力を込めて反転攻勢を誓った。出席者からは新執行部を批判するような発言も出ず、最後に「頑張ろう」を三唱すると、会場のあちこちから「よし」という力強い声が飛んだ。 今回の参院比例選で改選を迎える藤末健三参院議員は総会後、「逆風が順風になった」と喜色満面で記者団に語った。若手衆院議員の一人も「ここまでV字回復をするとは思わなかった」と手放しで喜んでみせた。鳩山内閣の支持率が2割を切っていた状況からすれば、「菅効果」は明らかだった。
退陣した鳩山首相は総会で周囲の議員と握手を交わしたが、表情は終始硬く、記者団の問いかけにも沈黙を続けた。8日の新内閣発足までは職務を執行することになっているが、この日は首相官邸に足を踏み入れず、東京・田園調布の私邸から公邸に出て引っ越しの準備をし、夜には私邸に戻った。
本日6月8日、菅直人内閣が発足します。
菅氏は7日、都内のホテルや党本部などで、官房長官に内定した仙谷由人国家戦略相らと人事の最終調整にあたった。農相ポストの調整が最後に残ったが、口蹄疫対策を切れ目なく実施するため、宮崎県入りして対策に当たってきた山田氏を昇格させることにした。 社民党の福島党首が務めていた消費者・少子化相の調整も難航したが、国家戦略相に内定した荒井聰首相補佐官が消費者相を、玄葉氏が少子化相を兼務することで決着。玄葉氏は男女共同参画も担当する。初入閣は5人となる。
◇ 内定の全閣僚 ( 敬称略、〈 〉は当選回数、[再]は再任 )
首相 菅 直人 63(民主・衆〈10〉東京18区)
総務 [再]原口 一博 50(民主・衆〈5〉佐賀1区)
法務 [再]千葉 景子 62(民主・参〈4〉神奈川)
外務 [再]岡田 克也 56(民主・衆〈7〉三重3区)
財務 野田 佳彦 53(民主・衆〈5〉千葉4区)
文部科学 [再]川端 達夫 65(民主・衆〈8〉滋賀1区)
厚生労働 [再]長妻 昭 49(民主・衆〈4〉東京7区)
農林水産 山田 正彦 68(民主・衆〈5〉長崎3区)
経済産業 [再]直嶋 正行 64(民主・参〈3〉比例)
国土交通 [再]前原 誠司 48(民主・衆〈6〉京都2区)
環境 [再]小沢 鋭仁 56(民主・衆〈6〉山梨1区)
防衛 [再]北沢 俊美 72(民主・参〈3〉長野)
官房 仙谷 由人 64(民主・衆〈6〉徳島1区)
国家公安・拉致問題[再]中井 洽 67(民主・衆〈11〉三重1区)
金融・郵政改革 [再]亀井 静香 73(国民・衆〈11〉広島6区)
国家戦略・消費者 荒井 聰 64(民主・衆〈5〉北海道3区)
行政刷新 蓮 舫 42(民主・参〈1〉東京)
公務員制度改革・少子化 玄葉光一郎 46(民主・衆〈6〉福島3区)
◇ 菅新政権、自称「奇兵隊」内閣 参院選勝敗ラインは50議席
菅新首相は8日夕、首相官邸で記者会見し、「政治の役割は、『最小不幸』の社会を作ること。貧困や戦争をなくすために政治は力を尽くすべきと考える」と抱負を述べた。 参院選の勝敗ラインについて、「岡田代表時の議席(2004年改選時の50議席)がベースとなる。これをどこまで超えられるかだ」と述べた。
新内閣のキャッチフレーズについて、菅新首相は(高杉晋作にあやかって)「奇兵隊内閣」と表現した。今国会の会期延長について、「新しい幹事長らや他党と議論して方向性を定める」と述べるにとどまった。 また、財政、社会保障の建て直しを軸とする成長戦略について触れ、経済、財政と社会保障を一体にして建て直しをしていく考えを述べた。
※ 鳩山由紀夫の “最初で最後の決断” 小沢下ろし。
※ 市川房枝を原点に、市民運動から総理になった男。
※ 小沢前幹事長が、蛇蝎のごとく嫌う枝野を後釜に据える脱・小沢内閣。
※ “菅色”で小沢氏は閑職? 目指すは9月政変?
※ 時限爆弾 “イラ菅” は、いつまで抑えられるのか?
◇ 黒澤明記念館設立計画白紙に 伊万里市に1億円余返還(2010年6月8日)
映画監督・黒澤明の記念館を佐賀県伊万里市に建設するための寄付金の大半を黒澤明文化振興財団(黒澤久雄理事長)が使い果たしていた問題で、財団の母体である黒澤プロダクションと市が1998年に結んだ記念館設立の契約書をなかったことにし、市が記念館設立の権利を購入するために支払った1億500万円を黒澤プロが返還する方向で、双方の弁護士が合意していたことが7日、わかった。
関係者によると、東京で4日に双方の弁護士が会った。市側は、黒澤プロ側が4月末に示した「記念館設立までの暫定施設の黒澤明記念館サテライトスタジオをリニューアルして記念館とする」という提案を拒否し、権利金の返還を求める市の立場を説明。これに対し、黒澤プロ側は「契約関係を解消し、1億500万円を返すことで問題を解決する」との新たな提案をしてきたという。
早ければ今月中にも黒澤プロ側から、記念館設立の契約を解消するための新たな契約書案が示され、それをもとに権利金返還に向けた具体的な協議に入るという。 契約が解消されれば、市が黒澤財団に無償貸与している記念館建設の権利も消滅するため、財団がサテライトスタジオの運営を続けるのも難しくなるという。
1998年に結んだ契約書では、黒澤プロの責任で記念館の設立ができなかった場合、権利金を市に返還しなければならないと規定。当初、黒澤プロ側はこの規定による権利金の返還案も示していたが、その場合、黒澤プロ側に非があったことを認めることになるため、新たな契約書による解決の道を選んだとみられる。
◇ 伊万里市の黒澤記念館問題 「サテライト、閉鎖もやむなし」
記念館が建設されない場合のサテライトスタジオ運営については、「閉鎖もやむを得ない」とする伊万里市側。 市が負担した建設予定地の買収・造成費約8400万円については今は協議せず、権利金返還に絞って話を進めていると述べた。
また、寄付金を使い果たした黒澤明文化振興財団に対し、寄付した市内7事業所の半数以上が返還を求める意向を示していることも黒澤プロ側に伝えたという。100人前後とされる個人の寄付者については、説明会などで協議の推移を報告するとしている。
◇ 黒澤久雄( 昭和20年12月20日生まれ ) & 一茂
成城大学在学中、フォークバンド「ブロード・サイド・フォー」を結成、「若者たち」が大ヒット。(当初は『空にまた陽が昇るとき』というタイトルだった。)黒澤の留学により解散する。黒澤明監督作品、「乱」からプロデューサーとして参加。「夢」「八月の狂詩曲」「まあだだよ」を
3作連続プロデュースした。 黒澤明の遺稿を愛弟子の小泉尭史監督と旧黒澤組で映画化した「雨あがる」もプロデュース。1999年9月6日の黒澤明の一周忌に、ベネチア国際映画祭にて、追悼上映し好評を博す。
1998年、佐賀県伊万里市に設立された黒澤明文化振興財団の理事長に就任。2001年の開設をめざした黒澤明記念館の建設に着手するが … 。 黒澤プロダクション、黒澤フィルムスタジオ等の代表取締役社長として経営にあたる一方、様々な文化活動を展開する。 現在、黒澤明の残したその他の遺稿映画化に向けて、企画進行中。
「若者たち」 ブロード・サイド・フォー
君の行く道は果てしなく遠い だのになぜ歯をくいしばり
君は行くのか そんなにしてまで
君のあの人は今はもういない だのになぜ何をさがして
君は行くのか あてもないのに
君の行く道は希望へと続く 空にまた日が昇るとき
若者はまた 歩き始める
空にまた日が昇るとき 若者はまた歩き始める
※ 若者には、将来がやたら長くある、面倒なものだ。
中高年には、過去がやたら煩くつきまとう、鬱陶しいものだ。
◇ 今日の誕生花・ノイバラ(バラ科)
花言葉は、「素朴なかわいらしさ」。
愁ひつゝ岡にのぼれば花いばら 蕪村
身を守るあおい棘もち 野茨の素朴に白き花かたまりぬ 鳥海昭子
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