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◇ 露の世は 露の世ながら さりながら … 増上寺の梵鐘 〔昏鐘之偈〕此の鐘声を聞いて、煩悩を軽んじ、智慧長じ、菩提を生じ、 地獄を離れ、火坑を出づ。願わくば佛となって、衆生を度せむことを。 ◇ 鴨長明 『 方丈記 』 冒頭 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れてことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。 あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。およそ物の心を知れりしよりこのかた、四十あまりの春秋をおくれる間に、世のふしぎを見ることやゝたびたびになりぬ。 ◇ 辺見 庸 『 死者にことばをあてがえ 』(4月18日脱稿) わたしの死者ひとりびとりの肺に ことなるそれだけの歌をあてがえ 死者の唇ひとつひとつに他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ 類化しない統べない かれやかのじょだけのことばを 百年かけて海とその影から掬え 砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ 水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな 石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ 夜ふけの浜辺にあおむいてわたしの死者よ どうかひとりでうたえ 浜菊はまだ咲くな 畦唐菜(あぜとうな)はまだ悼むな わたしの死者ひとりびとりの肺に ことなるそれだけのふさわしいことばがあてがわれるまで (NHKこころの時代『瓦礫の中から言葉を』より) ◇ 鴨長明 『 方丈記 』 末尾 それ三界は、たゞ心一つなり。心もし安からずば、牛馬七珍もよしなく、宮殿樓閣も望なし。今さびしきすまひ、ひとまの庵、みづからこれを愛す。おのづから都に出でゝは、乞食となれることをはづといへども、かへりてこゝに居る時は、他の俗塵に着することをあはれぶ。もし人このいへることをうたがはゞ、魚と鳥との分野を見よ。魚は水に飽かず、魚にあらざればその心をいかでか知らむ。鳥は林をねがふ、鳥にあらざればその心をしらず。閑居の氣味もまたかくの如し。住まずしてたれかさとらむ。 そもそも一期の月影かたぶきて餘算山のはに近し。忽に三途のやみにむかはむ時、何のわざをかかこたむとする。佛の人を教へ給ふおもむきは、ことにふれて執心なかれとなり。今草の庵を愛するもとがとす、閑寂に着するもさはりなるべし。いかゞ用なきたのしみをのべて、むなしくあたら時を過さむ。しづかなる曉、このことわりを思ひつゞけて、みづから心に問ひていはく、世をのがれて山林にまじはるは、心ををさめて道を行はむがためなり。然るを汝が姿はひじりに似て、心はにごりにしめり。すみかは則ち淨名居士のあとをけがせりといへども、たもつ所はわづかに周梨槃特が行にだも及ばず。もしこれ貧賤の報のみづからなやますか、はた亦妄心のいたりてくるはせるか、その時こゝろ更に答ふることなし。たゝかたはらに舌根をやとひて不請の念佛、兩三返を申してやみぬ。時に建暦の二とせ、彌生の晦日比、桑門蓮胤、外山の庵にしてこれをしるす。 月かげは入る山の端もつらかりき たえぬひかりをみるよしもがな (浄春童子、 早春世を去りし) 春の夢気の違はぬがうらめしい 来山 春の夢父母の影追ふ畑の中 小川花久 これは夢夢と知りつつ春の夢 二瓶洋子 臍の緒の先思ひ出す春の夢 水口佳子 春の夢亡き猫屋根の上にゐて 勝田みつ子 亡き人を追うて汗しぬ春の夢 金田きみ子 亡き人の幾人も居し春の夢 田中藤穂 春の夢さめ鳥籠に鳥をらず 今村恵子 石積むに疲れて覚めて春の夢 岡本眸 寝返りを打てばはらりと春の夢 村田菊子 逢ふひとの誰も声なき春の夢 奥澤和子 春の夢とどこほりなく見て忘る 高橋道子 憂き世とも厭ふてみるも春の夢 雲霧軒散逸消魂居士 土筆出よ蒲公英咲けよ被災の地 埼玉 大槻美男
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