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平成24年11月24日(土)昨日:民主離党して他党で出馬、活動費全額の返還要求。 民主党の安住淳幹事長代行は23日、来月4日公示の衆院選に同党を離党して他党から立候補する前衆院議員に対し、9月下旬の現執行部発足以降に党から受け取った活動費全額の返還を求める考えを明らかにした。 週明けに文書で要求するという。10月下旬以降に離党を表明し、11月21日付で除籍とされた前衆院議員13人が主な対象とみられる。 安住氏は大分市で記者団に、「別の政党に行って、民主党の党員やサポーターから受け取ったお金を使って選挙運動することはあってはならない」としたうえで、「改革とか言っているが、それ以前の問題で人間性が問われる」と批判した。 安住氏ら現執行部は10月に300万円の活動費を同党の前衆院議員らに支給した。党幹部によると、除籍された13人の前衆院議員からは、活動費が返還されていないという。党総支部の口座に残っていた資金についても、党に返還するよう求める。 1949年11月24日、「光クラブ」社長の東大生山崎晃嗣が服毒自殺した日 です。 ◇ 光クラブ事件 1948年、東京大学の学生による闇金融起業が法律違反として検挙された事件。「アプレゲール犯罪」の一つとされる。 1948年(昭和23年)9月、東大生の山崎晃嗣は、友人の日本医科大生・三木仙也とともに貸金業「光クラブ」を東京中野の鍋屋横丁に設立する。社長は山崎、専務は三木、常務は東大生、監査は中大生であった。周囲の目を引く画期的な広告を打ち、多額の資金を調達することに成功した。集めた資金を商店、企業などに高利で貸し付けた。東大生が中心となって経営を行っているということが業界で注目され、開業4ヶ月後の1949年1月には、資本金400万円、社員30人を擁する会社に発展。 同年7月4日、山崎が物価統制令違反で逮捕(後に不起訴となる)されると、出資者の信用を失い業績が急激に悪化。その後、名称のみを変更してさらに資金を集めようと図るも不首尾に終わる。そして11月24日深夜、約3000万円の債務を履行できなくなった山崎は、本社の一室で青酸カリによる服毒自殺をする。彼は、以下のような遺書を残している。 1.御注意、検視前に死體に手をふれぬこと。法の規定するところなれば、京橋警察署にただちに通知し、検視後、法に基き解剖すべし。死因は毒物。青酸カリ(と称し入手したるものなれど、渡したる者が本當のことをいったかどうかは確かめられたし)。死體はモルモットと共に焼却すべし。灰と骨は肥料として農家に賣却すること(そこから生えた木が金のなる木か、金を吸う木なら結構) 2.望みつつ心やすけし散るもみじ 理智の生命のしるしありけり(辞世) 3.出資者諸兄へ、陰徳あれば陽報あり、隠匿なければ死亡あり。お疑いあればアブハチとらずの無謀かな。高利貸冷たいものと聞きしかど死体さわればナル……氷カシ(貸─自殺して仮死にあらざる証依而如件 )。 4.貸借法すべて清算カリ自殺。晃嗣。午後一一時四八分五五秒呑む、午後一一時四九分…… ◇ 首謀者・山崎晃嗣の歪められた人生観 山崎は、医師・木更津市市長であった山崎直の五男として1923年10月、木更津市に生まれる。旧制木更津中から一高を経て、1942年に東京帝国大学法学部に入学するが、学徒出陣により陸軍主計少尉に任官。北海道旭川市の北部第178部隊の糧秣委員として終戦を迎える。戦時中、上司の私的制裁により同級生を亡くすが、上官の命令により秘密にさせられる。 終戦の際に、上官の命令で食糧隠匿に関与するが、密告によって横領罪で逮捕。上官を庇って懲役1年6ヶ月・執行猶予3年の判決を受けるが、尋問時に警察から虐待された上、事前に約束された分け前に与ることが出来ず、同級生の死と共にこの事件の深い失望や虚無感が、後々の山崎の人生に影響を与えた。 東大復学後は全ての科目で優を取ろうと猛勉強し、勉強や睡眠・果てはセックスに至るまで、細かく分刻みにスケジュールを記録する。全ての科目で優を取るという当初の目標は達成されなかったものの、偏執狂的とも言えるスケジュールをつける習慣は、死の直前まで続いた。 大学構内ではほとんど人と接しようとはせず、ある知人は、同じような振る舞いをしていた平岡公威(三島由紀夫)と共に印象に残った、と証言している。彼が心を許した友人はごく少数で、そのうちの一人に、上記の同級生の死の真実を告白している(この事実は保坂正康の評伝により公にされている)。 女性関係は奔放で愛人が6人いた。恋愛とかプラトニック・ラブとかいう感情とは全く無縁で、「誠意とはいいわけと小利口に逃げることである。私の誠意を見てくださいという言葉ほど履行されぬものはない。人は合意にのみ拘束される」と愛人の一人に告白している。結局、税務署官の恋人だった秘書の内通により、山崎は検挙されることとなる。 彼が残した手記は、『私は天才であり超人である 光クラブ社長山崎晃嗣の手記』(1949年)、『私は偽悪者』(1950年)のタイトルで刊行された。 ◇ 橋下氏が「みんな」に合流打診するも、渡辺氏は否定的 日本維新の会代表代行の橋下徹大阪市長は23日、テレビ朝日の番組で、「みんなの党」の渡辺代表に衆院選前の合流を打診したことを明らかにした。 橋下氏から渡辺氏に電話をして、「東京都知事選の告示日(29日)までに、何とか一本化の大英断を」と呼びかけた。渡辺氏は合流は困難と伝えたという。 橋下氏は番組で、出演前に渡辺氏に電話をしたことを明らかにした上で、「国のことを思えば、自分たちのポジションや勢力に関係なく、一緒になりましょうと。僕も代表代行というポジションに全くこだわらないし、一つにまとまらないとだめだ」と語った。「みんなの党」の江田幹事長にも電話で同じ呼びかけをしたという。 衆院選では「維新の会」と「みんなの党」は現在18選挙区で競合しており、「第3極」の勢力内でのつぶし合いを避けるため、合流した方がよいとの考えを示したものとみられる。 これに対して、渡辺氏は23日夜、羽田空港で記者団に「維新と太陽の党との合意に、原発をゼロにする政治的意思が反映されておらず、こういう中で合流と言われても、なかなか呑める話でない」と述べ、衆院選前の合流に否定的な考えを示した。こうした考えを橋下氏にも伝えたという。 ※ 冬空に響き卑しき「野合」かな 上の曽良 ◇ 今日の誕生花・ネリネ(ヒガンバナ科)(別名:ダイアモンドリリー) 花言葉は、「幸せな思い出」。 星落ちて石となる夜の寒さ哉 子規 高き木に梯子かけたり冬構 虚子 ※ 俳句は写生に尽きるって、ホントなのかしら? 写生とは何か? 玉の如き小春日和を授かりし 松本たかし もがり笛風の又三郎やあーい 上田五千石 北風の身を切るといふ言葉かな 中村苑子 隠しごと隠しきれない日のために ネリネの花は咲くとおもえり 鳥海昭子 |

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