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平成24年12月26日(水)昨日:「6年前のリベンジ」なるか? 党2役に女性。 石破氏への牽制? 「脱派閥」もアピール 石破茂幹事長「最大の緊張感と責任感を持って参院選に臨みたい」 野田総務会長「まずは参院選でしっかり勝つことだ」 党の意思決定機関・総務会を取り仕切る総務会長、選挙・国会対策など党運営の要となる幹事長、法案対応などの政策決定を担う政調会長の党三役は、自民党の長期政権時代では次期首相を狙う実力者たちが争奪戦を繰り広げた重要ポストであった。そのうちの2役を女性が占めるのは初めて。 安倍氏は早くから党三役への女性の起用を構想していた。伏線として、衆院選では「2020年までにすべての分野で3割、女性が指導的な立場に立てるような社会をつくる」と繰り返し訴えた。しかも、石破、高市、野田3氏はいずれも無派閥。安倍氏は「今までは派閥領袖クラスが三役ポストに就いて均衡を図ってきた。今回は全く関係ない」と強調。「女性登用」と「脱派閥」の両面で党の刷新イメージを打ち出した。 安倍氏は衆院選の大勝で「自民党に信任が戻ってきたわけではない」と語っており、自民党の体質を変えなければ参院選でしっぺ返しを食らいかねないとの危機感は強い。小池百合子元防衛相の政調会長起用案は党内の反発もあって見送られたが、小池氏は広報本部長に就任。参院選へ向けた「表看板」として、石破氏の周りを女性で固めた形だ。 河村建夫選対局長を留任させ、党三役級の「選対委員長」に昇格させることによって選挙態勢も強化。ただ、福田康夫元首相が2007年に四役体制をとったときは、伊吹文明幹事長(当時)と古賀誠選対委員長(同)の連携が必ずしもうまくいかなかった経緯もあり、選挙実務に詳しい細田博之元官房長官を総務会長から幹事長代行に配置換えした。「石破氏が党務の実権を握りすぎることへの牽制」(党幹部)という見方も出ている。 総務会長には党内バランスを重視して大島理森前副総裁の起用も検討されたが、「大島さんは親しい額賀福志郎元財務相を推薦していた」(大島氏周辺)という。高村副総裁の留任が早々と決まり、同氏から引き継いだ大島派の運営に専念するとの見方もある。 2012年12月26日、安倍内閣が本日発足いたします。 自民党の安倍晋三総裁は26日午後、特別国会の首相指名選挙で第96代首相に選出され、第2次安倍内閣を発足させる。防衛相に小野寺五典元外務副大臣、農林水産相には林芳正元党政調会長代理の起用が内定。目玉として「国土強靱化」の担当相を新設し、国家公安委員長に内定した古屋圭司元経済産業副大臣に兼務させる。25日には党の新執行部を発足させ、三役に初めて女性を2人起用した。 自民党は25日の臨時総務会で新たな役員人事を決定した。総務会長に野田聖子元消費者行政相、政調会長に高市早苗元少子化相を起用。政権与党としては初めて女性を三役に登用し、参院選向けの布陣を敷いた。国会対策委員長には鴨下一郎幹事長代理、幹事長代行に細田博之総務会長を決定。高村正彦副総裁と石破茂幹事長は続投する。 選挙実務を担う河村建夫選挙対策局長は、三役級の選挙対策委員長に昇格。広報本部長に小池百合子元防衛相をあて、竹下亘組織運動本部長は留任させる。一方、定数削減などを検討する選挙制度改革問題統括本部を新設し、細田氏を本部長にする。 総務会に先立ち、安倍氏は公明党の山口那津男代表と国会内で会談。連立政権樹立に向けた政策合意文書に署名した。 閣僚人事では、入閣が固まった石原伸晃前幹事長を総務相、山本一太元参院政審会長を環境相兼原発相に起用。稲田朋美前党法務部会長や新藤義孝元経産副大臣、森雅子参院議員の初入閣も固まった。起用する意向だった小渕優子元少子化相は固辞した。 ◇ 安倍内閣は変革をめざす! 惨敗民主は旧態依然のまま … 民主党代表選が25日、東京都内のホテルで行われ、海江田万里元経済産業相(63)が馬淵澄夫政調会長代理(52)を破り、新代表に選出された。海江田氏は来年夏の参院選に向け、党の立て直しに全力を挙げる。幹事長に「選挙の顔」と期待される細野豪志政調会長を起用、代表代行には大畠章宏元国土交通相を充てることが決まった。海江田氏の任期は2015年9月末まで。 代表選は党所属国会議員145人(衆院57人、参院88人)の投票で行われ、非主流派の複数グループに支持された海江田氏が90票を獲得。馬淵氏は54票、無効が1票だった。 海江田氏は選出後の記者会見で、24日に作った漢詩を披露し「身を粉にして、党再生のために生を全うする」と決意表明。惨敗した衆院選に関し「外部の方も入れて真剣に総括する」と語った。 党内で賛否が分かれる環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉への参加は「党のとりまとめの表現のまま慎重に検討する」と述べるにとどめた。 ◇ 福留が阪神入り、横浜DeNAの高田GM「仕方ない … 」 25日午後1時前、一本の電話が横浜DeNAの球団事務所の高田繁GM宛てにかかってきた。「今回は申し訳ありませんが … 」。入団を断る福留の代理人からのものだった。 クリスマスプレゼントを期待していた高田GMは、「交渉事は相手のあることだし仕方がない。縁がなかったと思うしかない」と肩を落とした。 福留をめぐっては阪神、中日との激しい争奪戦が繰り広げられた。今季、貧打に苦しめられたチームにとって2度の首位打者に輝いた好打者は「何としても欲しい人材」(高田GM)だった。 2年総額4億円を提示したとみられ、高田GMと池田純球団社長が相次いで本人と面会するなど積極的にラブコールを送った。だが、最終的には阪神に条件面で差をつけられた。 福留の獲得失敗で空いた「主軸・右翼」の席。今後は外国人外野手の獲得へと移行しそうだ。すでに調査を進めているが、「まだ絞り込みまで至っていない」という。 今季は新外国人としてサラサー、クレイマーを獲得したものの、いずれも日本球界になじめず振るわなかった。「日本の野球に慣れてもらうためにも、キャンプ前までには決めたい」と高田GMは見通しを示した。 ◇ 宮崎でノロ集団感染 6人死亡、病院長も発症 宮崎県日南市南郷町の医療法人春光会「東(ひがし)病院」で、ノロウイルスとみられる集団感染が発生し、入院患者6人が死亡した問題で、同病院の加藤久仁彦院長が下痢や発熱などのノロウイルスの症状を発症していたことが分かった。 院長は発熱した2日後に診療を取りやめ、院長室から看護師らに対応を指示。同県は、十分な診療態勢が取れなかったことが感染拡大に影響した可能性もあるとみて、詳しい調査を進めている。 病院関係者や同県日南保健所によると、加藤院長は最初の死亡者が出た翌日の15日に発熱と関節痛を感じたが診療を継続。17日朝に下痢の症状が出たため、この日は患者との接触を控え、院長室から看護師らに患者への対応を指示した。18〜20の3日間は同病院の非常勤医師1人が治療や診察を行った。加藤院長は21日には回復し、診療を再開したという。 県日南保健所によると、東病院の常勤医師は加藤院長1人だけ。ほかに非常勤医師が4人いたが、ノロウイルスの診療に当たったのは加藤院長と非常勤医師1人だったという。 同病院では17日、5人の入院患者が簡易検査でノロウイルスの陽性と判明し、同日から外来診療を休診。これまでに患者30人と病院職員14人が感染し、限られた職員で対応に追われた。 県は「病院側が対応可能と判断したのだろうが、院長の勤務状況などをさらに聞き取り、感染拡大に影響がなかったか調べたい」としている。 ※ 病院のキャパシティーを越えた患者を抱えた場合、緊急時の対応が後手にまわる。非常勤医師は、平時に機能する者で非常時には機能しない。 医師不足、この深刻な状況下でノロウイルスよりも凶悪なウィルスがパンデミックを呈した場合、この国はどうなるのだろうか。 ◇ 今日の誕生花・フユベゴニア(シュウカイドウ科) 花言葉は、「愛の告白」。〔クリスマス・ベゴニア〕 祝宴に湯婆(たんぽ)かかへて参りけり 子規
※ 前書きに「不折の画室開に」とある。洋画家で書家でもある中村不折のアトリエ開設祝に、友人である子規が病を押して湯たんぽを抱えて出席したもの。今ならば、「貼るカイロ」を数枚ひそませれば傍目にはわからぬものの、明治32年ではかような大仰な仕儀と相成った。子規と不折との親交が偲ばれる一句。子規の写生論は、不折の洋画における写生の概念を聞いて触発されたもの。表層的な「月並俳句」を脱するには、実景を凝視したうえで平淡に描くべきだと言う子規の「写生論」は、今に生きている。 余談になるが、森鴎外(林太郎)の墓(三鷹市・禅林寺)に刻されている「森林太郎ノ墓 」は不折の揮毫による。
うつくしき羽子板市や買はで過ぐ 虚子※ 野暮天や乙に澄ましてしたり顔 虚子先生の鼻息荒し 。 一湾の眺めを肴年忘れ 佐藤鬼房 大安の日を余しけり古暦 高浜虚子 数え日の欠かしもならぬ義理ひとつ 富安風生 ※ あと何日と数えるような歳末の慌しい数日を「数え日」と云う。 ひめやかな片想いなどありまして フユベゴニアを育てています 鳥海昭子 |

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