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平成25年2月14日(木)昨日:参院選からネット選挙運動を解禁、与野党一致。
インターネットを使った選挙運動が今夏の参院選から解禁されることが確実になった。 ネット上のホームページやブログに加え、急速に普及するソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や、電子メールによる投票の呼びかけがほぼ全面的に認められることになる。与野党が13日に実務者協議を開き、今国会中に公職選挙法を改正することで一致した。
与党は2月中に関連法案を野党と共同提出し、3月上旬に成立させたい考えだ。現行の公選法は、選挙運動で頒布できる文書などの種類や数を制限している。コンピューターの画面上に表示された文字も「文書図画」に該当するとの判決が確定しており、投票の呼びかけに用いることは今はできない。しかし、近年、通常の政治活動を含めてネットの利用が急速に拡大したため、各党は昨年の衆院選でネット選挙の解禁を公約に掲げていた。
1961年2月14日、赤木圭一郎が撮影所内でゴーカート運転中に鉄扉に激突事故。
◇ 赤木圭一郎(1939年年〜1961年)
日活映画俳優。本名、赤塚親弘、愛称トニー。 事故後一週間で死亡。
1958年、日活第4期ニューフェイスとして入社。石原裕次郎主演の『紅の翼』に本名の「赤塚親弘」名義で群衆の一人としてエキストラ出演、これが映画デビュー作となる。その西洋的風貌や退廃的な雰囲気が、これまでの日本人俳優にはない個性として評判を呼び、「トニー」の愛称(ハリウッドスター、トニー・カーチスに風貌が似ていたことに由来)で主人公の弟分や準主役級として出演するようになる。
鈴木清順監督の『素っ裸の年令』(1959年)で初主演。その後『拳銃無頼帖』シリーズなど20本以上の無国籍アクション映画に主演し、日活のアクション俳優として、「マイトガイ」小林旭、「タフガイ」石原裕次郎に続く「第三の男」と呼ばれた。 『霧笛が俺を呼んでいる』(1960年)では、少年時代からの憧れだったという船乗りを演じ、「マドロス姿が最もさまになる日活俳優」と評価された。 映画を観ることが好きで、アンジェイ・ワイダ監督のポーランド映画『灰とダイヤモンド』を何度も観ており、暗く影のある主人公マチェックに非常に共感していたという。逆に自身の俳優業には違和感を感じていたようで、ゲスト出演したラジオ番組では「映画は好きだけど、やるのは好きじゃないです」と語る。
多忙を極める中、ステレオやスポーツカー、オートバイなどに趣味を広げ、カーマニアとしても知られるようになる。 1961年2月14日、映画『激流に生きる男』セット撮影中の昼休憩時に、セールスマンが持ってきたゴーカートを日活撮影所内で運転中、咄嗟にブレーキとアクセル(乗用車とは仕様が逆だった)を踏み違え、60km/h以上のスピードで大道具倉庫の鉄扉に激突。 東京都狛江町(現・狛江市)にある慈恵医大病院に救急搬送された。一時は意識が戻ったものの、2月20日に再び昏睡状態に陥り翌21日午前7時50分、前頭骨亀裂骨折に伴う硬膜下出血のため、21歳の若さで死去。 葬儀は杉並区永福にある大円寺にて2月23日の午後2時より執り行われ、多くの芸能関係者が参列した。
子役時代の江木俊夫は、幸いに命拾い
事故当時、『激流に生きる男』出演中で撮影所にいた子役時代の江木俊夫は、赤木からゴーカートに誘われていたが、小林旭から「一緒に行くと危ないぞ、それより飯でも食おうよ」と呼ばれた。小林と共に食堂で食事をしているところに、大きな衝撃音とその後の喧騒が聞こえてきて、赤木の事故を知ったという。 赤木の死に顔を見た宍戸錠は、「まるでハリウッドの俳優・ルドルフ・ヴァレンティノのようだった」と語った。 彼の死後もプロマイド人気は高く、死後6年経った1967年まで、男優部門での売り上げ10位以内に入り続けた。また、同年には『トニーは生きている、激流に生きる男』のタイトルで、最後の映画が公開され写真集やレコードが発売された。 吉永小百合にとっても、「憧れの先輩だった」と言う。 神奈川県鎌倉市の長勝寺に彼の記念碑が建立されております。 墓所は、静岡県富士宮市の大石寺典礼院“L-2区881号”です。
1960年、日活映画 『 霧笛が俺を呼んでいる 』 主題歌:赤木圭一郎
※ 芦川いずみ、吉永小百合。
◇ 今日の誕生花・サンシュユ(ミズキ科)
花言葉は、「持続』「耐久』。
残雪ニ鶏白キ余寒カナ 子規
踏みて直ぐデージーの花起き上る 虚子
山茱萸やまばたくたびに花ふえて 森 澄雄
呼び交す烏もバレンタインの日 渡邊千枝子
黒きハートヴァレンタインデーのチョコレート 山口青邨
山茱萸に鳴る鈴かけて人恋うる 民謡があり遠きふるさと 鳥海昭子
【山茱萸・春黄金花】(秋珊瑚)
分布:中国及び朝鮮半島の原産地に分布。江戸享保年間に朝鮮経由で漢種の種子が日本に持ち込まれ、薬用植物として栽培される。日本では観賞用として庭木などにも利用される。日当たりの良い肥沃地などに生育する。 特徴:高さ3〜15メートルになる落葉小高木。樹皮は薄茶色で、葉は互生し長さ4〜10センチほどの楕円形で両面に毛がある。3月から5月にかけて若葉に先立ち、花弁が4枚ある鮮黄色の小花を木一面に集めてつける。花弁は4枚で反り返り、雄蕊は4枚。晩秋に付ける紅色楕円形の実は渋くて生食には不向き。
生薬:種子を取り除き乾燥させた果肉(正しくは「偽果」)は生薬に利用され、山茱萸(やまぐみ)という生薬として日本薬局方に収録されており、強精薬、止血、解熱作用がある。果肉は長さ14ミリ程の楕円形。牛車腎気丸、八味地黄丸等の漢方方剤にも使われる。 和名の由来:山茱萸の音読みが、和名の由来である[2][8]。早春、葉がつく前に木一面に黄色の花をつけることから、「ハルコガネバナ」とも呼ばれる。秋のグミのような赤い実を珊瑚に例えて、「アキサンゴ」とも呼ばれる。
◇ 宮崎県民謡「稗搗節」(ここでは山茱萸が「さんしゅ」と呼ばれ山椒の字)
※ 宮崎県東臼杵郡椎葉村地方で、稗を搗くときにうたわれた労働歌だが、源氏の那須大八郎と平家の鶴富姫との情話にまつわる歌詞が人気を博し全国に広まった。 日向地方では「山椒」のことを「さんしゅ」とも発音するそうです。
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