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平成25年7月10日(水)昨日:原発事故の収束作業を指揮、吉田昌郎元所長死去。 東京電力福島第1原発事故の収束作業を指揮した吉田昌郎元所長(58)が9日死去した。原子炉への海水注入の中断を求める東電本店の指示を無視し、独断で注入を続けるなど毅然とした態度が評価された一方、震災前に第1原発の津波対策の拡充を見送ったことも明らかになった。原発立国の光と影を背負ったまま、58年の生涯を閉じた吉田昌郎氏、その冥福を祈る。 7月10日は、小泉孝太郎の誕生日 です。 ◇ 小泉孝太郎 ( 1978年生まれ ) 俳優 小泉純一郎の長男、政治家・小泉進次郎の兄。 神奈川県横須賀市生まれ。1982年、4歳のときに両親は離婚。関東学院六浦小学校・関東学院六浦中学校を経て関東学院六浦高等学校卒業。日本大学経済学部第2部(夜間学部)経済学科中退。学生時代はとび職に憧れ、アルバイトも経験した。 高校生時代は野球部に所属し甲子園を目指していたが、3年生の地方大会のときに腰を痛め、ベンチに入れず応援する側に回った。チームは地方大会の1回戦で敗退し、本人も野球の道を断念。 2000年に開催された「21世紀の石原裕次郎を捜せ」オーディションに応募するも落選。 父・純一郎が内閣総理大臣になり時の人になると、「小泉総理の長男はかなりのイケメンらしい」という評判やオーディションへの応募経験が公になり、芸能人志望であった孝太郎を、その話題性から複数の芸能事務所が獲得に動き、イザワオフィスと契約。すぐにCM契約が決まる。 子供の頃から俳優の上地雄輔とは家で寝泊りするなど仲良く遊んでいた仲。孝太郎が俳優になる時期には上地に相談したり、「俺も俳優になること決めたから」と報告している。 ザ・ドリフターズと同じイザワオフィスに所属。故・いかりや長介にデビュー前から役者のイロハを教えられ、年の離れた兄弟の様だと気に入られていた。孝太郎自身も夢に出てくるほど慕っており、師弟関係に近いものであった。 ◇ 今日の誕生花・シモツケソウ(バラ科) 花言葉は、「ひそかな恋」「自由」。 睾丸をのせて重たき団扇哉 子規 ※ 睾丸の垢取る冬の日向哉 子規(しみじみとした人生の哀感?) 先生が瓜盗人でおはせしか 虚子 七月も十日過ぎたる雨の音 宇多喜代子 なだめても首横に振る扇風機 中原道夫 一生の楽しきころのソーダ水 富安風生 ひっそりと袋小路の昼下がり シモツケソウの花咲きいたり 鳥海昭子 |

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