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平成25年9月10日(火)昨日:汚染水「完全にブロック」発言、東電と食い違い。 安倍晋三首相が、7日にアルゼンチン・ブエノスアイレスで行われた国際オリンピック委員会(IOC)総会の五輪招致プレゼンテーションで、福島第1原発の汚染水問題をめぐり、「完全にブロックされている」「コントロール下にある」と発言したことについて、「実態を正しく伝えていない」と疑問視する声が出ている。 ◇ IOC総会プレゼンでの安倍晋三首相の発言要旨 東京は世界で最も安全な都市の一つだ。それは今でも、2020年でも一緒だ。懸念を持つ人もいるだろうが、東京電力福島第1原発について私は皆さんに約束する。状況はコントロールされている。決して東京にダメージを与えない。オリンピックが安全に行われることを保証する。財政的にも整っている。 開催地に東京を選べばオリンピックムーブメントに新たな強い息吹を吹き込むことになる。IOCと力を合わせ、世界をよりよい場所にしていこうと思っている。 (汚染水問題は)結論から言って全く問題ない。事実を見てほしい。汚染水による影響は福島第1原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている。 近海でモニタリングしているが、数値は最大でもWHOの飲料水の水質ガイドラインの500分の1だ。日本の食品や水の安全基準は世界で最も厳しい。健康問題については、今までも現在も将来も全く問題ないと約束する。 さらに完全に問題のないものにするため抜本解決に向けたプログラムを決定し、着手している。日本の首相として安全と未来に責任を持っている。日本に来るアスリートにも責任を持っている。その責任を完全に果たす。 ※ この御立派なプレゼンに、強い違和感を覚える福島県民は多かろう。福島の、「今までも現在も将来も」全く問題にされず蓋をされてしまうのではないか、との疑念が頭をもたげるのだ。 言って見れば、福島は東京が負うべき負の部分を担ってきた。原発事故が起きても東京には致命的ダメージを与えない場所から、東京へ送電する“手口”なのだ。 1960年9月10日は、東京と大阪でテレビのカラー放送が始まった日 です。 テレビのカラー放送が、東京と大阪のNHKと民放でスタートしました。 ただし、放送局側の設備も十分でなく、カラー放送は1日数時間に限られていました。カラーテレビの価格も高く、放送開始時点では、1200台程度しか普及していなかった。 写真は国産第1号のカラーテレビで、画面の大きさは17インチでした[東芝科学館提供]。 テレビ放送技術は戦前から研究が進められていましたが、戦後は一時中断。その後再開されて、1953年にNHKと日本テレビが本放送を開始しますが、当時はもちろんモノクロでした。 カラーテレビというのは原理的にはモノクロのテレビに比べて特に難しいことをする訳ではありません。カラーのフィルタを掛けて3原色に分解し、それぞれを光電素子によって電気に変換、これをブラウン管では3原色に対応するビームを撃って再現します。この時、普通は3本のガンを使いますが1本のガンで済ませることにより色ズレを防止するのがトリニトロンです。 しかし、カラー放送を始めるにあたっては、ひとつ重要な問題がありました。第一にカラー放送ができるようになったといっても、費用的な問題からすぐに全ての番組をカラーカメラで撮影して放送できる体勢にはなかった点。 第二に、まだモノクロのテレビでさえ放送が始まって7年。受像器はそんなに普及している訳ではなく、しかも結構高価なものであった。(さらに前年の1959年に皇太子ご成婚の放送を見るため無理して買った人が多数いた)。カラー放送になったら、その受像器では放送が受信できないというのは困る … 。そこで、カラー放送の実際の開始に当たっては、次の2点を死守するべく、技術開発が進められたのです。 カラーテレビでも白黒の放送が受信できること。(むろん白黒で映る) 白黒テレビでもカラーの放送が受信できること。(むろん白黒で映る) これは白黒放送とカラー放送の相互互換性と呼ばれます。実現しているので誰も不思議に思っていませんが、技術的には大変なことでした。仮にこれがどちらもできていなかったとしたらどうか、考えてみると不便さが分かります。 カラーテレビは、1964年の東京オリンピックを契機に普及しはじめますが、当初はやはり白黒テレビに比べてかなり高価であるため、裕福な家庭に限られた普及でした。日本国内のほとんどの家庭のテレビがカラー化されるのは、だいたい1975年前後と思われます。そしてそのころには放送の方も全てカラー化されます。 ◇ 今日の誕生花・クズ(マメ科) 花言葉は、「治癒」。 鶏頭の十四五本もありぬべし 子規 ※ 西東三鬼や山口誓子は評価し、虚子はこの句を子規の句集に入れず。 枯れ果てしものの中なる藤袴 虚子 葛の葉の吹きしづまりて葛の花 正岡子規 葛咲くや嬬恋村の字いくつ 石田破郷 葛の花むかしの恋は山河越え 鷹羽狩行 風の道ひろがりながらクズの葉を しろがねいろに山渡りゆく 鳥海昭子 ※ 「吉野葛」で知られるように、クズは奈良県吉野町国栖(くず)産のものが有名です。クズは地下茎が大きなものは太さ20センチ、長さは数メートルにもなります。「秋の七草」にあげられますが、「草」というよりも「樹木」といった風情もあります。根には大量のデンプンが貯蔵されています。これを乾燥させたものが葛根(かっこん)で、煎じ薬の「葛根湯」になります。 また、蔓は大変に強靭で民具を作ったり、山の吊り橋(かずらばし)などに利用されます。 |

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