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平成25年9月27日(金)本日:広島の前田智徳が現役引退を表明。 広島の前田智徳・外野手兼任打撃コーチ補佐(42)が27日、今季限りでの現役引退を表明し、マツダスタジアム内で会見した。今季も代打の切り札として活躍したが、4月23日のヤクルト戦(神宮)で左手首に死球を受け骨折。手術を受け、復帰へ向けてリハビリしていたが、気持ちの衰えから現役続行を断念。この日までに引退の意思を球団に申し入れ、了承された。 前田は、1990年のドラフト4位で熊本工から広島に入団。2年目からレギュラーに定着し、3年目の1992年には、全試合出場を果たした。1995年の5月に右アキレス腱を断裂したが翌年復帰。その後、ケガと戦いながら2007年9月1日の中日戦(広島市民)で、2000安打を達成した。通算2119安打、1112打点、295本塁打。 天才打者と呼ばれる安打製造器ながら両太腿、両アキレス腱など下半身の故障に泣き続けた。10年からは代打専任で勝負強い打撃を見せていた。 2013年9月27日、TBSラジオ『永六輔の誰かとどこかで』が終了 です。 46年間、1万2629回にわたり続いたラジオ『永六輔の誰かとどこかで』が、9月27日に最終回を迎えたが、その翌日、何事もなかったかのように、もうひとつの冠番組の生放送に臨んだ永六輔氏(80)。永氏にとってのラジオとはどういうものか … 、吉田豪氏(プロインタビュアー)が深掘りインタビューしました。 ──素朴な疑問で、永さんって昔からいろんな人と喧嘩して、すぐ番組を降りることで有名だったじゃないですか。なんでラジオは続いたんですか? 永:テレビのスタジオにいると何をしてるんだかわからない人がいっぱいいるんですよ。あれが不愉快なの。代理店とかスポンサーとか、真剣にやってる周りに用もないのにただ偉そうなヤツがいると。「彼らを全部外に出してくれ」って言うと「そうはいきません」って言われて。でも、嫌だから大抵そこで喧嘩が始まるの(笑)。スポンサーを怒鳴り散らしたり。 ──うわーっ! それでやめることになるんですか? 永:うん。途中で帰ったことのほうが多いの。でも、番組中に喧嘩してやめるでしょ? そうすると、すぐ別の仕事を回してくれる連中がいるんですよ。小沢昭一、野坂昭如、五木寛之とか、中村八大、大橋巨泉、寺山修司にしても、早稲田時代から付き合いのある仲間がね。 ──いい仲間たちがいたから、無茶苦茶なやめ方をしても生き残ってこれた。 永:うん、生き残った! ──テレビではそれだけ喧嘩した永さんが、ラジオでは喧嘩せずに済んで。 永:ラジオはいいアシスタントがいて、遠藤(泰子)さんや外山(惠理)君が僕が怒りそうになるとパッと間に入ってくれますから。それができないと、すぐ喧嘩になります。上手なんです、みんな。でもこないだ、NHKのアナウンサーが、この人とは仕事をしたくないっていう表があって、そこには永六輔があったの。とても付き合えないって。 ──ダハハハハ! 言われるのには思い当たる節があるわけですね(笑)。 永:あるの。田辺靖雄がいま日本歌手協会の代表理事をやってるけど、彼と昔話を久しぶりにして、よくディレクターやカメラマンに殴られたっていう話を田辺がしたんだけど、僕は殴ったほうだったから。 ──殴ってたんですか! 永:怒鳴り散らす喧嘩の声の中で、殴ったり殴られたりっていう修羅場だったの、スタジオが。それが普通だった。 ──じゃあ永さんが殴られることもあったんですか? 永:カメラマンに喧嘩で殴られたりしてた。殺気立ってる、生放送でしょ? ──それはスタジオによけいな人間がいたら追い出したくなりますよね。 永:殴ったり殴られたりしたっていうのは、みんな一生懸命だったからですよ。で、いまラジオをやってて感謝してるんだけど、ホントに居心地のいい環境にしてもらってて。 ──『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』は永さんがスタジオにいて、たまに楽しそうに笑ってるだけで十分ですからね(笑)。 永:ハハハハ! そうなんだよね。「あなたは笑っていればそれでいいんです」って誰かに言われたな。でも『誰かとどこかで』はこれだけ長く続いてきて、遠藤さんは46年、最初からパートナーですから。 46年、入院しても病室から放送して一日も休んだことがなかったの。それが今回、お休みになったけど、二人の対話をラジオだけで終わらせたくなくて。ラジオで話せない話っていっぱいあるの。そういう話を、遠藤さんとライブハウスとか小さな劇場とかでやっていこうと思ってて。 ──しかも、番組宛のハガキはこれからも受けつけるんですよね。 永:はい。そしたら、いままで以上に来てるらしくて。これからどういうふうに変わっていくかわからないけど、いままでのラジオとは違うかたちのラジオに遠藤泰子さんと一緒に戻れればいいなと思ってるの。 ──楽しみにしてます! 永六輔(えい・ろくすけ):1933年、東京・浅草出身。中学時代にNHKラジオ『日曜娯楽版』へ投稿を開始。早稲田大学在学中より本格的に放送の世界に関わる。以後、放送番組の作家、作詞家、語り手、歌手、文筆家として幅広く活躍。 2010年、パーキンソン病と前立腺癌であることを公表し、治療とリハビリを続けながら現在も活動を続けている。(週刊ポスト2013年10月25日号) ◇ 今日の誕生花・ハギ(マメ科) 花言葉は、「思い」「清楚」。 葛の葉の吹きしづまりて葛の花 子規 鬼灯はまことしやかに赤らみぬ 虚子 低く垂れその上に垂れ萩の花 高野素十 夜の風にこの白萩の乱れやう 桂 信子 いつしかに遠きちちはは萩の花 深見けん二 咲き初めしハギ叢を縫うしじみ蝶 ひとつふたつのもの想いあり 鳥海昭子 (叢:そう、くさむら。この場合は「むら」と読む。) ◇ 秋の七草 (その覚え方) 山上憶良が詠んだ二首の歌がその由来とされます。 秋の野に咲きたる花を指折り(およびをり) かき数ふれば七種(くさ)の花 萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 姫部志(をみなへし)また藤袴 朝貌の花(旋頭歌) ※ 瞿麦:なでしこ。 「朝貌<あさがお>の花」が何を指すかについては諸説ある。朝顔、木槿、桔梗、昼顔などが挙げられるが、桔梗とする説が最も有力。 春の七種と違い、秋の七草には直接何かをする行事は特にない。また、春の七種のように食することもなく、眺めて楽しむもの。 秋の草花が咲き乱れる野原を「花野(秋の季語)」といい、花野を散策して歌を詠むことが、古来より好まれた。 ※ 昔から「秋の七草」の覚え方が伝わります。先ずは「ふくはおおきな」。 :ふじばかま・くず・はぎ・おばな・おみなえし・ききょう・なでしこ 或いはまた、「おすきなふくは」という覚え方もあります。 :おみなえし・すすき・ききょう・なでしこ・ふじばかま・くず・はぎ そして、最近では「ハスキーなおふく(ろ)」という楽しい覚え方もあります。 :はぎ・すすき・ききょう・なでしこ・おみなえし・ふじばかま・くず |

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