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平成25年11月8日(金)昨日:北朝鮮訪問の猪木氏から事情聴取の方針。 北朝鮮を訪問していた日本維新の会のアントニオ猪木参院議員が7日夜、帰国した。 猪木氏は羽田空港で記者団に、金正恩第1書記の叔父の張成沢・国防委員会副委員長と会談したことを明らかにしたうえで、「張氏から『国会議員団の派遣があれば喜んで受けいれる』と伝えられた」と語った。拉致問題についても意見交換したという。 参院の許可がないまま海外渡航したことについては、「非は非として受け止めるが、私の政治活動に障害が起きない方向にしてほしい」と述べた。参院議院運営委員会は近く、猪木氏から事情聴取して処分について検討する方針。 794(延暦13)年11月8日、桓武天皇は新京を「平安京」と称する詔を発布 。 桓武天皇は、山背国を山城国と改め、「平安京」と称する詔を発布された。 桓武天皇は784年(延暦3年)に平城京から長岡京を造営して遷都したが、これは天武天皇系の政権を支えてきた貴族や寺院の勢力が集まる大和国から脱して、新たな天智天皇系の都を造る意図があったといわれる。しかしそれから僅か9年後の793年(延暦12年)の1月、和気清麻呂の建議もあり、桓武天皇は再遷都を宣言する。 場所は、長岡京の北東10km、二つの川に挟まれた山背国北部の葛野郡および愛宕郡の地であった。事前に桓武天皇は現在の京都市東山区にある将軍塚から見渡し、都に相応しいか否か確めたと云われている。日本紀略には「葛野の地は、山や川が麗しく四方の国の人が集まるのに交通や水運の便が良いところだ」という桓武天皇の勅語が残っている。 大極殿(大内裏内)跡平安京の造営は、まず宮城(大内裏)から始められ、続いて京(市街)の造営を進めたと考えられる。都の中央を貫く朱雀大路の一番北に、皇居と官庁街を含む大内裏が設けられて、その中央には大極殿が作られた。その後方の東側には、天皇の住まいである内裏が設けられた。都の東西を流れる鴨川や桂川沿いには、淀津や大井津などの港を整備した。これらの港を全国から物資を集める中継基地にして、そこから都に物資を運び込んだ。運ばれた物資は都の中にある大きな二つの市(東市、西市)に送り、人々の生活を支えた。 このように食料や物資を安定供給できる仕組みを整え、人口増加に対応できるようにした。また、長岡京で住民を苦しめた洪水への対策も講じ、都の中に自然の川がない代わりに東西にそれぞれ「堀川」(現在の堀川と西堀川)を整備し、水運の便に供するとともに生活廃水路とした。そして長岡京で認めなかったように、ここでも官寺である東寺と西寺を除き新たな仏教寺院の建立を認めなかった(この他、平安遷都以前からの寺院として京域内には六角堂があった)。 794年(延暦13年)10月22日、桓武天皇は新京に遷り、翌11月8日に山背国を山城国に改名すると詔を下した。 ◇ 785(延暦4)年11月8日、謀反を誣告した三国広見を配流。 この日、能登守(能登:石川県北部)三国広見は謀反を誣告(=讒言)した罪により斬罪に処すべきところ、罪一等を減じて佐渡国に流罪とされる。 唐突に登場する「謀反を誣告」が具体的に何を指すかは記されていないので詳細は不明で、この時期に発生した政界を揺るがす事件としては、この年9月23日に発生した藤原種継暗殺事件があるので、恐らくはこれに関連した事件か。 藤原種継暗殺事件は、長岡京建設の責任者である藤原種継が暗殺され、直ちに調査された結果、大伴家持の計画に基づき皇太子・早良親王(さわらのみこ)に仕える大伴氏などの官人が行ったものとされ、事件の一ヶ月ほど前に陸奥国府多賀城にて薨じていた家持は、官位を剥奪されてその宅を囲まれ、首謀者とされた大伴継人は刑死、黒幕と疑われた早良親王は無実を訴えて断食して薨じたという悲惨な事件であった。 しかし、事件には疑問の点が多すぎる。恐らく藤原氏内部の陰謀により、桓武の寵臣となっていた種継と、あわせて藤原氏に好感を持っていない皇太子、そして大伴氏を一挙に葬り去るために仕組まれた謀略事件だったのであろうか。 であれば、広見が訴えたことも真実ではなかったのだろうか。事実は、朝廷上層部を占める首謀者たちによって握りつぶされ、忠臣は逆に処罰されたことになる。大伴家持がかつて越中守(当時能登は越中の一部)を、そして大伴継人もこの少し前に能登守を勤めていたことも偶然ではなかろう。(続日本紀) ※ この時代は熾烈なる血で血を洗う抗争と権力奪取の謀略に満ち満ちていた。 ◇ 今日の誕生花・ダイモンジソウ(ユキノシタ科) 花言葉は、「自由」。 冬立つや背中合せの宮と寺 子規 山国の冬は来にけり牛乳(ちち)を飲む 虚子 ※ 寒い朝 ドリンク一本 家を出る 通勤子 初冬の音ともならず嵯峨の雨 石塚友二 一の酉夜空は紺のはなやぎて 渡邊千枝子 神の留守なり酒神(バッカス)を呼び戻す 文挟夫佐恵 のびやかにこころのままに居たい日の 想いの中の大文字草 鳥海昭子 |

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