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平成25年12月15日(日)昨日:「消せるボールペン」が犯罪に使われた! 記入後でも消しゴムで消せる、いわゆる「消せるボールペン」を使って車庫証明を偽造したとして、千葉県警交通捜査課は13日、野田市船形の中古車販売会社リサイクル事業部長・梶川明男容疑者(41)(流山市十太夫)と元同社社員の星弓子容疑者(46)(埼玉県川口市)ら4人を有印公文書偽造・同行使容疑で逮捕したと発表した。 梶川容疑者の逮捕は11日、星容疑者ら3人は11月25日。 発表によると、4人は今年1〜2月、消せるボールペンを使って会社敷地を車庫とする2台分の「自動車保管場所証明申請書」を野田署に提出し、証明書としての交付を受けた後、別の車の情報を記入し、野田自動車検査登録事務所に提出した疑い。 同社は、事故車両を買い取り、オークションに出品して自動車修理業者などに売却している。同課では、警察署への申請から交付までには5日間かかるため、人気車種が手に入った場合、すぐ販売できるよう、事前に手に入れていた証明書の車名、型式などを書き換えていたとみている。 同事務所が2月、記入された字の下に何か書かれた形跡があることに気づき、野田署に連絡。同署で保管されていた複写と内容が異なっていたことが判明した。同課の調べでは、昨年9月からの半年間で計435台分の証明書で同様の不正があったという。 調べに対し、梶川容疑者は「覚えていない」、星容疑者は「会社のためを思ってやった」と供述しているという。 12月15日は、プロレスラー・力道山の命日 です。 ◇ 力道山(1924年〜1963年) 百田光浩(金 信洛) 喧嘩で腹部を刺され、入院中だったプロレスラーの力道山が死亡、39歳だった。大相撲からプロレスに転向、空手チョップで米国人レスラーをなぎ倒す姿に、敗戦に打ちひしがれていた日本人は熱狂した。日本のプロレス界の礎を築き、日本プロレス界の父と呼ばれる。当時始まったテレビ放送の力もあり、絶大な人気を誇った。身長176cm、体重116kg。 二所ノ関部屋に入門し、1940年5月場所初土俵、1946年11月場所に入幕し、入幕二場所目の1947年6月場所に前頭8枚目で9勝1敗の星をあげ、横綱羽黒山、大関前田山、同東富士ら三人と相星となり、この場所から設けられた優勝決定戦に出場した(優勝は羽黒山)。 1948年5月場所では横綱照國とこの場所優勝した大関東富士を破り、さらに横綱前田山には取り直しの末、前田山の棄権によって不戦勝となって殊勲賞を受賞している。なおこの年に力道山の生まれた朝鮮半島に韓国が建国されたが、その後も力道山は自分の出自をマスコミに公開しないままだった。1949年5月場所に関脇に昇進するが、1950年9月場所前に突然、自ら髷を切り廃業。師匠の二所ノ関親方との間には金銭トラブルも起こしていたとされる。相撲界から引退時、百田の戸籍に長男として入籍。 1952年2月、アメリカに渡り、ホノルルで日系人レスラー沖識名の下で猛特訓を受ける。翌年帰国して新田新作と興行師・永田貞雄の助力を得て日本プロレス協会を設立。シャープ兄弟を招聘し、1954年2月19日から全国を14連戦した初興行は、1953年にテレビ放送が始まったことに追い風を受け、全国民の圧倒的支持を受けて大ブームとなる。この興行でシャープ兄弟組と戦う際の力道山のタッグパートナーは、戦前戦中に日本柔道史上最強と謳われた木村政彦だった。しかし、木村は相手の技を受ける等のプロレス独特のスタイルに適応できず、シャープ兄弟との戦いでいつも負け役を担わされ、その木村を力道山が空手チョップで救いだし、相手レスラーを倒すという一連の展開に嫌気がさし、力道山との間に亀裂が生じる。 後に木村は力道山とは袂を分かち、自身の団体で興行を打つものの、観客動員は芳しくなく金銭的に窮地に陥った。木村は「力道山のプロレスはジェスチャーの多いショーだ。真剣勝負なら負けない」と挑戦を表明。これが「昭和の巌流島」といわれた謎多き「決死の試合」に繋がった。 『木村政彦は なぜ力道山を殺さなかったのか』 1954年12月22日、力道山は木村の挑戦に応じ「相撲が勝つか柔道が勝つか」と騒がれたプロレス日本ヘビー級王座の決定戦が行われた。だがこの試合は、力道山側によるレフェリー・ハロルド登喜の選定、木村側のみが当身禁止という力道山側に有利なルールで行われた。 木村側の証言によれば、本来この試合は、あくまで勝ち負けの決まったプロレスであり、東京をはじめ、大会場で両者がそれぞれ互いに勝敗を繰り返しながら、全国巡業する予定のものだった。 しかし、初戦で力道山はその約束を反故にして突如として殴りかかり、そのまま張り手と執拗な蹴りの連打で、戸惑ったままの木村政彦をそのままKOする。木村は大量の血を吐き、マットには血だまりができ、普段のプロレスとは明らかに違う状況に観客は度肝を抜かれ、会場は静まりかえった。後日、力道山は木村が試合前に渡したと言われる「1試合目は引き分け」と書かれた念書をマスコミに公開し、この試合がいわゆる八百長崩れであったと証言した。後年、力道山と木村は仲介人を得て和解するものの、今日でも試合の舞台裏については謎が多く、またこの因縁の試合をモチーフとした作品も書かれている。近年では、増田俊也著の ノンフィクション『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』が、主に木村視点での綿密な取材を行いヒットした。 ◇ 中国の探査機が月面軟着陸に成功 「宇宙大国」を世界に誇示 中国初の無人月探査機「嫦娥(じょうが)3号」は14日夜、月面に軟着陸した。米国、旧ソ連に次いで世界で3ヶ国目。中国が地球外の天体に探査機を送り込んだのは初めて。習近平指導部にとり、今回の探査は国威発揚を図ると同時に、米国などと並ぶ「宇宙大国」としての地位確立を、世界に印象づける狙いがある。 中国中央テレビによると、嫦娥3号は14日午後9時12分(日本時間同10時12分)ごろ、月面クレーター「虹の入り江」に軟着陸した。2日の打ち上げ後、月周回軌道に入っていた。無人探査機の月面軟着陸は、1976年の旧ソ連のルナ24号以来37年ぶり。 嫦娥3号が搭載する自走無人探査車「玉兎(ぎょくと)号」は、重量約140キロの6輪車で、時速約200メートル。15日から車下部のレーダーなどで約3ヶ月間、地質構造やウランなどの資源などを探査する。嫦娥3号からも、望遠鏡で地球のプラズマ圏観測などが行われる。 宇宙開発を国家の中核プロジェクトと位置づける中国にとり、月探査「嫦娥計画」は独自の宇宙ステーション建設計画(2020年前後)と並ぶ柱。玉兎号には中国国旗が取り付けられているという。同計画では、18年ごろに石などのサンプルを採取して、地球に帰還する予定だ。 ◇ たびたび金を無心の孫に困り果て、祖父が「住居侵入」で通報 祖父(77)宅の敷地に無断で立ち入ったとして、島根県警津和野署は14日、孫で住居不定、無職の男(22)を住居侵入容疑で現行犯逮捕した。 孫はこれまで何度も祖父母に金を無心し、困り果てた祖父が同署に届けた。 発表では、孫は14日午後1時35分頃、同県吉賀町の祖父宅の敷地に無断で侵入した疑い。駆けつけた署員が取り押さえ、孫は「小遣いをせびりに来た」と容疑を認めている。 同署によると、祖父は「この1年半で計約300万円を渡した」と話しているという。祖父は10日に孫が訪れた際、110番しており、署員が警告していた。 ※ 頻繁に小遣いを渡す祖父が孫をダメ男にしてしまった。困った祖父さん。 ◇ 今日の誕生花・センリョウ(センリョウ科) 花言葉は、「富」「可憐」。 冬川に鴨の毛かかる芥かな 子規 ※ わが心、生きるに不適、冬ざるる 虚無 外套と帽子を掛けて我のごと 虚子 ※ ままごとに興ずる子らに冬日さす 日だまりっ子 千両の実をこぼしたる青畳 今井つる女 山より日ほとばしりきぬ実千両 永田耕一郎 名は千両といふ明るくて寂しくて 有働 亨 ゆたかなる思いふくらむセンリョウの赤い実つぶつぶこぼれたりして 鳥海昭子 |

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