今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 ◇ 原発避難者で「帰還希望」が半数を割る まだ故郷には戻れない 

 東日本大震災から1000日を前に、東京電力福島第一原発事故で避難した住民に聞き取り調査をした。調査は4回目で、福島県を含む19都府県の185人から回答を得た。その結果、震災前に住んでいた地域への帰還希望者が初めて半数を割った。生計のめどが「立たない」との答えは4割を超えた。だが、望みをつなぐ人たちは少なくなかった。

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 福島県の大熊町から南相馬市の仮設住宅に避難している栃本信一さん(61)は、「できれば戻りたい」と答えた。自宅は福島第一原発から3キロ、立ち入りが制限されている「帰還困難区域」にある。 「ピーピー」。2日、一時的に立ち入りした際、身につけた線量計の警告音が静まり返った町に鳴り響いた。毎時5〜10マイクロシーベルト。自宅の片付けの合間に「もう少し下がらないと戻れないね」とつぶやいた。

 業務用洗濯機の修理業を営んでいるが、かつては原発建設にも携わった。「町は原発と共存共栄だった。原発が負の遺産になった今、人生の集大成として除染に協力したい」。昨夏、除染従事者向け講習会に参加し、いずれは除染作業に加わるつもりだ。帰還の見通しは立たないが、「元の暮らしを取り戻すという夢や希望を簡単には諦められない」と話した。

 愛媛県伊予市に避難した渡部寛志さん(34)は、ミカンの収穫に追われている。 「ミカンがあるから、ふるさとの福島の人とつながっていると実感できる」。 南相馬市原町区の野菜農家。原発事故後、放射能の影響が心配で家族で移住し、地元の人たちの厚意でミカン畑を借りることができた。収穫したミカンは月に1度、自ら福島へ出向き、顧客に手渡しで届けている。「元気にやっているか」。絆を確認できる大切な時間だ。

 自宅は「避難指示解除準備区域」内で、早期に戻れる可能性がある。だが、調査の回答では、過去3回の「戻りたい」から、今回初めて「できれば戻りたい」と後退した。「農家なら、誰もが放射能を気にせず、百%安全な畑で作物を作りたい」。当面は愛媛県で暮らすと決めた。 南相馬市原町区萱浜(かいばま)。市内の仮設住宅で暮らす農業の田部重幸さん(80)は、津波で壊れた自宅の再建を始めた。孫の知洋さん(20)は、震災後に進んだ宮城県農業大学校を来春に卒業する。「地元に戻って農業関係の職に就きたい」。そんな知洋さんの思いを知った田部さんは、調査に「戻りたい」と答えた。「春になれば、またみんなが一緒に暮らせる」と語った。(朝日)


 海援隊 『 故郷未だ忘れ難く 』



 ◇ 原発避難で石破氏「この地域は住めないと言う時期が来る」

 自民党の石破茂幹事長は2日、東京電力福島第一原発事故で避難した被災者の帰還について「『この地域は住めません、その代わりに手当てをします』といつか誰かが言わなきゃいけない時期は必ず来る」と述べ、除染基準の見直しなどで住民が帰還できない地域を明示すべきだとの考えを示した。政府は希望する避難者全員の帰還を原則としているが、石破氏の発言はこの原則を転換すべきだとの考えを示したものだ。

 札幌市での講演で語った。福島第一原発事故の被災地の避難指示区域は、年間積算放射線量の低い順に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の三つに分かれている。石破氏の発言は、年間50ミリシーベルト超の帰還困難区域(対象住民約2万5千人)を念頭に置いたものとみられるが、具体的な地域などには言及しなかった。 石破氏は「除染基準をどうするかについては、いつかは答えを出さないと福島の復興はいつまでたっても進まない」とも語り、国が除染による長期目標として示している年間の追加被曝線量1ミリシーベルトについても見直しが必要だとの認識を示した。具体的な数値や地域の範囲については語らなかった。【三輪さち子】


 海援隊 『 思えば遠くへ来たもんだ 』



 かにかくに渋民村は恋しかり おもひでの山おもひでの川    啄木

 ふるさとの山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな 

 新しき明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に嘘はなけれど 

 やはらかに柳あをめる北上の 岸邊目に見ゆ泣けとごとくに 

 ふるさとの停車場路の川ばたの 胡桃の下に小石拾へり 

 ※ 家あれども帰り得ず 涙あれども語り得ず  川島芳子
 平成25年12月4日(水)昨日:右肩故障で0勝の斎藤は、800万減も前向きに。

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 日本ハム斎藤佑樹投手(25)が3日、札幌市内の球団事務所で契約更改交渉に臨み、800万円減の2700万円でサインした。 痛めた右肩のリハビリに取り組んだ今季は、10月2日オリックス戦で復帰登板を果たすまでに回復したが、1試合で0勝1敗、防御率13.50と数字は不本意なものだった。「すごく悔しい思いをした。でも悔しい気持ちの中にも、得られたものもあった。今年は、僕が成長できるチャンスだった」と前を向いていた。

 ※ 第88回全国高等学校野球選手権大会(2006年8月)の決勝戦で、田中投手の駒大苫小牧と斎藤投手の早稲田実業とが対峙した。両チームともに8回に1点づつ取り合った後は、1対1のまま延長15回・引き分け再試合となった。翌21日、早稲田実業が4対3で駒大苫小牧を降した。 爾来7年余、両者の間には余りにも大きな隔たりが横たわってしまった。右肩故障に悩むスリムな斎藤佑樹と、メジャーに勇躍挑もうとする頑健な田中将大と … 。やはり、剃刀と鉈とがケンカしたら剃刀は負けてしまう。それがプロ野球 … 。



 2013年12月4日、アイソン彗星は残ったの? それとも完全消滅? 

 米航空宇宙局(NASA)は、太陽に接近した際に崩壊、蒸発したとみられていたアイソン彗星の一部が残っているかもしれないと発表。太陽から離れていく様子を人工衛星が捉えた画像を公開した。 周囲に残った塵なのか、彗星の核の一部なのかは分からないという。 太陽系の遠方からやってきたアイソン彗星は11月29日午前4時ごろ、太陽に最接近。NASAは観測できなくなったため、崩壊したとみられるとしていた。(2013/11/30)

 河北秀世京都産業大教授(天文学)は「画像からは、彗星がどのぐらい細かく壊れたかは分からない。核が残っていれば引き続きガスや塵が出るので観測できるだろう。ただ当初の予測のような長い尾を伸ばしたイメージからは遠い。肉眼で見るのは難しく、写真は撮り慣れている人なら撮影できるかもしれない」と話している。

 アイソン彗星が、太陽に最接近したあとでどのような運命をたどるかは、誰にも分かりません。彗星は、核を構成するチリとガスの比率が彗星ごとに異なるなど非常に個性が強いのが特徴で、過去の観測経験を予測に生かすことが極めて難しいのです。今、私たちにできるのは、アイソン彗星が明るく長い尾を伸ばした場合に備えて、どうすれば自分の目で観測できるのか、ポイントを知っておくことです。まず、観測の時期ですが、アイソン彗星が肉眼で見えてくるのは今月4日以降です。

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 ◇ 大彗星の期待虚しく アイソン彗星消滅? (2013/11/30)

 大彗星になるとの期待を裏切り、太陽に接近した際に蒸発したとみられるアイソン彗星に、国立天文台の渡部潤一副台長は29日、「消滅するとは予想しきれなかった」と悔しさをにじませた。 彗星の挙動は予想が難しいことで知られる。ガスや塵の噴き出し具合によって、急激に明るさや尾の長さが変わることもある。だが、今回のように比較的大きな彗星が突然、消える例は少ない。

 渡部副台長によると、古文書を含め三千個以上の彗星の記録が残っているが、その中で太陽に近づく動きのものは限定的。「観測例が少なく、正確に運命を予想できなかった」というが、それだけに「貴重な観測チャンスだった」と残念がる。今後、周囲に残った塵が尾に見える可能性はあるが、ちりは徐々に拡散するため「明るくなる可能性は低い」(渡部副台長)という。 宇宙飛行士の野口聡一さん(48)は「ツイッター」で、「太陽に近づき過ぎて消滅とは、イカロスの翼のようだ」と感想を述べた。

 ※ 天空にかそけき光いざ示せ 大彗星にならずともよし ただ今ひとたび …


 ◇ 国立天文台メールニュース No.120より

 11月29日の太陽最接近で核が崩壊したアイソン彗星。太陽観測衛星でとらえられた残骸のようすから彗星活動は完全に終了したとみられ、肉眼で見える期待はかなわなそうだ。 アイソン彗星は、11月29日早朝(日本時間、以下同)に太陽にもっとも接近(近日点を通過)しました。その前の11月27日ごろには、太陽に近すぎるため地上からの観測は難しくなりましたが、SOHOなどの太陽観測衛星でその姿がとらえられていました。

 近日点に近づくにつれてその光度を増し、一時はマイナス2等級の明るさになっていたアイソン彗星ですが、近日点通過後にはその姿がきわめて淡くなってしまいました。SOHOの画像を見ると、11月28日19時前後からアイソン彗星が遮光板に隠れる直前の11月29日1時ごろまでの間に、彗星の核が暗くなったのがわかります。このことから、この頃に核の崩壊が始まって大きめの破片に分裂し、近日点でかなりとけて(昇華して)しまったと考えられます。 近日点通過直後、遮光板から姿を現した彗星の尾の形状はV字型になっていました。このV字型の上縁は彗星の核が崩壊し始めたころに放出された塵が並ぶ尾、下縁は彗星の軌道上に残された大きめの塵または崩壊の際の破片群であると説明できます。

 その後、V字型の上縁の塵は、しだいに中央の集光部から遠ざかるように拡散し、下縁も淡くなっています。もし彗星核が活動を続けている場合は、近日点通過後に放出された塵の尾がV字の上縁よりもさらに上側に伸びるはずですが、そのような兆候はまったくありませんでした。したがって、近日点通過後は、彗星の核(あるいは破片群)からの新たな塵の供給はないと考えられ、当初予想されていたような長く明るい尾が見られることはないと言えます。

 近日点通過後に見えていた尾も、12月5日ごろには約200平方度に拡散してしまうことから、その輝度は天の川のもっとも濃い部分の5分の1以下と見積もられます。これは、天の川がはっきり見える暗い空でもようやく視認できるかどうかの明るさで、日の出前の薄明の空では、地上からも航空機からも肉眼での確認は期待できないと思われます。


 ◇ ラブジョイ彗星、東北東の空に 愛知で撮影に成功(12月3日17時)

 期待されていたアイソン彗星は輝きを失ったが、別のラブジョイ彗星が尾を引いている様子を全日写連会員の藤井哲也さんが2日早朝、愛知県新城市で撮影した。 この彗星は、オーストラリアの天文家ラブジョイさんが、2011年の大彗星に続いて、今年9月に新たに発見したもの。国立天文台によると、今月いっぱい、日の出の1時間前くらいに、東北東の空に双眼鏡で見ることができる。最も明るくなると予想される上旬なら、暗い場所では肉眼でもみられるかもしれないという。



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    ◇ 今日の誕生花・サザンカ(ツバキ科)

    花言葉は、「謙譲」「理想の恋」。

    屋根の上に火事見る人や冬の月    子規

    橋をゆく人悉く息白し    虚子

    山茶花のこゝを書斎と定めたり    正岡子規

    山茶花のこぼれつぐなり夜も見ゆ    加藤楸邨

 咲くもよし散りてやさしい山茶花の ふたひらみひらの花びら拾う  鳥海昭子

 ※ 椿は花ごとぼとりと落ちて武家が嫌った。山茶花はハラリハラリと散る。


 【参照】12月4日、聖バルバラの日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/24764220.html

 【参照】12月4日、リルケの誕生日(1875年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52839203.html

 【参照】12月4日、第1回全日本オーディオフェア(1952年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49820050.html

 【参照】12月4日、ニューヨーク上空衝突事故(1965年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51543167.html

 【参照】1960年ニューヨーク上空衝突事故
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51585439.html

 【参照】12月4日、E.T.の日(1982年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38640883.html

 【参照】12月4日、雑誌の付録に、¥98.000円(1993年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/24794610.html

 【参照】12月4日、原ひさ子忌(2005年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45881375.html

 【参照】12月4日、衆院選公示の日(2012年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53802575.html

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