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平成25年5月10日(金)昨日:冤罪・名張毒ぶどう酒事件、奥西死刑囚一時危篤。 名張毒ぶどう酒事件で、再審を求めて最高裁に特別抗告している奥西勝死刑囚(87)が一時、危篤状態となり、収容先の八王子医療刑務所(東京都八王子市)で9日、肺に酸素を送り込む手術を受けた。容体は持ち直しているが、手術後は会話が困難になるという。奥西死刑囚の弁護団が明らかにした。 記者会見した鈴木泉弁護団長によると、奥西死刑囚は今月2日午後6時頃、呼吸が弱くなり、危篤状態に陥った。看護師が異変に気づいて、当直医が人工呼吸の措置を取り、危篤状態からは脱したものの、呼吸が困難となったことから、同刑務所はのどを切開する手術の実施を決めたという。 奥西死刑囚は第7次再審請求の特別抗告審で争っており、弁護団は昨年12月、独自に実施した毒物に関する実験結果を新証拠として最高裁に提出。最高検側も今年1月、「7月末までに専門家の意見を踏まえた意見書を提出する」との内容の上申書を提出したという。 ※ 誰もが「冤罪」の認識を持つ。ただ、地元では「勝が犯人」と口を揃える。 1989年5月10日、和泉雅子が日本女性として初めて北極点に到達した日 です。 この日、女優の和泉雅子さんが、日本女性として初めて北極点に到達しました。挑戦は1985年以来2度目。同行隊員4人とともに、スノーモービルとソリで約800キロを92日間で走破し、「地球のてっぺん」に立った(帰路はチャーター機)。写真は、約4ヶ月ぶりに帰国した和泉さん(5月30日、成田空港) ◇ 講演会「笑ってよ、北極点」の要旨抜粋 私の職業は女優ですが、「あれ、あの人は冒険家?」と言ってもらうと嬉しくなります。その女優がなぜ北極点を目指したのか、いまだに理由がわからないのですが、初めて南極の景色を眺めて、驚きました。私は銀座の出身なので、いつも突き当たりのある景色の中にいましたから、南極の空と海ばかりの雄大な景色を見て「あっ世界にはこんなとこもあるんだな … 」と感激しました。南極の景色は見たので今度は反対側の、あの地球儀の鋲が止まっている北極点の景色が見たいと言う気持ちが遠征隊へと発展したんです。 私は二度、北極点に挑戦しました。一回目は昭和60年、惜しくもあと148キロのところで、失敗しました。目の前に大きな氷の割れ目ができ、海が現れた。しかもその割れ目が、我々を囲んでしまい、ちょうど、大きな氷の離れ小島に取り残されたような状態になって一歩も動けなかったのです。ショックを受けて、赤ちゃんみたいに泣きました。生きて日本に帰るのは恥ずかしいとかバカなことも考えました。でも、生きてさえいれば、命さえあれば北極点なんて何遍だって挑戦できるんだ。あの北極点は一生涯、地球のてっぺんから逃げやしない。死んでしまったら二度と挑戦なんてできない。帰国して両親にも会えません。友達とおしゃべりできない。そんなこともできない人生って、なんてつまんない、バカバカしい、って思ったんです。そしたら不思議なことに、たった今まで死ぬと叫んでいたのが、急に気分がさわやかになって、私は昭和60年5月22日に断念いたしました。 二度目に備えての食べ物の研究:地元のイヌイットの人から「食べる遠征隊」とあだ名を付けられたくらいに、マコ隊は良く食べました。重要だった食品ベスト3は、第一位がお肉。皆さん、サーロインステーキ、どのくらい食べますか? 私たちは一人、一日1kg食べます。そのくらい食べないとマイナス50度の外では作業できない。二番目に大事なものは、お砂糖です。私たちはマグカップにカレーライスの大きなスプーンで山盛り3〜5杯のお砂糖を入れていただきます。砂糖は体内に入って20分ぐらいするとすぐエネルギーに変わる。寒さで脳がやられた、思考能力の低下で極限状態になってしまった。そんな時に甘くて温かい飲み物をいただくと、その場でわっと元気が出て、もう一回頑張ろうって気になります。どうしても北極圏の遠征隊にはお砂糖がたいへん重要な食品なんです。 もう一つとても大事なもの、西欧人にはあまり関係ないですが、日本人だから必要なもの、ご飯です。なぜかというと、日本人は西欧人よりはるかにお腹の中の腸が長く、毎日お肉だと排泄が問題になります。これは登山医学上の大切なことです。どんなに訓練受けた人でも、どんな頑強な山男でも、あっという間にストレスたまって、思考能力の低下で、極限状態になってしまう。私の遠征隊だから、私が最初から最後まで北極点という目標を見失わないで、頑張らなければ北極点には近づけません。空中分解してしまう。私は日本人ですから、お腹の中の腸が10mの長さがあります。しっかりと食べて、ちゃんと排泄するということが、北極という厳しい世界では重要な問題なんです。 二度目の挑戦は平成元年。1月28日、成田を出発。5月10日午前6時30分、北極点、地球のてっぺん北緯90度、あんなに立ちたかった北極点、あんなに見たかった地球のてっぺんの景色を見ることができました。62日、2ヶ月かけて北極点に立ったわけです。でも、帰りの飛行機に乗って4時間で帰りました … 。がっくりきました。北極点は一歩ずつコツコツと、一生懸命近づくから値打ちがあるのかな、価値があるのかなと思います。 二度も北極点に挑戦して全財産を失いました。大金使って何も品物は残らなかったけど、心の中には素晴らしいものが残った。北極の大自然から素晴らしいものを教えていただいた。それはこの世の中にはお金で買えないものもあるということ。命、そう心だって売ってない、優しい思いやり、親切、友情もそうです。友情は長い年月かけて心と心が通じ合うから生まれる気がします。おいしい空気、両親、皆さんを産んでくれた素晴らしい親たち。 北極出発の前日に日本の両親に国際電話をかけました。そしたら入院中の父が外出許可をとり、車椅子に乗って一日電話の前でじーっと待ってたんです。不自由になった口でたった一言「がんばんなさいよ」って言ってくれたんです。うれしかったんですよ。幸運にも北極点に到達できて、もちろん日本に帰ってきて一番にお父さんに報告しました。「父ちゃん成功したぞ。北極点に立てたんだぞ。無事に帰ってきたぞ。生きて帰ってきたぞ。」って言ったら、父はうれしそうな顔をして「よかったなあ、よかったなあ。」と言って、それから間も亡くなってしまいました。 最後に父の生きている間に帰れて、親孝行できて本当によかったと思います。皆さん、まだまだ、お父さん、お母さん健在の方多いと思います。たまには親孝行してくださいね。 どうか皆さん、毎日の暮らしの中で自分だけの北極点、目標、夢というものが絶対あると思います。どうぞ自分の北極点に向かって一生懸命走って、いつまでも地道で、まじめで、さわやかで、健全で、健康的なすばらしい大人になってほしいと思います。 ◇ 今日の誕生花・カーネーション(ナデシコ科) 花言葉は、「あなたを熱愛する」。 曙はまだむらさきにほととぎす 芭蕉 忍冬に眼薬を売る裏家哉 子規 根切虫あたらしきことしてくれし 虚子 ※ 子規に虚子たわ言紡ぎ夏立ちぬ 鬼子 灯を寄せしカーネーションのピンクかな 中村汀女 さびしさの数を束ねてカーネーション 片山由美子 持たされしカーネーションに顔を埋め うら恥ずかしき母の日という 鳥海昭子 |

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