今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成25年5月16日(木)昨日:開幕20周年の記念式典「夢を叶えましょう」。

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 Jリーグが15日、1993年5月の開幕戦、V川崎(現東京V)−横浜Mから20周年を迎え、舞台となった東京・国立競技場ではヤマザキナビスコ・カップ、FC東京−新潟を前に記念式典が行われた。初代チェアマンの川淵三郎・日本サッカー協会最高顧問は感謝を述べた後、今後20年の夢としてJクラブのクラブワールドカップ(W杯)優勝や日本代表のW杯優勝を掲げ、「これからも今まで以上に力を下さい。夢を叶えましょう」と観衆に呼びかけた。 視察に訪れた日本代表のザッケローニ監督は「20歳の『誕生日』におめでとうを言いたい。20年の間に飛躍的な成長を見せたリーグ。この調子で成長していけば、近い将来、日本代表も強豪と肩を並べるのではないか」と太鼓判を押した。



 5月16日は、北村透谷の命日 です。

 ◇ 北村透谷(1868年〔明治元年〕〜1894年)評論家・詩人・作家

 明治期に近代的な文芸評論をおこない、島崎藤村らに大きな影響を与えた。

 本名、門太郎。神奈川県小田原市生まれ。1881年に両親と共に東京に移り、翌年、銀座の泰明小学校を卒業。透谷の名は、銀座数寄屋橋の「数寄屋(すきや)」を「透谷(すきや)」にかえ、読みを「とうこく」にしたと言われる。 一時期、自由民権運動に深く影響されたが、のちになって政治から遠ざかり、キリスト教の信仰の世界に入る。25歳で自死。


 『鬼心非鬼心』(実聞) 北村透谷

 悲しき事の、さても世には多きものかな、われは今読者と共に、しばらく空想と虚栄の幻影を離れて、まことにありし一悲劇を語るを聞かむ。

 語るものはわがこの夏、霎時(しばらく)の仮の宿(やどり)とたのみし家の隣に住みし按摩男なり。ありし事がらは、そがまうへなる禅寺の墓地にして、頃は去歳(こぞ)の初秋とか言へり。
 二本榎に朝夕の烟も細き一かまどあり、主人(あるじ)は八百屋にして、かつぎうりを以て営とす、そが妻との間に三五ばかりなる娘ひとりと、六歳(むつ)になりたる小児とあり、夫(つま)は実直なる性なれば家業に懈(おこた)ることなく、妻も日頃謹慎の質にして物多く言はぬほど糸針の道には心掛ありしとのうはさなり。

 かゝればかまどの烟細しとは言ひながら、其日其日を送るに太き息吐く程にはあらず、折には小金貸し出す勢ひさへもありきと言ふものもありけり。 妻の何某はいつの頃よりか、何となく気欝の様子見え始めたれど、家内のものは更なり、近所合壁のやからも左したる事とは心付かず、唯だ年長(た)けたる娘のみはさすが、母の気むづかしげなるを面白からず思ひしとぞ。世のありさま、三四年このかた金融の逼迫より、種々の転変を見しが、別して其日かせぎの商人(あきびと)の上には軽からぬ不幸を生ぜしも多かり。正直をもて商売するものに不正の損失を蒙らせ、真面目に道を歩むものに突当りて荷を損ずるやうの事、漸く多くなれりと覚ゆ。

 かの夫妻未だ左したる困厄には陥らねど、思はしからぬが苦情の元なれば、時として夫婦顔を赤めるなどの事もありしとぞ。裡家(うらや)風情の例として、其日に得たる銭をもて明日の米を買ふ事なれば、米一粒の尊さは余人の能く知るところにあらず。或日の事とて妻は娘を家に残しつ、小児を携へて出で行きしが、米買ふ銭を算へつゝ、ふと其口を洩れたる言葉は「もしこの小児なかりせば、日々に二銭を省くことを得べきに」なりし。之を聞きたる小娘(むすめ)は左までに怪しみもせざりし。その容貌にも殊更に思はるゝところはあらざりしとなむ。

 このあたりの名寺なる東禅寺は境広く、樹古く、陰欝として深山に入るの思あらしむ。この境内に一条の山径あり、高輪より二本榎に通ず、近きを択むもの、こゝを往還することゝなれり。累々たる墳墓の地、苔滑らかに草深し、もゝちの人の魂魄無明の夢に入るところ。わがかしこに棲みし時には、朝夕杖を携へて幽思を養ひしところ。又た無邪気の友と共に山いちごの実を拾ひて楽みしところなり。

 家を出でゝ程久しきに、母も弟も還ること遅し、鴉は杜に急げども、帰らぬ人の影は破れし簷(のき)の夕陽の照光(ひかり)にうつらず。幾度か立出でゝ、出で行きし方を眺むれど、沈み勝なる母の面(おもぶせ)は更なり、此頃とんぼ追ひの仲間に入りて楽しく遊びはじめたる弟の形も見えず。日は全く暮れぬれども未だ帰らず。案じわびて待つうちに、雨戸の外に人の音しければ急ぎ戸を開くに、母ひとり忙然として立てり。その様子怪しげに見えはせしものゝ、いかに悲しき事のありけんとは思ひもよらず。弟は、と問へば、しばし黙然たりしが、何かは知らず太息(ためいき)と共に、あれは殺して来たよ、と答へぬ。

 始めは戯れならむと思ひしが、その容貌の青ざめたるさへあるに、夜の事とて共に帰らぬ弟の身の不思議さに、何処にてと問ひければ、東禅寺裡(うら)にて、と答ふ。驚ろき呆れて、半ば疑ひながらも、母の言ひたるところに、走り行きて見れば、こはいかに、無残や一人の弟は倒(さかさ)まに、墓の門なる石桶にうち沈められてあり。其傍になまぐさき血の迸りかゝれる痕を見りと言へば、水にて殺せしにあらで、石に撃つけてのちに水に入たりと覚たり。気も絶え入んほどに愕き惑ひしが、走り還りて泣き叫びつゝ、近隣の人を呼ければ、漸く其筋の人も来りて死躰の始末は終りしが、殺せし人の継(まゝ)しき中にもあらぬ母の身にてありながら、鬼にもあらぬ鬼心(おにごゝろ)をそしらぬものもなかりけり。

   ( 中略 )

 雨少しくそぼちて、桐の青葉の重げに垂るゝ一夜、暮すぎて未だ程もあらせず、例の如く家を出でゝ彼の老松の下に来掛りし時、突然片影(かたかげ)より顕はれ出るものありと見る間に、わが身にひたとかじりつき、逃げんとするも逃げられず、胆潰れながらも、其人を見れば、髪は乱れて肩にからみ、色は夜目にも青白ろく、鬼にやあらむ人にやあらむ、と思ふばかり、身はわなわなとふるひて、振り離さん程の力もなくなれり。やうやく気を沈めて其人の態をつくづく打ち眺むれば、まがふ方なき狂女なり。さては鬼にもあらずと心稍々安堵したれば、何故(なにゆゑ)にわれを留むるやと問ひしに、唯ださめざめと泣くのみなり。

 再三再四問ひたる後に、答へて曰ふやう、妾(わらは)は今宵この山のうしろまで行かねばならずと。何用あつて行くやと問ひければ、そこにて児を殺したる事あれば、こよひは我も共に死なむと思ひてなり。この言を聞きて、さては前日の児殺(こころし)よなと心付きたれば、更に気味あしく、いかにもして振離して逃げんとすれど、狂女の力常の女の腕(かひな)にあらず、しばしがほどは或は賺(すか)しつ或はなだめつ、得意客は待ちあぐみてあらむに、いかにせばやと案じわづらふばかりなり。いかに言ふとも一向に聞き入れず、死なねば済まずとのみ言ひ募りて、捕へし袖を挽きて、吾を彼の山中に連れ行んとす。もし愈々死なむとならば、独り行きても宜からずやと言へば、ひとりにては寂しき路を通ひがたしと言ふ。幸にも、この時角燈の光微かにかなたに見えければ、声を挙げて巡行の査官を呼び、茲に始めて蘇生の思ひを為せり。 始は査官、言(こと)を尽して説き諭しけれど、一向に聞入れねば、止むことを得ずして、他の査官を傭ひ来りつ、遂に警察署へ送り入れぬ。

 彼女は是より精神病院に送られしが、数月の後に、病全く愈えて、その夫(つま)の家に帰りけれど、夫妻とも、元の家には住まず、いづれへか移りて、噂のみはこのあたりにのこりけるとぞ。以上は我が自から聞きしところなり。但し聞きたるは、この夏の事、筆にものして世の人の同情を請はんと思ひたちしは、今日土曜日の夜、秋雨紅葉を染むるの時なり。

 殺さんと思ひたちしは偶然の狂乱よりなりし、されども、斯の如き悲劇の、斯くの如き徒爾(とじ)の狂乱より成りし事を思へば、まがつびの魔力いかに迅(じん)且大ならずや。親として子を殺し、子として親を殺す、大逆不道此の上もあらず、然るに斯般(しはん)の悪逆の往々にして世間に行はるゝを見ては、誰か悽惻(せいそく)として人間の運命のはかなきを思はざらむ。狂女心底より狂ならず、醒め来りて一夜悲悼(ひたう)に堪へず、児の血を濺ぎしところに行きて己れを殺さんとす、己れを殺す為に、その悲しき塲所に独り行くことを得ず、却つて路傍の人を連れ立てんことを請ふ、狂にして狂ならず、狂ならずして猶ほ狂なり、あわれや子を思ふ親の情の、狂乱の中に隠在すればなるらむ。その狂乱の原(もと)はいかに。渠(かれ)が出でがけに曰ひし一言、深く社会の罪を刻めり。

 昨夜は淵明が食を乞ふの詩を読みて、其清節の高きに服し、今夜は惨憺たる実聞をものして、思はず袖を湿(ぬ)らしけり。知らぬうちとて、黙思逍遙の好地と思ひしところ、この物語を聞きてよりは、自からに足をそのあたりに向けずなりにき。かの地に住みし時この文を作らず、却つて今の菴にうつりて之を書くは、わが悲悼の念のかしこにては余りに強かりければなり。思へば世には不思議なるほどに酸鼻のこともあるものかな。

  (明治二十五年十一月)



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   ◇ 今日の誕生花・バラ(バラ科)

   花言葉は、「愛」。

   薔薇胸にピアノに向かふひとり哉  子規

   軽やかに提げて薄暑の旅鞄      虚子

   薔薇の園引返さねば出口なし   津田清子

   薔薇熟れて空は茜の濃かりけり   山口誓子


   『百万本の薔薇』 アラ・ブガチョワ



 バラ百本いただきにけり 恥かしいできごとなどはかくして匂う  鳥海昭子


 【参照】5月16日、「旅の日」(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/42363137.html

 【参照】5月16日、「旅の日」(2011年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52122558.html

 【参照】5月16日、大相撲TV中継開始(1953年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48216738.html

 【参照】5月16日、麻原彰晃を逮捕(1995年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32562140.html

 【参照】5月16日、岡部冬彦忌(2005年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50663814.html

 【参照】民主代表選、鳩山由紀夫幹事長が新代表に(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48221746.html

 ※ 5月16日は、「透谷忌」です(1894年)。

 【参照】11月16日、北村透谷の誕生日(1868年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/23729165.html

 【参照】5月16日、五代目柳家小さんの命日(2002年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53289019.html

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