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平成25年5月20日(月)昨日:ぎふ清流ハーフマラソン、優勝はタデセ。 陸上・ぎふ清流ハーフマラソン(19日・岐阜メモリアルセンター発着)男子はハーフマラソンの世界記録を持つゼルセナイ・タデセ(エリトリア)が1時間0分31秒の大会新記録で優勝。 今夏の世界選手権マラソン代表の川内優輝(埼玉県庁)は1時間5分5秒で14位だった。女子はメスタウェット・トゥファ(エチオピア)が大会記録を更新する1時間10分3秒で制した。 川内優輝(埼玉県庁)「気持ち空回り」 日本勢5番手となる14位に終わった公務員ランナーの川内は、「気持ちが空回りした」と悔やんだ。調子が良かったことで、スタートから海外勢に付く積極的なレース運びが裏目に出た。オーバーペースになり、3キロ過ぎから失速。「実力以上のペースで走り、粘り切れなかった」と反省した。世界選手権に向け、今後も国内や海外でレースに臨む。「どんな状況でも、自分の走りができないと世界の舞台では戦えない」。実戦を重ねて勝負勘を磨くつもりだ。 1978年5月20日、新東京国際空港が紛争裡に開港 しました。 この日、発着枠拡大のために建設が進められてきた、新東京国際空港(成田空港)が開港しました。ただ、建設反対派の抗議行動は激しさを増しており、機動隊員1万人以上が動員される、ものものしい厳戒体制下の開港となった。 ◇ 開港前の抗議行動の激化により、開港延期を余儀なくされる 1977年11月28日:運輸大臣が開港日を昭和53年3月30日と告示。 1978年3月24日:財団法人・空港保安事業センターが開設。 3月26日:開港4日前の成田空港に、過激派ゲリラがマンホールを介して乱入 空港管理棟16階の管制室の機器類を破壊(成田空港管制塔占拠事件)。 3月28日:新東京国際空港関係閣僚会議において新空港開港延期を正式に決定。 4月4日:新東京国際空港関係閣僚会議において、開港日を5月20日に決定。 5月5日:車両基地に留置中の京成電鉄特急「スカイライナー」が放火される。 1978年5月20日:開港。 5月21日:開港後の初便である日本航空のロサンゼルス国際空港発のダグラス DC-8-62F貨物機が、第1便として着陸。 5月27日:中核派により国鉄成田線、佐原 - 大戸間のCTC(列車集中制御装置) の回線が切断され、航空燃料輸送列車が立ち往生する。 7月:新東京国際空港警備を目的に千葉県警察に新東京国際空港警備隊創設。 8月2日:リムジンバスターミナルの東京シティエアターミナルに火炎車突入。 9月4日:成田市の京成電鉄ガード下にトラックを炎上させ鉄道輸送を妨害。 9月7日:千葉県八千代市など数ヶ所で電話同軸ケーブルが切断される。 9月16日:過激派が成田市荒海のアウターマーカーを火炎瓶などで破壊。 1979年8月30日:千葉市高浜新空港用燃料パイプライン工事現場において、 中核派による時限発火装置によって火災が発生。抗打機4台が全焼する。 9月7日:過激派が空港第9ゲートより侵入。車両を火炎瓶等によって炎上、 滑走路燈などを破壊。 ◇ 1980年代にも続く抵抗運動 1980年10月18日:過激派が京成電鉄高砂検車区、京成上野駅、京成電鉄宗吾 検車区に停車中のスカイライナーに時限発火装置を仕掛け、一部炎上させる。 1981年3月16日:鹿島港から土屋燃料中継基地に向かっていた燃料輸送列車が 千葉県神崎町内で過激派に襲撃、放火される。幸いジェット燃料には不着火。 1982年3月13日:中核派により国鉄鹿島線、国鉄成田線、国鉄総武本線などの 信号ケーブルが切断される。また、国鉄西船橋変電所が時限発火装置によって 爆破され、空港用航空燃料輸送列車の運行停止を招く。県内列車運行に乱れ。 1983年6月:過激派が空港建設に携わる企業の作業員宿舎に放火。2名焼死。 1984年6月23日:開港以来の国際旅客 5,000万人を達成。 1984年11月14日:燃料パイプライン1本が過激派の襲撃により停止。 1985年6月23日:第1ターミナル2階の荷捌き場でカナダのバンクーバーから 到着したカナダ太平洋航空機に積まれていた航空貨物が爆発、2名が死亡。 1986年11月26日:第2期工事に着工。 1988年3月19日:開港以来の国際旅客1億人達成。 1988年9月21日:成田空港の土地問題を担当する千葉県収用委員会会長が千葉 市内に帰宅中、武装した数人の男に襲撃され瀕死の重傷。中核派が犯行自認。 10月24日:千葉県収用委員会会長以下全委員が辞表提出。千葉県収用委員会の 機能は事実上停止。以後、機能停止状態が長く続いたが、2004年12月8日に 16年ぶりに機能回復。ただし成田空港に対しては、土地収用法の適用は現段階 では対象外としている。 1989年(平成元年)2月28日:第1旅客ターミナルビル南ウイング附属棟完成。 ◇ 成田空港開港35年 「日本の玄関」正念場 競争激化 未買収地も 成田空港は20日、開港から35年を迎える。国際化が進む羽田や、成長著しいアジア各国の空港に対抗するため、成田はオープンスカイ(航空自由化)により発着回数30万回を目指す。一方で、開港時の反対闘争の傷痕は今も残り、用地内に点在する未買収地による空港のいびつな形状は解消されていない。空港間競争が激化する中、「日本の空の玄関」は正念場を迎える。 「選ばれる空港を目指したい」。成田国際空港会社(NAA)の夏目誠社長は今月14日の決算会見で、繰り返し強調した。 成田空港では今年3月末からオープンスカイが始まり、政府間の交渉を通さずに、空港と航空会社の協議で路線や便数を自由に決められるようになった。これにより週65便の増便が予定され、来年度は増収増益の見通しを示している。 しかし、国際化が進む羽田空港や、韓国の仁川空港などアジアの主要空港が急成長する中、成田を取り巻く状況は予断を許さない。 平成19年度の成田の国際線旅客数は年間3400万人を超えていたが、リーマン・ショックや東日本大震災の影響で23年度は2700万人にまで減少。24年度は3000万人にまで回復したものの、リーマン前の水準には戻らない。NAAは「羽田の再国際化の影響が大きい」と要因を分析する。 さらに、仁川が世界2位の米デルタ航空に対して誘致を働きかけるなど、各国の大手航空会社がアジアの拠点と位置づけている成田の地位を揺るがしかねない動きも出てきた。 NAAは今後3年間の中期経営計画で、路線誘致を積極的に展開する方針を打ち出した。「スピード感を持って取り組むことが重要だ」と夏目社長が語るように、成田空港は待ったなしの状況にある。 ◇ 今日の誕生花・シラネアオイ(シラネアオイ科) 花言葉は、「優美」。 けしの花大きな蝶のとまりけり 子規 富める家の光る瓦や柿若葉 虚子 白根葵咲きて村々はるかにす 伊藤敬子 白根葵咲けりといふよ山彦も 水原秋櫻子 子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤 實 修験者が潔斎をせし崖ありて シラネアオイは今年も咲けり 鳥海昭子 |

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