今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 ◇ 『コンビニ人間』と言うこと 〜その明解なる不可解さ〜

 本作は、第155回平成28年上半期の芥川賞を受賞した村田沙耶香氏のもので、『文學界』六月号に掲載されたものです。


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 芥川賞選評:山田詠美

 コンビニという小さな箱とその周辺。そんなタイニーワールドを描いただけなのに、この作品には小説のおもしろさのすべてが、ぎゅっと凝縮されて詰まっている。十数年選考委員をやってきたが、候補作を読んで笑ったのは初めて。そして、その笑いは何とも味わい深いアイロニーを含む。村田さん、本当におめでとう。


 芥川賞選評:奥泉 光

 今回の選考会には、「コンビニ人間」を推そうと考えて臨んだところ、最初の投票で大きく票を集めたので、波乱なく受賞が決まった。人は誰しも自分の言葉を喋り、自らの欲望に従って行動しているように見えて、じつはほかの誰かの言葉や欲望を模倣しているにすぎない … と、このあたりの事情は数多の思索家によって論及されてきたわけだけれど、本作はこの人間世界の実相を、世間の常識から外れた怪物的人物を主人公に据えることで、鮮やかに、分かりやすく、かつ可笑しく描き出した。 人間造形も面白く、まるで実力を欠きながら世間をひたすら呪詛するダメ男などは秀逸で、このダメ男を主人公があえて自宅に住まわせるあたりの展開は、唖然として笑いつつ、主人公の世界からの孤立ぶりには慄然とさせられる。傑作と呼んでよいと思います。


 芥川賞選評:村上 龍

 私事で恐縮だが、わたしがMCを務めるTVの経済番組では、従業員教育に力を入れている企業が多く登場する。従業員のモチベーションについては、ひところ流行った成果主義・能力給にはさまざまな問題があり、給与の額で動機付けができる企業も、金融業やITなど限定的だ。だから、従業員教育は非常に重要で、実施しているのは基本的に優良企業であり、かなり事業規模の大きなメーカーから、外食などのサービス業、もちろんコンビニも含まれる。

 教育、トレーニングの方法はさまざまだが、共通しているのは「挨拶」の徹底だ。新人が、客に「いらっしゃいませ」と言えるようになるには、かなりの時間が必要らしい。単に元気のいい大きな声というだけではだめで、客に対し、心の底から「この店に来ていただいてありがとうございます」と思って、挨拶しなければならない。 一種の「規律」であり、いろいろな意味での、会社への同化・帰属意識の醸成でもある。それは外部から見ると宗教的でもあり、昔の寺、海外の教会やモスクの役割を果たしているのかもしれないと思うこともある。

 あるいは高度成長の時代にはまだ存在していた「世間」というコミュニティの代替と見ることもできる。 だから「コンビニ人間」という作品には、驚いた。そのような現実が、見事に描き出されていたからだ。主人公は「おかしな人間」として登場するが、彼女は決して「変な人」「悪人」「病んだ人」「社会的不適格者」などではない。「古倉さん」は、実はどこにでもいる。それがいいことなのか、悪いことなのか、嘆かわしいことなのか、逆に、新たなコミュニティの出現として歓迎すべきことなのか、それはおそらく誰にもわからないし、小説が回答を出す必要はない。

 「現実を描き出す」それは小説が持つ特質であり、力だ。隠蔽されがちで、また当然のこととして見過ごされがちで、あるいは異物として簡単に排除されがちな現実を描く、そして、正確な言葉を発することができない人の、悲しみ、苦悩、嘆き、愚痴、数奇な行動などをていねいに翻訳し、ディテールを重ね、物語として紡ぐことで本質なことを露にする。今に限らず、現実は、常に、見えにくい。複雑に絡み合っているが、それはバラバラになったジグソーパズルのように脈絡がなく、本質的なものを抽出するのは、どんな時代でも至難の業だ。作者は、「コンビニ」という、どこにでも存在して、誰もが知っている場所で生きる人々を厳密に描写することに挑戦し、勝利した。

 しかも、「コンビニ人間」には上質のユーモアがあり、作者に客観性が備わっていることを示す。このような作品が誕生し、受賞したことを素直に喜びたい。


 芥川賞選評:島田雅彦  〜 不本意な結果 〜

 『あひる』は寓意的な身辺雑記として、体裁よく仕上がっているが、低いハードルは上手に飛べる。云々 … 以下省略。
 『短冊流し』、本編を第一章とする三章構成の中編であれば、家族小説の傑作が誕生していたかもしれない。云々 … 以下省略。
 『美しい距離』は勤務先に馴染めなかった男が支所長の娘と結婚し、十五年後、その妻を病で失う顛末を描いた一種のサラリーマン小説である。云々 … 以下省略。

 タイトルとテーマ、コンセプト、そしてキャラだけでもたぶん小説は成立するだろう。叙述や会話のコトバから一切のオーラを剥奪しても、心理の綾をなぞることを省いても、ギリギリセーフだ。セックス忌避、婚姻拒否というこの作者にはおなじみのテーマを『コンビニ人間』というコンセプトに落とし込み、奇天烈な男女のキャラを交差させれば、緩い文章もご都合主義的展開も大目に見てもらえる。巷には思考停止状態のマニュアル人間が自民党の支持者くらいたくさんいるので、風俗小説としてのリアリティはあるが、主人公はいずれサイコパスになり、まともな人間を洗脳してゆくだろう。そんな能天気なディストピアから逃れる方法を早く模索してくれ、と同業者に呼び掛けたい。

 全世界的に外国人排斥と自民族中心主義が広がる中、移民二世、三世は移民先の文化に適応するか、ルーツの民族文化に回帰するか、あるいはハイブリッド文化を構築するか、パンク化するか、やけっぱちのテロリズムに走るか、これは文化の未来を左右し、文化の不安をかき立てる。在日三世の韓国人が日本の学校から、なぜか朝鮮学校を経て、米オレゴン州へと向かった少女の反抗と葛藤の記録は肉弾的リアリティに満ちている。

 完全アウェイの環境下で、自分にふさわしい文化を獲得しようと、試行錯誤のパズルを繰り返すジニの姿こそが世界標準の青春なのかもしれない。粗削りで稚拙な表現を指摘する委員が多かったが、それは受賞作にも当てはまるので、この作品の致命的欠点とはいえない。受賞は逃したが、『ジニのパズル』はマイナー文学の傑作であることは否定できない。


 芥川賞選評:堀江敏幸  〜 伸縮するもの、しないもの 〜

 前半、省略。  目の前にあるのに誰も触れたことのない杭と対峙し、自分との距離を測ろうとしたのが崔実さんの『ジニのパズル』だろう。日本語しか話せないまま朝鮮人学校に入る決断、以後の彼女を揺さぶる言語の壁、異物を排除する闇との戦いが胸を打つ。北朝鮮指導者の肖像画を投げ捨てる事件は鮮烈だが、ハワイを経て北米に逃れた彼女を救うのは、二つの言語の外に位置する英語の使い手である。パズルの動かし方が冒頭で示されていなければ、勢いはもっと増していただろう。

 ジニの歯車を狂わせたテポドン一号の発射は一九九八年夏。その数ヶ月前にオープンしたコンビニのスタッフとなり、以後十八年にわたって働き続けている女性を主人公にしたのが、村田沙耶香さんの「コンビニ人間」である。幼少時から常識を知らない変人扱いされてきた「私」は、肖像画との距離を測るかわりに、意味のなさに身を委ね、掛け替えのきく、伸び縮みしない「世界の部品」となることに、生きがいを見出す。指のささくれを一本ずつ抜いてゆくような心理の詰め方が逆にユーモアを生み、異物を排除する正常さの暴力をあぶり出す。読後に差し込む不思議な明るさに、強く引き寄せられた。


 芥川賞選評:小川洋子  〜 ただそれだけのこと 〜

 飼っていたあひるが死ぬ。ただそれだけのことが文学になる、という不思議に、『あひる』は気づかせてくれる。"ただそれだけのこと"の中に現れる、ふと、としか他に表現の仕様がない瞬間の心の揺れを、今村さんは見事にすくい上げる。ありふれた素っ気ない言葉が置かれるだけで目の前を過ぎてゆく一瞬が引き伸ばされ、読み手の心にざらりとした感触を残す。

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