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平成26年7月16日(水)昨日:企業の特許活用と社員の発明意欲を両立させることが課題。 政府が、特許など知的財産のさらなる活用を目指す「知的財産推進計画」をまとめた。 ポイントは、社員が仕事で行った発明(職務発明)の特許権を、一定の条件で企業の所有とする方針を示したことだ。 企業が職務発明の特許権を得るには、発明者に対価を払って買い取らねばならない。この仕組みを改め、発明者への適正な報酬を保証するなどの基準を満たした企業については、最初から特許権の所有を認める方向という。 日本企業が国際競争を勝ち抜くには、成長の源泉である特許を最大限活用する必要がある。企業がコストと時間をかけて、社員の発明を支えているのも事実だ。企業の知財戦略を後押しする制度改正の方向性は妥当だろう。 背景には、職務発明への対価を巡る社員との紛争が絶えない実情がある。日亜化学工業が2005年、青色発光ダイオードを発明した元社員に、8億円余りの和解金を支払ったのが代表例だ。 企業が特許を買い取った後も、業績向上などの貢献に比べて対価が安すぎるなどとして、発明者が訴訟を起こす恐れは残る。 多額の対価支払いを迫られるリスクを抱えたままでは、他社との共同開発やライセンス契約を進めにくいという声も少なくない。 企業が最初から特許権を持てるようになれば、対価を巡る紛争は減ると見られている。経営戦略上の自由度も増すだろう。 気がかりなのは、個人で特許を取得できなくなり、社員の発明意欲が薄れかねないことだ。研究部門の士気が下がり、開発力が衰えてしまっては、元も子もない。 優秀な研究スタッフが、新興国などに高額の報酬で引き抜かれる「人材の空洞化」も心配だ。 十分な報酬や人事で報いる制度とすることが大切である。 連合は「社員の立場は会社より弱く、社員が納得する手続きを検討すべきだ」と主張している。 政府はこうした意見も踏まえ、職務発明の特許所有を企業に認める基準を策定するべきだ。 一部の企業では、職務発明をめぐる争いを避けるため、発明が生み出した売上高や利益、特許料などの実績に応じて、報奨金を支払う仕組みを導入している。 政府は、民間の先行的な取り組みを参考にしながら、企業と社員双方が受け入れやすい制度に仕上げてもらいたい。 ※ 「人材の空洞化」は紛れもない現実となっている。グローバル経済 vs 鎖国経済では 。 7月16日、「九条」俳句 掲載拒否に思う - - - 。 ◇ 「九条」俳句 掲載拒否に思う 勝手な自主規制の怖さ(07.16 中日文化面) 中村桂子:JT生命誌研究館館長 集団的自衛権の行使容認が憲法の解釈変更により閣議決定された。憲法は、国家権力の行使を拘束、制限し、国民の基本的人権を保障するためにある法律のはずなのに、内閣がそんなことをしてよいのだろうか、なぜ今それを急がなければならないのだろうかと思っているうちに手の届かないところで、事はどんどん進んでしまった。 私は、日本国憲法、とくに九条を大切に思っている。国際問題がより複雑になりつつある今こそ、六十年以上守ってきたこの理念を生かし、武力を使わない問題解決に努力し、平和に貢献する時だと考えている。けんかは苦手なのでなんとか仲裁役をする。子どものころからそんな選択をしてきた人間の思いである。それを仲間たちとは語り合っているが、もっと広く十分な議論をしたい。民主主義とはそのような議論を基に動く社会のはずである。集団的自衛権についての異なる考えにも耳を傾けたうえでなお不戦を求めたいと思っている。議論がないことが不安なのである。 とはいえ、私たち一人一人の考えを国政の場に反映させるのは選挙以外難しい。日常それができるのは地域である。事実、地方議員や各地の首長から、もっと議論をという声が上がっている。ここには生活者の気持ちが届いているのだろう。地域こそ、生活者としての考えを発言し、行動していく場である。国際社会や国政では、一言で国とされるが、国とは抽象的なものではない。国民一人一人がつくるものであり、それがどれだけ暮らしやすく、未来を感じさせる場になっているかが大切なのだ。それには地域が内発的に多様に動いていなければならない。 そんなことを考えているところへ、さいたま市大宮区の七十三歳の女性が詠んだ俳句が、地域の公民館が発行する「公民館だより」に掲載拒否されたという報道があった。「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という句だ。公民館で開かれている俳句教室での互選で選ばれた一句を毎月「公民館だより」に載せることになっているのに、なぜかこの句が掲載予定の七月号には俳句欄がなかったというのである。 ここで公民館長は「世論が大きく二つに分かれる問題で、一方の意見だけ載せられない」と説明し、公民館を管轄する立場の人は「この句が市の考えだと誤解を招いてはいけない。公民館の判断は妥当だ」と言っている。 公民館とはまさに地域の人々が集まり考えを述べ合う場ではないだろうか。世論が分かれる大事な問題だからこそ、意見を述べる場にするところではないのだろうか。そもそもこの句は、素直に情景を描写しているものであり、なぜこれを掲載できないのかわからない。ここで、「市の考え」という言葉が出てくるのもふしぎだ。 市とは何なのだろう。市長が自らの考えを述べ、市民に問いかけることはある。議員の中にもさまざまな考えがあるだろう。選挙民としての責任を感じながらその考えは聞く必要がある。しかし、「市」となったら、それは市民全員の集まりであり、それこそ皆で議論をしなければ市の考えなど出てくるはずはない。 ここで行われたのは行政の勝手な自主規制である。地方自治体としてやってはならないことだ。税金は市民が納入しているのに上の方だけを見ている姿勢は許されない。しかも上から禁止のお達しがあったわけではなかろう。市民に最も近いところが自主規制をした時に社会はどうなるか、考えるだに恐ろしい。身近なところこそ重要であることを再確認したい。 ※ 音もなく軍靴の響き木魂する 御霊の安寧破るがごとく --- ◇ 今日の誕生花・トキソウ(ラン科) 花言葉は、「献身」。 夏嵐机上の白紙飛び尽す 子規 自らその頃となる釣荵(つりしのぶ) 虚子 ※ 吊り提げていた吊忍が、やがてその時分時を迎えて様になる。 祭笛吹くとき男佳かりける 橋本多佳子 うみどりのみなましろなる帰省かな 高柳克弘 羅(うすもの)をゆるやかに着て崩れざる 松本たかし 高原の花屋にありし朱鷺草の 鉢なつかしく憩う時あり 鳥海昭子 可憐なる花に残りし朱鷺といふ まぼろしの鳥ときに流され 鍍金 |

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