|
「音」にひかされて…聞声悟道、波立つ心静まりて…泉声中夜後 (1) 江戸の怪談 『美少年と栗の実』 周防(すおう)山口に沢田源四郎という者がいた。14歳で藩主の小姓をつとめていたが、聡明で優美な美少年で、恋い焦がれる男女が跡を絶たなかった。また城下の寺に素観(そくはん)という弟子がおり、かれも源四郎に焦がれていたが、少年が同家中の鈴木某と兄弟の契りを結んだと聞いて逆上し、その日から断食して一月もたたぬうちに果てた。 一両月も過ぎると、源四郎の寝室に妖しい事が起こり始めた。家が揺れたり、橡(とち)の木の下から大坊主が現れたりしたため、源四郎はふらふらと病になった。両親は歎き、鈴木某も毎日見舞いに来た。偉い僧を呼んでも霊験現れず、怪異はしだいに激しさを増して、真夜中を待たずに宵のうちからあらわれるようになった。源四郎は次第に痩せ衰え、家族も疲れ果てたので、近所の若い侍が交代で徹夜の見舞いに来た。 ある日、一人の侍が眠気覚ましのつもりで袖に入れてきた栗を、火鉢にくべて炙っていた。そのうちに家の中が鳴動して、果たしてどんなものが出るかと、身構えていたところ、怨霊が生前の出家の姿のまま、すさまじい形相で源四郎の枕元に近づこうとした。 その刹那、ぽんっ!と栗が火鉢から爆ぜて飛び出す。傍らに居た者たちも一瞬、肝を潰す。そして、怨霊もまた、ぱっと消え失せた。その夜は別に怪しい事もなく、どういうわけなのか翌夜以降、一向に怪異は起こらなかった。源四郎も快癒して無事に成人した。 思いがけない栗の爆ぜる音で怪異が止んだのは不思議にも幸せな事であった。鈴木某が助けるのかと思えば、少年を救ったのは一個の栗だった。栗が爆ぜる、全くの“無心”で起きる現象は幽鬼と雖も如何ともし難い。熾烈極まりない妄想に憑り付かれた悪鬼も、一点無縁の“所作”に済度された。源四郎の本復は、その副産物か。 (「新説・百物語」高古堂著/明和四年<1767年> ![]() (2) 香巌撃竹(きょうげん・げきちく) 百丈の弟子の香巌は師が亡くなったので、兄弟子の潙山(いさん)を尋ねた。潙山は言う。「お前が学んできたものはここではいらない。父母未生已前に当たって何か言ってみよ」と言われて、愕然とする。 何も答えられないので、何かヒントがほしいと頼んだが、兄弟子は「教える事を惜しみはしないが、そうすればお前はいつか、私や自分自身を恨むだろう」と突っぱねた。 香巌は、そのまま悄然として庵を結んで、竹を植えて暮らしていた。ある日、掃除をしていると、箒で掃いた際に小石が竹に当たって、カチッと音をたてた。その瞬間、ハッとして香巌はその昔、自分に教えてくれなかった潙山の恩を知り、沐浴して潙山の禅院に向かって報恩の拝をなした。 ※ 父母未生已前(ふぼ・みしょう・いぜん)=父母未生已前、汝本来面目 お前さんの両親が生まれる以前の、お前さんの本当の処を、さあ、見せてくれ。 無心の音が、幽鬼を怨念から救いとり、道を求めて止まぬ修行者をして、その眼を開かしめる。人の計らいを越えた無心の行いこそ、人を動かす。無心になる、それが出来ずに誰もが苦労する。悩みの上に更に悩みを積み上げて、慨嘆する「それが人生さ」と。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





