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あゝ、ベルイマン逝く スウェーデンの巨匠・イングマル・ベルイマン監督死去(7月31日) スウェーデンを代表する世界的な映画監督イングマル・ベルイマン氏が30日、バルト海にある同国のフォーレ島の自宅で死去した。89歳。スウェーデン通信などが家族の話として伝えた。死因は明らかにされていない。 同国ウプサラ生まれ。子供の頃から人形劇や演劇に興味を示し、1940年にストックホルム王立オペラ劇場の演出助手になった。その後、シナリオライターの助手などとして映画界入りし、40年代半ばに監督デビュー。「夏の夜は三たび微笑む」「処女の泉」などで世界に知られるようになり、1957年の「野いちご」でベルリン映画祭金熊賞を受賞。 神の沈黙3部作として有名な60年代の「鏡の中にある如く」「冬の光」「沈黙」を経て、「叫びとささやき」(1972年)「鏡の中の女」(1976年)「ファニーとアレクサンデル」(1982年)で名監督としての地位を確立。「ファニーとアレクサンデル」の撮影風景を自身が記録した「ベルイマンの世界」(1985年)もある。 「ファニーとアレクサンデル」以降は映画よりも舞台演出に専念。85歳を迎えた2003年には記念として、久しぶりにテレビドラマ制作を手掛け、映像世界での健在ぶりを発揮した。1991年には高松宮殿下記念世界文化賞(演劇・映像部門)を受賞。 ◇ ベルイマン監督の追悼切手発行へ、スウェーデン (8月3日) スウェーデンの郵政当局スポークスマンは2日、先ごろ死去した世界的な映画監督イングマール・ベルイマン氏を追悼する切手を来年1月に発行する方針であることを明らかにした。 郵政当局は来年のベルイマン氏の生誕90年に合わせ、記念切手を発行する計画を立てていたが、同氏の死去を受け、追悼切手に変更するという。 どのような図柄になるかは未定。 スウェーデン郵政当局は過去に、ベルイマン氏の代表作「野いちご」や「叫びとささやき」をテーマとした切手を発行している。 ◇ 映画引退(?)のベルイマンの新作フィルム「サラバンド」(2003年) 1982年『ファニーとアレクサンデル』を最後に「すべてやり尽くした」と、映画からは引退を表明したベルイマンだったが…。新作「サラバンド」は、1974年『ある結婚の風景』の続編であり、その30年後と言う設定だ。主演は『ある結婚の風景』の主演の2人、リヴ・ウルマンとエルランド・ヨセフソン。 ベルイマン独特のモノクロ画面、或いは霞がかったような陰湿感あふれる画面は、そこにはなく、新作「サラバンド」は、どこまでもクッキリハッキリ。それもそのはず、この映画はデジタルで撮影され、デジタルで上映されている。自ら「遺作」と公言して、新作『サラバンド』を世に問うた。 『サラバンド(Saraband)』 112分 (Saraband:17〜18世紀、欧州で流行した緩やかな三拍子の舞曲。) マリアン(リヴ・ウルマン)は、かつての夫ヨハン(エルランド・ヨセフソン)を30年ぶりに訪ねる。ふたりは再会を祝福しあい、過去の軋轢がなかったかのように親し気に対話を重ねる。 ヨハン宅の近くで暮らす彼の息子ヘンリックは、チェロの才能を持つ娘のカーリンを溺愛する。ある日、父親の抑圧的な愛情に苛立つカーリンは、マリアンに苦しみを訴えるが…。 2年前に妻を癌でなくして以来、カーリンを妻の代わりに愛情で縛り付けてしまい、彼女をチェロのソリストとして育てようとするヘンリックと、父の押し付けがましい愛情に反発しつつも音楽家として自立することや、父を置き去りにしていくことへの不安を抱くカーリンの葛藤が、マリアンの前で展開されてゆく。 『秋のソナタ』のイングリッド・バーグマン ストックホルムにて生まれる。19歳で映画界入り、母国スエーデンで11本の作品を撮り、ハリウッド入り、大女優となったイングリッド・バーグマン最後の映画作品。彼女の愛らしい瞳とは対照的に、実生活では実に奔放にして積極的な人生を生ききった。 バーグマンは英語読みで、スエーデンではベルイマンと呼び、監督と同じ姓。バーグマンは67歳の誕生日に癌で亡くなっている。この最後の作品は63歳の時。 『秋のソナタ』 ピアニストであり家庭に不在がちであった母・シャーロッテは長年、付き合っていた愛人と死別した。その知らせを聞いた娘エヴァ(リブ・ウルマン)は自分の家で一緒に暮さないかと母に相談を持ちかける。母親はすぐさまその相談を承諾し、7年振りにエヴァの元へと訪れる。 そこには脳性小児麻痺の娘レナがいて、シャーロッテは余りいい気分ではない。それでもレナの前では明るく振る舞う。そんな母の二面性に苦しめられてきた娘エヴァは、シャーロッテを告発する。自分を捨てて他の男の元へと走った時、自分と父親はどんなみじめな気持で毎日を過ごしたか延々と語るのである。 ※ 人生の最晩年に、イングリッド・バーグマンは、シャーロッテとして自らの人生を反芻する。それは苦渋に満ちたものに違いなかったけど、身内には非難めいたことも言われ続けて来たけれども、自らの選択に悔いはなかった。ベルイマンがハリウッドに手紙を認め、バーグマンがこれに応じた。人生の達者ふたりの意気が呼応した名品となった。リブ・ウルマンも実に良かった。 |

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