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偶成 9 |

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◇ 破戒無慙(仏道に帰依しながら戒律を破り恥じず) 修行僧、酒飲み口論、後輩死なす… 滋賀・臨済宗永源寺(2009.03) 後輩の修行僧に暴行し死亡させたとして、滋賀県警東近江署は7日、同県東近江市の臨済宗永源寺派総本山「永源寺」の修行僧、内山忠昭容疑者(52)を傷害致死容疑で逮捕した。 発表では、内山容疑者は6日午後11時30分頃、同寺境内にある寮の自室で、後輩の木畠(きはた)均さん(47)と酒を飲んで口論となり、木畠さんの腕をつかんで、縁側から約50センチ下のコンクリート地面に背中から落とした疑い。木畠さんは頭を強く打ち、病院に運ばれたが、7日午後に脳挫傷で死亡した。 内山容疑者は7日昼、同寺関係者に付き添われ、同署に出頭した。内山容疑者は、同寺で約20年間修行していたという。調べに対し、内山容疑者は「修行態度をなじられ、部屋から追い出そうとしたら頭から落ちた」と供述していると言う。 ※ 最愚鈍の者と雖も二十年純一に修行せば、必ず佛果を得むと … 。 悲しむべし凡愚の瞋恚無慙無愧 咎なく過ごすまさに是れ僥倖 極楽は西にはあらず皆身にあり 地獄のさまも己がこころぞ 己心の弥陀、己心の悪鬼の入りまじり 今日ひと日の無事に額く 【幸せの「はひふへほ」】 半分でいい、人並みでいい、普通でいい、平凡でいい、ほどほどでいい。 ハッピーは、非難せず、不満を言わず、平穏に、ほっこりと。 瑞石山永源寺(臨済宗永源寺派本山) 所在地:〒527-0212 滋賀県東近江市永源寺高野町41 南北町時代の康安元年(1361年)、近江国の領守・佐々木氏頼が、この地に伽藍を建て、寂室元光禅師を迎えて開山され、瑞石山永源寺と号した。 禅師が遷化された後の、応安2年(1369年)後光厳天皇は禅師を追崇され円応禅師の諡号をおくられ、さらに昭和3年(1928年)4月には正燈国師の称号がおくられている。応仁の乱には、京都五山の名僧がこの地に難を避け修行し、"文教の地、近江に移る"といわれるほど隆盛をきわめた。 明応(1492年)永禄(1563年)とたび重なる兵火にかかり、本山をはじめ、山上の寺院悉く焼失。寛永年間一絲文守禅師(仏頂国師)が住山し、後水尾天皇の帰依を受け再興された。明治以来、臨済宗永源寺派の本山となり、百数十の末寺を統轄し、坐禅研讃、天下泰平、万民安穏を祈る道場となっている。 永源寺の紅葉 関西有数の紅葉の名所と知られる永源寺。「もみじの里」としても親しまれており、秋になれば鈴鹿の山々とともに永源寺一帯が紅に染まります。 特に、もみじトンネルとなる総門から山門にかけての石畳の参道は赤一色に染まり、色鮮やかなもみじたちが訪れる人々を迎えてくれます。毎年、紅葉時期なると多くの参拝客がもみじ狩りに訪れ、周辺は賑います。 ※ 以前、永源寺に立ち寄ったことがある。本山専門道場としては、こじんまりとした構えで、鄙びた風情が印象的だった。 今は既に老師になられた方が、雲水時代にこんな事を言われた。曰く、道場に長く居るためには、腹が真っ白か真っ黒か何れかでなくては身が持たぬ、と。
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◇ 自戒する中谷 巌の『資本主義はなぜ自壊したのか』──「日本」再生への提言 集英社 ISBN : 978-4-7976-7184-1 発行年月 : 2008.12 中谷巌:1942年生まれ。ハーバード大学留学を経て、大阪大学教授、一橋大学教授など。「経済戦略会議」元議長代理・三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長。 リーマン・ショック、格差社会、無差別殺人、医療の崩壊、食品偽装。すべての元凶は、「市場原理」だった。 構造改革の急先鋒であった著者自身が記す、「懺悔の書」。グローバル資本主義の本質とは何かを明らかにする。 新自由主義に席巻されたアメリカの経済学を信奉してきた著者が,そういう過去を自己批判する。最近よく批判される小泉政権の政策については、郵政民営化で公共事業に自動的に資金が流れる仕組みに楔をうった点を評価しながらも、地方の特定郵便局まで民営化して採算重視することへの疑問を述べる。 格差や貧困をを生み出し、環境を破壊する近年のグローバル資本主義を批判するだけでなく、一神教であるキリスト教に支えられた米英の資本主義や、土地の私有制などにもメスが入れられる。 その一方で、グローバル資本主義を拒否したブータンとキューバに、羨望の目が向けられているのが興味深い。さらに自然との共生を重視してきた日本人の思想を見直し、「商人道」から発した日本の商慣習を評価し、日本の自動車産業の成功の理由をそういうところに見ている。 その一方で、批判した資本主義を「歴史を逆行させることはおそらく出来ないだろう」とあっさりと認めてしまう。資本主義のルーツにまで遡りながら、根本的な見直し議論が欠落する。 ◇ 『小泉改革の大罪と日本の不幸 格差社会、無差別殺人
── すべての元凶は「市場原理」だ』
昨年末の「週刊現代」に寄稿した中谷巌氏の論文 中谷巌氏は、小泉純一郎・元首相や竹中平蔵・元経済財政政策担当大臣とは思想的に近く、「米国式市場万能論」の信奉者として「日本の米国化」を強力に推進してきたエコノミストであったが、過去の自分の主張には大きな過ちがあったと「懺悔」をしているようだ。「週刊現代」の記事の冒頭部分には、こうあります。
豊かな中流階級はどこへ消えた
私、中谷巌はいま、これまでの自分の主張が誤りだったと率直に反省しています。1990年代、細川内閣や小渕内閣で首相の諮問機関のメンバーだった私は、規制緩和や市場開放の旗を熱心に振り続けました。 そして小渕内閣の「経済戦略会議」議長代理として発した提言は、その後、同会議の委員だった竹中平蔵さんによって引き継がれ、彼が小泉内閣で政策立案の中心人物となったときに、小泉構造改革の一環として実現していきました。 小泉構造改革は日本にアメリカ流のグローバル資本主義を持ち込みました。間接的にですが、その改革に参画した私は、小泉・竹中氏同様、日本社会に構造改革を持ち込んだ張本人なのです。 しかし、いきすぎた構造改革は日本社会の良き伝統を壊す強烈な副作用を生み出しているように思われます。貧困層の増大、異常犯罪の増加、ぬくもりのある社会の消失などです。「これはいけない」と、私は自らの主張が誤りだったと悔恨の念を持っています。 「すべての改革が不要だった」と言っているわけではありません。ただ、改革は人々が幸せになるための手段です。構造改革で日本人は幸せになれたでしょうか? 多くの人々を不幸に陥れてしまう改革は、改革とは呼べないのです。 ※ エコノミストにはもとより、「幸福論」があるとは思わない。国民の福祉には経済の安定が不可欠だが、政治の力により国民の幸福がもたらされるなどとは、誰しも思うまい。ただ、日本の国の仕組みが明治以降、「殖産興業」に凝り固まり、産・官・学の癒着から一歩も出れない状況で百年余が経過している。これこそが日本の不幸であり、有権者の怠慢のしからしむるところ。 ※ ネオ・コンとは:ブッシュ政権を操った政策集団。「新保守主義派」(ネオ・コンサバティブ)と“保守”を名乗りながらも、“急進的改革”の旗を振った彼等。その世界戦略の破綻は、文字通り世界規模の経済恐慌をもたらした。 対米追従を抜け出せない日本の外交、米国市場偏重の輸出体質から脱却できない日本経済。親亀コケたら小亀・ニッポンもコケてしまう現状を、どう乗り切るのか。 「資本主義はなぜ自壊したのか?」 2009.01.20 理事長 中谷巌 昨年末に「資本主義はなぜ自壊したのか」という著書を出版させていただいた(集英社インターナショナル)。その意図は、国の方向性は市場参加者の意図が反映される「市場メカニズム」に任せるべきだという「新自由主義」的な考え方で進んできた日本の「改革」路線では、日本社会の良いところが毀損していくのではないか、マーケットだけでは日本人は幸せになれないのではないかという疑問を率直に示すことにあった。 私が昔、「改革」の積極的な推進者であったことを自戒する内容であったことから、思いのほか、世の中から大きな反響をいただいた。「何をいまさら」という批判、「中谷は守旧派になったのか」という批判など、反響の中身はきわめて多様であった。改めて世の中に「発信」することの責任の重さを感じさせられた次第である。 メディアにもたくさん取り上げていただいたが、中には、私があたかも「マーケット」や「改革」そのものに反対しているように受け取られる報道がなされてしまったこともあるが、これは本意ではない。なぜなら、私は「改革」そのものを否定しているわけではなく、日本社会の素晴らしさにさらに磨きをかけることができるような、明確な政策意図を持った「改革」が必要だと主張しているに過ぎないからである。 繰り返しになるが、「なんでも市場に任せるべき」「国がどうなるかは市場に聞いてくれ」という新自由主義的な発想に基づく「改革」は、無責任だし、危ないのではないかということを強調したかったのである。実際、グローバル資本主義は巨大なバブル崩壊を招来し、世界経済に多大の損害を与えたし、平等社会を誇っていた日本もいつの間にかアメリカに次ぐ世界第2位の「貧困大国」になってしまった。そのほかにも、医療難民の発生、異常犯罪の頻発、食品偽装など、日本の「安心・安全」が損なわれ、人の心も荒んできたように見える。これを放っておいてよいのかという問題意識である。 新自由主義的改革においては、「個人の自由」を「公共の利益」に優先させ、あとは小さな政府の下、「市場にお任せ」すれば経済活性化が可能になるという考え方をとるが、それが上記のようなさまざまな副作用を生んでしまった。したがって、「改革」は必要だが、それはなんでも市場に任せておけばうまくいくといった新自由主義的な発想に基づく「改革」ではなく、日本のよき文化的伝統や社会の温かさ、「安心・安全」社会を維持し、それらにさらに磨きをかけることができるような、日本人が「幸せ」になれる「改革」こそ必要であると考えたわけである。 そのための方向性はこれからもっと勉強しなければならないが、とりあえずは、「貧困大国」の汚名を返上する改革が必要だろう。底辺を底上げし、貧困層が社会から脱落していくのを防ぐこと。このことが重要なのは、「日本の奇跡的成長の原動力であった中間層の活力を回復しないと日本の将来はない」と考えるからである。日本が富裕層と貧困層に2分されてしまえば、社会は荒み、日本の良さが失われるだろう。 もう一つは、明治以来の中央集権体制を解体し、「廃藩置県」に匹敵するくらいの大きな制度改革を断行することである。中央官庁に集結した優秀な官僚が今度は疲弊した地方を再生させるために地元に戻り、彼らに自分の故郷が文化の香り豊かな元気いっぱいの地域にする術を死にもの狂いで考えてもらう。これくらいの大改革が必要だと思う。
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◇ 運否天賦(うんぷてんぷ)と言うけれど … 岐阜山中で車が転落、3日後に救助される(11月12日) 11日午後12時5分頃、岐阜県海津市南濃町庭田の県道をドライブ中の男女から「崖下で人が手を振って助けを求めている」と110番通報があった。 海津署員や消防署員らが、県道のガードレールから約200メートル下の斜面で、ツタや草に絡まるようにして止まっている白い乗用車と男性を発見。岐阜県警のヘリで引き上げた。 男性は名古屋市瑞穂区本願寺町の無職武田悟さん(58)。全身を打っていたが、左膝を5針縫う程度の軽傷で済んだ。 調べでは、武田さんは8日午前4時頃、三重県方面へドライブしていたところ、左前方の山の斜面から前を横切ったウサギ(あるいはリス)を避けようとしてあわてて右にハンドルを切り、5メートルほど開いたガードレールの切れ目部分から急斜面を滑り落ちた。ツタや土砂が多く、大木がなかったことから激突しなかった。( ※ 急ハンドルを切った場所が、ガードレールの切れ目と言うのは不運。ツタや土砂が多く、大木が無かったことは幸運。) 改造車のローリング族が走りに来るため、武田さんはその時間帯を避けて未明に運転していた。武田さんによると、体が痛くて動けず、ツタでドアもほとんど開かなかったため、飲まず食わずで3日3晩を過ごした。携帯電話は持っていなかった。 11日朝になって体の痛さが和らいだため、持っていたナイフでツタを切って脱出。「本をライターで燃やして暖を取りながら助けを求めていたが、なかなか気付いてくれなかった」と言う。 現場は、海津市と三重県いなべ市を結ぶ県道の県境付近で乗用車がすれ違える程度の幅約5メートルの道路。県警などによると、通行の支障になるため、数メートルにわたってガードレールが設置されていない場所は何ヶ所かある。 事故を通報した男性は、以前にもここで転落した車を目撃したことからドライブを中断して女性とともに徒歩で捜索、武田さんを見つけた。 県警などによる救出作業中には100メートルほど上の斜面で、別の軽自動車が見つかり、燃えた車の下には性別不明の遺体が発見された。 ※ 三日間、飲まず喰わずでも不思議と空腹を感じなかったとか。怪我をした体で無理をして登ろうとせず、体力を消耗しなかった事が幸いしたようだ。直ぐ近くには、転落した車から焼死体が発見されている。運否天賦と言うけれど、この世には何者かに護られているとしか思えない、僥倖に恵まれたお方が居るものだ。通報された男性は、おそらく霊感の強い方ではないかと…。 |
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