|
平成26年9月1日(月)昨日:デング熱感染、横浜と横須賀の男女に疑い、新潟男性も。 横浜市は31日、1ヶ月以内に海外渡航歴がない神奈川県横須賀市の十代の女子高校生と横浜市港北区の二十代の男子大学生が、デング熱に感染した疑いがあると発表した。 市によると、2人はそれぞれ8月16〜18日に東京都の代々木公園周辺に出かけた。その後、8月下旬に39度以上の発熱や吐き気を訴えて横浜市の医療機関を受診し、いずれも入院。市衛生研究所で血液検査をしたところ、いずれもデング熱の陽性反応が出たという。 また、新潟県も31日、海外渡航歴がない県内の十代の男性がデング熱に感染した疑いがあると発表した。男性は8月20日に学校行事で東京・代々木公園を訪れており、蚊に刺された可能性があるという。同じ学校で他に症状が出ている人はいない。男性は24日に発熱や頭痛などの症状を訴え、県立新発田病院に入院中だが、快方に向かっているという。県保健環境科学研究所のスクリーニング検査で30日、デング熱に陽性となり、現在、国立感染症研究所で確認検査中。9月1日に結果が判明する予定。 1935年9月1日、第1回の芥川賞・直木賞が発表 されました。 ◇ 芥川龍之介賞(通称・芥川賞) 純文学の新人に与えられる文学賞。文藝春秋社内の日本文学振興会によって選考が行われ、賞が授与される。大正時代を代表する小説家の一人・芥川龍之介の業績を記念して、友人であった菊池寛が1935年に直木三十五賞(通称・直木賞)とともに創設し、以降年2回発表される。 第二次世界大戦中の1945年から一時中断したが、1949年に復活。 新人作家による発表済みの短編・中編作品が対象となり、選考委員の合議によって受賞作が決定される。受賞者には正賞として懐中時計、副賞として100万円(2011年現在)が授与され受賞作は『文藝春秋』に掲載される。 選考委員は現在、小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、高樹のぶ子、堀江敏幸、宮本輝、村上龍、山田詠美の9名(2012年上半期から)。選考会は、料亭『新喜楽』の1階で行われる(直木賞選考会は2階)。受賞者の記者会見とその翌月の授賞式は、ともに東京會舘で行われる。 1934年、菊池寛は『文藝春秋』4月号(直木三十五追悼号)に掲載された連載コラム「話の屑籠」にて、この年の2月に死去した直木三十五、1927年に死去した芥川龍之介の名を冠した新人賞の構想を、「まだ定まってはいない」としつつも明らかにした。 1924年に菊池が『文藝春秋』を創刊して以来、芥川は毎号巻頭に「侏儒の言葉」を掲載し直木もまた文壇ゴシップを寄せるなどして『文藝春秋』の発展に大きく寄与しており、両賞の設立は菊池のこれらの友人に対する思いに端を発している。 また『文学界』の編集者であった川崎竹一の回想によれば、1934年に文藝春秋社が発行していた『文藝通信』において川崎がゴンクール賞やノーベル賞など海外の文学賞を紹介したついでに、日本でも権威のある文学賞を設立するべきだと書いた文章を菊池が読んだことも動機となっているようだ。このとき菊池は川崎に文藝春秋社内ですぐに準備委員会および選考委員会を作るよう要請し、川崎や永井龍男らによって準備が進められた。同年中、『文藝春秋』1935年1月号において「芥川・直木賞宣言」が発表され、正式に両賞が設立された。設立当時から賞牌として懐中時計が贈られるとされており、当時の副賞は500円であった。芥川賞選考委員は、芥川と親交があり、また文藝春秋とも関わりの深い作家として川端康成、佐藤春夫、山本有三、瀧井孝作ら11名があたることになった。 芥川賞・直木賞は今でこそジャーナリズムに大きく取り上げられる賞となっているが、設立当初は菊池が考えたほどには耳目を集めず、1935年の「話の屑籠」で菊池は「新聞などは、もっと大きく扱ってくれてもいいと思う」と不平をこぼしているほどだ。1954年に受賞した吉行淳之介は、自身の受賞当時の芥川賞について「社会的話題にはならず、受賞者がにわかに忙しくなることはなかった」と述べており、1955年に受賞した遠藤周作も、当時は「ショウではなくてほんとに賞だった」と話題性の低さを言い表している。 遠藤によれば、授賞式も新聞関係と文藝春秋社内の人間が10人ほど集まるだけのごく小規模なものだったという。 転機となったのは1956年の石原慎太郎「太陽の季節」の受賞だった。作品のセンセーショナルな内容や学生作家であったことなどから大きな話題を呼び、受賞作がベストセラーとなっただけでなく「太陽族」という新語が生まれ石原の髪型を真似た「慎太郎カット」が流行するなど、「慎太郎ブーム」と呼ばれる社会現象を巻き起こした。これ以降、芥川賞・直木賞はジャーナリズムに大きく取り上げられる賞となり、1957年下半期に開高健、1958年上半期に大江健三郎が受賞した頃には新聞社だけでなく、テレビ、ラジオ局からも取材が押し寄せ、また新作の掲載権をめぐって雑誌社が争うほどになっていた。今日においても話題性の高さは変わらず、特に受賞者が学生作家であるような場合にはジャーナリズムに大きく取り上げられ、受賞作はしばしばベストセラーとなっている。 ◇ 「1時間70ミリ」を見落とす=広島市、情報ファクス放置、避難勧告に生かせず 広島市で大雨による土砂災害が発生した20日未明、広島地方気象台の発表した「多い所で1時間70ミリ」という同日の雨量予測のファクスを、同市が見落としていたことが31日、分かった。避難勧告を出す判断材料となった可能性があり、市が経緯を調べている。市の担当者は「資料は残っているが、情報を見た記録はない。結果として情報が生かされなかったのは事実だ」と話している。 気象台は20日午前1時15分、避難勧告を出す指標の一つとなる「土砂災害警戒情報」を広島市と広島県廿日市市に発表。同49分には「大雨と落雷に関する広島県気象情報」として、県全域を対象に、非常に激しい雨を示す「1時間70ミリ」の予測を発表し、土砂災害への警戒を改めて促した。 市はこの雨量予測を民間業者からファクス受信していたが、大量のファクスに紛れ見落としたという。情報はこの時点で「広島県防災 Web」にも掲載されていた。 ※ 玉石混交 - - 。大事なデータが手元にあるにも関わらず、選び取る感覚が欠落している。 ◇ 今日の誕生花・オシロイバナ(オシロイバナ科) 花言葉は、「内気」「柔和」。 見に行くや野分のあとの百花園 子規 ※ 向島百花園は1805年開園。多くの野草と萩で名高い。子規は物見高い。 見失ひ又見失ふ秋の蝶 虚子 ※ 秋蝶は蜆蝶のように地味なものが多い。弱々しく秋草に浮きつ沈みつ。 おしろいの花の紅白はねちがひ 富安風生 白粉花吾子は淋しい子かも知れず 波多野爽波 白粉花(おしろい)のどうにもならぬほど咲ける 久保ともを 親のない子が握りいしひと粒の 白粉花の種ぬれている 鳥海昭子 ※ オシロイバナの種の中には、白粉のような白粉状の胚乳がある。黒くて硬い殻を割ってみると、黄土色の皮に包まれたものが入っている。それをさらに割ると、中から純白で細かい粉状のものが出てくる。ここから白粉花と名付けられた。 オシロイバナ( four o'clock ) 夏の宵の庭先に咲くオシロイバナ。黒い種を割ると、中から白い粉出てくる。別名に「夕化粧」。午後4時頃に花が開き始めることから、英名では「 four o'clock 」と言う。中学生の頃、友だちの家にこの花があり、花を引き抜いて下に付いている丸いものを引っ張ると、雌蕊が引き出されて剣玉遊びができました。 子どもらよ いざ学校へ行きたまへ こころもかろし今朝の秋風 (主婦歴13年生) |

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事




