今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

何の日・10月

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 平成24年10月14日(日)昨日:西武渡辺監督「点を取ってやらないと勝てない」。

 西武は13日、1対2で福岡ソフトバンクに敗れ、クライマックスシリーズ・ファーストステージの初戦を落とした。2点ビハインドで迎えた9回裏、無死満塁のチャンスを得たが、1点を挙げるにとどまった。 渡辺久信監督のコメント:「ノーアウト満塁で1点しか取れなくて、こういう結果になりました。(相手の先発・攝津正については?)良いピッチャーなのは分かっています。序盤に今日みたいな展開になると、やられる確率が高かった。こういう展開を作らないようにしないと … 。

 ※ 2位中日が順当に駒を進めたのに対して、西武は3位SBに遅れを取った。殆ど一発勝負みたいな超短期決戦では、初戦先取が肝要。中日は、残り2試合を1敗1分でもクリアできる。



 10月14日は、「わが巨人軍は永久に不滅です」の日 です。

 1974年(昭和49年)10月14日、ミスターG・長嶋茂雄が引退した。

 現役最後の公式戦となった後楽園球場での中日戦ダブルヘッダー終了後、長嶋茂雄は外野グラウンドをゆっくりと回った後、マウンドに立ち、この名文句を残してファンに別れを告げた。

 10月12日、中日は地元名古屋で20年ぶりの優勝を飾った。その1時間半後、神宮球場で長嶋が引退を表明した。引退会見翌日の10月13日の中日戦ダブルヘッダーが、長嶋の引退試合となる予定だったが、降雨で14日に順延となる。だが、この日は中日の優勝パレードの予定日であり、与那嶺要監督以下、星野仙一、高木守道ら主力メンバーはパレードへの参加を義務付けられ、14日の試合では、中日側は力の衰えた選手や一軍半の選手が出場することとなった。与那嶺要監督に代わり、近藤貞雄ヘッドコーチが監督代行を務めた。

 「20年ぶりの優勝に名古屋は興奮状態だ。パレードに主力選手が顔を出さなかったら納得してもらえない … 」。 中日球団も長嶋引退試合の重みは分かってはいたが、高木をはじめ星野仙一投手ら人気選手のパレード欠席は考えられなかった。 与那嶺、星野、高木らは電話で長嶋に非礼を詫びた。それに対して長嶋は「こっちのことより、20年ぶりの優勝を思い切り祝ってくださいよ」と明るく答えたという。


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  < 巨人 7―4 中日 & 巨人 10―0 中日 > (10月14日・後楽園球場)

 引退試合前のミーティングで長嶋は、チームメイトに「思い残すことはない。みんなもいつか引退の日が来るが、それまでベストを尽くして悔いのないプレーをしてほしい」と挨拶した。 引退試合の第1試合では、3番・サードで出場。第2打席に村上義則(プロ入り初先発)から現役最後の本塁打(通算444号)を放った。この試合では王も本塁打を放ち、最後のONアベック本塁打を記録した(106本目)。 そして、この試合をプロ入り前の落合博満が、会社をサボって観戦していた。

 ※ 村上義則:現役7年間で通算20試合1勝1敗。長嶋の引退試合が、最初で最後の先発試合だった。彼は、長嶋に本塁打を打たれた「最後の投手」として名前を残した。

 第二試合、長嶋は第3打席でセンター前ヒットを放った(通算2471安打)。これが現役最後の安打となった。 10対0という巨人の一方的な試合の中、8回裏1死1、3塁という場面で迎えた長嶋の最終打席、佐藤政夫と対戦し、ショートへの併殺打で終わった(長嶋の257併殺打は衣笠祥雄に更新されるまでセ・リーグ記録だった)。 第2試合終了時、長嶋は名残惜しむように一人一人と握手し、最後は王と腰に手を寄せあいながらベンチに引き揚げた。

 「我が巨人軍は永久に不滅です」。有名な引退セレモニーが行われたのは、秋の夕日がほとんど沈んだ午後5時。 1965年の南海との日本シリーズを観戦して以来、その後は一度も球場に足を運ばなかったとされる亜希子夫人に、長嶋は「最後だから見に来るか」と誘ったが、「取り乱すから … 」と、引退試合にも姿を見せなかった。 「5時ごろは子供さんを歯医者に連れて行きました」と、お手伝いさんは話す。長嶋家は静かにこの日を迎え、いつもと変わらぬ1日として過ごした。

 「不運にも、我が巨人軍はV10を目指し監督以下選手一丸となり、死力を尽くし、最後の最後までベストを尽くして戦いましたが、力ここに及ばず10連覇の夢は破れ去りました。私は今日ここに引退を致しますが、我が巨人軍は永久に不滅です」


 すでに伝説? レジェンド「王・長嶋」




 ◇ 抜け駆けのつもりが、“狼中年”に仕立て上げられた?森口尚史氏

  「世界初」「関係ない」「1例」「うそ」 iPS治療問題の危うさ

 10月11日、森口尚史氏がiPS細胞から心筋の細胞を作り、重症患者に細胞移植する世界初の治療をしたと、読売新聞が報道。共同通信も同様の記事を配信した。 しかし、11日深夜 森口氏の研究内容をまとめたポスター展示が、米国の学会会場から撤去されたことが判明する。そして、米ハーバード大と米マサチューセッツ総合病院が「森口氏に関連した治験が承認されたことはない。現在、両機関とも森口氏と関係はない」と声明するに至る。

 12日、論文共著者の東京医科歯科大教授が会見し、実験には関知しておらず、iPS細胞の研究はしていないと説明。 13日未明、マサチューセッツ総合病院は「森口氏が治療を実施した形跡は見つからず、そうした研究の承認申請が倫理委員会に提出されたこともない」と声明。 13日深夜、森口氏が米国で会見し「治療はやったが、1例だけだった。結局は嘘になってしまった」などと説明を二転三転させた。(共同)

 ※ 機を見るに敏、逃げ足の速きこと風の如し。結局、森口ひとりが悪者に …



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   ◇ 今日の誕生花・ユウゼンギク(キク科)

   花言葉は、「恋の思い出」。

   柿くふも今年ばかりと思ひけり   子規(明治34年の句)

 ※ 病床三昧の子規は、大変な健啖家であった。特に柿に執心し、柿喰ヒの俳句好みと伝ふべし(明治30年)と詠んでいる。 栃木の俳人・小林臍齋から柿が届き、その礼状に「柿くふも今年ばかりと … 」と認めた。 そして、翌明治35年9月19日に没している。柿は、まだ出ていなかった。  柿喰ヒの悔い遺してや恨めしき … 。

   ふみはずす蝗の顔の見ゆるかな   虚子

   ※ つんのめる百足の顔の愛らしき  嘘っ子

   畳屋の肘が働く秋日和   草間時彦

   よそに鳴る夜長の時計数へけり   杉田久女

   渡り鳥わが名つぶやく人欲しや   原 裕(ゆたか)

 彼方此方(おちこち)に思いめぐらす小半時 友禅菊に蜂が寄りくる 鳥海昭子


 【参照】10月14日、鉄道の日(1872年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45044385.html

 【参照】10月14日、堺 雅人の誕生日(1973年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52662184.html

 【参照】10月14日、二人の大物金権政治家が政界引退(1989年&1992年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51339569.html

 【参照】10月14日、臓器売買…、今度は廃棄(2006年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21648887.html

 【参照】10月14日、鉄博オープン(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49540357.html

 【参照】10月14日、女王卑弥呼コンテスト(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/37378007.html

 【参照】CS第2戦、中日が第2ステージ進出(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/37396127.html
 平成24年10月13日(土)昨日:読売新聞の誤報、「初のiPS臨床応用」。

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った臨床応用を、米ハーバード大の日本人研究者らが世界で初めて行ったと、読売新聞が11日付朝刊で報じた。ハーバード大学や関連病院の4施設は11日夜、この人物とは現在、関係はなく、「彼に関係するいかなる研究も承認していない」とする声明を発表した。 読売新聞の11日付朝刊1面によると、東京大学客員研究員の森口尚史・米ハーバード大客員講師らが今年2月、iPS細胞から心筋細胞を作って、重症の心不全患者6人に移植する世界初の臨床応用を行ったとしていた。この臨床応用は、ハーバード大の倫理委員会から「暫定承認」を得たもので、米国の国際会議で発表するほか、英科学誌ネイチャー・プロトコルズ電子版で近く論文発表するとしていた。

 これに対し、ハーバード大は11日の声明で「森口氏は1999年から2000年まで(1ヶ月間)は研究員だったが、それ以降は関係していない。大学や病院の倫理委員会は、彼に関係するいかなる臨床研究も承認していない」と説明。大学の関連病院のマサチューセッツ総合病院の広報担当者も朝日新聞の取材に「ニューヨークの国際会議で報告したとされる彼の研究は当病院でなされたものではない。彼の仕事について話せることは何もない」と話した。 また、森口氏がこの臨床応用を発表するとしていた国際会議の会場に、森口氏は研究成果のポスターを掲示していたが、国際会議を主催する「ニューヨーク幹細胞財団」の広報担当者は11日、「ポスターは取り外した。森口氏はここにはいない」と朝日新聞の取材に語った。 理由について同財団は「森口氏のポスター掲示にハーバード大学から合理的な疑義が寄せられたため」としている。広報担当者によると、ウェブで参加登録をした研究者は誰でも、ポスターを示して研究成果を説明することができるといい、審査などはないという。

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 森口氏は11日、朝日新聞の取材に応じ「マサチューセッツ総合病院で、iPS細胞を使った臨床応用に世界で初めて成功したのは事実」としながら、心筋細胞の移植はだれが行ったのかなど、具体的な説明は一切しなかった。 また、森口氏が「論文を投稿する」と説明したネイチャー・プロトコルズの編集部は「該当する論文は受理されていない」としている。 森口氏は現在、東京大学病院の特任研究員。厚生労働省によると、医師の資格はなく、看護師の資格をもっているという。

 読売新聞は12日付朝刊1面(一部地域)で「iPS移植 発表中止」の見出しで、森口氏が発表する予定だった学会会場に現れなかったことや、ハーバード大が森口氏と協力関係にないと表明したことを報じた。 読売新聞広報部は朝日新聞の取材に対し、関係者に事実関係を確認中としている。 11日に「iPS細胞を使った移植手術を実施」などとする記事を配信した共同通信は「森口氏の学会でのポスター発表について本人に取材したうえで出稿した。国内研究者から疑義が出ていることや検証が必要であることなどをあわせて報道している」(総務局)と取材にコメントした。

 田中真紀子文部科学相は12日の閣議後会見で、読売新聞などが報道した森口氏の「臨床応用」について、「誤報であればいいが、犯罪性というか、そういうことがあったとすれば、由々しき問題だ。まじめに研究している他の分野の方に与える影響も大きいと思うし、残念」と語った。

   中山教授は「コメント控える」

 中山伸弥教授は「きちんと論文を読むまではコメントできない」と、この件に関する言及を控えた。 同時に「安全性と効果を確かめた上で患者に投与する準備を進めている。報道や動きに影響されることなくリスクを減らし開発を進めたい」と強調した。

 ※ 目の前に在る技術を“使えない”状況下で、いかなる“試み”がなされ、闇に葬られていることだろうか? 全ての細胞は生きている“いのち”そのもの。恣意的な試みは、厳に慎まなければならない。本来は、倫理面での整合性が構築されない限り、如何なる試みもなされるべきではない。“勇み足”は犯罪に直結する由々しき問題となる。かつて、臓器移植における和田教授の“フライング”が、この国の医学界の大きな足枷になった悪しき前例がある。この度の森口氏の“アクシデント”は、いかなる悪影響を及ぼすのだろうか。 何れにせよ、ノーベル賞という脚光に惑わされてはならないだろう。われわれの文明は、光と闇とを併せ持つ。そして、われわれの文明が抱える闇は、恐ろしいほどに荒涼として茫漠たるものだ。



 本日10月13日、両リーグCSファーストS第1戦の日 です。

   “CS男”4戦無敗の憲伸 第1戦先発へ「存在感を」

 中日の先陣は元エース憲伸が務める。経験・実績・存在感、エース吉見が離脱した今、そのどれをとっても、川上ほど大役にふさわしい男はいない(のだろうか?)。 「シーズンは基本的にチームに貢献できなかったから、できればこういうところで存在感を見せたい。その半面、失敗したくないという気持ちも普段より強い」。 今季は腰の負傷もありわずか7試合の登板(3勝1敗)に終わった。ただ、ここぞの試合での勝負強さは健在。2007、2008年のCSでは4戦で3勝無敗。特にファーストSは2年連続で初戦を任され、いずれも7回無失点で勝ち投手となっている。「あまり記憶にない。とにかく僕らはファーストSをどんな形でも勝つ。2位で出場したという、その差を出したい」と静かに話した。



 ◇ ヤンキースがア・リーグ優勝決定シリーズ進出を決める(日本時間13日)

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 米大リーグ、ヤンキースは12日(日本時間13日)、本拠地ニューヨークで行われたオリオールズとの地区シリーズ第5戦(最終戦)を3−1で制して対戦成績を3勝2敗とし、2年ぶりにア・リーグ優勝決定シリーズ進出を決めた。イチロー外野手(38)は六回にチーム2点目の適時二塁打を放ち、勝利に大きく貢献。



 ◇ 中日・中田賢 初戦の先発に「久々にこの緊張感を味わった」

   < 中日 6―1 ヤクルト > (13日・ナゴヤドーム)

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 中日は13日、6対1で東京ヤクルトを下し、クライマックスシリーズ・ファーストステージの初戦を制した。先発・中田賢一は5回を3安打無失点に抑え、勝利投手となった。   守道監督、投打にご満悦:中日高木守道監督(71)も初戦快勝にご満悦だ。「先行しないと苦しい展開だった。ブランコのタイミングがいまひとつの中で、和田が期待通り打ってくれた。2点だとまだまだだけど、堂上剛の3点目タイムリーも大きかった。その後の平田もね。今日は打って勝てた。らしくない勝ち方ではありました」。先発を館山と読み違えて石川だったが、効果的に奪った6点にえびす顔だった。 投げても、先発中田賢が5回を無失点。 「(大方の先発予想だった)川上じゃなく、みなさん予想外の中田が5回を抑えてくれたのが一番の勝因」と、終始ご満悦。



 ◇ ソフトバンク先発の摂津、西武の裏をかく絶妙な制球

   < 西武 1―2 ソフトバンク > (13日・西武ドーム)

 変幻自在の119球だった。ソフトバンクの摂津が、最多勝と勝率第1位のタイトルを獲得したシーズン中の勢いそのままに、西武打線の狙いを鮮やかにかわした。 今季の西武戦は5勝1敗と分が良く、試合前は「向こうも研究して来るはず。それを良い方向に使いたい」と語っていた。捕手・細川と対策を練り上げ、キーマンに挙げた強打の中島、中村を要所で抑えた。

 最大の見せ場は、味方の失策が絡んで背負った八回1死一、二塁のピンチだ。フルカウントから、これまで低めに投げて空振りを誘ってきたシンカーを、内角高めに投げ込んだ。「手を出さないといかんと思わせる球。低めなら見逃せたが … 」と中島。細川が「イメージ通り」とほくそ笑むどん詰まりの三ゴロ併殺で切り抜けた。 主将の小久保も「今日は摂津。相手の研究の上をいった」と絶賛したが、摂津は「これでほっとしてもいられない」と早くも次の登板を見据えた。押しも押されもせぬエースとなった30歳。2年連続の「頂点」だけを見つめている。



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 ◇ 「ダイヤモンドの惑星」を発見、地球からすぐそこ?40光年

 地球からそう遠くない恒星系に「ダイヤモンドの惑星」が存在するとした仏米合同チームの論文が、11日の英学術誌「Astrophysical Journal Letters」で発表された。「かに座55番星e(55 Cancri e)」と呼ばれるこの惑星は、地球からわずか40光年の距離に位置し、その大きさは地球の約2倍、質量は8倍に上るという。2011年に初めて観測され、これまでは地球と似た化学構造をしていると考えられていた。

 だが詳しい分析の結果、その構造は地球とは全く異なることが分かった。研究を率いた米エール大学の博士研究員ニック・マドゥスダン氏は、「この惑星の表面は水や花崗岩ではなく、グラファイトとダイヤモンドで覆われている可能性が高い」と述べている。また水は全く存在しないとみられ、総質量の最大3分の1がダイヤモンドで構成されている可能性もあるという。 「ダイヤモンドの惑星」は過去にも発見されているが、太陽に似た恒星の周りを公転し、詳細な化学構造が特定された惑星は初めてとなる。



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   ◇ 今日の誕生花・サルビア〔ヒゴロモソウ〕(シソ科)

   花言葉は、「燃える思い」「知恵」。

   旅の旅又その旅の秋の風   子規

   よろよろと棹がのび来て柿挟む  虚子

   銀杏が落ちたる後の風の音   中村汀女

   ちちははのそのちちははの秋祭   山下知津子

   わがペンの音さやさやと小鳥来る   富安風生

 サルビアの蜜吸いに来る少年の 甲高い声「コノ花アマイよ」  鳥海昭子


 【参照】10月13日、サツマイモの日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49534229.html

 【参照】10月13日、花岡青州、麻酔手術に成功(1804年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21582773.html

 【参照】10月13日、松嶋菜々子の誕生日(1973年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52659554.html

 【参照】10月13日、太地喜和子忌(1992年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45028342.html

 【参照】「赤福」の赤っ恥!(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/37354222.html

 【参照】「亀田兄弟」を作った“マス”メディア(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/37354436.html

 【参照】「岐阜シティー・タワー43」グランド・オープン(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/37354621.html

 【参照】10月13日、チリ落盤事故の救出作業開始(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51335357.html
 平成24年10月12日(金)昨日:ノーベル文学賞は、中国の莫言氏。

 スウェーデン・アカデミーは11日、2012年のノーベル文学賞を中国人作家、莫言(モーイエン)氏(57)に授与すると発表した。 中国に在住し、中国語で書く作家が同賞を受賞するのは初めて。 スウェーデン・アカデミーは莫氏が「幻想的なリアリズムをもって、民話と歴史、現代をつむぎ合わせた」と評価した。賞金は800万スウェーデン・クローナ(約9500万円)。授賞式は12月10日、ストックホルムで開かれる。

 アジアの文学者の受賞はインド人のタゴール、日本人の川端康成、大江健三郎と、フランスに亡命し、フランス語で表現する中国系の作家・高行健の各氏に続いて5人目。 莫氏は山東省高密県生まれ。文化大革命で小学校を中退し、1976年に人民解放軍に入隊。85年に文壇デビュー。1920年代の山東省の極貧の農村に生きる人々を描いた「赤い高粱」は、張芸謀監督の映画「紅いコーリャン」の原作となり、この映画は1988年、ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞を受賞している。

 ※ ノーベル賞逸する村上春樹さん 言うこと莫れ「もう言えん」と … 。

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 ◇ 莫言氏のノーベル賞受賞で「日中対決」を制したとの声も …

 中国国内は11日、中国人作家の莫言さんへのノーベル文学賞授賞に喜びの声がわいた。 莫言さんの受賞決定に中国版ツイッター「微博」では「私たちの文化文明が国際社会に認められた」などと歓迎する書き込みが相次いだ。事前のメディア報道では、有力視された村上春樹さんとの「日中対決」との見方もあっただけに、「中国の郷土文学が日本を破った」「村上さんに勝った」など、日本に対する勝利感を強調する書き込みも目立った。

 一方、莫言さんは、1994年にノーベル文学賞を受賞した作家・大江健三郎さんとの長年の交友で知られる。中国メディアによると、莫言さんの故郷・山東省高密市の学校の中にある「莫言文学館」には、友情を表す大江さんの書面が掲げられている。 華僑向け通信社「中国新聞社」は11日、「大江氏がかつて『自分の後にアジアの作家が文学賞を取るとしたら莫言氏だろう』と語っていた」と伝えた。 受賞決定後、莫言さんは中国メディアに対し、村上さんについて「非常に優秀だ。ノーベル賞を受賞する資質を完全に備えている」と語った。

 莫言さんと20年以上の親交がある毛丹青・神戸国際大教授(日本文化論)によると、莫言さんは約10回も来日し、温泉と刺し身が好きという親日家。昨年7月には毛教授が客員教授をしている神戸市外国語大で講演し、昔は高級料理だったギョーザを食べたくて作家を目指したエピソードなどを披露したという。



 10月12日は、佐多稲子の命日 です。

 ◇ 佐多稲子(1904年〜1998年)本名:佐多イネ  小説家

 長崎市生まれ。出生当時、両親は共に学生だったので、戸籍上は複雑な経緯をたどった。小学校修了前に一家で上京、稲子はキャラメル工場に勤務。このときの経験がのちに『キャラメル工場から』という作品にまとめられ、彼女の出世作となる。 最初の結婚に失敗したあと、東京本郷のカフェーにつとめ、雑誌『驢馬』同人の、中野重治・堀辰雄らと知り合い、創作活動をはじめる。

 1926年、『驢馬』同人の一人であった窪川鶴次郎と結婚。1928年、『キャラメル工場から』を発表し、プロレタリア文学の新しい作家として認められる。雑誌『働く婦人』の編集にも携わり、創作活動と文化普及運動にも貢献。1932年、当時は非合法であった日本共産党に入党。 プロレタリア文学運動が弾圧により停滞した時代には、夫・窪川の不倫もあって、夫婦関係のありかたを見つめた『くれなゐ』(1936年)を執筆、長編作家としての力量を示す。しかし、戦争の激化とともに、権力との対抗姿勢をつらぬくことが困難になり、時流に流されていくようになる。戦場への慰問にも加わり、時流に妥協した作品も執筆した。

 戦後、窪川と離婚、筆名を佐多稲子とする。戦時中の行動が問われて新日本文学会の創立時には発起人になれなかったが、当初より活躍。また、婦人民主クラブの創立には、宮本百合子たちとともに努力し、戦後の民主化運動に貢献した(婦民の分裂後は多数派の「ふぇみん」側の代表を長らく務めた)。しかし、戦後50年問題、日ソ共産党の関係悪化など日本共産党との関係には苦しみ、とりわけ部分的核実験禁止条約を巡っては、批准に反対していた同党に対し、野間宏らと批判を繰り返していたことから、最終的には除名されるにいたる。彼女の作品には、戦前の経験や活動を描いた『私の東京地図』(1946年)、『歯車』(1958年)があるが、『夜の記憶』(1955年)、『渓流』(1963年)、『塑像』(1966年)など、そうした戦後の共産党とのいきさつを体験に即して描いた作品も多い。

 戦後の女性をめぐるさまざまな問題を作品として描いたものも多く、それらは婦人雑誌や週刊誌などに連載され、映画やテレビドラマになったものもある。社会的活動にも積極的に参加し、松川事件の被告の救援にも活躍した。最晩年までそうした関心は衰えず、社会的な発言を続けた。


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 ◇ 佐多稲子『水』(梗概)初出は「群像」(昭和37年5月号)

 昭和30年代の頃、ある少女が上野駅のホームで泣いている。グリーンのセーターに灰色のスカートをはいて、その背をこごめ、幾代という少女は自分の膝の上で泣いている。 膝にのせたズックの鞄を両手に抱え込んでその上で泣いている。 すぐ頭の上の列車の窓から、けげんな顔で人が覗くのも知っていたが、涙はとまらず、そこよりほかの場所に行きようもなかった。

 幾代の左足は、少し短い。だから、歩くときにぴょこんぴょこんと左肩が下がってしまうのだ。そのために、子どもの頃、幾代は男の子たちにからかわれた。そんな幾代を必死にかばうのは母親だった。母親は大声でわめいて石を投げつけて男の子たちを追い払い、幾代には、あんたの足が悪いのは自分のせいなのだと泣いて詫びるのだった。 そんな母親を、幾代は反対に可哀想に思った。母親に少しでも楽しい思いをさせたい。温泉にでも行かせてやりたい。そんな思いを胸に、幾代は東京に出てきたのだった。 幾代は旅館に住み込んで働いた。足が悪いので人と違った目で見られることもあったが、そんなことでは負けはしない。毎月少しでも母親に送金できることが幾代の楽しみであり、心の支えだった。

 ある日、旅館に電報が届く。幾代の母の危篤を伝えるものだった。旅館の雇い主の言葉は冷たいものだった。「つぎの電報を待つんだね。本当に危篤なら今から富山に帰ったって間に合わないよ」。幾代は大層落胆する。この主人は普段から優しい言葉をかけてくれて、「いつかお母さんを東京見物にでも連れておいで」とか、「その時はうちに泊まりなさい」などと、言ってくれていたからだ。すぐにでも帰らせてもらえると思ったのに … 、裏切られたような思いが募ります。

 やがて、「ハハ、シス」の電報が届いてしまう。幾代は意を決して帰ろうとするが、主が不在で留守番をしていた奥さんは、「もう死んだんだから、急いで帰ったって仕方ない」と引き止める。幾代は、それを振り切って不自由な足で駅に向かった。 今、幾代は、郷里・富山に向かうべく上野駅に来ている。だが、その郷里にはもう母はいないのだ。 ふと母親の横顔が目に浮かび、幾代はもう我慢できず、そこにしゃがみこんで、こんこんと泣くのだった。

 自分の弱さに母まで巻き添えにしてしまったような哀しさに、幾代は顔を膝に埋めながら泣いている。ホームを行きかう多くの人々は、そんな幾代を気にもとめずに通り過ぎて行くだけだった。泣きながら列車を待つ幾代。 そんな中、すぐ近くの蛇口からは水が勢いよく出しっぱなしになっている。駅の人々は誰も気にも止めずに、不気味な雑沓がひしめき合っている。 すると、幾代は涙を流しながら不自由な足取りで蛇口の処まで行き、そっと蛇口をしめるのだった。そして、幾代は元の場所にしゃがみこんだ。 そこには、いつのまにか春の陽が当たっていた。

 ※ 何もかも誰も何にも気づかない 流れる日々のその哀しみを …



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   ◇ 今日の誕生花・シュウメイギク〔キブネギク〕(キンポウゲ科)

   花言葉は、「忍耐」。(洛北の貴船あたりに多く見られる菊)

   芭蕉忌や吾に派もなく伝もなし   子規(明治31年の句)

 ※ 陰暦の十月十二日が芭蕉忌。その二百回忌は明治26年で、旧派の宗匠方が盛大に追善会を催し、廟やら句碑を建てた。同年、子規は新聞「日本」に「芭蕉雑談」を連載する。そこで、旧派による芭蕉の神格化を大いに批判する。芭蕉二百回忌は、子規にとって大きな転換点となった。「吾に派もなく伝もなし」とは、子規の心意気を謳い上げたもの。(陰暦十月十二日は今年、11月25日になります。)

   顔抱いて犬が寝てをり菊の宿     虚子

   観音の影のさまなる貴船菊   阿部みどり女

   貴船菊活けて鏡にみどり差す   岡本差知子

   去るものは去りまた充ちて秋の空   飯田龍太

 路地裏の空き家の庭に咲きながら シュウメイギクは何偲ぶらん  鳥海昭子


 【参照】10月12日、仏教公伝(538年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/37328964.html

 【参照】10月12日、芭蕉忌(1694年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45014684.html

 【参照】10月12日、浅沼稲次郎暗殺事件(1960年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21513644.html

 【参照】10月12日、巨人V10阻止(1974年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49528064.html

 【参照】10月12日、ともさかりえの誕生日(1979年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51330720.html

 【参照】10月12日、三浦綾子の命日(1999年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52656469.html

 【参照】10月12日、ソフトB、3年連続プレーオフ敗退(2006年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21565449.html
 平成24年10月11日(木)昨日:WBC3連覇へ、山本浩二氏が新監督に就任。

 山本浩二氏が、野球日本代表「侍ジャパン」の新監督に就任し、10日に都内で記者会見を行った。現役時代は広島ひと筋でプレーし、「ミスター赤ヘル」と呼ばれた山本監督は、「光栄なこと。何も断る理由はなかった」と、監督就任に喜びのコメント。 「徐々に重圧とプレッシャーが自分の気持ちの中に入っている。受けた以上は、3連覇を目指したい」と意気込みを語った。

 WBC第1回大会の指揮官であり、今回侍ジャパン特別顧問に就任した王貞治氏は、「若い選手とコミュニケーションを取るのに非常に長けている。大変素晴らしい監督に受けてもらった」と山本監督を好評価。そして「少しでも山本監督のプレッシャーを軽くできれば」と、監督のサポートを明言した。 また、シニアアドバイザーには、WBC第2回大会で指揮を執った原辰徳(現・巨人監督)が就任。山本監督は、王氏も含め、歴代WBC優勝監督の強力バックアップを受けて試合に臨む。 会見で背番号「88」の代表ユニフォームに袖を通した山本監督。自身の侍ジャパン初采配は、11月に日本で行われる強豪・キューバ代表との国際強化試合となる。



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 2010年10月11日、3位ロッテがCSファイナルステージ進出を決めました。

   2戦連続、執念の延長戦勝利でファイナルステージ進出を決めた

   < 西武 4―5 ロッテ > (2010年10月11日・西武ドーム)

 見逃せば恐らくボールだった。それでも迷いはなく、バットが出た。ロッテの3番井口資仁・二塁手が強振した打球はセンターへライナーで抜けた。 延長11回2死一、二塁。会心の一打で、二塁走者の俊足・岡田幸文外野手が生還するのを見届けると、普段沈着冷静な井口が右の拳を体の前に振り出してガッツポーズ。「よおっしっ!」。雄叫びは大観衆の中でもはっきり聞こえた。 パ・リーグ3位のロッテは、クライマックスシリーズ(CS)ファーストステージで2位西武と対戦。初戦に延長11回の末、西武に逆転勝ちし、その勢いのまま第2戦へ。3点ビハインドも1点ずつ得点を加えて、再度延長戦に持ち込み、井口の決勝タイムリーが飛び出した。

 5打数無安打で迎えた6打席目だった。「引き分けは負けと同じ。意味がない」。井口は、そんなことを思いながら打席に入った。西武の4人目、小野寺投手がその執念に負けた感じのヒットだった。「最後の最後に結果が出た」と井口。「これが勢いの恐ろしさ。3点リードくらいでは勝っている気がしなかった」と西武・渡辺久信監督は、井口をはじめ、波に乗るロッテに完全に飲み込まれての敗退となった。

 公式戦残り3試合で1つでも負ければ、4位が確定し、CS進出を阻まれる中での3連勝。そして、CSでも敵地西武ドームで、史上初の2試合連続延長戦での勝利という、信じられない出来事の連続でのファイナルステージ進出。その象徴は西武2連戦で起死回生打を2度も打った、里崎智也捕手だった。 第1戦での9回の中前2点適時打は、貴重な同点打に。第2戦でも9回に大仕事をやってのけた。西武・長田秀一郎投手の代わりばな、初球のスライダーを完璧にとらえた打球は、西武ファンが陣取る左翼スタンドの真っ只中に着地した。 2試合連続、それも土壇場の9回に打ったチームを救う同点打。「やばいね。(自分に風が)吹いているのかどうか分からないけど、吹いているとしか言いようがないね」。

   そして、3位から「下克上」での日本シリーズ制覇

 崖っぷちからのCS進出。そして、破竹の勢いで西武を撃破。リーグ優勝のソフトバンクをも薙ぎ倒し、日本シリーズへ進出したロッテ。 下馬評では断トツ優位のセ・リーグの覇者、落合中日を4勝2敗1分けで撃破し、5年ぶり3度目の日本一に輝いた。まさに1ヶ月以上もの間、ずっと“風が吹いていた”ロッテマリーンズの勇姿だった。



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 ◇ 『相棒』新シリーズ 初回視聴率 19.9% シリーズ最高の滑り出し

 俳優の成宮寛貴が新相棒として初登場した人気刑事ドラマ『相棒』のシリーズ最新作『相棒シーズン11』(テレビ朝日系)の初回2時間スペシャル版が10日に放送され、平均視聴率は19.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、昨年10月放送の『シーズン10』で記録したシリーズの初回最高視聴率19.7%を抜き、過去最高の滑り出しをみせた。瞬間最高視聴率は午後10時8分に記録した24.4%だった。

 相棒シリーズは、水谷豊演じる警視庁の窓際部署「特命係」のキャリア警部・杉下右京がその天才的頭脳で推理し、相棒とともに難事件を解決するドラマ。今回のシーズン11では、所轄署の捜査1係に配属されたばかりの甲斐享(通称=カイト、成宮寛貴)が右京の新相棒として加わるほか、享の父親で警察庁次長の甲斐峯秋役で石坂浩二、享の恋人役で元宝塚歌劇団トップスターの真飛聖(まとぶ・せい)も加入するなど、『相棒』の世界がさらなる広がりを見せている。

 「シーズン11」の第1話「聖域」は、午後8時からの2時間9分のスペシャル版で、10年ぶりの海外ロケとなった香港で、『相棒』史上初となる海外での事件が描かれた。香港警察も踏み込めない“聖域”の日本総領事公邸で起こる事件を右京たちは解決できるのか … という展開で、賀来千香子さんらがゲスト出演する。

 相棒シリーズは、2010年から2011年にかけて放送された「シーズン9」では、第16話でシリーズ最高視聴率となる23.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。全18話の平均視聴率も過去最高の20.3%とシリーズを通して初めて20%の大台を超えた。今年3月まで放送された「シーズン10」も全19話の平均視聴率が16.6%と好調で、及川光博さんが卒業した最終回は同シーズン最高、相棒シリーズの最終回としても過去最高の20.5%を記録した。

 ※ シナリオが秀逸。往年の名画『荒鷲の要塞』を彷彿させる二転三転の興趣。



 ◇ てんかんの運転免許条件「緩和を」 学会が提言

 てんかんの持病がある人が車の重大事故を起こした問題を受け、日本てんかん学会(兼子直理事長)は運転免許の要件の見直しを求める提言をまとめた。現状は、免許取得にはてんかん発作が「2年間」出ていないことが必要だが、「1年間」に短縮。条件を和らげることで、正しい発作の申告につなげたい考えだ。 10日、東京都内で開かれた理事会で正式決定した。

 提言では、免許取得に必要な発作がない期間について、現行の2年から1年に短縮するよう求めた。このほか、発作で更新が認められなかった人については、その後1年間発作がなければ、新たに免許を取り直さなくても更新で手続きが済むようにすることも盛り込んだ。



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   ◇ 今日の誕生花・ダリア(キク科)

   花言葉は、「栄華」「優美」。

   黒キマデニ紫深キ葡萄カナ   子規

   秋風や眼中のもの皆俳句    虚子
   ※ なにものも眼にもとまらず秋の風   虚空

   運動会午後へ白線引き直す   西村和子

   ばらばらに賑つてをり秋祭   深見けん二

   みんな風呂にゆきてひとりの十三夜   五所平之助

 ほこらかに秋の陽に映え咲きいたり いろとりどりのダリアの畑  鳥海昭子


 【参照】10月11日、「一草忌」(種田山頭火忌:1940年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52653248.html

 【参照】5月19日、小諸・山頭火の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52134836.html

 【参照】12月3日、山頭火の誕生日(1882年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/24736060.html

 ※ いつなりとしんでかまはぬ月の夜   日十日

 【参照】10月11日、名古屋まつり
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45000893.html

 【参照】10月11日、オクトバーウィンク
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21441661.html

 【参照】10月11日、モーリヤックの誕生日(1885年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/37303369.html

 【参照】10月11日、麻丘めぐみの誕生日(1955年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49522726.html

 【参照】10月11日、賽銭泥が延暦寺放火(1956年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21479323.html

 【参照】10月11日、COP10名古屋で開幕(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51326364.html
 平成24年10月10日(水)昨日:中国共産党の実相、4年半で汚職など66万人処分。

 新華社通信によると、中国共産党規律検査委員会のトップを務める賀国強党政治局常務委員は、北京で汚職対策の会議を開き、2007年11月から今年6月までに汚職や職務怠慢などの党規違反などで66万人以上の党員を処分し、このうち2万4000人以上が刑事処分のため司法機関に移送されたことを明らかにした。 党中央組織部によると、党員数は10年末時点で約8027万人。

 賀氏は、英国人実業家殺人事件での職権乱用などで党籍を剥奪された薄煕来(ボーシーライ)前重慶市党委書記や、鉄道建設プロジェクトでの汚職容疑を問われている劉志軍・前鉄道相について、「重大な規律違反、違法事件を厳しく取り締まった」と強調。11月8日に開かれる第18回共産党大会を前に、市民からの不満が強い汚職に対する胡錦濤政権の取り締まりの成果をアピールした。



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 10月10日は、宇宙憲章発効の日 です。

 【宇宙憲章】:月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における、国家活動を律する原則に関する条約は、国際的な宇宙法の基礎となった条約。宇宙空間における探査と利用の自由、領有の禁止、宇宙平和利用の原則、国家への責任集中原則などが定められている。通称は宇宙条約。  1966年12月19日に採択された第21会期国連総会決議2222号で、1967年10月10日に発効した。

 ※ 但し、この「宇宙憲章」なるものは、地球と云う極めて限定的な狭い時空でしか認識されておらず、他の宇宙生命体の合意を得るものではない。 「領有の禁止」という理念は地球上にこそ、あらまほしきものと思われる。 わたしたちの地球には「領有の禁止」も無ければ、「平和利用の原則」も無いのだ。



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   ◇ 今日の誕生花・ハマギク(キク科)

   花言葉は、「友愛」。

   ひとりゆれひとり驚く鳴子かな   子規

   水飲むが如く柿食ふ酔のあと    虚子

   うるはしき稲の穂並の朝日かな   路通(ろつう)

   荒海の秋刀魚を焼けば火も荒ぶ   相生垣瓜人

   浜菊やこれより海の荒れがちに   八牧美喜子

 絶え間なく吹く潮風にそよぎつつ ハマギク白し十月十日  鳥海昭子


 【参照】10月10日、銭湯の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49517895.html

 【参照】10月10日、萌えの日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/44984942.html

 【参照】10月10日、「トマトの日」
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52649492.html

 【参照】10月10日、東京オリンピック(1964年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/37275970.html

 【参照】10月10日、歌声喫茶「灯」が閉店(1977年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21368145.html

 【参照】10月10日、落合監督、東京ドームで胴上げ(2006年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/21428809.html

 【参照】原巨人、13ゲーム差からの史上最大の逆転劇(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/44999747.html

 【参照】10月10日、トリプル・テンの日(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51322228.html

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