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平成23年10月20日(木)本日:皇后さま、喜寿の誕生日をお迎え遊ばされる。 東日本大震災の被災地 「復興見守っていきたい」 皇后さまは20日、77歳、喜寿の誕生日を迎え、これに先だち宮内記者会の質問に文書で回答された。 この1年を振り返って、との問いには、「各地が大きな災害に襲われた、悲しみの多い年でした」との書き出しで、特に東日本大震災と原発事故の被害について、犠牲者の遺族、被災者への思い、復旧・復興に携わる人々への感謝を1700字近い異例の長さで綴られた。 この中では、天皇陛下が、苦しむ人々を見舞い、共にあることを役割と考えられていたことや、御自身、一時は深い絶望を感じたが、助け合う人々の姿に支えられたことなどにも触れられた。その上で、「真によい復興をとげる日まで、長く心を寄せ、その道のりを見守っていきたい」と、この部分の回答を結ばれた。 【地久節】:第二次世界大戦までの祝日の一つで、皇后の誕生日を祝う日。天皇誕生日(天長節)と異なり、国の祝祭日として勅令で定められることはなかったが、女子校などでは休日として祝われた地域もあったようだ。天地長久に由来。 本日10月20日は、石津謙介の生誕百年の日 です。 ◇ 石津謙介( 1911年〜2005年 ) 岡山県岡山市出身のファッションデザイナー。日本メンズファッション協会最高顧問だった。ファッションのみならず、音楽、ライフスタイル、思想に至るまで、日本の戦後文化に大きな影響を残した人物。 明治大学商科専門部に入学。スポーツ万能であるとともに流行の先端をいく遊びに長け、明大在学中はオートバイ・クラブ、自動車部、航空部などを創部した他、ローラースケート、乗馬、水上スキーなどにも興じた。また、現在の金額にして約40万円程度にもなる背広を誂え、当時最先端の流行・風俗を楽しむという学生生活を送った。 明大卒業後は、実家の紙問屋の経営を引き継いだが、ファッションへの造詣が深く、当時の中華民国・天津で洋品店に勤務。戦後はファッションメーカー・レナウンに勤務した後、1951年に独立し、「VAN」ブランドとして知られる「株式会社ヴァンヂャケット」を設立。特にブレザーとボタンダウンシャツをベースとした学生のファッションスタイルを「アイビールック」として紹介し、若者のファッション文化に改革をもたらした。さらに銀座にある「みゆき通り」をそれらを着た若者が埋め尽くすほどの「みゆき族」まで登場するにいたる。 1964年、東京オリンピックの日本代表選手団の赤い公式ブレザーや、1966年〜1968年にはサンケイ・アトムズの試合ユニフォームをデザイン。また、国鉄、警視庁、日本航空、ヤマハなども石津デザインのユニフォームを採用。 しかし、経営的センスに乏しく、1978年には(株)ヴァンヂャケットが約500億円の負債を抱えて経営破綻した後は、フリーのファッションデザイナーとして活動する傍ら、食・住等のライフスタイルを積極的に提案する。(1981年に、元社員らが再建している。) 2005年5月24日、肺炎のため東京都青梅市の病院で逝去。 寝たきりになってもパジャマを着ることを拒絶し、三宅一生デザインのシャツを着たまま息を引き取る。享年93。 「メンズファッションの神様」とも称された。 ◇ ジョー・ルーツ元広島監督の命日(2008年、享年83、赤ヘル導入) 奇しくも広島が本拠地として広島市民球場を使う最後の年に亡くなる。 ◇ 今日の誕生花・アキノキリンソウ(キク科) 花言葉は、「安心」。 火の岳に雲湧き秋の麒麟草 石原栄子 渡り鳥みるみるわれの小さくなり 上田五千石 しじみ蝶ふたつまつわる山道の アキノキリンソウそよろともせず 鳥海昭子 【参照】10月20日、『 相棒 season 9 』スタート(2010年) http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51365275.html ※ 2011/10/19 『 相棒 season 10 』好調スタート |

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であり、720万ドルを今日の通貨価値に換算すると、1億1,300万ドルとなる。 その後、いくつかの管理形態の変遷を経て、1912年5月11日にアラスカ準州、1959年1月3日にアラスカ州となる。



