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平成23年12月25日(日)昨日:モスクワでプーチン体制抗議の最大規模集会。 モスクワの中心部で24日、4日の下院選での政権与党の「不正選挙」やプーチン首相による政治支配の長期化を批判する大規模な抗議集会が開かれた。プーチン体制下で過去最大規模だった10日の前回の抗議集会を超える3万人以上が参加したもよう。下院選のやり直しを求める決議を採択し、2012年3月の大統領選で返り咲きを目指すプーチン首相への政治的な圧力を一段と強めた。 「プーチンを辞めさせろ!」。市中心部のサハロフ大通りに据えられた演壇に野党勢力の活動家が次々に上がり、「プーチン体制」を批判した。下院選後に警察に拘束され、21日に釈放された有名ブロガーのナワルニー氏も参加した。 内務省は「ピーク時に2万9千人」が集まったと発表、主催者側は12万人などとしている。警官隊との衝突など混乱は伝えられていない。24日は他の多くの主要都市でも抗議集会が開かれた。 12月25日は、「 大正天皇祭 」 です。(大正天皇崩御の日) ◇ 大正天皇(1879年〔明治12年〕〜1926年〔大正15年〕) 第123代天皇。諱は嘉仁(よしひと)。幼少時の御称号は明宮(はるのみや)。お印は壽(じゅ)。明治以降で初の一夫一妻制をとった天皇となる。 明治天皇の第三皇子として東京の青山御所で誕生。生母は典侍・柳原愛子。明宮嘉仁と命名された。生来健康に恵まれず、生まれてから年が明けるまで重い病気を患った。 だが、明治天皇と皇后・一条美子との間には皇子女がおらず、また、側室出生の親王・内親王ら4人も、第三皇子である大正天皇の出生以前に相次いで薨去していたことで皇太子となる。 学習院時代には、侍従にせがんで軍隊の背嚢を背負って登校。この「軍隊の背嚢」がランドセルの原型となる逸話が残されている。しかし、健康に恵まれず学業に集中できなかったこと、学習院の厳しい規則に馴染めなかったことなどから、留年することもあった。1889年(明治22年)からは、熱海への保養が恒例になった。 1889年(明治22年)、皇室典範の制定により皇太子となる。学習院での学習は一向に進まず、乗馬などに進歩があった一方で、理数系の教科を苦手とした。1894年(明治27年)には、健康状態から学業を続けることが困難であるとして、学習院を中退。その後は赤坂離宮で数人の教師によるマンツーマンの授業を受けた。この時重視された教科は、フランス語、国学、漢文であり、特に漢文を教えた川田甕江からは大きな影響を受け、漢文を趣味としたという。 1900年(明治33年)5月10日、嘉仁親王は九条節子(さだこ、後の貞明皇后)と結婚。このとき、節子15歳。「病弱の皇太子に早めの結婚を」との意図があったと『明治天皇紀』は記す。ただ、寂しい幼少時代を過ごした親王にとっては非常にうれしい出来事だったようである。明治天皇とは対照的に側室を置かず一夫一妻を貫き、子煩悩で家庭的な一面を見せたという(大正天皇と皇后は幸いに4人の男子に恵まれた)。天皇家における側室の制度が法的に廃止されたのは、昭和天皇の時代であったが、側室そのものを事実上最初に廃止したのは大正天皇となる。 1917年(大正6年)頃から、公務や心労が病の悪化をすすめ、公務を休むことが多くなり、1919年(大正8年)には食事をとることも勅語を読むこともできなくなるほど病状は悪化していた。1921年(大正10年)11月25日、当時20歳だった皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)が摂政に就任することで大正天皇は事実上の引退となり、宮内省発表による『天皇陛下御容體書』によって病状は公にされる運びとなった。このため、後々にも「病弱な天皇」として一般に認識される。 1927年(昭和2年)2月8日、天皇として史上初めて、関東の地である多摩陵に葬られる。 『 諸人こぞりて & 聖夜 』 板橋区混声合唱団 2009 ◇ 「インマヌエル」=「神は我々と共におられる」という啓示 歴史的イエスの誕生は、このように寒い時期ではないと判明しております。今日わたし達がクリスマスを祝う意義とは、自分自身の宗教観を見つめなおす機会と捉えるところにあると思われます。奇跡の星・地球は、ひとつの生命体です。わたし達は誰も、その一部なのです。わたし達の肉体の組成は、地球のそれとニアイコールなのです。事実としての「神は我々と共におられる」を、個人的な宗教的な体験として生きることこそ、「ハッピー・ホリデー」の実相でありたいものです。 この啓示を自分自身に体験することこそ、宗教の醍醐味と言うべきでしょうか。 ※ 【religion】:この言葉には、『神・キリストとの再結合(re+ligon)』という意味があり、ラテン語のreligio にまで遡るreligion という言葉は、元々キリスト教に代表される『一神教』を指示する言葉であった。 現在では“religion”という言葉は、宗教全般を指示する単語になっているが、日本語の“宗教”という名詞は、幕末期にreligion の訳語として考え出されたもので、当初は「宗教」以外にも『宗門・宗旨・法教』などの翻訳の案が出されていたという。 ※ 「再結合」とは、今ある「結合」を新たに再認識する謂い。返本帰源。 ◇ 今日の誕生花・クリスマスローズ(キンポウゲ科) 花言葉は、「追憶」。 聖菓剪るゆっくり底に刃が達し 橋本美代子 星満ちて地にはこぼれずクリスマス 相馬遷子(せんし) 思い出は少しさみしくさはあれど 今日の窓辺のクリスマスローズ 鳥海昭子 ※ BGMは、バッハ『G線上のアリア』です。 |

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