今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

何の日・12月

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 平成23年12月12日(月)政局に明け政局に暮れしのみ:石原「来年、鉄槌下す」。

 自民党の石原幹事長は10日、党都連大会で挨拶し、「約束したことをやらないばかりか、消費増税など約束していなかったことを突然言い出す野田内閣に対し、来年、鉄槌を下す」と述べ、来年中に衆院解散・総選挙に追い込む決意を強調した。 大島理森副総裁も「国民に政策、政権を選択してもらう時機を作ることこそ、自民党の役割だ」と述べた。

 ※ 国の将来に関して、一向に真剣になれない政治屋どもにこそ死の鉄槌を!


 今日は“ワンツー、ワンツーのマーチ”の日?




 12月12日、田河水泡の命日 です。

 田河水泡(1899年〜1989年)昭和期に活躍した漫画家

 東京市本所区林町(現・東京都墨田区)出身。小林秀雄は義兄。
 本名の高見沢仲太郎の Takamizawa を“Taka・miz・Awa”と「ぎなた読み」して、田河・水・泡としたもの。(ぎなた読み:言葉遊びのひとつ。「弁慶が、なぎなたを持って」と言うところを、「弁慶がな、ぎなたをもって」と間違えて読んだことに由来するもので、文節の区切りを故意に違えて別な意味を持たせます。) 漫画家に転身する際に、いつパチンと消えるかわからないという意味も込めたもののようだ。

 弟子に『サザエさん』の長谷川町子や『あんみつ姫』の倉金章介、『猿飛佐助』『ドロンちび丸』の杉浦茂、滝田ゆう、山根青鬼・山根赤鬼、森安なおや、伊東隆夫、野呂新平、ツヅキ敏、永田竹丸などがいる。

 『のらくろ』


 後半生はクリスチャンだった。『サザエさんうちあけ話』によると、長谷川が弟子になった時にクリスチャンである長谷川に夫妻で付き添って、自宅の隣にあった教会に通ったところ、後に夫妻とも洗礼を受けることになったと言う。死後に夫人が出した『のらくろ一代記 田河水泡自叙伝(1991年)』では、入信の理由は何度も失敗してきた禁酒を今度こそ成功させるために信仰の力を借りようというものだったとされる。 90歳で逝去されたが、死因は肝臓癌であった。

 ※ 代表作が何ぶん古い『のらくろ』であったため、生前から物故者扱いされることが多かったようだ。生前葬を営むと長生きすると言われるが、「故・田河水泡」の誤表記のお陰というか、天寿を全うされた。



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   ◇ 今日の誕生花・マンリョウ(ヤブコウジ科)

   花言葉は、「寿ぎ」。

   万両や暦日めぐること速し   岸 風三楼

   百両がほどをこぼして実万両   伊藤トキノ

 実生なるマンリョウ赤く色づきて 年の瀬の庭にぎやかになる  鳥海昭子


 ◇ 万両、千両、百両、十両、一両、火棘、南天 → 赤い実七変化

 ◎ マンリョウ(万両):ヤブコウジ科 Ardisia crenata
   花言葉は、「寿ぎ」「陰徳」「徳のある人」です。

 万両は株の上部に葉っぱが傘状につき、その葉っぱの下の部分に隠れるような
 格好で下向きに実を生らせます。千両より多くの実が成るので万両と呼ぶと。

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 ◎ センリョウ(千両):センリョウ科 Sarcandra glabra
   花言葉は、「可憐」「恵まれた才能」「富貴」
   特に千両の実についての花言葉は、「富」「財産」です
   千両の実は、葉っぱより先に上向きに生ります。

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 ◎ ヒャクリョウ(百両):ヤブコウジ科 Ardisia crispa
   カラタチバナ(唐橘)の別名

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 ◎ ジュウリョウ(十両):ヤブコウジ科 Ardisia japonica
   ヤブコウジ(藪柑子)の別名

 ※ ヤブコウジ科の3種は実が垂れ下がるように成ります。

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 ◎ イチリョウ(一両):アカネ科アリドオシ属
   アリドオシ(蟻通し、在り通し)の別名

 ※ 蟻通し:鋭い棘は蟻を刺し通すほど …  
 ※ 在り通し:果実が翌年の花の時期まで残るので「在り通し」と …

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 ◎ ピラカンサ(ピラカンサスとも呼ぶ) バラ科トキワサンザシ属

 Pyracantha(ピラカンサ)は、ギリシャ語の pyro(炎)+ acantha(刺)が語源で、火のような真っ赤な実をつけ、枝にはいっぱいトゲがあることに由来します。中国名は、ずばり「火棘(かきょく)」。棘が多いことから生け垣に多用された。 一般に「ピラカンサ」と呼ばれているものには、数種類あるようだ。同属の「トキワサンザシ(常磐山査子・赤い実をつける)」「タチバナモドキ(橘擬・オレンジの実をつける)」など … 。

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 ◎ ナンテン(南天)漢名「南天燭」の略称 メギ科ナンテン属


 【参照】12月12日、妙心寺開山忌
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38822491.html

 【参照】12月12日、漢字の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25210695.html

 【参照】12月12日、バッテリーの日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49862189.html

 【参照】12月12日、小津安二郎の誕生日&命日(1903年 & 1963年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/46003429.html

 【参照】12月12日、茨城GGの欽ちゃん勇退試合(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51570476.html
 平成23年12月11日(日)昨日:NASAのサンプル管理杜撰、月の石など500点超が。

 米航空宇宙局(NASA)が収集した月の石や隕石などの試料が、各地の研究者らに貸し出されたまま行方不明になっている例が多発していることが、8日発表した内部監査で発覚した。 NASAのポール・マーティン監査官が出した報告書によると、1970年〜2010年6月までの間に貸し出され、紛失や盗難に遭った宇宙関連試料は517点にも上る。1969年の初の有人月面探査で採取された「月の石」などの貴重な試料も含まれており、一度も研究に使われなかったものもあるという。

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 こうした試料には、月の石と土壌、小惑星・火星・月に由来する隕石、太陽の外層部から到達したイオン、彗星や星間空間の塵、地球成層圏で採取された塵などがある。 監査報告書は特に、NASAの貸借記録が不正確な点、研究者らが借り受けた試料全てについて所在を確認できなかった点、研究に使用していないのに貸借期間を延長したり返却しない例がある点を指摘。NASAに対し、試料紛失を防ぐためには貸借記録システムの改善と、年1回の確認を行うべきだと勧告。

 NASAは過去に何回か、試料紛失を認めている。2010年には、ある研究者が月の試料18点を紛失した。2002年には米テキサス州ヒューストンのジョンソン宇宙センターで、月と隕石の試料218点が盗まれ、後に回収される事件もあった。 今年に入ってからは、紛失したと思われていた月の石1点が、米アーカンソー州の図書館でビル・クリントン元米大統領のファイルや記念品が入っていた箱から見つかっている。

 ※ どうせ拾った資料だもん、捨てっちまえ“月の石?”なんか。 万博小僧


 ◇ 吹き荒れる「反プーチン」抗議集会 モスクワで大規模集会(12/10)

 政権与党「統一ロシア」が過半数を維持したロシア下院選(4日投票)で、不正があったとして抗議の声が高まる中、モスクワなど各地で10日、最大規模の抗議集会が開かれた。来年3月の大統領選で返り咲きをめざすプーチン首相は、逆風をかわすのに懸命。野党勢力結集の動きにつながれば、メドベージェフ大統領との双頭体制が揺らぐ可能性も出てきた。

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 小雪が舞ったモスクワ中心部はこの日、朝から内務省軍も出動して物々しい警戒体制が敷かれた。ここ10年で最大ともいわれる反政権集会は、クレムリンから約1キロ南のボロトナヤ広場で開かれ、零下1度の中、多数の参加者が集結。主催者側は4万人と発表、警察発表でも2万5千人に達したほど。 会場では「泥棒権力にはバツ印をつける」などと書かれた白いリボンが配布され、参加者らは「プーチンのいないロシアを!」「自由のない選挙は恥だ!」などと連呼した。反政権リーダーの一人であるネムツォフ元第1副首相は、中央選管委員長や政権指導部の辞任と選挙結果の取り消しを求めた。



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 12月11日は、北見けんいち の誕生日 です。

 ◇ 北見けんいち( 本名:北見健一、1940年生まれ )漫画家

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 満州新京出身、多摩美術大学付属芸術学園卒業。青年コミック誌を中心に活動。代表作に『釣りバカ日誌』(原作:やまさき十三)。 1964年1月、赤塚不二夫のアシスタントになる。1979年に週刊少年キングから『どじょっこふなっこ』でデビュー。

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 1979年からビッグコミックオリジナル(小学館)に連載されている『釣りバカ日誌』は、1988年から2009年まで22年にわたる国民的映画シリーズとして実写映画化(西田敏行主演、松竹制作・配給)され、2002年にはテレビアニメ化されている。 中日ドラゴンズのファンであります。



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 ◇ 消費者庁の不作為による重大過失、通報放置の末に健康被害拡大へ

 福岡県大野城市の化粧品製造販売会社「悠香」が通信販売した「茶のしずく石鹸」の旧製品による小麦アレルギー発症問題で、消費者庁が昨年1月に国民生活センターから寄せられた健康被害報告など、外部からの情報を再三、放置していたことがわかった。 悠香の製品をめぐる問題が表面化したのは今年5月以降で、同庁の対応の遅れが被害拡大につながった可能性も出てきた。

 消費者庁によると、同センターから昨年1月、「茶のしずく石鹸の利用者6人がアレルギーになったと医師から情報提供があった」と電話で連絡が入った。商品名を明らかにした上での報告で、消費者安全法に基づく通知とすべきかどうかを相談するものだった。 同法は国の組織などに対し、重大な事故などの情報を同庁に通知するよう求めている。同庁は消費者の安全確保のために情報を有効活用し、迅速かつ的確に集約・分析して、結果を公表する義務を負っている。しかし、同庁は同センターに通知を出すよう指示しなかった上、特に何の対応も取らなかった。

 ※ 「公僕」とも言われる人々が国民の福祉に無関心なのは、今に始まった事ではない。民間も役所に“お任せ”するばかりではなく、手持ちの事実に関する情報は躊躇せずに公開できるように、免責を設けてやれば良いと思う。



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   ◇ 今日の誕生花・ヤドリギ(ヤドリギ科)

   花言葉は、「困難に打ち勝つ」。

   斧入れて香におどろくや冬こだち   蕪村

   遠山に日の当りたる枯野かな   高浜虚子

 今生のわれは寄生木ヤドリギの 冬を不思議に青く茂れり  鳥海昭子


 【参照】12月11日、胃腸の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45989222.html

 【参照】12月11日、100円玉記念日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38799531.html

 【参照】12月11日、「非核三原則」を表明(1967年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25151720.html

 【参照】12月11日、岸 洋子 の命日(1992年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49856878.html

 【参照】なぜ、平和賞はノルウェーなの?
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25193470.html

 【参照】12月11日、池ノ上みそぎ祭(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51567330.html
 平成23年12月10日(土)昨日:米大学チーム確認、ネズミは仲間見捨てない。

 自分は得するわけでもないのに、困っている仲間を助ける。他人の感情を共有するそんな「共感」の能力をラットも備えていることが、米シカゴ大学チームの実験でわかった。 人以外では、これまでサルでしか確認されていなかったという。9日付の米科学誌サイエンスで発表した。

 実験ではまず、罠の扉を外から頭で押して開けられるようにラットを訓練。そして1匹のラットを罠に閉じこめると、訓練を受けたラットは扉を開けて仲間を救出した。 罠の外にチョコレートがあるときも、自分が独り占めできなくなるのを承知でラットは扉を開けてやった。出てきたラットと接触できないようにしても行動は変わらず、仲間と一緒にいたいという自分の一方的な望みが動機でもないらしい。雌の方が仲間を助ける傾向が強かった。
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 ※ 「人以外では、これまでサルでしか … 」、なんと言う驕り昂ぶりの生きものなのか、ニンゲンとは … 。 平生、身近な生きものに接しておれば、人は多くの触発を受け、教えられることに事欠かない。人だけが、神より賦与された才能である「本能」を忘れ、「人為」的な生きものへと堕落した。私たちが「自然回帰」するとき、私たちは自然(じねん)に生きることができるのだ。文化はもとより自然に背く。



 1520年12月10日、ルターは教皇レオ10世の警告文を信徒の面前で焼く。

 ◇ マルティン・ルター(1483年〜1546年)

 ドイツ(当時神聖ローマ帝国)の神学者、牧師、説教家、ルーテル教会創始者

 修道士時代にルターは聖書を深く読むようになり、ウィリアム・オッカムの思想に触れた。1506年には司祭の叙階を受けたが、初ミサを立てる中で、ルターは弱く小さな人間である自分がミサを通じて巨大な神の前に直接立っていることに畏れを覚えた。当時のルターは、どれだけ熱心に修道生活を送り、祈りを捧げても心の平安が得られないと感じていた。聴罪司祭であったヨハン・フォン・シュタウピッツの励ましもルターの不安を取り除くことはできなかった。

 シュタウピッツの勧めもあって、できたばかりであったヴィッテンベルク大学に移って哲学と神学の講座を受け持つことになる。彼はここでアリストテレスの手法を適用したスコラ学的なアプローチの限界を感じ、神を理性で捉えることは困難であるという理解に達した。

 その頃、ルターの心を捉えて離さなかったのはパウロの『ローマの信徒への手紙』にある「神の義」の思想であった。いくら禁欲的な生活をして罪を犯さないよう努力し、できうる限りの善業を行ったとしても、神の前で自分は義である、即ち正しいと確実に言うことはできない。この現実を直視していたルターは苦しみ続けたが、あるとき突如として光を受けたように新しい理解が与えられるという経験をする。 そこでルターは人間は善行(協働)でなく、信仰によってのみ (sola fide) 義とされること、すなわち人間を義(正しいものである)とするのは、すべて神の恵みであるという理解に達し、ようやく心の平安を得ることができた。ここでルターが得た神学的発想は、のちに「信仰義認」と呼ばれる。(=【信決定】)

 大学で教える傍ら、司祭として信徒の告解を聞いていたルターは、信徒たちもまた罪と義化の苦悩を抱えていることをよく知っていた。そんなルターにとって当時、盛んにドイツ国内で販売が行われていた贖宥状(≒免罪符)の問題は見過ごすことができないように感じられた。 ルターが何より問題であると考えたのは、贖宥状の販売で宣伝されていた「贖宥状を買うことで、煉獄の霊魂の罪の償いが行える」ということであった。煉獄の霊魂が、本来罪の許しに必要な秘跡の授与や悔い改めなしに贖宥状の購入のみによって償いが軽減されるという考え方をルターは贖宥行為の濫用であると感じた。

 煉獄の霊魂の贖宥の可否については、カトリック教会内でも議論が絶えず、疑問視する神学者も多かった。ルターはアルブレヒトの「指導要綱」には贖宥行為の濫用がみられるとして書簡を送り、1517年10月31日、ヴィッテンベルク城教会の扉にもその旨を記した紙を張り出し、意見交換を呼びかけた(ヴィッテンベルク城教会は大学教会を兼ね、その扉は学内掲示板の役割を果たしていた)。これが後に『95ヶ条の論題』と言われるものである。ルターがこれを純粋に神学的な問題として考えていたことは、この論題が一般庶民には読めないラテン語で書かれていたことからも明白であった。

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 『95ヶ条の論題』は直にドイツ語に訳され、国内で広く出回り始めた。既存のカトリック教会の体制への不満がくすぶっていたドイツ国内の雰囲気に、ルターの論題が火をつけることになった。1518年にはルターは論題を神学的考察の形でまとめなおした『免償についての説教』を発表。これに対する反論を記したカトリック司祭ウィンピーナは「信仰の問題に関して疑問を投げかけることは、教皇の不謬権への疑問と同じ意味を持つ」という指摘を行った。ここに至って、神学問題の提起を行ったルターが、にわかにローマ教皇への挑戦者という意味合いを持たされることになった。ルターの友人であったインゴルシュタット大学の教授ヨハン・エックは、ルター説はかつて異端と断罪されたヤン・フスの説と似ていると指摘し、ルターを激怒させた。以後、二人は激しい論戦を繰り返す。

 1518年10月、アウクスブルクでの審問は、教皇使節トマス・カイェタヌス枢機卿が免償の問題に対するルターの疑義の撤回を求めたが、ルターは聖書に明白な根拠がない限りどんなことでも認められないと主張。逮捕を恐れたルターはアウクスブルクから逃亡したが、教皇もルターの保護者フリードリヒに配慮し、ルターに対してそれ以上の強い態度に出ることはなかった。ルターは自らの身の潔白を主張し、公会議の開催を求めていた。公会議の決定は教皇を超える権威を持つという公会議主義の思想が色濃く残っていた時代であった(ルターの求めた公会議はやがてトリエント公会議において実現することになる)。

 カトリック教会との断絶が決定的となったこの頃、ルターの周囲には賛同者たちが集まり始めた。ルターが1520年にあいついで発表した文書は、宗教改革の歴史の中で非常に重要な文書であり、ルターの方向性を確定するものになった。それは『ドイツ貴族に与える書』『教会のバビロニア捕囚』『キリスト者の自由』であった。『ドイツ貴族に与える書』では教会の聖職位階制度を否定し、『教会のバビロニア捕囚』では聖書に根拠のない秘跡や慣習を否定、『キリスト者の自由』では人間が制度や行いによってでなく信仰によってのみ義とされるという彼の持論が聖書を引用しながら主張されている。

   1520年12月10日、ルターは教皇レオ10世の警告文を信徒の面前で焼く。

 レオ10世は回勅『エクスルゲ・ドミネ』(主よ、立ってください)を発布して自説の41ヶ条のテーゼを撤回しなければ破門すると警告したが、ルターはこれを拒絶。1520年12月に回勅と教会文書をヴィッテンベルク市民の面前で焼いた。これを受けて1521年の回勅『デチェト・ロマヌム・ポンティフィチェム』(ローマ教皇として)によってルターの破門が正式に通告される。

 偽名を用いて地に臥したルターは、一年ほどを思索と著述に専念する。有名な新約聖書のドイツ語訳が行われた。聖書をドイツ語に訳したのはルターが初めてではなかったが、エラスムスのギリシア語テキストをもとにしたこの聖書は、後にドイツ語の発達に大きな影響を与えるほど広く読まれることになる。同時にこの時期に修道生活を否定する論文も著述している。 だが、ルター不在の状況は深刻な弊害を伴った。教会の破壊から始まって市内が無法状態の様相を呈するようになった。1522年5月7日、見かねたルターが一年の沈黙を破ってヴィッテンベルクで人々の前に再び姿を現し、数回にわたる説教で過激派を糾弾、暴力を伴う改革を否定し、行き過ぎを警告した。

 聖書には論拠はなかったが、カトリック教会では伝統として聖職者の独身が守られてきた。そのため司祭であったルターも独身生活を続けていたが、徐々にその意義について疑問を持つようになった。ルターは肉体的欲望そのものは罪であり悪いことであると考えていたが、結婚によって肉体的欲望は正当化され罪にならなくなると考えるようになった。また修道者のように神のために結婚しないことをよいものであると認めていたが、その反面、常に肉体的欲望に悩まされるのなら結婚するべきだと思うようになった。結果としてルターは数多くの修道者たちに結婚を斡旋するようになった。 自身も1525年6月、41歳の時にカタリーナ・フォン・ボラという15歳年下で26歳の元修道女と結婚、三男三女をもうけた。



 ◇ 脚本家の市川森一氏死去 70歳

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 大河ドラマ『黄金の日日』や『ウルトラマン』シリーズなど人気ドラマを手がけた脚本家、市川森一さんが10日、肺癌のため死去した。70歳。葬儀・告別式の日程などは未定。喪主は妻・美保子さん。 市川さんは25歳の昭和41年に特撮番組『快獣ブースカ』で脚本家デビューし、『ウルトラセブン』や『傷だらけの天使』など多くの人気番組を生んだ。映画『異人たちとの夏』(平成元年)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。  長崎県出身。1966年に日大芸術学部を卒業後、1981年に『港町純情シネマ』で芸術選奨新人賞、1982年に『淋しいのはお前だけじゃない』で第1回向田邦子賞、1989年に『もどり橋』などが評価され芸術選奨文部大臣賞を受けた。今年11月には旭日小綬章を受ける。 雄大なスケールの大河ドラマから人間の機微に通じた人情ドラマまで幅広い作風で知られ、最近では『蝶々さん』が話題を呼んだ。 日本放送作家協会の会長を務め、テレビの情報番組のコメンテーターとしても活躍した。



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   ◇ 今日の誕生花・フユサンゴ(ナス科)

   花言葉は、「神秘的」。

   駆けて来て父よりも子の白き息   桜井博道

   火を焚くや枯野の沖を誰か過ぐ   能村登四郎

 さりげなく今年も此処にフユサンゴ 赤くつぶらな実を光らせる  鳥海昭子


 【参照】12月10日、アロエヨーグルトの日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38775142.html

 【参照】12月10日、大田垣蓮月忌(1875年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49851411.html

 【参照】12月10日、『天城山心中』(1957年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25097772.html

 【参照】12月10日、3億円事件の日(1968年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25102964.html

 【参照】12月10日、山本七平忌(1991年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45974337.html

 【参照】福留よ、何処へゆく!(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38780294.html

 【参照】12月10日、ガラパゴス&リーダー(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51564011.html
 平成23年12月9日(金)本日:福島第一原発・吉田前所長の病状は食道癌。

 東京電力は9日、体調不良を理由に東京電力福島第一原子力発電所長を1日付で退いた吉田昌郎氏(56)が食道癌であると発表した。事故後の放射線の被曝線量は約70ミリシーベルトだった。東電は改めて、病気と事故の復旧作業で浴びた放射線との因果関係はないとの見解を示した。

 東電によると、吉田前所長は9日、福島第一原発に赴き自らの病状を公表した。東電はこれまで、病名と放射線の被曝線量については、本人のプライバシーを理由に公表していなかった。 吉田前所長は3月11日の東日本大震災発生以来、事故収束の陣頭指揮にあたってきた。病院で検査したところ異常が見つかり、11月24日から治療のために入院していた。 東電は放射線医学総合研究所の見方として「食道癌は発症までに少なくとも5年はかかり、発症と事故収束のために被曝した放射線との因果関係はない」と説明。

 ※ 因果関係ありとの証明は比較的容易だが、因果関係無しと証明するには膨大な資料を取り揃えなければならない。発症に5年かかるものでも、それまで押さえ込んでいた因子が被曝によって触発されることは大いにありうるだろう。“原発ムラ”は、どこまでも閉塞的で確信犯的になってきているようだ。



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 12月9日は、夏目漱石の命日 です。

 ◇ 夏目漱石(1867年〜1916年)小説家・評論家・英文学者

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 ◇ 『正岡子規』 夏目漱石

 正岡の食意地の張った話か。ハヽヽヽ。そうだなあ。なんでも僕が松山に居た時分、子規は支那から帰って来て僕のところへ遣って来た。自分のうちへ行くのかと思ったら、自分のうちへも行かず親族のうちへも行かず、此処に居るのだという。僕が承知もしないうちに、当人一人で極めて居る。御承知の通り僕は上野の裏座敷を借りて居たので、二階と下、合せて四間あった。上野の人が頻りに止める。正岡さんは肺病だそうだから伝染するといけないおよしなさいと頻りにいう。僕も多少気味が悪かった。けれども断わらんでもいいと、かまわずに置く。僕は二階に居る、大将は下に居る。

 其うち松山中の俳句を遣る門下生が集まって来る。僕が学校から帰って見ると、毎日のように多勢来て居る。僕は本を読む事もどうすることも出来ん。尤も当時はあまり本を読む方でも無かったが、兎に角自分の時間というものが無いのだから、止むを得ず俳句を作った。其から大将は昼になると蒲焼を取り寄せて、御承知の通りぴちゃぴちゃと音をさせて食う。それも相談も無く自分で勝手に命じて勝手に食う。また他の御馳走も取寄せて食ったようであったが、僕は蒲焼の事を一番よく覚えて居る。それから東京へ帰る時分に、君払って呉れ玉えといって澄まして帰って行った。僕もこれには驚いた。其上まだ金を貸せという。何でも十円かそこら持って行ったと覚えている。それから帰りに奈良へ寄って其処から手紙をよこして、恩借の金子は当地に於て正に遣い果し候とか何とか書いていた。恐らく一晩で遣ってしまったものであろう。

 併し其前は始終僕の方が御馳走になったものだ。其うち覚えている事を一つ二つ話そうか。正岡という男は一向学校へ出なかった男だ。それからノートを借りて写すような手数をする男でも無かった。そこで試験前になると僕に来て呉れという。僕が行ってノートを大略話してやる。彼奴の事だからええ加減に聞いて、ろくに分っていない癖に、よしよし分ったなどと言って生呑込にしてしまう。其時分は常盤会(ときわかい)寄宿舎に居たものだから、時刻になると食堂で飯を食う。或時又来て呉れという。僕が其時返辞をして、行ってもええけれど又、鮭で飯を食わせるから厭だといった。其時は大に御馳走をした。鮭を止めて近処の西洋料理屋か何かへ連れて行った。

 或日突然手紙をよこし、大宮の公園の中の万松庵に居るからすぐ来いという。行った。ところがなかなか綺麗なうちで、大将奥座敷に陣取って威張っている。そうして其処で鶉か何かの焼いたのなどを食わせた。僕は其形勢を見て、正岡は金がある男と思っていた。処が実際はそうでは無かった。身代を皆食いつぶしていたのだ。其後熊本に居る時分、東京へ出て来た時、神田川へ飄亭と三人で行った事もあった。これはまだ正岡の足の立っていた時分だ。

 正岡の食意地の張った話というのは、もうこれ位ほか思い出せぬ。あの駒込追分奥井の邸内に居った時分は、一軒別棟の家を借りていたので、下宿から飯を取寄せて食っていた。あの時分は『月の都』という小説を書いていて、大に得意で見せる。其時分は冬だった。大将、雪隠へ這入るのに火鉢を持って這入る。雪隠へ火鉢を持って行ったとて当る事が出来ないじゃないかというと、いや当り前にするときん隠しが邪魔になっていかぬから、後ろ向きになって前に火鉢を置いて当るのじゃという。それで其火鉢で牛肉をじゃあじゃあ煮て食うのだからたまらない。それから其『月の都』を露伴に見せたら、眉山、漣の比で無いと露伴もいったとか言って、自分も非常にえらいもののようにいうものだから、其時分何も分らなかった僕も、えらいもののように思っていた。あの時分から正岡には何時もごまかされていた。

 発句も近来、漸く悟ったとかいって、もう恐ろしい者は無いように言っていた。相変らず僕は何も分らないのだから、小説同様えらいのだろうと思っていた。それから頻りに僕に発句を作れと強いる。其家の向うに笹藪がある。あれを句にするのだ、ええかとか何とかいう。こちらは何ともいわぬに、向うで極めている。まあ子分のように人を扱うのだなあ。

 又正岡はそれより前漢詩を遣っていた。それから一六風か何かの書体を書いていた。其頃僕も詩や漢文を遣っていたので、大に彼の一粲(いっさん)を博した。僕が彼に知られたのはこれが初めであった。或時僕が房州に行った時の紀行文を漢文で書いて其中に下らない詩などを入れて置いた、それを見せた事がある。処が大将頼みもしないのに跋を書いてよこした。何でも其中に、英書を読む者は漢籍が出来ず、漢籍の出来るものは英書は読めん、我兄の如きは千万人中の一人なりとか何とか書いて居った。処が其大将の漢文たるや甚だまずいもので、新聞の論説の仮名を抜いた様なものであった。けれども詩になると彼は僕よりも沢山作って居り平仄も沢山知って居る。僕のは整わんが、彼のは整って居る。漢文は僕の方に自信があったが、詩は彼の方が旨かった。尤も今から見たらまずい詩ではあろうが、先ず其時分の程度で纏ったものを作って居ったらしい。たしか内藤さんと一緒に始終やって居たかと聞いている。

 彼は僕などより早熟で、いやに哲学などを振り廻すものだから、僕などは恐れを為していた。僕はそういう方に少しも発達せず、まるでわからん処へ持って来て、彼はハルトマンの哲学書か何かを持ち込み、大分振り廻していた。尤も厚い独逸書で、外国にいる加藤恒忠氏に送って貰ったもので、ろくに読めもせぬものを頻りにひっくりかえしていた。幼稚な正岡が其を振り廻すのに恐れを為していた程、こちらは愈(いよいよ)幼稚なものであった。 妙に気位の高かった男で、僕なども一緒に矢張り気位の高い仲間であった。ところが今から考えると、両方共それ程えらいものでも無かった。といって徒らに吹き飛ばすわけでは無かった。当人は事実をいっているので、事実えらいと思っていたのだ。教員などは滅茶苦茶であった。同級生なども滅茶苦茶であった。

 非常に好き嫌いのあった人で、滅多に人と交際などはしなかった。僕だけどういうものか交際した。一つは僕の方がええ加減に合わして居ったので、それも苦痛なら止めたのだが、苦痛でもなかったから、まあ出来ていた。こちらが無暗に自分を立てようとしたら迚(とて)も円滑な交際の出来る男ではなかった。例えば発句などを作れという。それを頭からけなしちゃいかない。けなしつつ作ればよいのだ。策略でするわけでも無いのだが、自然とそうなるのであった。つまり僕の方が人が善かったのだな。今正岡が元気でいたら、余程二人の関係は違うたろうと思う。尤も其他、半分は性質が似たところもあったし、又半分は趣味の合っていた処もあったろう。も一つは向うの我とこちらの我とが無茶苦茶に衝突もしなかったのでもあろう。忘れていたが、彼と僕と交際し始めたも一つの原因は、二人で寄席の話をした時、先生も大に寄席通を以て任じて居る。ところが僕も寄席の事を知っていたので、話すに足るとでも思ったのであろう。それから大に近よって来た。

 彼は僕には大抵な事は話したようだ。(其例一二省く)兎に角正岡は僕と同じ歳なんだが僕は正岡ほど熟さなかった。或部分は万事が弟扱いだった。従って僕の相手し得ない人の悪い事を平気で遣っていた。すれっからしであった。(悪い意味でいうのでは無い。) 又彼には政治家的のアムビションがあった。それで頻りに演説などをもやった。敢て謹聴するに足る程の能弁でも無いのに、よくのさばり出て遣った。つまらないから僕等聞いてもいないが、先生得意になってやる。

 何でも大将にならなけりゃ承知しない男であった。二人で道を歩いていても、きっと自分の思う通りに僕をひっぱり廻したものだ。尤も僕がぐうたらであって、こちらへ行こうと彼がいうと其通りにして居った為であったろう。 一時正岡が易を立ててやるといって、これも頼みもしないのに占ってくれた。畳一畳位の長さの巻紙に何か書いて来た。何でも僕は教育家になって何うとかするという事が書いてあって、外に女の事も何か書いてあった。これは冷かしであった。一体正岡は無暗に手紙をよこした男で、それに対する分量は、こちらからも遣った。今は残っていないが、孰(いず)れも愚なものであったに相違ない。



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   ◇ 今日の誕生花・スイセン(ヒガンバナ科)

   花言葉は、「自己愛」「崇高」。

   水仙や母の好みし黄八丈   青柳志解樹(しげき)

   水仙の葉先までわが意志通す   朝倉和江

 スイセンはきょうだい仲良く咲いている 少しおませに少女が言えり 鳥海昭子


 【参照】12月9日、真田祭
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38753699.html

 【参照】12月9日、障害者の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45958588.html

 【参照】12月9日、宇多田ヒカル「Automatic」CDデビュー(1998年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49845814.html

 【参照】12月9日、鳴滝の大根だき(2006年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25043362.html

 【参照】サンタに御用心(2007年、ポーランド)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/38773588.html

 【参照】12月9日、「のぞみ」の火星周回軌道投入を断念(2003年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51560475.html
 平成23年12月8日(木)本日:八ツ場ダム本体工事、民主政調役員会容認せず。

 民主党は8日の党政調役員会で、建設の是非を議論している八ツ場ダム(群馬県)について「本体工事に入ることは容認できない」とする意見を取りまとめた。前原誠司政策調査会長は9日にも藤村修官房長官に本体工事の着工見送りを申し入れる。

 民主党国土交通部門会議は、国土交通省の検証で建設継続の方針を打ち出したことについて「納得できない」とする意見をまとめており、前原氏は党の意見に対する政府の回答が明確になるまでは着工を容認しない考えだ。前田武志国交相は「党の議論も見守った上で政府の責任で決める」としており、野田佳彦首相が本体工事の予算凍結に踏み込むかが焦点だ。 前原氏は8日の記者会見で「マニフェストに関わるものであり、変更するなら単なる行政判断にとどまらず、政治的な判断が加えられるべきだ」と強調し、政府に着工見送りを強く申し入れる考えを示した。



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 12月8日は、名古屋 章の誕生日 です。

 ◇ 名古屋 章(1930年〜2003年)

 東京府東京市麹町区(現在の東京都千代田区)九段出身の日本の俳優。旧制九段中学卒業。NHK東京放送劇団、文学座、劇団・雲を経て、1975年以降はフリー。1950年代から半世紀に渡り、数多くの舞台、映画、ドラマ、ラジオに出演、ナレーターなどもこなした。

 1959年に文学座へ入団。1963年に劇団・雲の創立に参加、1975年には「雲」の解散により以後はフリーで活動し、地人会、こまつ座などの舞台にも出演した演劇人。1971年に『釘』で第6回紀伊国屋演劇賞個人賞を、1983年には『雨』で芸術祭演劇部門大賞を受賞。

 ラジオドラマ時代は美声により二枚目を担当し、数多の女性ファンを獲得。ラジオドラマには晩年まで出演したが、映画への出演では癖のある敵役や悪役でならし、テレビ時代に入り何十年もの間バイプレイヤーとして、その風貌を活かし人情味ある庶民の役をこなした。またドラマでは、刑事役で出演する事が多かった。 また、NHKの人形劇『ひょっこりひょうたん島』のドン・ガバチョ役を藤村有弘から引継ぎ、1991年から二代目の声の担当を務めた。



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   ◇ 今日の誕生花・チャ(ツバキ科)

   花言葉は、「追憶」。

   茶が咲けり働く声のちらばりて   大野林火

   茶の花やこゑ出して口あたたむる   岸田稚魚

 ほっこらと茶の花咲けり追憶の うらうらとして小春日のなか  鳥海昭子

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 【参照】12月8日、成道会
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45942304.html

 【参照】12月8日、針供養
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/49840296.html

 【参照】2月8日、針供養
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/40151522.html

 【参照】12月8日、太平洋戦争開戦の日(1941年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/24988591.html

 【参照】12月8日、ジョン・レノン忌(1980年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25011429.html

 【参照】12月8日、楽天岩隈の残留会見(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51557002.html

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