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平成25年1月20日(日)昨日:中学の男性教諭が生徒に希釈塩酸飲ませる。 愛知県蒲郡市は19日、市立中学の男性教諭(23)が理科の授業中、実験に失敗した生徒2人に希釈した塩酸を飲ませたと発表した。市によると、2人に健康被害はなかったという。市は教諭の処分を検討している。 市によると、男性教諭は昨年12月18日、理科室で砂鉄と磁石を使った実験をする際に「失敗したら塩酸を飲んでもらうよ」と発言。失敗した2人に市販の塩酸を百倍に希釈した塩酸15ミリリットルが入ったビーカーを渡し、クラス全員の前で飲ませた。 1人は全て飲み、もう1人はすぐに吐き出し、2人とも口をすすいだ。2人はその後も通常通り登校しているという。 ※ いかに23歳という年齢を考慮しても、やることがガキっぽい。また、教師に飲めといわれて飲んでしまう生徒もおかしいが、それを傍観していた生徒たちはさらに変だ。これはまさに「いじめ」の構造そのものなのだ。ゲームのような演出で、本人が嫌がることを強要し、周囲がそれを黙認し容認する悪意の連鎖。教師による公開いじめは、生徒に消えることのない深い傷痕を残すだろう。 ひとり一人の世界観が、価値観が、極端に矮小化してしまった現代では、他者への洞察力を欠く人間が跳梁跋扈しているかのようだ。 1961年1月20日は、ジョン・F・ケネディが米大統領に就任した日 です。 前年11月の大統領選挙で勝利した共和党のジョン・F・ケネディが第35代の米大統領に就任した。米国史上最も若い大統領で、就任演説ではニュー・フロンティア精神を訴え、国民から熱狂的に支持された。 ◇ ジョン・F・ケネディ(1917年〜1963年) 1961年に大統領に就任し、選挙で選ばれた最も若い大統領であった。キューバ危機を回避、ベトナム戦争早期撤退を計画。任期途中の1963年に遊説先のテキサス州ダラスで暗殺された。 ニクソンとのテレビ・ディベート その明と暗 選挙では初めてテレビ・ディベートが取り入れられ、選挙に大きな影響を与えた。ケネディはマクレラン委員会の活動により名声を高めていたとはいえ、現職副大統領のニクソンの知名度には遥かに及ばなかった。テレビ・ディベートの直前に行われた支持率調査では、ニクソンの支持率が勝っていた。しかし、ケネディはテレビ演説で好印象を残したことが幸いしてニクソンに勝利できた、と言われる。 ケネディの好印象の理由は、決して討論内容ではなかった。事実、ラジオでケネディ対ニクソンのテレビ・ディベートを聞いていたケネディ陣営は「負けたと思った」と後に証言している。ところがケネディは、テレビ映りに大いに配慮していたのだった。先ず、彼が着ていたスーツの色。演説の時、ケネディは濃い色のものを着ていた。それに対してニクソンは、薄い色のものを着ていた。当時のテレビはモノクロであったので、ケネディは濃いグレーで表示され力強く見え、反対にニクソンは薄いグレーで表示され、頼りなく見えたと言う。 更にケネディは、俳優でテレビにも出演していたローフォードのアドバイスを受けて、綿密にテレビ用のメーキャップをした上に、持病の治療のために服用した薬品の副作用で肌の色が浅黒くなっていため「日焼けしたスポーツマン」に見えた。それに比べてニクソンは、直前に怪我を負っていたために顔色が悪かったにもかかわらず、「議論の内容が重要である」と言いきり、テレビ用のメーキャップを拒否した上に、選挙戦の疲れからやつれて見えたと云う。そして何よりニクソンは決してハンサムではなく、「トリッキーニッキー」と言われるように油断のならない男に見えたようだ。 ※ 今日では、ケネディ陣営の大規模な選挙不正と、マフィアとの深い関係が明らかになっている。選挙終盤で、ケネディ陣営の大掛かりな不正に気づいたニクソン陣営は、正式に告発を行おうとしたが、アイゼンハワーから「告発を行い、泥仕合になれば国家の名誉を汚すことになる」と説得されて告発を断念している。ケネディ家の栄光には、暗い淵が潜んでいた。やがて彼は、国家権力によって抹殺される。その経緯にも、米国の暗部が色濃く滲み出ていた。当時のアメリカはその後も、この種の謀略事件を何度か繰り返している。或いは現在もなお、進行中の“事情”であるやも知れない。 ◇ 集団セクハラで2警官を逮捕 神奈川、後輩女性に暴行容疑 神奈川県警は19日、神奈川県大和市内のカラオケボックスに後輩の女性警官を呼び出し、目の前で着替えを強要したなどとして、県警巡査部長の森克演容疑者(35)を強要と暴行容疑で逮捕した。同、荒川好和容疑者(38)も強要容疑で逮捕した。県警によると、森容疑者は容疑を認め、荒川容疑者は「強要はしていない」などと否認している。 県警は昨年4月にトラブルを把握。内部調査をふまえ「被害届が出ていない」として立件しない方針だった。その後、女性警官から被害届を受けて捜査していた。 逮捕容疑は昨年3月11日、飲酒していたカラオケボックスで、20代の女性警察官を電話で呼び出して同席させた上、ブラウスやズボンを脱ぐことや森容疑者が脱いだ服に着替えることを強要した疑い。森容疑者は女性警官の不意を突き、ほおにキスをした疑いも持たれている。 両容疑者や同席した男性警官計4人と女性警官は当時、大和署の同僚。呼び出しの際、両容疑者は異動を控えていた女性警官に「異動先の上司と知り合いだ」「付き合いが悪いやつは使えない」などと告げていたという。両容疑者や同席者の処分も検討している。 県警は「警察官としてあってはならない行為であり誠に遺憾。厳正に対処したい」とのコメントを出した。 ※ 「警察官としてあってはならない行為」という表現こそが、この組織を根深い隠蔽体質に落とし込んでいる悪の根源なのだ。自分たちの組織がどれほど汚辱に満ち満ちているものなのか、真摯に見つめるべきなのだ。取調べ過程の録画録音すら出来ない組織に、「公明正大」などという理念は存在しない。 かつて、権力とタブーに真っ向微塵にぶつかっていった“兵”がいた。 ◇ BS朝日『大島渚の闘い!』放送 1月20日午後9時〜10時54分 1月15日に逝去された大島渚監督を偲んで、追悼特別番組として 『大島渚の闘い!』を放送します。(2000年12月に放送したもの) 番組概要:映画監督としてデビュー以来、社会や時代と闘い続ける反骨の男、大島渚。その闘いの歴史を検証する。 ロンドンで脳出血で倒れて4年、大島渚は辛抱強く病院通いを続けていた。全ては映画の現場へ復帰するための闘いだった。 1954年、大島は今は無き松竹大船撮影所で闘いを開始した。旧態依然たる日本映画界に風穴を開けるべく松竹を飛び出し、そして日本を飛び出して「世界のオオシマ」へと飛翔していった。そして21世紀へ向けて、大島の闘いは続いていた。傍らにいるのは40年にわたって同志として大島を支えてきた妻・小山明子。デビュー以来、社会や時代と闘い続けた彼の歴史を検証しつつ、ビートたけし、坂本龍一、佐藤慶らがその素顔を語る。 『青春残酷物語』(初期の代表作/監督初の大ヒット作品) 『日本の夜と霧』(松竹を辞める原因となった問題作) 『帰って来たヨッパライ』(あの曲の映画化!当時話題となった) ◇ 今日の誕生花・ストック(アブラナ科)(あらせいとう) 花言葉は、「不変の愛」「逆境に堅実」。 雪の旅おもしろからんさりながら 子規 ※ 子規先生の本音は、さりながらおもしろからん雪の旅? ものがたき骨正月の老母かな 虚子 ※ 律儀に昔どうりの作法で「骨正月」をする母を慈しむ虚子の心情。 いくたびも雪の深さを尋ねけり 子規 大寒の一戸もかくれなき故郷 飯田龍太 風見鶏冬将軍と会見す 有馬ひろこ 畦を来るストック抱けるだけ抱いて 青柳志解樹(しげき) 悲しみをのり越えし人の玄関に ストック甘く匂いていたり 鳥海昭子 【参照】1月21日、本日「大寒」(2011年)
http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/51722583.html ※ 2012年1月20日、本日「大寒」です。 ※ 2013年1月20日、本日「大寒」です。 |

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