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平成25年3月11日(月)昨日:オランダのお株を奪う空中戦、7回コールド勝ち。 < 日本 16―4 オランダ > (10日・東京ドーム) 華々しく豪快な1発攻勢で、侍ジャパンが米国行きを決めた。WBC2次ラウンド1組で、3連覇を狙う日本は、オランダに7回コールド勝ちした。1回、鳥谷敬内野手の今大会チーム初本塁打となる先頭打者弾を皮切りに、1試合の大会記録に並ぶ6本塁打を含む先発全員の17安打。これまでの鬱憤を晴らすような猛攻で、17日(日本時間18日)からサンフランシスコで行われる決勝トーナメントに3大会連続で進出を決めた。 記録的な本塁打ショーだった。1次Rから低調で、不安視された打線が激変。初めて1番に配置した鳥谷の初回の一撃を皮切りに4回まで毎回の計5本塁打。7回には坂本がグランドスラムをたたき込み、コールド勝ち。「スモール・ベースボールと言われたのが、嘘みたい」。僅差で苦戦の連続から一変した。流動的だったリードオフマンに鳥谷抜擢など大胆に動かした用兵が成功した。「このリードを守ろうと思ったら今日が一番、胃が痛くなったわ … 」。 1組の一位決定戦が残るものの、イザ!サンフランシスコ へ。 『思い出のサンフランシスコ』ブレンダ・リー 3月11日は、チェリッシュの松崎悦子さんの誕生日 です。 松崎好孝( 1949年11月1日生まれ )愛知県名古屋市出身 松崎悦子( 旧姓:松井、1951年生まれ )愛知県春日井市出身 ◇ 東京は9月に二度目が決まりそう なのに名古屋は「風になった」 チェリッシュの「風になれ」という廃盤 … の逸話について。 1988年に名古屋五輪が実現すれば、テーマ曲となるはずだったもの。海外を意識したのか、ジャケットにはローマ字でルビが振ってあった。 旧西ドイツ・バーデンバーデンで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、開催地が発表された1981年9月30日深夜。二人は、名古屋・栄の久屋大通公園の特設ステージ脇でテレビ画面を見つめていた。 サマランチIOC会長(当時)が「ナゴーヤ」と告げた後、「風になれ」を初披露する段取りだった。ところが、聞こえてきたのは「ソウール」。二人とも絶句した。「撤収でーす」というスタッフの声で、むなしさがさらに込み上げた。 1枚7百円のシングルレコードは、ほとんど店頭に並ぶこともなかった。松崎さんは当時を思い出して苦笑する。「本当に風になっちゃったんだ … 」。 四十代のころ、名古屋五輪の招致活動に携わった日本トライアスロン連合副会長の国分孝雄さん(74)=名古屋市瑞穂区=は「ショックが大きすぎて、しばらく何もできなかった」。同じ晩、栄のスナックで一足早く祝杯を上げていたが、落選を知り無言で店を出た。 「名古屋に五輪を呼ぼうよ」。五輪招致の構想が浮上する前から、青年会議所にいた国分さんは仲間に何度も夢を語った。周りは「無理だ」と取り合わなかったが、東京、大阪に次ぐ日本の「三男坊」の名古屋が、世界と渡り合うには五輪しかないと思った。 五輪には特別な縁がある。南山大名誉教授の父敬治さん(故人)は五輪発祥の地、ギリシャ・オリンピア市の名誉市民に選ばれたギリシャ哲学者。愛知県稲沢市に伝わる国府宮はだか祭が、古くははだかで行われた五輪に通じるからと、両市の姉妹都市提携を橋渡しした。 戦争の絶えなかった古代ギリシャの都市が五輪の時だけは争いをやめた歴史を、父から教わった。幼いころ、空襲から逃げ回った恐怖を覚えていた国分さんは「五輪は平和の象徴なんだ」と恋いこがれるようになった。 2020年五輪の招致活動では、トライアスロンを通じて知り合ったIOC委員に、東京に投票してくれるよう頼んだ。名古屋五輪に未練がないと言えば嘘になる。でもここは「兄貴」に頑張ってもらうのも、まあ悪くはない。 そして、松崎はあらためて「風になれ」を聴いてみた。いい曲だな、と自ら思った。コンサートで機会があれば歌ってみようか。名古屋でも五輪を目指す熱い思いがあったことを、ちょっとは思い出してほしいから … 。 ◇ 今日の誕生花・キランソウ(ラジオ深夜便) 花言葉は、「あなたを待っています」。 欄干や東に見ゆる春の山 子規 ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に 虚子 ※ あらたふと師弟相和す春夢幻 春暁やあさき夢見し夢の中 草間時彦 流れつつ色を変へけり石鹸玉(シャボンだま) 松本たかし 人を待ち人に待たれる春の日の 野のキランソウ深いむらさき 鳥海昭子 ◇ 「十九の春」琉球地方俗謡・本竹裕助補作詞 私があなたに惚れたのは ちょうど十九の春でした いまさら離縁というならば もとの十九にしておくれ もとの十九にするならば 庭の枯木を見てごらん 枯木に花が咲いたなら 十九にするのも易けれど(焼いた魚も泳ぎでる) みすて心があるならば 早くお知らせ下さいね 年も若くあるうちに 思い残すな明日の花 一銭二銭の葉書さえ 千里万里と旅をする 同じコザ市に住みながら あえぬ吾が身のせつなさよ 主さん主さんと呼んだとて 主さんにゃ立派な方がある いくら主さんと呼んだとて 一生忘れぬ(添えない)片思い 奥山住まいのうぐいすは 梅の小枝で昼寝して 春が来るよな夢を見て ホケキョホケキョと鳴いていた ※ 琉球時代の俗謡は、薩摩藩と幕府とに収奪された悲哀を今に伝える。 「十九の春」を奪われて、「主さん」と恃んだ人にも裏切られる無念さ。 それは、沖縄返還後も一向に変わらぬ基地依存と、「主さん」と頼む日本の米国依存と … 。 翻って原発にも米国との“密約”があり、自民政権下では再稼動は既定の案件。安全神話に踊らされ、国策としての原発誘致に靡いたものの、みすて心に … 。 今はただ呆けたように、ホケキョホケキョと鳴いてみる。 |

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