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平成24年3月16日(金)昨日:4月1日発足が困難な情勢に「原子力規制庁」。
東京電力福島第1原発事故を受け、政府が設置を決めた「原子力規制庁」の4月1日発足が困難な情勢になっている。6月の国会事故調査委員会の報告を待つべきだとの意見や、独立性の高い委員会方式にすべきだとの声が野党にあり、審議入りが早くて来週以降にずれ込みそうなためだ。事故から1年が過ぎても安全確保の新体制を決められない与野党に批判が出そうだ。
「国会事故調の調査を待ってからつくるべきだ」。12日の参院予算委員会で自民党の川口順子氏は消費者庁設置の際、衆参で約2ヶ月審議したことを挙げ、野田佳彦首相に「4月1日は無理」と詰め寄った。これに対し首相は「新たな規制制度が急務だ。(国会などの)事故調の判断は真摯に受け止め対応する」と早期の審議入りに理解を求めた。 政府は1月末、規制庁を環境省の外局として4月1日に設置する法案を国会に提出した。今回の事故では、原発を推進する「資源エネルギー庁」と規制する「原子力安全・保安院」が同じ経済産業省の中にあり、人事交流を行っていることが問題視されたためだ。
だが、自民党内には、政府からの独立性を確保するには、国家行政組織法第3条に基づく「3条委員会」にすべきだとの意見も出ている。同党幹部は「4月発足は無理。それでできた時間で党の考え方を取りまとめればいい」と、焦りはない。公明党も、規制庁の独立性をどう担保するのかをめぐり党内の意見集約はできていない。組織のあり方によって、審議する国会の委員会も変わるので、法案の付託先すら環境委員会、復興特別委員会、内閣委員会のいずれにするか決まっていない。 民主党の城島光力国対委員長は12日、「厳しい状況になってきている」と記者団に語った。環境省幹部も「4月1日は不可能ではないか。まともな議論をしないなら間に合うだろうが、そんなたぐいの法案ではない」と悲観的だ。 発足がずれ込んだ場合、現行体制で原発の安全規制や再稼働の判断を担うことになる。
※ 始めに「再稼動」あり。「再稼動」は、政治家と官僚と伴なり。
本日3月16日、吉本隆明 氏が御逝去なされました。
◇ 吉本隆明(1924年〜2012年) 思想家・詩人・評論家
日本の言論界を長年リードし、「戦後最大の思想家」とも呼ばれた。「隆明(たかあき)」を音読みして「りゅうめい」と読まれることが多い。 漫画家・ハルノ宵子は長女、作家・よしもとばなな は次女。 東京市月島生まれ。実家は熊本県天草市から転居してきた船大工で、貸しボートのような小さな船から、台湾航路で運送の航海をするような船まで作っていた。 兄二人姉一人妹一人弟一人の六人兄弟。 1937年(12歳)東京府立化学工業学校(現 東京都立科学技術高等学校)入学。1942年(17歳)米沢高等工業学校(現 山形大学工学部)入学。 1943年から宮沢賢治、高村光太郎、小林秀雄、横光利一、保田与重郎 、さらには仏典等の影響下に、本格的な思索をはじめる。
2012年3月16日、肺炎のため東京都の日本医科大学付属病院で逝去、享年87。
※ その他詳細は、11月25日の隆明誕生の日に譲る。
◇ 菅氏の怒号で辛くも踏みとどまった東電幹部 可謂、救国之憤怒漢!
「60歳幹部は現地で死んだっていい、俺も行く」 (2012年3月16日)
福島第1原発事故が危機的状況にあった昨年3月15日未明、当時の菅直人首相(65)が東京電力本店に乗り込んだ際の発言を東電が詳細に記録していたことが15日、分かった。本店の緊急時対策本部に入った首相は、政府・東電の事故対策統合本部の設置を宣言。「60になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」と詰め寄ったという。 さらに「被害が甚大だ。このままでは日本国滅亡だ」「プラントを放棄した際は、原子炉や使用済み燃料が崩壊して放射能を発する物質が飛び散る。チェルノブイリの2倍3倍にもなる」と強い危機感も示した。「撤退などあり得ない。撤退したら東電は100%つぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ。命懸けでやれ」と迫った。
東電の事故対応には「原子炉のことを本当に分かっているのは誰だ。何でこんなことになるんだ。本当に分かっているのか」と不満を示し、「無駄になってもいい。金がいくらかかってもいい。必要なら自衛隊でも警察でも動かす」とかみつき、改善を求めた。 15日未明の段階で2号機も水素爆発の可能性があった。菅氏は「何でこんなに(社員が)大勢いるんだ。大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない。小部屋を用意しろ」と要求していた。
◇ 保身に汲々とする<保安院> 防災強化に真っ向反対(3月15日)
原発の重大事故を想定した防災対策の国際基準を導入するため、内閣府原子力安全委員会が2006年に国の原子力防災指針の見直しに着手した直後、経済産業省原子力安全・保安院が安全委事務局に対し「社会的混乱を引き起こす」などと導入を凍結するよう再三文書で要求していたことが分かった。結局、導入は見送られ昨年3月、東京電力福島第1原発事故が起きた。導入していれば周辺住民の避難指示が適切に出され、被曝人口を大幅に減らせた可能性があった。
安全委が15日、保安院からの文書や電子メールなど関連文書を公開した。 国の防災指針は1979年の米スリーマイル島原発事故を受け、1980年に策定された。しかし原子炉格納容器が壊れて放射性物質が大量に放出されるような重大事故は「我が国では極めて考えにくい」として想定しなかった。 2002年、国際原子力機関(IAEA)が重大事故に対応する新たな防災対策として、住民の被曝を最小限に抑えるため原発の半径3〜5キロ圏をPAZ(予防防護措置区域)、30キロ圏をUPZ(緊急防護措置区域)に設定して効果的な対策を講じる国際基準を作成した。欧米の原発立地国の多くが導入し、安全委も2006年3月から検討を始めた。
これに対し保安院は翌4月から6月にかけ、「原子力安全に対する国民不安を増大する恐れがある」「現行指針のEPZ(防災対策重点地域、10キロ圏)より広いUPZを設定すると財政的支援が増大する」などと、導入凍結を求める意見を安全委事務局に文書や電子メールで送付。安全委は2007年5月、保安院の要求に応じる形で導入を見送った。 福島第1原発事故では、地震発生から約2時間後に原子炉が冷却機能を喪失。だが3キロ圏内の住民に避難指示が出たのはその4時間後で、10キロ圏内への避難指示は放射性物質の放出が始まった後になるなど、想定の甘さが露呈した。
保安院が再三圧力をかけた理由について、森山善範原子力災害対策監は15日の記者会見で「(国際基準の)メリット、デメリットを慎重に検討する必要があった。自治体の意見も聞く必要があり、拙速に議論すべきではないと考えた」と釈明。そのうえで「当時の対応は十分でなかった。国際的な動向を迅速に取り入れる姿勢に欠け、反省せざるを得ない」と述べた。
◆ 保安院原子力防災課が安全委に出した意見概要 <抜粋> 2006.4.24
無用な社会的混乱を回避するため、「即時避難」という語句を使用することは控えていただきたい IAEAの考え方を導入した新たな原子力防災指針の検討を行うことは、中央省庁、地方公共団体のみならず地域住民にも広く浸透、定着しつつある現行防災スキーム(計画)を大幅に変更し、社会的な混乱を惹起し、原子力安全に対する国民不安を増大する恐れがあるため、検討を凍結していただきたい。現行指針における原発から半径約10キロのEPZより広い原発から半径約30キロのUPZを設定すると、防災資機材などの整備を重点的に行う地域が拡大し、財政的支援が増大するのではないか。
意見概要 <抜粋> 2006.6.9
PAZの設定の趣旨は、現行指針に基づくEPZの考え方に含まれている。
意見概要 <抜粋> 2006.6.15
我が国の防災対策の現状に特に問題点が見いだされない。貴課(管理環境課)は本件の社会的な影響の大きさも十分に認識していなかった。防災行政に責任をもつ当院(保安院)の意見、考え方を十分に確認せず、一方的に防災指針について改訂の検討を開始したことは、貴課の不注意と言わざるを得ず、誠に遺憾である。
※ まさに封建体制の、由らしむべし知らしむべからず、の統治パターンと言うべきか。 人民は為政者の施政に従わせれば十分で、その道理を理解させる必要などない。 これは『論語』の言葉であり、江戸幕藩体制を大いに支えた思想でもあった。また、文革中国では徹底的に孔子を批判して、その末裔らは糾弾され、塗炭の苦しみをなめたと言う。
◇ 今日の誕生花・ハルリンドウ(リンドウ科)
花言葉は、「高貴」。
故郷はいとこの多し桃の花 子規
※ 子規が松山に二日ばかり帰郷した一ヶ月後、従弟の藤野古白が自死。
子規、無念の弔句 … 春や昔古白といへる男あり。生への執念愈々熾烈。
燕(つばくら)のゆるく飛び居る何の意ぞ 虚子
垂れ髪に雪をちりばめ卒業す 西東三鬼
寄せ植ゑて春りんだうの小さき鉢 稲畑汀子
晴れる日を今日と待ちいしハルリンドウ 自分で自分をはげまして咲く 鳥海昭子
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