|
平成25年3月26日(火)年中:なばなの里、一年を通して季節の花咲き誇る。 1205年3月26日、『新古今和歌集』の編纂が完成 致しました。 建仁元年(1201年)7月、和歌所を設置。同年11月3日、後鳥羽院の撰進の院宣が下り、第八勅撰集『新古今和歌集』の撰集が始まる。源通具、藤原定家らが選定。 元久元年(1204年)に選定、翌1205年3月26日完成し、奏覧・竟宴。その後、建保4年(1216年)12月まで切継作業が続いた。 ◇ 『新古今和歌集』 鎌倉時代初期、後鳥羽上皇の勅命により編まれた勅撰和歌集。古今和歌集以降の八勅撰和歌集、所謂「八代集」の掉尾を飾るもの。『古今集』を範として、「七代集」を集大成する目的で編まれ、新興文学である連歌・今様に侵蝕されつつあった和歌の世界を、典雅な空間に復帰させようとした歌集。 古今以来の伝統を引き継ぎ、かつ独自の美的世界を現出せしめた。 「万葉」「古今」と並んで三大歌風の一つと称される「新古今調」を作り、和歌のみならず後世の連歌・俳諧・謡曲に大きな影響を残した。 撰者は、古今に倣って複数人の撰者を持つ。源通具・六条有家・藤原定家・藤原家隆・飛鳥井雅経・寂蓮の六人に撰者の院宣が下ったが、寂蓮は完成を見ずして没した。 和歌所設置に際し、撰者を含む十一名の寄人と開闔・源家長が任命され、後鳥羽院自身も歌を親選し深く関わった。院歌壇の歌人のほとんどが編纂に参加し、何十年にもわたり改訂作業が続いたという、八代集の中でも特筆すべき稀有な勅撰和歌集と言える。(開闔:かいこう=平安時代の朝廷の記録所・御書所・和歌所・文殿などの職名で書物の出納や雑務に従事) 一般的に四つの期間に分けられます 第1期:建仁元年(1201年)の御下命の時点で、代々の勅撰集に漏れた秀歌や 六百番歌合(良経主催)と千五百番歌合(上皇主催)が撰歌の母胎となる。 第2期:後鳥羽上皇自ら歌の吟味、選別をした時期。 第3期:歌の部類、配列、編集をした時期。撰者以外の寄人も作業に加わる。 元久元年(1204年)までに一旦は終了した。 第4期:歌の修正、切継をした時期。承元四年(1210年)〜建保四年(1216年)の 間に最終的に完成した。 ◇ 今日の誕生花・チューリップ(ユリ科) 花言葉は、「愛の宣告(赤)」「魅惑」。 鯉の背に春水そそぐ盥かな 子規 ※ 伊藤左千夫が鯉三尾を携えて子規を見舞う。 いつの間に霞みそめけん佇ちて見る 虚子 ※ 春の朝霧を霞と称す。朝霧は秋の季語になる。 遠山に雪のまだありチューリップ 高田風人子 チューリップ深夜にもう一人の私 橋本美代子 チューリップ黄は黄に閉ぢて明日を待つ 横山房子 合掌のかたちの赤いチューリップ 今日の私をやさしくします 鳥海昭子 |

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事


