今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

何の日・4月

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 平成23年4月10日(日)昨日:震災死者、過半数が高齢者 津波から逃げ遅れ。

 津波で壊滅的被害を受けた岩手県陸前高田市では、東日本大震災から1ヶ月近くになる9日も警察や消防などによる懸命の捜索が続いている。家屋の瓦礫や打ち上げられた船の下などを捜すが、同市ではいまだ千人以上が行方不明のままだ。

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 東日本大震災で死亡が確認された約1万3千人のうち年齢がわかった7935人を調べた結果、65歳以上の高齢者が55.4%を占めることがわかった。過疎・高齢化が進む地域で、津波から逃げ遅れた人が多かったとみられる。行方不明者はいまだ約1万5千人。11日で大震災が発生してから1ヶ月を迎えるが、安否確認は難航し、被害の実態はいまだにわかっていない。

 12都道県の警察が把握している死者のうち、年齢が明らかにされた7935人(7日までに発表)についてまとめた結果、65歳以上の高齢者は4398人で、死者の55.4%を占めた。 被害の大きかった県別でみると、岩手県は死者1346人の56.4%(759人)、宮城県は5788人の54.8%(3170人)、福島県は742人の57.7%(428人)。2010年の住民基本台帳によると、3県の65歳以上の人口比率は22〜27%で、いずれの県も今回、高齢者の被災割合が2倍余り高かった。

 阪神大震災では、亡くなった人のうち65歳以上が占める割合は49.6%(兵庫県調べ)で、家屋倒壊による圧死が多数を占めた。一方、東日本大震災では、検視した監察医らによると、死因はほとんどが水死か、瓦礫と共に流されたことによる多発性外傷という。 三陸地方の沿岸は漁村や小さな集落が多く、過疎、高齢化が進む。逃げる途中で津波に巻き込まれたり、付き添いがおらず逃げることもできなかったりした人が多かったとみられる。

 一方、0〜18歳の死者は531人で、全体の6.7%。7〜18歳でみると、宮城県が最も多く4.3%、福島県は4.0%、岩手県は2.1%の順。3県の7〜18歳の子どもが県人口に占める割合はいずれも11〜12%程度で、人口構成上、被災割合は低い。平日の午後2時46分の発生で、下校前の学校が多く、教師の誘導によって屋上や高台に避難して助かったケースもあった。岩手県の比率が低いのは、明治三陸津波や昭和三陸津波などの被害を受けて学校での防災教育に力を入れていることや、リアス式海岸で学校の近くに高台があり短時間で避難できたためとみられる。


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 ◇ 本日、統一地方選前半の知事選、県議選です。

 統一地方選挙の前半戦となる12の知事選などの投票が10日に行われています。首都東京の顔も今夜に決まります。 全国で12の知事選のほか、4つの政令市長選、41の道府県議選、15の政令市議選の投票が始まっています。東日本大震災で被災した岩手や宮城、福島では一部の選挙が延期されています。 東京でも午前7時から投票が開始され、午前11時現在で投票率は12.5%となっています。これは、前回に比べて1.02ポイント高くなっています。 東日本大震災の影響で防災対策や原子力問題も焦点となった都知事選には、11人が立候補しています。投票は午後8時で締め切られて即日開票され、夜には首都東京の顔が決定します。



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   ◇ 今日の誕生花・ヤマザクラ(バラ科)

   花言葉は、「あなたに微笑む」。

   山又山山桜又山桜   阿波野青畝 (やままた山やまさくら又山櫻)

   ひかり降るごとく雨来て山桜   茨木和生

 下り来し山見返れば 一本の山桜午後の陽あびている  鳥海昭子

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 【参照】4月10日、女性の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31103567.html

 【参照】4月10日、四万十の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41585954.html

 【参照】4月10日、ラジオ『君の名は』放送開始(1952年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31101862.html

 【参照】4月10日、扇谷正造忌(1992年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47743950.html

 【参照】四人の死刑を執行、鳩山法相が発表(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41594672.html

 【参照】結婚満50年の金婚式を迎えられた天皇、皇后両陛下(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47750568.html

 【参照】広島新球場「マツダスタジアム」、今夜オープン!(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47749962.html

 【参照】大阪のオバちゃん、リュックサックで1億円現ナマ寄付(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47749535.html

 【参照】4月10日、「たちあがれ日本」 結党(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50490410.html
 平成23年4月9日(土)昨日:土壌汚染問題でコメ作付け禁止基準を発表。

 福島第一原発事故の放射能による土壌汚染問題で、枝野幸男官房長官は8日、イネの作付け禁止について、土壌中の放射性セシウム濃度が土1キログラムあたり5千ベクレルを超える水田とする基準を発表した。農林水産省は、原発の半径30キロ圏内に加え、この基準で作付けを禁じる方針。政府は近く具体的な地域を定める。 5千ベクレルは、収穫時のコメの汚染度が安全基準を超えると推計される数値。政府の原子力対策本部長である菅直人首相が設定地域に対し、原子力災害対策特別措置法に基づき作付け禁止を指示する。原災法による作付け禁止は初めて。東京電力と政府は損害分を補償する。

 福島県は6日に県内の農地計70地点の土壌調査結果を公表。5千ベクレルを超えていた地点は水田では飯舘村内の2地点だけだった。同県は12日に追加調査の結果を公表する予定。 宮城、山形、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川の8県は8日夜、県内の農地の調査結果で、全ての地点で5千ベクレルを下回ったと発表した。 農水省と福島など各県は土壌調査を踏まえて改めて協議し、近く具体的な作付け禁止地域を設定する。一方、原発から半径30キロ圏内は立ち入りが制限されて土壌調査ができていないが、この地域も原則、作付けを禁じる。農水省幹部は「耕作自体が不可能なため」と説明している。一律に30キロで禁じるかどうかは検討する。

 農水省は、土壌からイネにセシウムが吸い込まれ、収穫時のコメに移る度合い(移行係数)について、過去の事例の分析から0.1を指標として設定。コメのセシウムの基準は1キロあたり500ベクレルのため、土壌の数値を同5千ベクレルと決めた。 ただ、福島原発の事故は収束しておらず、今後も放射性物質が土壌や作物に付着する危険性は残る。このため、今回作付けを許可した水田についても土壌調査を継続。秋の収穫期にはコメの検査も実施し、基準を超えた場合は出荷停止を指示する方針だ。鹿野道彦農水相は8日、「二重のチェックで安全性を確保する」と述べた。

 ※ セシウムは半減期が30年と長く、土壌汚染の解消は簡単にはできない。汚染土壌の移動も許されないし、数メートルの深度で土壌の天地を反転させるには莫大なコストがかかるし、収穫した作物に対する風評被害は免れない。それは移行係数の低い作物を選択した場合でも同様だ。原発事故は我々に、“クリーンでローコスト”な核エネルギーが、どれほど高くつくものなのかを教えてくれた。二者択一ならば、私はセシウムではなく、Co2 を選びたい。

 我々人類が、良きことをなし得ぬとしても、せめて悪しきことを遠ざける努力ていどは、しても罰はあたるまい。これ以上、子々孫々に災禍を押し付けるべきではない。 人の世に、最も悪しきもの、そは「競争原理」。それは尽く良貨を駆逐する悪貨の最たるものなのだ。人のこころまでをも滅ぼしてしまうもの。恨みは深し、グローバリズム!



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 4月9日は、「反核燃の日」です。

 ◇ 反核燃の日

 1985年(昭和60年)4月9日、北村青森県知事(当時)が県議会の全員協議会で
 核燃料サイクル施設の推進を表明した。これにより議会の承認を得たとして
 それ以後、核燃施設の建設が進められた。(核燃料サイクル施設の立地決定)
 青森県労働組合が、この日を「反核燃の日」と制定しました。

 ※ 反原子力デー  <10月26日> 


 ◇ 核燃料サイクル(核燃料リサイクル、原子燃料サイクル)

 鉱山からの鉱石の採鉱、精錬、ウランの濃縮、核燃料(燃料集合体)への加工、原子力発電所での発電、原子力発電所から出た使用済み核燃料を再処理して、核燃料として使用できるようにすること、および放射性廃棄物の処理処分を含む、一連の流れのことを核燃料サイクルと呼んでいる。通常は原子炉での発電については核燃料サイクルに含めない。鉱山からの鉱石の採鉱から核燃料への加工までをフロントエンド、再処理以降をバックエンドと呼ぶこともある。

 原子力発電所から出る使用済み核燃料は、「燃えないウラン」である非核分裂性のウラン238の比率が高いが、ウランから生成されたプルトニウムや、僅かながら「燃えるウラン」である核分裂性核種のウラン235も混じっている。 このプルトニウムやウラン235を抽出し核燃料として再利用すれば、単に廃棄処分することに比べて多くのエネルギーを産出できる。また、使用済み核燃料の燃えるウランやプルトニウムの比率を下げることになるため、廃棄処分される使用済み核燃料の放射能を減少させることにもなる。 一方、核関連施設や運搬が増える為、特にプルトニウムを扱うために高いセキュリティが要求されるとの指摘もある。 サイクル事業は濃縮事業、埋設事業、再処理事業、廃棄物管理事業に分けられる。

 ※ わが国は資源に乏しいから、使用済み核燃料を有効利用するために再処理をすると云う。しかし、プルトニウム入り燃料を使う高速増殖炉計画は、高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム火災事故で破綻した。普通の原発で使うプルサーマル計画も、データ捏造事件や地元の反対などで進んでいない。 プルトニウムは核兵器にも使えるので、使用する以上にためこんではならないのが国際的な約束事です。「もんじゅ」で使えず、プルサーマルでも十分に使えていないのに、プルトニウムを取り出し続けているのは、核のゴミ捨て場問題から逃げるためと見られています。

 島国ニッポンに、「核の生ゴミ」を埋設できるような場所はありません。使用済み核燃料を捨ててもよいという場所がないので、仕方なくプルトニウムを取り出すまでの間だけは、という約束で青森県に預かってもらっております。つまり、これは問題の先送りに過ぎません。

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 ◇ 核燃料サイクル基地 (青森県六ヶ所村)以下の施設あり

 日本原燃本社
 再処理工場(運転試験中)
 ウラン濃縮工場
 MOX燃料加工工場
 低レベル放射性廃棄物埋設施設
 高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター
 放射性物質等を陸揚げする、むつ小川原港へは専用道路が通る。


 ◇ 2011年「4.9反核燃の日」全国市民集会は、4月10日(日)です。

 日時:2011年4月10日(日) 12:30受付 13:00開会 16:30閉会
 場所:青森市文化会館 4階 小会議室(1)
 (〒030-0812 青森市堤町1丁目4番1号 017-773-7300)

 < 呼びかけ人 >
 浅石紘爾(核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団代表)
 今村修 (原水禁青森)
 坂井留吉(六ヶ所村漁民)
 澤口進 (核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会代表)
 平野良一(核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会顧問)

 主催:2011年「4.9反核燃の日」全国市民集会実行委員会
 * 集会前に青森市内で、デモ・パレードを行います。

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 このたびの震災により、お亡くなりになられました方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災されました多くの皆さんに、心よりお見舞いを申し上げます。 例年開催の「4.9反核燃の日」全国市民集会は、予定通り、4月10日(日)に開催します。当初、集会のテーマを「原子力大綱の見直し」としてきましたが、震災を受け、今一番の関心事である福島原発の最新事情を取り上げることにしました。3月11日の大地震発生から一ヶ月目に集会当日となりますので、大分状況が明らかになってます。特に初期段階の判断の過ち、国民への情報操作の問題等、やはり隠し事が多すぎるのも、分かってきました。そして、これからの課題として、廃炉までの長い道のりも示されています。

 全国で唯一、核のゴミを受け入れてきた青森県にとって、好ましからざる状況も出ています。福島原発の処理の過程で出る核のゴミ(炉内廃水の処理後のゴミ等も含めて)を、六ヶ所の低レベル放射性廃棄物の処理技術でどうにかして欲しいという声が、一部マスコミで上がってきました。低レベル埋設施設には、そんな技術はありません。原発のゴミの多くは、本来は発電所内で処理してから、六ヶ所村に運ばれてくることになっています。それならば、福島第二や東海村に運んでやるほうが、輸送コストの無駄が省けるはずです。、また、再処理工場には確かに各種のゴミの処理技術はありますが、その処理量を超えるゴミが出ています。

 それにも関わらず、今後は六ヶ所村へ「福島原発の生ゴミ」が運ばれそうな勢いです。しかも、6月に改選を控えている三村知事にしろ、山内候補にしろ、原子力推進であることは変わりありません。この姿勢を根本的に変える必要があります。また、福島原発事故は、これからの原子力行政を大きく変える契機になったはずですが、日本原燃の川井社長は、旧来の方針を変えていません。それも、変える必要があります。 核燃受け入れから26年目、チェルノブイリ事故から25年目の4月は、既存の原子力推進政策をやめさせて、六ヶ所核燃施設を廃棄に追い込むスタートの月となります。皆さんのご協力で、成功に導いてください。 (核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会)

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 ※ 学生らが文化祭の資料作成のために福島に行ったと云う。彼らは学生証で身分を明かした上で、アンケートを採った。テーマは「原発のある町で暮らす人々は何を思う」と云うものだった。その回答は、都内に住む彼らにとって強い反省を迫るものだった。

 「東京の大きなゴミ箱だと思っている」
 「東京で美味しい電気を使ってここに核のゴミだけが溜まってる」

 地元に原発計画が発覚すれば、必ず反対運動が起きます。反対運動には、必ず分断戦略が講じられます。原発を誘致すれば、新規雇用、補助金、固定資産税等々、小さな町村にとっては莫大な“メリット”が生まれます。「安全神話」を自分自身に信じ込ませて、原発を受諾してゆく。少なからず自身のプライドを傷つけながら … 。



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   ◇ 今日の誕生花・オキナグサ(キンポウゲ科)

   花言葉は、「華麗」「告げられぬ恋」。

   翁草父母のくらしを忘れゐし   増田宇一

   草餅を焼く天平の色に焼く    有馬朗人

 翁草咲く丘ありてひとり行く 想い告げ得ぬ遠き日ありき  鳥海昭子


 【参照】4月9日、「子宮の日」
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50485798.html

 【参照】4月9日、大仏開眼供養会(752年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31056572.html

 【参照】4月9日、武者小路実篤忌(1976年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47730127.html

 【参照】7月閉店、「大阪名物くいだおれ」(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41575110.html

 【参照】4月9日、金本知憲が904試合連続イニング出場(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41564366.html

 【参照】トヨタ、急落で96位(2009年4月)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47735910.html
 平成23年4月8日(金)昨日:原子力再検討会議で汚染水放出に各国が懸念。

 ウィーンで開会中の原子力安全条約再検討会議は3日目の6日、日本の同条約履行状況を検討する分科会が開かれた。 各国からは、本来の議題から離れ、福島第一原発で低濃度の放射性物質を含む汚染水を放出した問題で懸念が表明されるなど、同原発の事故に絡む質問が相次いだ。日本の関係機関による情報伝達の遅れへの各国の不満を背景に、日本に注がれる厳しい視線を浮き彫りにした形だ。

 分科会は報道陣に非公開で開かれ、詳細なやりとりは不明。会議終了後に日本メディアに対して記者会見した経済産業省原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官によると、分科会では同審議官が、日本の原子力安全規制状況や、福島第一原発事故を受けた日本の他の原発での緊急時対策の強化などを説明した。放射性物質を含む汚染水の放出問題については、日本側が取り上げなかったものの、出席国から「懸念を持っている」との声が上がったという。



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 本日4月8日、CBCラジオドラマ「還暦刑事」がスタートする。1話15分。
 4月〜9月まで4話で1事件を解決して、半年で6つの難事件を解決します。

 第1話「黄金の左手を持つ男」(4/8〔金〕17:15)(4/9〔土〕13:12)

 「ボヤきの辰つぁん」こと辰巳竜造(平泉成)が勤務する新栄署で、刑事が相次いで警察手帳を紛失する大失態が発生する。 しかし翌日になると、手帳は何者かによって無事届けられるのだった。安堵感に包まれる署内だったが、辰巳は何か腑に落ちない。折りしも発生した地下鉄内でのスリ事件。辰巳は確信した。 「間違いねぇ。こりゃ俺への挑戦状だ」。

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 4話1事件をまとめて再放送(5/3〔火〕21:00〜22:00)

 CBC開局60周年 連続ラジオドラマ
 http://hicbc.com/radio/kanreki-deka/



 ◇ 東北で最大余震 避難所に悲鳴、逃げる車「津波怖い」(4月8日1時)

 東日本大震災から28日目。7日深夜、最も強い揺れの余震が東北地方を襲い、津波警報も出された。岩手、青森、山形、秋田の東北4県が全域停電。被災者に、あの日の記憶がよみがえった。 仙台市では、ゴーッという音がして激しい揺れが続いた。 避難所になっている同市若林区の体育館では、多くの人が就寝中だった。避難しているタクシー運転手、幌村勝四郎さん(51)によると、揺れで悲鳴があがった。窓ガラスが割れ、飛び散った。すぐに全員が外に出て、ラジオを聞きながら揺れがおさまるのを待った。避難所の外からも、車で人が集まり始めた。

 同市宮城野区の東北厚生年金病院には、地震で怪我をしたという市民が約20人ほど来た。人工呼吸器を付けた在宅患者も来院。停電で呼吸器が使えなくなったとみられる。病院側は急遽、医師約10人を呼び出して対応した。 同市太白区の宮城社会保険病院にも、近所の人たち約400人が避難してきた。市内が停電したため、明かりのついている病院に集まってきたらしい。

 3月11日の地震と津波で多数の死者が出た宮城県山元町では、消防車がサイレンを鳴らしながら津波警報を広報した。町の防災無線は全て壊れており、南北に広がる堤防も壊れている。 同県塩釜市でも高台へ避難するようにという放送が流れた。JR塩釜駅前に住む小幡忠義さんは「外へ逃げたが、揺れで歩くのがやっとだった。高台へ逃げようとする車で一時は騒然となった」と話した。 同県東松島市の鷹来の森運動公園へ向かう道は、避難する車で渋滞した。自家用車でやってきた男性は「2キロほどの道のりに30分かかった。数百台が駐車場に押しかけ、入りきれず路上に並んでいる車もある。津波が怖い」と話した。

 ※ 3月11日の津波では無関心だった人々も、二度目には過剰に反応する。その故の事故も多発するものだ。津波を逃れるのに車は不適切だ。健常者は徒歩で逃げる。歩行困難者のみ止むを得ず車を使用する。それでも、最後に頼りになるのは己の体力と気力のみ。 「津波てんでんこ」なのだ。


 ◇ 東北で394万戸が停電 震度6強の地震(2011年4月8日05時)

 7日午後11時32分に宮城県で震度6強を観測した地震について、東北電力は8日午前4時現在、管内7県のうち新潟県を除く6県で推計394万5834戸が停電していると発表した。 青森、岩手、秋田の各県は全域で、宮城、山形、福島の各県は一部地域で停電している。 停電戸数には3月11日に発生した東日本大震災の地震による停電も含んでいる。



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   ◇ 今日の誕生花・レンゲソウ(マメ科)

   花言葉は、「私の苦しみを和らげる」「感化」「君の幸せ」。

   睡る子の手より紫雲英(げんげ)の束離す  橋本美代子

   手にとるなやはり野におけ蓮花草   滝 瓢水

   浜までは海女も蓑着る時雨かな    滝 瓢水(1684〜1762)

 山峡のレンゲ田ゆけばたたずめば 小さい蜂のいとなみありき  鳥海昭子

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 【参照】4月8日、花まつり
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31014456.html
 ※ 毎月8日は、「こころの日」

 【参照】4月8日、虚子忌(1959年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47716815.html

 【参照】2月26日、河東碧梧桐の誕生日(1873年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47165682.html


 【参照】4月8日、春の大神祭(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41540537.html

 【参照】4月8日、小川国夫忌(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50480698.html

 【参照】川内康範さん死去、「おふくろさん」は?(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41550135.html
 平成23年4月7日(木)昨日:茨城の漁協、値崩れで漁自粛「先は真っ暗闇」。

 茨城県沖でとれたコウナゴから暫定規制値(1キロ・グラム当たり500ベクレル)を超える放射性セシウムが検出されたことを受け、同県内の各漁協は6日朝、コウナゴ漁を一斉に自粛した。 他の魚種についても魚価が値崩れし、出漁しても収益が見込めないとして、ほとんどの船が操業を見合わせた。平潟漁協(北茨城市)では4隻が出漁したが、魚の受取先がないとして漁をあきらめ港に戻った。

 同県漁政課によると、茨城県の2008年の海面漁業生産量は全国5位の19万1010トン。沿岸漁業はアジ、サバなどの回遊性魚類を対象にした船引き網漁業が主流で、この季節はコウナゴが漁期。大型連休前にはタイやイナダの刺し網漁も漁期を迎える。 茨城沿海地区漁業協同組合連合会の今橋一也専務理事(48)は「魚価は3分の1まで落ち込み、受け入れ拒否されている漁協もあり、お先真っ暗闇だ。国や東電に補償を求めていきたい」と憤る。

 一方、千葉県は、最も北に位置する銚子漁港で水揚げされる水産物の監視を強化する方針だ。同県内の各漁協は、犬吠埼以北の海域での操業は控えており、同県ではこれまで、水産物から規制値を超す放射性物質は検出されていない。同県は、放射性セシウムに加え、放射性ヨウ素についても暫定規制値が定められたことを受け、検査項目に追加した。


 ◇ 異郷の地で荼毘にふす 東京都営瑞江葬儀所が宮城の犠牲者受け入れ

 東京都江戸川区の都営瑞江葬儀所で3月29日から4月7日まで、東日本大震災による宮城県の被災地から犠牲者の遺体を受け入れて火葬が行われた。10日間で130体を火葬した。地元寺院が輪番で読経し、延べ500人の宗教者が祈りを捧げた。都民の弔問も絶え間なく、2000を超える花束が門前の献花台に捧げられた。



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 4月7日は、並木路子の命日です。

 ◇ 並木路子(1921年9月30日 - 2001年4月7日)

 本名は南郷庸子(旧姓:小林)。東京浅草出身、台湾育ち。戦後の混乱期に歌った「リンゴの唄」が爆発的なヒットとなり、「リンゴの唄」は歌謡史のみならず日本の歴史を彩る歌となった。 昭和20年(1945年)9月、松竹歌劇団出身の並木さんは、松竹映画『そよ風』のヒロインに抜擢され、その主題歌「リンゴの唄」を歌い爆発的な大ヒットとなる。戦後歌謡曲第1号として日本歌謡史上に金字塔をうち建てた。

 敗戦直後の10月に公開された『そよ風』は、打ちひしがれた多くの人々にとっての希望の光となったが、並木自身も空襲で母を亡くしていた。辛い思いを抱える並木に、こんな明るい唄を歌わせるのは酷ではないかとの危惧もあったが、いざ吹込みとなると並木は大いに元気に笑顔で歌ってくれたと云う。 その歌声は、廃墟と化した瓦礫の中で生きる希望も失っていた人々の心に、勇気を与えるものだった。無論、当時の人々にリンゴなど食べれる筈もなかった。闇市で、闇米で辛くも露命をつなぐ日々であったからこそ、破天荒な明るさに生きる力を揺り動かされたのだった。


 ◇ 東日本大震災に際して (松竹株式会社)

 3月11日に発生した東日本大震災によって、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますと共に、被災者のみなさまに心よりお見舞い申し上げます。 今回の巨大地震により、日本は計り知れないほどの被害を蒙りました。今なお多くの方々が過酷な避難所生活を強いられており、正に日本は国難ともいうべき、危機に直面しています。 このような事態に際して、多くの企業がその業態や企業特性を活かす形で続々と社会協力に取り組み始めておりますが、我々松竹グループも被災地の方々に向けて、そして日本の社会に向けて、一体何ができるのか自問して参りました。

 松竹は1895年(明治28年)の創業以来、長年にわたり、演劇と映画を中心とした健全な娯楽の提供に努めて参りましたが、この間、日本は、関東大震災と太平洋戦争という2度の国家的危機に直面いたしました。大正12年の関東大震災において、松竹は建替え途上であった歌舞伎座が罹災しましたが、翌年には直ちに再建に着手し、同14年正月に歌舞伎公演を再開して、震災復興のシンボルとなりました。また、昭和20年10月、終戦直後の荒廃の中で松竹が公開した映画「そよかぜ」は、並木路子の歌う主題歌「リンゴの唄」とともに、戦後の打ちひしがれた多くの人々にとっての希望の光となりました。

 私たち松竹グループがこの国難に際してできること、それはやはり、良質な演劇や映画を提供することによって、傷つき、疲弊した人々の心を慰め、困難に立ち向かっていくための勇気や元気を取り戻していただくよう努めることだと考えます。 それは 「困難な立場の人々への応援歌であれ」 という松竹の演劇、映画の伝統でもあります。今後とも私たちは、劇場の耐震性や安全性に最大限の注意を払い、お客様と従業員の安全を第一に、そして節電という社会的要請にも精一杯協力し、なお、グループの社内外へ向けた義援金活動にも取り組みながら、演劇、映画を中心とするコンテンツを皆さまにご提供して参る所存です。 松竹株式会社


 並木路子 『 リンゴの唄 』



 ◇ 両陛下、避難所を歴訪へ 復興状況視察の意向も(4月7日3時)

 宮内庁は6日までに、天皇、皇后両陛下が8日にも埼玉県加須(かぞ)市の避難所を訪れ、東日本大震災で集団避難している福島県双葉町の被災者らを見舞う方向で準備に入った。また、それに続き、来週にも別の避難所を慰問する方向で調整を進めている。 両陛下は、現地の受け入れ態勢が整い次第、可能な限り早く東北の被災地の現場や避難所を順次訪問することを強く希望しているという。その後も、長期的に被災地の復興状況を視察していきたい意向を示しているという。

 福島第一原発がある双葉町は3月19日に町役場の機能をさいたま市に移し、同31日には加須市の旧騎西高校跡に再移転。町民約7千人のうち約1200人が共同生活している。両陛下は同30日に東京都が被災者を受け入れている東京都足立区の東京武道館を訪れたが、都外の大規模な避難所を訪れるのは加須市が初めてとなる。

 ※ 御高齢の両陛下におかれては、大変に苛酷な御公務と思われる。 だが、避難先での高齢者の不幸な死が続く中、両陛下の御訪問が大きな力づけになることは間違いない。まさに国民と痛みを分かち合い、日本国民統合の象徴を体する尊い御公務になられるだろう。


 ◇ 裁判員裁判再開のメド立たず 東北、呼び出し困難(4月7日03時)

 東日本大震災で大きな被害を受けた東北地方では、裁判員裁判の再開のめどが立っていない。 行方不明者や避難している住民が多く、裁判員候補者を呼び出すのが困難な状況にあるためだ。裁判所では、特に被害の大きい地域を、呼び出し状の送付対象から除くことや、事件を他の地裁に移送するなどの対応策を検討している。 仙台、福島、盛岡の各地裁によると、裁判員裁判が延期されたのは、仙台地裁で3月中の3件、福島地裁は4月末までの5件。盛岡地裁は震災後、4月まで予定はなかった。

 仙台地裁では地震が起きた3月11日、殺人罪に問われた男の第5回公判があった。休廷中に地震が起き、6人の裁判員は屋外に避難。裁判は延期され、改めて裁判員を選び直すことになった。福島地裁郡山支部でも同日、強盗傷害事件の判決が予定されていた。裁判員と補充裁判員計8人は解任されておらず、同支部は「選び直す可能性は低い」という。ただ、同支部では、法廷がある建物の天井が落ちるなどしており、施設自体の使用を再開できる見通しが立っていない。


 ◇ 電源喪失、認識の甘さ陳謝 保安院・安全委トップら(4月7日0時)

 東京電力福島第一原子力発電所で深刻なトラブルを招いた、非常用を含めた電源喪失事故。経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会のトップらが、6日の衆院経済産業委員会で、電源喪失を「想定外」としていた過去の認識について陳謝した。 この日、これまでに原発問題を国会で追及してきた吉井英勝衆院議員(共産)が質問。原子力安全・保安院の寺坂信昭院長は昨年5月の同委で、電源喪失は「あり得ないだろうというぐらいまでの安全設計はしている」と発言していたが、この日は「当時の認識について甘さがあったことは深く反省をしている」と述べた。

 これまでの法廷証言などで電源喪失の可能性を否定してきた班目春樹・原子力安全委員長は「事故を深く反省し、二度とこのようなことが起こらないようにしたい」と答えた。 また、過去に同様の見解を示してきた前原子力安全委員長(現・日本原子力研究開発機構理事長)の鈴木篤之氏も「国民の皆様に大変申し訳ないと思っている。痛恨の極み」。電源喪失の事態に備えてこなかったことは「正しくなかった」とした。



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   ◇ 今日の誕生花・オドリコソウ(シソ科)

   花言葉は、「快活」「陽気」。

   一の矢は踊子草の辺に落ちぬ   梶山千鶴子

   あをあをと空を残して蝶別れ   大野林火

 踊り子草たわたわとして咲きいたり 手のとどかない石垣のうえ  鳥海昭子

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 ※ 踊子草の名の由来は、網笠をかぶった踊り子が背中合わせに
 ぐるりと並んでいる様子に似ていることから。花笠踊りのイメージか。


 【参照】4月7日、放哉忌(1926年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47702952.html

 【参照】4月7日、永山則夫逮捕(1969年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41516634.html

 【参照】4月7日、ソ連の原子力潜水艦が沈没(1989年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50475171.html
 平成23年4月6日(水)今朝:高濃度放射能汚染水、海への流出止まる。

 東京電力は6日、東京電力福島第一原発2号機の取水口付近の作業用の穴(ピット)から海に漏れ出ていた高濃度の放射能汚染水が同日午前5時38分、止まったと発表した。 東電は5日午後、流出しているピットの下に、砕石層をガラス状に固める薬剤を入れる止水工事をした。工事後に、海への流出量はやや減っていた。

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 ◇ 福島第一、安全設計で第二との違い 電源喪失巡り(2011年4月6日5時)

 東日本大震災で被災した東京電力福島第一原子力発電所で、津波を受けて電源喪失事故に至った主要な理由は、福島第二原発との安全設計上の違いにあると、東京電力作成の資料で指摘されていることが分かった。第一ではタービン建屋内の非常用ディーゼル発電機などが冠水し、使用不能。第二では、発電機などが気密性が高い原子炉建屋内にあり、機能を維持した。今後、事故の検証で安全設計の問題が焦点の一つになるのは確実だ。

 東電の柏崎刈羽原発(新潟県)がこの結果を分析した資料や東電関係者の話によると、津波による設備の損傷の違いは、(1)原子炉の非常用ディーゼル発電機と変圧器などの電源装置(2)原子炉の残留熱を除去するための海水をくみ上げるポンプ、に現れた。

 (1)では、タービン建屋などにある福島第一の発電機が冠水し、6号機の1系統を除き使用不能。原子炉建屋内の福島第二では、1号機の原子炉建屋が浸水したものの、機能が維持された。  (2)では、設備がほぼむき出しの状態で置かれた福島第一のポンプがすべて運転不能になった。一方、ポンプ用の建屋内に置かれた福島第二では、1、2、4号機のポンプが運転不能となったものの、3号機は機能が保たれ、原子炉を冷却することが可能だった。 (1)、(2)とも福島第二と同じ設計となっている柏崎刈羽原発では、この結果を受けて説明資料を作成。柏崎刈羽は「気密性の高い原子炉建屋に設置」しているとし、福島第一との違いを際立たせている。

 また、資料では、東北電力から送られている、外部電源の状態についても言及。福島第一、第二ではいずれも、東北電力からの送電が部分的に残っていたが、福島第一では、受電するための設備が地震や津波で被害を受け、外部電源が失われた。これに対し、福島第二では受電設備が機能しており、外部電源の一部が生きていた。

 事故収束の見通しが立っていない福島第一とは対照的に、福島第二では、3号機が地震発生の翌日の12日に、残る1、2、4号機も14〜15日に原子炉内の温度が100度未満の「冷温停止」となり、安全が宣言された。 東京電力本社は「(柏崎刈羽原発の指摘について)問題があると認めたわけではない。今後詳細に検討し、整理したい」としている。

 ※ 今後の賠償交渉を見据えた上での慎重な発言に終始する東電側に、誠意を求めることは難しいだろう。それでなくとも原発に関する情報は、胡散臭いものばかりが多いのだから。島国ニッポンに、チェルノブイリのような「負の遺産」があちこちに点在することを夢想する時、被爆国・ニッポンが何故に核エネルギーに依存するようになったのか、少々恨めしくも思われる。

 資源のない日本にとって、「救世主」であった筈の高速増殖炉も鳴かず飛ばずの有様で、実際のところはお荷物状態である。島国日本の唯一の恵である自然を有効に生かした、小規模発電に重心を移すべきではないのか。 孫子の代に高濃度の核廃棄物の最終処分を押し付ける原発は、未完成のシステムと言わざるを得ない。福島第一の廃炉作業は、東電に地獄の責め苦を味あわせるだろう。 そして、それは我ら国民も当事者としての立場を全く逃れ得ないものなのだ。

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 ◇ 「津波想定甘かった」耐震指針関与の入倉委員長が謝罪(2011年4月5日)

 東日本大震災による大津波で、深刻な事故を引き起こした福島第一原発。その安全性のもとになる国の「耐震設計審査指針」改訂作業の中心となった国の原子力安全耐震設計特別委員長の入倉孝次郎・京都大名誉教授(70)が取材に応じ、「今回のような津波の予測ができなかった。申し訳なく思っている」と謝罪した。震源近くで福島第一だけ事故が発生したことにも言及。「多重防護システムに弱点があった」と認めた。

   今回、原発事故が起きてしまったことをどう考えるか。

 「地震学者の一人として、非常に申し訳なく思う。私たちの津波評価が正しくなかったことは事実。想定以上の大地震が来たことは理由にならない」

   どこに問題があったのか。

 「震源域には四つの原発があり、東北電力女川原発が一番近い。四つとも原子炉は止まり、基本的には揺れに対しては大丈夫だったが、その後で津波が来た。女川や福島第二はそれに耐えたが、福島第一は多重防護システムに弱点があった」

   津波は指針に「随伴事象」としか書かれておらず、あいまいだ。

 「指針には『想定以上の地震が来るのは否定できない。リスクを最小にするために努力してほしい』と書いてある。揺れについてはバックチェック(見直し作業)で活断層などを再評価している。しかし、津波に対して不十分だった」

   東電の津波想定が甘かったと考えるか。

 「津波が(福島第一の対策の)テーブルに乗れば、(最大で)五・七メートル(実際は十四メートル以上)ということは少なくともなかった。地震の専門家からみたら、地震動と津波はセットです。スマトラ沖地震(2004年、M9.1)の経験を日本でも生かすべきだった。海外を含めて、史上最大はどれくらいかを考えて設計しなくてはいけない」

   貞観(じょうがん)地震(869年)を想定に入れるべきだったのでは。

 「貞観地震まで考えるのは合意ができていた。だが『貞観地震プラス(他の地震の)連動』だと、専門家の意見は分かれたのではないか」

   連動するのは「想定外」だったと。

 「想定以上のことが起こっても安全なように設計されていないといけない。科学の力が及ばないということは絶対に言ってはいけない。それが原発の『設計思想』のはずだ」 「何があっても多重防護で大丈夫って言ってきたのが、嘘だった。人災だと思う」

   今回の事故から学ぶべき教訓は。

 「自然の怖さを知って原発を設計することです。自然のせいにしてはいけない。自然では人知を超えたものが起こりうるんです」。

 ○ 入倉孝次郎:京都大名誉教授。愛知工業大客員教授でもある。専門は強震動地震学。2001〜03年に京都大防災研究所長、2004年に同大副学長を務めた。原発の耐震安全性の評価に関わり、2007年に新設された国の耐震安全性評価特別委員会の委員長を務めている。 1940年8月生まれ。中国山東省青島市出身。



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 4月6日は、コンビーフの日です。

 ◇ コンビーフの日

 1875年4月6日、コンビーフの台形の缶型が特許登録されました。

 コンビーフ (英語: corned beef) とは、牛肉を塩漬けにした食品で、日本やブラジル、アルゼンチンでは缶詰にした物が多い。 本来は、船などで保存食料として使うための粗塩 (corn) で塩漬けにした牛肉のことを言う。日本では一般に缶詰であり、塩漬けした牛肉を高温高圧で加熱してほぐしフレーク状にした後、牛脂で固めたもの。そのまま食べたり、サンドイッチや炒め物などの材料にしたりする。

 コンビーフの缶は、内容物がこぼれないように側面の一部を帯状に巻き取って開缶できるのが大きな特徴になっている。缶切りを使わずに済むため、レトルト食品が普及する以前は、登山やキャンプなどのアウトドアで重宝されました。ただ、開缶の途中で帯が千切れてしまいやすく、その際の始末に困るという欠点もあった。このため近年ではプルトップ缶も一部のメーカーでは採用され始めている。

 形を保ったまま取り出せるような配慮や、密閉時に空気が入らない充填ができるなどの理由により、缶の形が台形になっているものが多い。日本に於いては、一時期は標準的な丸型の缶詰も存在していたが、コンビーフの缶詰は台形というイメージが定着しているためか売上は芳しくない。 なお、缶詰にしないものはフレッシュ(生)コンビーフと呼ばれ、アメリカやヨーロッパなどでは一般的。ルーベンと呼ばれるサンドイッチが有名なほか、キャベツと共に調理された、コンビーフ・アンド・キャベジは、アメリカにおけるアイルランド料理の定番となっているそうな。



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   ◇ 今日の誕生花・イカリソウ(メギ科)

   花言葉は、「あなたを離さない」。

   碇草生まれかはりて星となれ   鷹羽狩行

   入学の子に見えてゐて遠き母   福永耕二

 大石田に茂吉の歌碑を訪ねし日 イカリソウ雨に首たれていき  鳥海昭子

 ※ 最上川中流に位置する山形県大石田は、芭蕉が訪ねて以来、
 多くの文人が足を運んだ。茂吉は昭和21年、病気療養中に歌を詠む。

 何処へと碇下ろせし吾が身なれ 迷ひの草々飽かず眺めて   悲嘆白遊子


 【参照】4月6日、城の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/41495371.html

 【参照】4月6日、新聞をヨム日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/47687977.html

 【参照】4月6日、『ひょっこりひょうたん島』放送開始(1964年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/30926408.html

 【参照】4月6日、映画『2001年宇宙の旅』公開(1968年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50469599.html

 【参照】岩瀬が球団記録更新(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/30958219.html

 【参照】松坂・DICE.K (ダイスケ)、メジャー初登板初勝利(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/30943369.html

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