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平成25年5月24日(金)昨夜:守道竜、交流戦4連勝後、4連敗を喫す。五分? < オリックス 8―3 中日 > (23日・ほっともっと神戸) 守道竜が交流戦4連勝後、4連敗を喫した。それも本拠地で4連勝、敵地で4連敗と極めて単純明快な結果だ。 高木守道監督(71)は5回途中7失点KOの大野にガックリ。「せっかく(3回に)ああいう点の取り方をして逆転したのに … 。ああも簡単に、ポンポンはじき返されたらどうしようもない。点が増えるだけのこと」。 4連敗中の投手陣は先発、中継ぎを合わせて55被安打&36失点の崩壊状態。高木監督はテコ入れ策として、不振で2軍降格中の山井大介投手(35)を指名。「明日、2軍で1イニング投げてよければ、先発で思い切りやらせたい」と近日中に1軍で先発させる方針を明かした。 5月24日は、正岡 律の命日 です。 ◇ 正岡 律(1870年〔明治3年〕〜1941年〔昭和16年〕)正岡子規の妹 愛媛県出身、財団法人・子規庵保存会の初代理事長。 正岡常尚と八重の長女として生まれる。兄は俳人の正岡子規。幼少時に父が亡くなったため、母が女手一つで子規と律を育てた。 明治18年(1885年)に陸軍軍人と結婚するが、同20年(1887年)に離縁。明治22年(1889年)には旧制松山中学校(現在の愛媛県立松山東高等学校)教師と再婚するも翌年に離縁に至る。 明治37年(1902年)、子規が亡くなると家督を相続し、翌年に共立女子職業学校に入学する。卒業後は母校の事務員を経て和裁の教師となる。大正3年(1914年)に、母方の叔父・加藤恒忠の三男・忠三郎を正岡家の養子として迎える。 大正10年(1921年)、母・八重の看病のために退職した後、子規庵で裁縫教室を開き、生計を立てる。昭和3年(1928年)に財団法人・子規庵保存会の初代理事長となる。 ◇ 子規とその妹(『子規に学ぶ 俳句365日』より) 子規の三歳下の妹・律は、二度の離婚を経験後、明治25年から母・八重とともに子規と同居し、十年にわたって彼の生活を支えました。看病、家事のほとんどにくわえ、原稿の浄書、ときには口述筆記も律の仕事でした。 子規は、明治30年以来、ほとんど寝たきりとなります。腰部に何カ所も穴が開き、その患部にあてた包帯の交換は、もちろん律の仕事でした。それは非常な苦痛を伴うもので、毎日一時間近くかかるその交換のあいだ、子規は、外を行く人が驚くほどの声で泣き叫びました。 子規は、発表のあてのない日録『仰臥漫録』に、「律は理づめの女なり 同感同情のなき木石の如き女なり」(九月二十日)と書き、その気のきかなさ、同情心のなさを嘆きます。しかし同時に、彼女の献身なしでは、自分の生活の立ちゆかないことを認め、自分の死後の彼女の身の上を心配し、心を痛めます。 子規の死後、律は、三十三歳で共立女子職業学校(現・共立女子大)に入学、のちに同校で裁縫教師として自活します。また、寒川鼠骨の助力を得て、子規の遺品遺稿と子規庵の保存に努めました。その活動の甲斐あって、子規庵は東京都文化施設として現存しています。 律は、昭和16年、子規庵でその七十年の生涯を終えました。 ◇ 寒川鼠骨(さむかわ そこつ、1875年〜1954年) 子規門下の俳人。病床の子規に侍り遺族を見守り、遺墨・遺稿の保存に尽す。 子規の教訓『最も少ない報酬で最も多く最も真面目に働くのが偉い人なんだ』 これを生涯の座右の銘とした。 俳句の入門書を多く出版した。 ◇ 新日鉄住金も発電所建設へ Jパワーと共同で東電火力に応札 新日鉄住金と電源開発(Jパワー)が茨城県内に、共同で新たな石炭火力発電所を建設する方針であることが23日、明らかになった。東京電力の火力発電所建設に向けた入札に、両社が応札する方針。新日鉄住金の鹿島製鉄所(茨城県鹿嶋市)に建設し、出力は100万キロワットを下回る規模とみられる。 24日に締め切られる東電の入札をめぐっては、中部電力と東電も共同で応札する方針。この結果、2グループが応札することになる。 ◇ 今日の誕生花・シャクヤク(ボタン科) 花言葉は、「はじらい」「はにかみ」。 猫の塚お伝の塚や木下闇 子規 ※ 仮名垣魯文が残した猫塚、斬首刑の高橋お伝の墓。谷中にあり。 ぼうたんの花の上なる蝶の空 虚子 ※ 虚子は季重なりに頓着しなかった。蝶は晩春、牡丹は初夏。 芍薬の花にふれたるかたさかな 高濱虚子 芍薬の芽のほぐれたる明るさよ 星野立子 芍薬をぶっきらぼうに提げてきし 長谷川櫂 シャクヤクのあかく角ぐむ彼の日あり はじらうほどの花のふくらむ 鳥海昭子 ◇ 牡丹と芍薬との違い 牡丹は花木で、芍薬は草。木は毎年、幹が太くなり、草の茎は太らない。 「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」とは、花の姿の違いを強調するもので、茎から花までの長短の違いを言うもの。芍薬はひたすら真っ直ぐに茎を伸ばし、牡丹は横へと茎を広げます。従って牡丹の鑑賞は、しゃがんで見たほうが趣が感じられます。 牡丹の花弁はやや縮れており、葉先に切れ込みがあります。何れも漢方薬の材料として中国より渡来。「芍薬」の名に、その由来が窺えます。芍薬は葛根湯にも配合されています。 |

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