今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

何の日・5月

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 平成25年5月14日(火)昨日:木曽川で園児らが稚アユを放流 各務原市。

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 「大きくなってね」。 岐阜県各務原市の木曽川で13日、地元の園児たちが「稚アユ」を放流した。放流したのは、各務原市の「みどり幼稚園」の園児35人で、川への感謝の気持ちを持ってもらおうと、23年前から行われている。この日は、約3万匹を放流。稚アユは遡上した後、秋には、産卵のため下流に戻ってくるという。



 1971年5月14日は、第48代横綱大鵬が引退した日 です。初の一代年寄。

 ◇ 大鵬幸喜(1940年〜2013年1月19日)

 北海道川上郡弟子屈町川湯温泉出身。本名は納谷幸喜。

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 新入幕で初めて敗れた柏戸剛と競い合い、終戦直後の復興から高度経済成長期の相撲黄金時代を支えた。1961年(昭和36年)に揃って横綱に推挙され、「柏鵬時代」と言われる栄光の一時代を築いた。 新横綱の場所である1961年(昭和36年)11月場所、1962年(昭和37年)1月場所と連続優勝を果たすと、同年7月場所から1963年(昭和38年)5月場所まで最初の6連覇を達成。

 ところが、「型のある相撲」と評されていた柏戸が休場を繰り返していたことで、「型のない相撲」の大鵬が一人勝ちしている状況から観客が減少気味となり、大鵬の全盛期は相撲の人気低迷期と合致する。連覇直後から神風正一などから「(大鵬の相撲には)型がない」と盛んに批判されたが、二所ノ関は「型がないのが大鵬の型」と反論した。

 柏戸が再起をかけた同年9月場所では、千秋楽で14勝同士の相星決戦となったが、「型のある」柏戸に敗れた。1964年3月場所でも同じ14勝同士による相星決戦となったが、今度は「型のない」大鵬が勝利した。 その後、次第に「柏鵬時代」は成熟してゆく。

 ※ 非力の力士は型に依存せざるを得ない。だが、心技体が充分であれば型に拘らない天衣無縫の相撲が取れるものだ。自身の型に持ち込まなくとも、相手得意の型から自分有利の相撲に持ち込むのが真の名横綱と云うべきか。私自身、現役時代の大鵬の相撲はつまらないと感じたものだ。だが今では、彼こそが本当の名横綱だったのだと思い知るのだ。



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   ◇ 今日の誕生花・シラン(ラン科)

   花言葉は、「互いに忘れない」。

   あらたふと青葉若葉の日の光   芭蕉

   羊羹の甘きを好む新茶かな   子規

   茨の花二軒並んで貸間あり   虚子
   ※ 蕪村に「五月雨や大河を前に家二軒」の句あり。

   新茶汲みたやすく母を喜ばす   殿村莵絲子(としこ)

 山里の廃屋ありて庭隅に 忘れられたる紫蘭は咲けり  鳥海昭子


 【参照】5月14日、紀尾井坂の変(1878年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52115855.html

 【参照】5月14日、名古屋城焼失(1945年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48190752.html

 【参照】5月14日、千代の富士関引退(1991年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50654737.html

 【参照】5月14日、當麻寺、錬供養会式(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32477050.html

 【参照】5月14日、當麻寺「錬供養会式」(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/42318554.html

 【参照】チーズバーガー1個は、グーグル検索1万5000回分(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48196528.html

 【参照】5月14日、浜岡原発全面停止から一年(2012年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53283924.html
 平成25年5月13日(月)昨今:もう200勝投手は現れない? 2000本と200勝。

 昨シーズンは3人が到達し、今シーズンもアレックス・ラミレス、中村紀洋(ともに横浜DeNA)、谷繁元信(中日)の3選手が達成した2000本安打。打者の勲章といわれるこの記録は、毎年のように達成者が出ていて、この先も候補者は少なくない。例えば、日米通算ながら井口資仁(ロッテ)は残り63本に迫り、谷佳知(巨人)も100本を切っている。さらに福浦和也(マリーンズ)、和田一浩、井端弘和(ともに中日)も残り300本を切り、早ければ来年にも達成されるかもしれない。 それに対して投手の勲章といわれる200勝は、2008年にドラゴンズの山本昌が達成して以降、現れていない。現在、200勝に近いのは以下の投手になる。(阿部珠樹)

 西口文也(西武/40歳)…182勝
 石井一久(西武/39歳)…182勝
 黒田博樹(ヤンキース/38歳)…164勝
 三浦大輔(横浜DeNA/39歳)…154勝
 杉内俊哉(巨人/32歳)…118勝
 石川雅規(ヤクルト/33歳)…117勝
 上原浩治(レッドソックス/38歳)…117勝

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 現在、数字的に見れば、最も近いのが残り18勝のライオンズの西口と石井だが、ローテーションどころか一軍メンバーからも外れている現状ではなかなか簡単ではない。 また、コンスタントに結果を残す投手が減っていて、勝ち星を積み重ねることがいかに困難かがわかる。現役投手の中で、5年連続2ケタ勝利を挙げたのは、西口文也(西武/96〜00年)、石川雅規(ヤクルト/02〜06年)、井川慶(現オリックス/02〜06年)、和田毅(現オリオールズ/03〜07年)、ダルビッシュ有(現レンジャーズ/06〜13年)、涌井秀章(西武/06〜10年)、吉見一起(中日/08〜12年)、館山昌平(ヤクルト/08〜12年)の8人だけ。その中で、3年連続15勝以上マークしたのはダルビッシュただひとりしかいない。

 では、200勝投手が減っている理由はどこにあるのか。昨年までファイターズの投手コーチだった吉井理人氏に聞いてみた。「先発投手は中6日のローテーションが普通になり、昔に比べて登板回数が減ってきています。いま、シーズン30試合に先発する投手はほとんどいません。エース級の投手でも25試合ぐらい。それに分業制が進んで、先発が早い回で交代するケースも増えました。例えば、0−2で負けていて、3点目を取られた時点で交代という場面をよく見ます。3点差なら、それほど大差といえないと思うのですが。いずれにしても、早い回に交代させらえると、なかなか先発に白星がつくのは難しいですね」。

   若い投手たちの中で「勝ち星」に対する意識が変化している

 昨年、カープの前田健太にシーズンを振り返ってもらった時、防御率(1.53)はトップだったし、勝ち星も14勝(リーグ2位)をマークしたが、いちばん嬉しかったのは200イニングに達したことだと言っていた。 ひと昔前は、2ケタ勝利、20勝を目標に掲げる投手が多かったが、最近は「何勝したい」というコメントを聞くことがほとんどなくなった。ダルビッシュにしても、これまで勝ち星に関する目標を本人の口から聞いたことは一度もない。 それよりも投球回数とか、クオリティスタート(先発して6回を3失点以内に抑えること)といった目標を口にする選手が増えているように思える。

 要は、チームの勝利にどれだけ貢献できるかが問題で、自分に勝ちがつくかどうかは問題ではない。そう考える投手が増えてきたとすれば、200勝は大きな目標ではなくなる。そもそも200勝というのは、名球会の入会資格ということで特別視されてきただけで、時代と野球の変化に合わせた、新しい指標が求められているのかもしれない。

 ※ 200勝に拘り続けた桑田真澄も173勝141敗だった。メジャーでは1敗のみ。



 1989年5月13日、ロッテ・村田兆治投手がプロ野球21人目の200勝投手となる。

 1989年5月13日、対日本ハム戦(山形県野球場)で通算200勝を達成しました。王手をかけていた4月16日の対近鉄戦(川崎球場)では延長11回を投げ切りながら敗戦投手になったが、その試合を日本テレビが試合終了まで中継した。通常は「笑点」が放送される17:20 〜 17:39の時間帯の視聴率は、その夜の巨人 vs 大洋戦を上回る22.4%(関東地区)を叩きだした。(但し、全体では10.9%)。同年、39歳にして3回目の最優秀防御率のタイトルを獲得。 翌1990年、若林忠志以来史上2人目となる40歳代での二桁勝利(10勝)を記録したが、同年に惜しまれつつ引退した。


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 ◇ 切磋琢磨した好敵手 村田兆治 VS 門田博光 その対決は不滅の金字塔

 終生のライバルは門田博光だった。村田兆治は、若い頃から自信を持って投げることができた球は打たれることがなかった。しかし、自身完璧と思ったスライダーを門田にサヨナラ本塁打されたことで、猛烈なショックを受ける。それ以後、門田にはスライダーを1球も使わず、ストレートを磨くようになった。 一方の門田は、ストレートに負けないよう鉄球を打つトレーニングに励んだ。それを伝え聞いた村田は、さらにストレートに磨きをかけるよう鍛錬に鍛錬を重ねたという。

  村田兆治の座右の銘:「人生先発完投」

  村田兆治の通算成績:215勝 177敗 33セーブ

  先発完投にこだわった武骨な野球人生は「昭和生まれの明治男」と呼ばれた。



 ◇ つける薬のないお方・守道大監督さまの「お言葉」

  中日が今季初の3連勝で広島と入れ替わって最下位を脱出「あと27や!」

   < 広島 3―5 中日 > (11日・マツダスタジアム)

 守道監督のインタビュー:初の3連勝ですが … 「(30連勝まで)あと27や! 減ってきとるでええやん。最下位脱出したの?」 5位浮上です「ヨシッ!荒木がよく打った」「荒木にもああいうヒットが出るようになったからね。でもまだストライクの見逃しが多いわ。でないと本当に上がってこん」 好投の先発ブラッドリーを6回は1人で代えたが … 「5、6回がずっと鬼門のイニング。でも(投手コーチが)6回も行かせる言うから、先頭を出したら代えると言うとった。やっぱり出したからね。」(中継ぎは、果して信頼できてんのかな?) 中田賢が6回を好救援しました … 「岡田の内容がよくなかったんでね。中田は力のあるボールがある。ああいう球がほしいんだ」

 7回も中田賢が続投したが … 「(投手コーチが)左を用意しますかと言うたけど、(左打者を)気にしとったら立ち直られへん。自信を持って行けと行かしたんだ」 8回、田島で無死満塁となったが … 「あれは参ったね。リードが3点あるし、いつも受けとる谷繁を行かせたんだけど…。高めに抜けるんじゃなくてボールがお辞儀してた。あんな投球とは思ってもみなかった … 」 ベンチで田島に声を出したが … 「あのボールじゃあかんってね。いくなら真っすぐで押す投球をせんと。腕が振れてる、振れてないの問題じゃない。昨日は抑えている。でも急にああいう風になるのが、なかなか乗れんとこやないの?」 先制打の和田が7回にも広島を突き放す適時打が出ました … 「ランナーを置いて大きいですよ。状態も一時より上がっているし」。


   中日、再び最下位転落 … 高木監督「せっかくのいい流れが逃げた」

   < 広島 11―6 中日 > (12日・マツダスタジアム)

 中日は投手陣が打ち込まれ、連勝が3で止まった。わずか1日で最下位に逆戻りとなり、高木監督は「凡ミスが多すぎる。せっかくのいい流れが逃げた」と不機嫌そのもの。 予告先発されていた山内が背筋痛を訴えて登板を回避。急遽先発した朝倉は3回まで1失点と粘ったが、4回に満塁弾を浴びた。 「チャンスだと思い、一人でも多く投げようと思ったが … 」とうつむいた。6試合連続でマウンドに上がった3番手の田島も乱調で今季5敗目を喫した。「使ってもらえる内に結果を出したい」と、か細い声を絞り出した。 打線は12安打しながらバントミスや4併殺など拙攻が目立った。交流戦前最後の試合で自ら勢いを削ぐ形となってしまった。

 「30連勝しそう」と意気込んでいた高木守道監督の夢は、「10分の1」の3連勝で止まった。急遽登板の朝倉が2年ぶりに先発したが、4回5失点。田島、三瀬の救援陣も打たれ、満塁弾2発を含む2ケタ失点。1日であえなく最下位に落ちた。高木監督は、早くも5敗の田島について「自信ないんやない。何とかせなあかんね」と2軍降格を検討。18打席無安打の井端も「本人は出るというけど、休ませた方がいいんやない? あれだけの大選手はどう扱っていいかわからん」と2軍降格やスタメン落ちの検討に入った。

 ※ これほどに、選手らのモチベーションを削ぐことに長けた監督さんは居られません。いやはや脱帽する他はありません。 前監督の落合さんは、どれほど言いたいことを呑み込んで、選手らにプレッシャーを掛けないように配慮したことか。マスコミに冷淡だったのも、間接的に選手らに批判が伝わることを嫌った部分も否定できないだろう。ベンチでは完璧なポーカーフェースを堅持した。ゲームに一喜一憂することは皆無だった。常に長いペナントを見据えた采配をした。 翻ってジョイナス・高木は、悉く真反対のことをいたされます。お見事!



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   ◇ 今日の誕生花・ドイツアヤメ〔ジャーマン・アイリス〕(アヤメ科)

   花言葉は「虹の使者」「素晴らしい出会い」「燃える思い」「恋の便り」

   不二ひとつうづみのこして若葉哉   蕪村

   筍のへんてつもなく伸びにけり   子規
   ※ へんてつの無きにへんてつつけにけり  無季

   袷著て仮の世にある吾等かな     虚子
   ※ 蕪村に「袷着て身は世にありのすさびかな」の句あり、その返句か。

   二滴一滴そして一滴新茶かな   鷹羽狩行

   母の日のてのひらの味塩むすび   鷹羽狩行

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 すばらしい今日の出会いの目印を ドイツアヤメはとどめてくれる 鳥海昭子


 【参照】5月13日、メイストームデー
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52112363.html

 【参照】5月13日、花袋忌(1930年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/42295733.html

 【参照】5月13日、アラビアのロレンスのバイク事故(1935年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48176733.html

 【参照】5月13日、村田兆治が200勝投手(1989年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50650130.html

 【参照】キトラ古墳壁画特別公開中(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32456698.html

 【参照】手本は二宮金次郎(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48182766.html

 【参照】5月13日、母の日に母に報いる何もなし(2012年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53281454.html
 平成25年5月12日(日)本日:五月晴れ日本全国母の日に 悔い数多あり不孝者。


 本日5月12日、「女だけの相撲大会」が2横綱の古里で 行なわれました。

 はっけよい! 女だけの熱戦 母の日に相撲大会 北海道福島町

 千代の山、千代の富士の2横綱の出身地、北海道福島町で12日、母の日にちなんだ「女だけの相撲大会」が開かれました。今年で22回目、道内や東京から集まった“女性力士”56人が熱戦を繰り広げた。 「朝寝坊」「育ち盛り」など個性的なしこ名の力士が次々に登場し、客席から「ママ頑張れ!」と可愛らしい声援が送られた。

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 「倒れちゃいました」「逃げたらそりゃ負け」といったユニークな決まり手が飛び出す一方、際どい判定に物言いがついて行司軍配差し違えで勝負がつくなど、本家さながらの真剣勝負を展開した。 決勝は「おでぶ山」のしこ名で参加した札幌市のトラック運転手、山本静香さん(37)が、昨年の優勝者「悦乃海」をあびせ倒しで下し、5度目の優勝を果たした。山本さんは「昨年は左足のけがで出場できず、悔しい思いをした分、余計にうれしい。来年も出たい」と笑顔を見せた。


 ◇ 母を詠む

   漬物桶に塩ふれと母は産んだか   尾崎放哉

 作者は、鳥取市出身。鳥取一中から一高東大を経て一流会社に就職。現代の教育ママからすれば「一づくめ」の垂涎の的である道を、ある日突然のように妻子も捨てて放浪生活に入った。このドラマチックな人生行路に引きつけられて、放哉のファンになった読者は数知れず … 。いわゆる自由律俳句である。場面は明瞭、句意も明瞭。この句が心に残るのは、単純で地味な「仕事とも言えない」仕事にたずさわらざるを得ないときの切なさに、誰しもが共感できるからなのだろう。人が生きていくなかでの寂寥のありどころを、短い言葉でずばりと言い当てている。無季。(清水哲男)


   受験期の母てふ友はみな疎し   山田みづえ

 喫茶店などにいると、とくに二月など、辺りから受験の話題が聞こえてくる。たいていが女たちの声だ。いつまでも途切れる様子もなく、話はつづいてゆく。なんという女どもだ、他に話題はないのかよ。と、言いたくなるが、まさかそうするわけにもいかない。この句は、たとえ同性であり友人であっても、受験生を持たない自分にとっては、そんな存在が疎ましいと書いている。だとすれば、異性で他人である私が疎ましく感じるのは、しごく当然ということになるわけだ。母親たちの受験の話が聞きづらいのは、たいていがお利口な子供を媒介にして、結局は自分の自慢話に終始するからだろう。(清水哲男)

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   病院に母を置きざり夕若葉   八木林之助

 母親を入院させたのか、あるいは見舞いにいったのか。病院を出てくると、若葉が夕日に映えて実に美しい。ホッとさせられる。だが、その気持ちの下から、母を「置きざり」にしてきて、なぜ俺はホッとしたりできるのかという自責の念もわいてくる。肉親の入院は、人生での大きな出来事だ。最悪の事態までを考えたりと、ストレスはたまるばかり … 。だから、不確かでも一応のメドが立つと、病院を離れた瞬間に、開放的な気分になるのが人情というものだろう。この句を、センチメンタルに重く読みすぎるのは間違いだ。むしろ読者は「夕若葉」の美しさのほうをこそ、読み取るべきではあるまいか。「夕若葉」を詠んだ句は、意外に少ない。(清水哲男)


   病院の窓より母の呼ばふ声「お父さん、お父さん」父、口籠りぬ 


   蚊帳に寝て母在る思ひ風の音   杉本 寛

 昭和六十二年(1987)の作品。もはや一般家庭で蚊帳を吊るとは考えられない年代だから、これは旅先での句である。「風の音にふと目覚め、改めて蚊帳に気がついた。蚊帳は幼い思い出。それは母に繋るが」と、自註にある。このように、物を媒介にして人とつながるということは、誰にでも起きる。そのあたりの機微を、俳句ならではの表現でしっかりととらえた佳句だ。蚊帳といえば、横山隆一の漫画『フクちゃん』に、部屋いっぱいに広げた青い蚊帳を海に見立てて、海水浴ごっこをする場面があった。我々兄弟はそれを真似て、椅子の上から何度も蚊帳の海に飛び込んだ。本当の海水浴など、夢のまた夢の敗戦直後のことであった。『杉本寛集』(自註現代俳句シリーズ・俳人協会)所収。(清水哲男)


   秋暁の戸のすき間なり米研ぐ母   寺山修司

 炊飯器のなかった頃の飯炊きは、いま思うと大変だった。たいていの家では夜炊いていたが、子供の遠足などがあると、母親は暗いうちから起きだして炊いたものだ。親心である。そんな母親の姿が台所との戸のすき間から見えている。しらじらと明け初めてきた暁の光のなかで一心に米を研ぐ母に、作者は胸をうたれているのである。しかし、作者はこのことを永遠に母には告げないだろう。すなわち、子供は子供としての美学を抱いて生きていくのだ。ところで『新古今集』に、藤原清輔の「薄霧の籬(まがき)の花の朝じめり秋は夕べと誰かいひけむ」という歌がある。もちろん「秋は夕暮」がよいと言った清少納言へのあてこすりだが、ま、このあたりは好きずきというものだろう。あなたは、どちらが好きですか。(清水哲男)

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   母の日や塩壺に「しほ」と亡母の文字   川本けいし

 この場合は「亡母」も「はは」と読むほうがよいだろう。母の日。亡き母を思い出すよすがは、むろん人さまざまだ。作者はそれを、母親が記した壺の文字に認めている。子供のころから台所にある、ごくありふれた壺に書かれた文字が母のテであったことを、いまさらのように思い出している。「しほ」という旧仮名づかいも懐しい。現代のように容器にバラエティがなかった昔、誰もが実によく分別するための文字を書いていた。 母親が亡くなり、「しほ」の文字だけが残った。作者は、あらためて台所でしみじみと見入っている。なによりの追悼であり、なによりの遺産である。(清水哲男)


   米洗ふ母とある子や蚊喰鳥   中村汀女

 戦前の句。主婦俳句の第一人者といわれた汀女の句は、それがそのまま大正から昭和に至る庶民の生活記録になっていて興味深い。この句などを読むと、母親と子供との日常的なありようも、ずいぶん変わってきたことがわかる。表の井戸端で夕飯の支度をするという環境の変化もさることながら、このように、昔の子供はいつも母親の後を追っていたものだということがわかる。いまの子の多くは、母親がキッチンに立っている間は、テレビでも見ているのではなかろうか。いや、見せられているのではないだろうか。それに昔の東京の住宅地でも、このように蚊喰鳥(蝙蝠のこと)はごく普通に飛んでいて、作者の意識としては、この季節の夕景をごく普通に描写しただけにすぎないのである。つまり、句が作られた当時においては、何も特別な中身はなかったのであり、ごく平凡な月並み俳句のひとつであった。子供とともにある母親の安らぎが、句の言いたいことの全てである。それが半世紀以上も経てくると、「ほお」と好奇の目を呼び寄せたりするのだから面白い。さりげないスナップ写真が、後に貴重なデータになったりするのと同じことだ。(清水哲男)


   母恋ひの若狭は遠し雁の旅   水上 勉

 雁は十月頃に北方から日本にやってきて、春先まで滞在する。真雁はきれいなV字形になって飛び、菱喰(ひしくい)は一列横隊で飛ぶ。雁にも種類はいろいろあるけれども、一般によく知られているのは真雁か菱喰である。秋の大空を渡って行く雁を見あげながら、若狭出身の自分は遠いその地に残してきた母を思い出し、恋しがっているのであろう。遠い地にはしばらく帰っていないから、母にもしばらく会っていない。渡る雁は鳴いていて、その声を母を恋う自分の声であるかのように重ねながら、しばし呆然としているのかもしれない。そんな心境を、石田波郷は「胸の上に雁ゆきし空残りけり」と詠んだ。波郷には雁が去って行った空が、勉には故郷若狭が見えている。いきなりの「母恋ひ」は、私などには面映くて一瞬戸惑ってしまうけれども、若い日の水上勉の世界としてみればいかにも納得がいく。ここは北陸の若狭であるだけに、句にしっとりとした味わいが加わった。当方が若い日に読んで感激した直木賞作品「雁の寺」を、やはり想起せずにはいられない。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


   あなただあれなどと母いふ暑さかな   竹内 立

 とにかく暑い。そこへもってきて、母親が何度も「あなただあれ」などと問いかける。ますます暑苦しい。しかし、この暑さも母親のボケも、どうなるものでもない。じっと耐えるしかない。脂汗までが浮いてくるようだ。作者は七十一歳。しっかり者だった私の祖母も、晩年はボケた。遠く離れていたこともあり、ボケてからは会うこともなかったが、やはり「あなただあれ」を連発していたという。知人の話などを総合してみても、たいていボケた人は「あなただあれ」と言うようだ。そんな話を聞くたびに、この質問の意味は何なのかと思う。文字通りに、相手の名前や正体を質しているのだろうか。それとも幼児が「これなあに」を連発するように、正確な解答を求めるというよりも、コミュニケーションそれ自体を欲する問いにしかすぎないのか。どうも後者に近いような気がするが、このとき、質問を発する人の心持ちはどうなのだろう。気軽なのか、逆に苦しいのか。そこまでは、専門家にもわかるまい。(清水哲男)



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   ◇ 今日の誕生花・カザグルマ(クレマチス科)

   花言葉は、「心の美しさ」「高潔」。

   蜻蛉(とんぼう)のつままれさうな袷哉  子規

   打水に暫く藤の雫かな   虚子

   新緑の夜空混み合ふ電波かな   仲 寒蝉

   やはらかし風が若葉を通る音   上野章子

   宇治に似て山なつかしき新茶かな   各務支考

 人住まぬ家の垣根の風車 盛んに咲けりいさぎよきまで  鳥海昭子

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 ※ クレマチスは、日本のカザグルマ(Clematis patens)がヨーロッパへ伝えられ、さまざまな交配が重ねられ作り出されました。時に「鉄線」という名も使われますが、テッセン(Clematis florida)は中国に自生する原種です。カザグルマが8枚の花被片を持つのに対し、テッセンの花被片は6枚からなっています。

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 【参照】5月12日、「アセロラの日」
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52107970.html

 【参照】5月12日、武者小路実篤の誕生日(1885年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48162126.html

 【参照】5月12日、草野心平の誕生日(1903年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53279222.html

 【参照】5月12日、ノモンハン事件(1939年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32400977.html

 【参照】5月12日、風吹ジュンの誕生日(1952年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/42273230.html

 【参照】5月12日、ドリームジャンボ宝くじ(2010年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50644674.html
 平成25年5月11日(土)昨日:DeNAが劇的なサヨナラ勝ちで今季対巨人初勝利。

   < DeNA 12x―10 巨人 > (6回戦)(10日・横浜スタジアム)

 DeNAは7点ビハインドの7回裏、代打・多村、モーガンの連続本塁打を含む7連打で一挙6点を挙げる。1点差で迎えた9回、1死一二塁から多村が巨人の守護神・西村からサヨナラ3ランを放ち、試合を決めた。巨人は最大7点差を守れず4連敗、今季2度目のサヨナラ負けを喫した。 巨人は3本塁打を含む11安打で10点を奪いながら、投手陣が踏ん張れず逆転負けで4連敗。2位・阪神とは、ついに1.5ゲーム差となった。

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 ベンチの原監督は、茫然と打球を追った。右翼席へと飛び込む多村の逆転サヨナラ弾。大歓声が両耳をつんざき、中畑監督が跳びはねて喜ぶ。悔しさをグッとこらえ、踵を返した。「ちょっと打たれすぎだね。7点を守れなかったというところ。こういう結果になるよ … 」。溜息交じりに、こう絞り出した。 完全なる勝ちパターンが一転した。初回、亀井の中越え3点二塁打と村田の6号2ランで5点を先取した。だが、その裏、すぐに暗雲が垂れこめた。2死一塁からブランコに18号2ランを浴びる。直後の中村に連弾を食らった。5点差が一気に2点差に。「バッテリーのせいです。打たれてはいけない人に打たれた」。試合後、捕手・阿部の反省の弁だ。

 以前から、「ブランコの前に走者を出さないこと。ソロだけならOK」と話していたが、全5打席で走者を背負った。対策は、高めのボールになる真っすぐを有効に使ってカウントを稼ぎ、変化球で散らす。しかし、立ち上がりのホールトンは制球が甘く、配球通りにいかなかった。カーブも決まらない。カウント2―2から低めの直球を左中間席へと放り込まれた。 「ブランコを打たせたらチームに勢いがつく」と阿部が恐れていた通り、中継ぎ陣がDeNA打線を止められなかった。7回、高木京とマシソンの2人で計6失点。勝利の方程式に組み込まれている両腕だが、川口コーチは「話をする気分じゃない。ダメな人間を出した俺の失敗だよ」と吐き捨てるように言った。リードは、わずか1点しかなくなった。

 9回。この日が28歳の誕生日だった守護神・西村だが、1死一、二塁から多村に逆転サヨナラ3ランを浴びた。何とも強烈な祝砲とはなった。7点差を逆転されたのは、1999年4月28日のヤクルト戦(大阪D)での8点差以来。当時の長嶋監督がバックネット裏で見つめる前で、屈辱的な敗戦。今季2度目の4連敗で2位・阪神に1.5ゲーム差。 原監督は「18安打も打たれて勝つのは、かなり至難の業だよ」「切り替えて、また明日からだな」と締めくくった。



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 5月11日は、萩原朔太郎の命日 です。

 ◇  萩原朔太郎(1886年〜1942年)詩人

 『月に吠える』『青猫』などの作品で、日本詩壇に確固たる足跡を残す。朔太郎は、戦時下の昭和17年のこの日に亡くなった。享年56。主を失った書斎の抽斗は、晩年の趣味であった手品の小道具で満たされていた。

 前橋生れ。六高中退後、1916年に室生犀星と詩誌『感情』を創刊。反自然主義の立場から新しい抒情性を追究。1917年、『月に吠える』で一躍詩壇の注目を集め、続く『青猫』『純情小曲集』、さらに漢語調を多用して詩風を一変させた『氷島』などの詩集によって、近代抒情詩を一つの極点に導いた。 ほかにアフォリズム集『虚妄の正義』や詩的短編『猫町』、評論『詩の原理』『郷愁の詩人与謝蕪村』などがあり、晩年には伝統文化への関心を深め、『日本への回帰』などを書いた。

 【参照】11月1日、萩原朔太郎の誕生日(1888年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/45335990.html



 ◇ 輪ゴム11本を首に通して受刑者が自殺

 東京拘置所(東京都葛飾区)は10日、収容中の40代の男性受刑者が輪ゴムで自殺を図り、死亡したと発表した。窒息死だという。氏名は明らかにしていない。 法務省によると、受刑者は9日午後8時20分ごろ、単独で収容されている居室で、布団の上で横たわっているのが見つかった。11本の輪ゴム(直径7センチ)を二重巻きにして首を通した状態だった。拘置所内で当直医が救命措置をしたが、同日午後10時すぎに死亡が確認された。午後8時すぎに巡回した際は、異状はなかったという。  受刑者は拘置所内で紙袋を作る刑務作業をしており、紙袋を束ねるのに使う輪ゴムを室内にためていたとみられる。

 ※ 自殺とは、極めて意志堅固で文化的な事象であると思惟されます。驚嘆。



 ◇ 三木たかし (1945年〜2009年) さんの命日

 妹・黛ジュン『夕月』 三木たかし・作曲 なかにし礼・作詞



 2004年からは日本作曲家協会理事長を務める。また、日本レコード大賞制定委員や事務局長も務める。2005年、紫綬褒章受章。同年、第47回日本レコード大賞の吉田正賞を受賞。 2006年、下咽頭癌で声帯の一部を切除、その後声を失う。2009年1月13日、「NHK歌謡コンサート」で妹・黛ジュンと30年ぶりに兄妹出演を果たす。自身作曲の「さくらの花よ 泣きなさい」を黛が歌唱し、その後ろで三木がギター伴奏を披露した。これが三木の生涯最後のテレビ出演となる。同年5月11日6時5分、岡山市の病院にて生涯を閉じる。享年64。


 保科有里『さくらの花よ泣きなさい』三木たかし・作曲 荒木とよひさ・作詞




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   ◇ 今日の誕生花・カキツバタ(アヤメ科)

   花言葉は、「幸福が来る」。

   人もなし木陰の椅子の散松葉   子規
   ※ 前書に「須磨保養院」とあり、明治28年の入院時の一句。

   芍薬の花にふれたるかたさかな   虚子

   花びらの吹かれまがりて杜若   星野立子

   降り出して明るくなりぬ杜若   山口青邨

   雨つぶの雲より落つる燕子花   飴山 實
   (燕子花:燕は幸せを運ぶと伝えられる。杜若とも書く。)

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 幸せの知らせのように今朝ひらく カキツバタああ母よと呼びぬ  鳥海昭子

 沼水のあたりも匂ふかきつばた けふのみ春とみてや帰らむ  藤原定家

 ※ 名称にカキ(垣)の音を含むように、春夏の境界を仕切る花とされる。晩春の花とみるか、初夏の花とみるか、歌人たちの間で好みと見解が割れていた。立夏は過ぎたものの、今日一日は春に戻ったつもりで、この沼の花を愛でて帰ろう。晩春派の定家は、そんな風に詠んだ。


 【参照】5月11日、大津事件(1891年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48147209.html

 【参照】5月11日、泉谷しげる の誕生日(1948年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53276987.html

 【参照】5月11日、久保田早紀の誕生日(1958年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50639550.html

 【参照】5月11日、長良川の鵜飼開き(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32363102.html

 【参照】5月11日、長良川鵜飼の開始(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/42250661.html

 【参照】訃報:三木たかしさん64歳(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48151267.html

 【参照】民主・小沢代表辞任、衆院選への影響を考慮(2009年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48153674.html

 【参照】5月11日、大震災から2ヶ月(2011年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52104149.html
 平成25年5月10日(金)昨日:冤罪・名張毒ぶどう酒事件、奥西死刑囚一時危篤。

 名張毒ぶどう酒事件で、再審を求めて最高裁に特別抗告している奥西勝死刑囚(87)が一時、危篤状態となり、収容先の八王子医療刑務所(東京都八王子市)で9日、肺に酸素を送り込む手術を受けた。容体は持ち直しているが、手術後は会話が困難になるという。奥西死刑囚の弁護団が明らかにした。

 記者会見した鈴木泉弁護団長によると、奥西死刑囚は今月2日午後6時頃、呼吸が弱くなり、危篤状態に陥った。看護師が異変に気づいて、当直医が人工呼吸の措置を取り、危篤状態からは脱したものの、呼吸が困難となったことから、同刑務所はのどを切開する手術の実施を決めたという。 奥西死刑囚は第7次再審請求の特別抗告審で争っており、弁護団は昨年12月、独自に実施した毒物に関する実験結果を新証拠として最高裁に提出。最高検側も今年1月、「7月末までに専門家の意見を踏まえた意見書を提出する」との内容の上申書を提出したという。

 ※ 誰もが「冤罪」の認識を持つ。ただ、地元では「勝が犯人」と口を揃える。



 1989年5月10日、和泉雅子が日本女性として初めて北極点に到達した日 です。

 この日、女優の和泉雅子さんが、日本女性として初めて北極点に到達しました。挑戦は1985年以来2度目。同行隊員4人とともに、スノーモービルとソリで約800キロを92日間で走破し、「地球のてっぺん」に立った(帰路はチャーター機)。写真は、約4ヶ月ぶりに帰国した和泉さん(5月30日、成田空港)


 ◇ 講演会「笑ってよ、北極点」の要旨抜粋

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 私の職業は女優ですが、「あれ、あの人は冒険家?」と言ってもらうと嬉しくなります。その女優がなぜ北極点を目指したのか、いまだに理由がわからないのですが、初めて南極の景色を眺めて、驚きました。私は銀座の出身なので、いつも突き当たりのある景色の中にいましたから、南極の空と海ばかりの雄大な景色を見て「あっ世界にはこんなとこもあるんだな … 」と感激しました。南極の景色は見たので今度は反対側の、あの地球儀の鋲が止まっている北極点の景色が見たいと言う気持ちが遠征隊へと発展したんです。   私は二度、北極点に挑戦しました。一回目は昭和60年、惜しくもあと148キロのところで、失敗しました。目の前に大きな氷の割れ目ができ、海が現れた。しかもその割れ目が、我々を囲んでしまい、ちょうど、大きな氷の離れ小島に取り残されたような状態になって一歩も動けなかったのです。ショックを受けて、赤ちゃんみたいに泣きました。生きて日本に帰るのは恥ずかしいとかバカなことも考えました。でも、生きてさえいれば、命さえあれば北極点なんて何遍だって挑戦できるんだ。あの北極点は一生涯、地球のてっぺんから逃げやしない。死んでしまったら二度と挑戦なんてできない。帰国して両親にも会えません。友達とおしゃべりできない。そんなこともできない人生って、なんてつまんない、バカバカしい、って思ったんです。そしたら不思議なことに、たった今まで死ぬと叫んでいたのが、急に気分がさわやかになって、私は昭和60年5月22日に断念いたしました。

 二度目に備えての食べ物の研究:地元のイヌイットの人から「食べる遠征隊」とあだ名を付けられたくらいに、マコ隊は良く食べました。重要だった食品ベスト3は、第一位がお肉。皆さん、サーロインステーキ、どのくらい食べますか? 私たちは一人、一日1kg食べます。そのくらい食べないとマイナス50度の外では作業できない。二番目に大事なものは、お砂糖です。私たちはマグカップにカレーライスの大きなスプーンで山盛り3〜5杯のお砂糖を入れていただきます。砂糖は体内に入って20分ぐらいするとすぐエネルギーに変わる。寒さで脳がやられた、思考能力の低下で極限状態になってしまった。そんな時に甘くて温かい飲み物をいただくと、その場でわっと元気が出て、もう一回頑張ろうって気になります。どうしても北極圏の遠征隊にはお砂糖がたいへん重要な食品なんです。

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 もう一つとても大事なもの、西欧人にはあまり関係ないですが、日本人だから必要なもの、ご飯です。なぜかというと、日本人は西欧人よりはるかにお腹の中の腸が長く、毎日お肉だと排泄が問題になります。これは登山医学上の大切なことです。どんなに訓練受けた人でも、どんな頑強な山男でも、あっという間にストレスたまって、思考能力の低下で、極限状態になってしまう。私の遠征隊だから、私が最初から最後まで北極点という目標を見失わないで、頑張らなければ北極点には近づけません。空中分解してしまう。私は日本人ですから、お腹の中の腸が10mの長さがあります。しっかりと食べて、ちゃんと排泄するということが、北極という厳しい世界では重要な問題なんです。   二度目の挑戦は平成元年。1月28日、成田を出発。5月10日午前6時30分、北極点、地球のてっぺん北緯90度、あんなに立ちたかった北極点、あんなに見たかった地球のてっぺんの景色を見ることができました。62日、2ヶ月かけて北極点に立ったわけです。でも、帰りの飛行機に乗って4時間で帰りました … 。がっくりきました。北極点は一歩ずつコツコツと、一生懸命近づくから値打ちがあるのかな、価値があるのかなと思います。

 二度も北極点に挑戦して全財産を失いました。大金使って何も品物は残らなかったけど、心の中には素晴らしいものが残った。北極の大自然から素晴らしいものを教えていただいた。それはこの世の中にはお金で買えないものもあるということ。命、そう心だって売ってない、優しい思いやり、親切、友情もそうです。友情は長い年月かけて心と心が通じ合うから生まれる気がします。おいしい空気、両親、皆さんを産んでくれた素晴らしい親たち。

 北極出発の前日に日本の両親に国際電話をかけました。そしたら入院中の父が外出許可をとり、車椅子に乗って一日電話の前でじーっと待ってたんです。不自由になった口でたった一言「がんばんなさいよ」って言ってくれたんです。うれしかったんですよ。幸運にも北極点に到達できて、もちろん日本に帰ってきて一番にお父さんに報告しました。「父ちゃん成功したぞ。北極点に立てたんだぞ。無事に帰ってきたぞ。生きて帰ってきたぞ。」って言ったら、父はうれしそうな顔をして「よかったなあ、よかったなあ。」と言って、それから間も亡くなってしまいました。

 最後に父の生きている間に帰れて、親孝行できて本当によかったと思います。皆さん、まだまだ、お父さん、お母さん健在の方多いと思います。たまには親孝行してくださいね。 どうか皆さん、毎日の暮らしの中で自分だけの北極点、目標、夢というものが絶対あると思います。どうぞ自分の北極点に向かって一生懸命走って、いつまでも地道で、まじめで、さわやかで、健全で、健康的なすばらしい大人になってほしいと思います。



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   ◇ 今日の誕生花・カーネーション(ナデシコ科)

   花言葉は、「あなたを熱愛する」。

   曙はまだむらさきにほととぎす   芭蕉

   忍冬に眼薬を売る裏家哉   子規

   根切虫あたらしきことしてくれし  虚子

   ※ 子規に虚子たわ言紡ぎ夏立ちぬ   鬼子

   灯を寄せしカーネーションのピンクかな   中村汀女

   さびしさの数を束ねてカーネーション   片山由美子

 持たされしカーネーションに顔を埋め うら恥ずかしき母の日という 鳥海昭子


 【参照】5月10日、「地質の日」
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/52100143.html

 【参照】5月10日、「攘夷決行の日」(1863年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/50633909.html

 【参照】5月10日、二葉亭四迷忌(1909年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/32322037.html

 【参照】5月10日、山井大介の誕生日(1978年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53274718.html

 【参照】5月10日、平沢貞通の獄死(1987年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/48133481.html

 【参照】5月10日、大垣まつり(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/42229110.html

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