今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

[ オリヲン座 ]

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

 映画「ローマの休日」 1953年 予告編

 ※ ウィリアム・ワイラー監督


 映画「ローマの休日」 Synopsis

 ※ Audrey Hepburn(1929年5月4日〜1993年1月20日)

 梗概:ヨーロッパ各国を親善旅行中の、とある小国のアン王女がローマを訪れた際、息苦しい日程の連続で王女は少々神経衰弱気味。侍医は王女に鎮静剤を飲ませるが、疲労の為かえって目が冴えて眠れなくなってしまう。侍従の目を盗んで、王女はひとり街へ出てしまう。

イメージ 1

 街を歩いているうちに薬がきいてきて、広場のベンチで寝こんでしまう。 アメリカの新聞記者ジョー・ブラドリーは、王女とは知らず助けおこして自分のアパートへ連れ帰った。翌朝、彼女が王女であることを知ったジョーは、特ダネ記事をものにするチャンスとばかり、ローマ見物の案内役をひきうける。アン王女は、ジョーの魂胆も知らずに、床屋で髪を短く切らせ、一日中、街を自由に歩いて楽しむ。ジョーの同僚カメラマン・アーヴィングは、隠しカメラで王女の様子をスナップ。大使館では、王女の失踪で大騒ぎ… … … 。

 映画「ローマの休日」 Tribute

 ※ オードリー・ヘップバーンは、アカデミー賞主演女優賞を受賞。

イメージ 2

 映画「ローマの休日」 階段シーン



イメージ 3

 映画「ローマの休日」 スクーター



イメージ 4
 ※ 手を入れるとアクシデントが、これはグレゴリー・ペックのアドリブだったとか。

 映画「ローマの休日」真実の口



 映画「ローマの休日」(英会話) お父上のお仕事は?



 映画「ローマの休日」 泣かないで



 映画「ローマの休日」(英会話) ローマ!



イメージ 5
 ※ たった一日の自由行動が、王女に終生の思い出をもたらし、
 私たち映画ファンには永遠の夢とロマンと、そして高貴な誇りを刻んだ。


 映画「ローマの休日」 アイコンタクト

 ※ 生涯にただ一度の、その一瞬をフィルムにとどめた名品。


イメージ 6
 ※ オードリーは、今も、その気高さを失っていない。

『 Nobody Knows 』 (2004年)

 2004年 『誰も知らない (Nobody Knows) 』 是枝裕和 監督

 「誰も知らない」(Nobody Knows)

 製作&脚本:是枝裕和


 「誰も知らない」(Nobody Knows)


 ※ 1988年に発生した巣鴨子供置き去り事件を題材としている。
 是枝裕和は、母親の失踪後、過酷な状況下で幼い弟妹の面倒を見る長男の姿を通じて、家族や社会のあり方を問いかける。実際の出来事に触発されたフィクションです。

 主演の柳楽優弥が、2004年度のカンヌ国際映画祭で史上最年少並びにび日本人初の最優秀主演男優賞を獲得。キネマ旬報やフランダース国際映画祭において最優秀作品賞を獲得するなど、国内外の映画賞を多数獲得しました。2004年度の日本映画における大きな収穫だった。


Nobody Knows 1 本編10分



Nobody Knows 2 本編10分



Nobody Knows 3 本編10分



Nobody Knows 4 本編10分



Nobody Knows 5 本編10分



Nobody Knows 6 本編10分



Nobody Knows 7 本編10分


 ※ 実際の事件で、長女は長男のことを「優しかった。ご飯を食べさせてくれた」と言っている。死んだ妹を埋葬した場所に、何度も「お墓参り」していた。 是枝裕和は、その長男に「君はよく頑張った」と伝えたかったと語る。


 ◇ 柳楽優弥、自殺未遂か、大量の薬物摂取(2008年8月29日)

 映画「誰も知らない」で、カンヌ国際映画祭の男優賞を史上最年少の14歳で受賞した俳優柳楽優弥(18)が、東京都品川区の自宅マンションで大量の薬を飲み29日未明、病院に運ばれていたことが分かった。命に別条はないという。 柳楽は東京都出身。2004年にカンヌで受賞した当時は中学3年で、俳優部門で日本人の受賞も初めてだった。その後も映画などに出演していた。

 今月16日の自身のブログでは「ここ1年間で俺、体調崩しちゃってました。露出が前より減ったのも、その影響があるんだ」「ちょっと一瞬ヘタレになったけど今の俺は軽く最強だから宜しく!」などと書き込んでいた。 柳楽の所属事務所は「状況を確認中」としている。

 ※ 「誰も知らない」柳楽優弥の苦悩があったのか? 強烈なインパクトでデビューした者の宿命なのか? 映画「誰も知らない」では、是枝監督は演技を求めていない。だからこそ男優賞を受賞し、だからこそ柳楽優弥の苦悩が始まった。 18才の少年が、ストイックになる必要もなければ、成熟した役者になる必要もない。平凡な少年のままで良いのだ。柳楽優弥が、「誰も知らない」存在になったとしても、なんの心配もないのだ。天性の素質がある。「ジタバタしない」ことだ。


 ◇ 柳楽優弥、公式サイトで「自殺未遂」を否定(2008年8月31日)

 薬物中毒で病院に搬送された、との報道があった俳優の柳楽優弥さんが、2008年8月31日、自身の公式サイトでコメントした。「自殺をしようとしたということでは全くありません」と、心配をかけたことを詫びている。

 薬物を口に含んでしまった経緯については、「家族といい争いをしている最中のことだったのですが、ついカッとなってしまって、僕が通っている医師の方から処方していただいた安定剤の薬をいつもより多めに飲んでしまうという行動をして」しまったのだと釈明。 その後、救急車で病院へ向かい、その日のうちに退院したのだという。今後については、体力の回復に励むとともに、「一日でも早くまた映画など役者のお仕事をがんばっていこうと思っております」と綴っている。
 ◇ 『おくりびと』 (2008年)

 東京でオーケストラのチェロ奏者をしていたが、楽団の解散で演奏家への道をあきらめて故郷の山形に戻ってきた大悟(本木雅弘)。職探しのために開いた求人広告で「年齢問わず、高給保証!実質労働時間わずか。旅のお手伝い」という願ってもない好条件の職を見つける。早速面接に向かうと、なぜか棺桶が置いてある古びた事務所だった。ほどなく現れた社長の佐々木(山崎努)は、履歴書に目を通すこともなく大悟の顔を見るなり、一発で採用を決める。

イメージ 1

 大悟が惹かれたコピーの「旅のお手伝い」というのは印刷所の誤植で「安らかな旅立ちのお手伝い」が仕事内容だ、と説明する佐々木。それは遺体を棺に納める仕事だった。社名のNKエージェントのNKとは、「納棺」だった。思いもよらない仕事に慌てふためく大悟だったが、強引な佐々木に言われるがまま引き受けてしまい、妻の美香(広末涼子)には冠婚葬祭関係の仕事に就いたとだけ答えて、納棺師の見習いとして働き出す。

イメージ 2
 映画は、こんな場面から始まる…。 社長の佐々木に信頼された大悟が、初めて「納棺」を任される。遺体は、まるで生きているようだった。「おそらく、練炭自殺だろう」、佐々木がつぶやく。「こんな美人なのに…」、大悟は気が滅入る思いだった。

イメージ 3
 納棺の作業をする内に「異変」が起きた。あわてる大悟。佐々木に耳打ちする。「あれが、あるんです」「あれって、何だ?」「だから、あれですよっ」。

 美人だと思ったらニューハーフだった青年、幼い娘を残して亡くなった母親、ルーズソックスを履いてみるのが憧れだったオバアチャン、沢山のキスマークで送り出される大往生のおじいちゃん…、さまざまな境遇の死や別れと向き合ううちに、はじめは戸惑っていた大悟も、いつしか納棺師の仕事に真剣に取り組むようになってゆく。

 そんな矢先、冠婚葬祭関係=結婚式場で働いていると勘違いしていた美香に、本当のことがばれてしまう。美香は激しく「触らないで、汚らわしい!」と言い捨て、実家に帰ってしまう。それでも大悟は、真摯な態度で仕事に向かった。彼女が戻ってくるのを信じて … 。

イメージ 4
 ※ 納棺師の仕事は、葬儀社から依頼される。昔は遺族がしていたものを、時代とともに業者がするようになってゆく。葬儀社が自前で納棺するところもある。「納棺」の大部分は、「湯灌」と言われるもので、遺体の清拭、死に化粧が施される。 納棺師の場合、湯灌を含めた一切合財を行なう。事件、事故で損傷した遺体と向き合うこともある。心身ともに、かなり過酷な業務と言える。 だが、それに見合った評価どころか、蔑みの眼で見られることも少なくない。映画での大悟も、親友から侮蔑の言葉を受けている。 やがて、その親友も大悟に感謝するのだが…。

 死体を死穢として忌み嫌うのは、衛生知識の乏しい古来からの伝習で、感染症で亡くなった場合、死者が生きている者を招きよせると考えた。あるいは生きものとしての、DNAのしからしむるところか。 看護師による簡易清拭を「エンジェル・サービス」と言うとか。

イメージ 5
 死後数週間の遺体に立ち会った大悟が帰宅するバスの中で、女学生らが囁く。「あの人、なんだか臭い」。あわてて下車した大悟は、子ども時分に通った銭湯へ向かう。「まだ、あったんだ…」。「鶴乃湯」を守っているのは、大悟の同級生・山下の母親(吉行和子)だった。必死に洗いまくる大悟。なんども何度も洗い続ける。


 納棺師として充足感と誇りを感じはじめていた大悟のもとに、30年間行方知らずだった父親の訃報が舞い込む。自分と母親を捨てた男など、今さら関わりたくないと拒絶する大悟。 すると突然、事務の百合子(余貴美子)が、「お願いだから行ってあげて」と叫ぶ。彼女も子どもを捨てた母親だった。

 2008年9月13日(土)より全国ロードショー

 ※ 2008年9月17日(水)12:55〜15:15
 TOHOシネマズモレラ岐阜 screen12(定員280名)
 水曜日はレディースデーで女性は千円だった。私も千円だった。



 ◇ 第32回モントリオール世界映画祭グランプリ受賞

 『おくりびと』が、第32回モントリオール世界映画祭(2008年8月21日〜9月1日)で、グランプリ(「World Competition」部門"Grand prix des Americas")を受賞いたしました。北米において最も歴史がある映画祭の一つであり、国際映画製作者連盟(FIAPF)から認定を受けている映画祭の中で北米唯一のコンペ部門を有する映画祭であるモントリオール映画祭での栄誉です。

 モントリオール世界映画祭オフィシャルサイト
 http://www.ffm-montreal.org/


 ◇「おくりびと」 映画評

 「納棺師」という仕事を、この映画で初めて知った。遺体を清めて着物を着せ、死に化粧を施す。優雅で無駄のない、しかも厳かな動きで、亡くなった人への敬意を感じさせる。主演の本木雅弘自身が偶然この儀式を知って感銘を受け、プロデューサーに映画化を提案したのだという。

 楽団が解散し、チェロ演奏家の道をあきらめて帰郷した大悟(本木)。「高給保証」「旅のお手伝い」という求人広告にひかれて、NKエージェントという会社を訪ねると、社長(山崎努)は「この広告、誤植だな。旅のお手伝いではなくて、安らかな旅立ちのお手伝い」。仕事は納棺だった。

 人の死と向き合う難しい題材を扱いながら、コミカルな場面も。それは伊丹十三監督「お葬式」にも通じるところがある。ビデオ映像のモデルにさせられたり、腐乱死体に気持ち悪くなったり。仕事について妻(広末涼子)に正直に話せない大悟。本木がまじめに演じるほど、戸惑っておたおたする、その姿がおかしくてならない。対する山崎のとぼけた味わいも絶妙。

 脚本の小山薫堂、監督の滝田洋二郎は、偏見さえも逆手にとり、ユーモアをバランスよく織り込んで物語を展開する。笑っているうちに、やがて感動に包まれる。カナダ・モントリオール世界映画祭でグランプリを受賞したのも納得。2時間10分。
(2008年9月12日 読売)


 ◇「おくりびと」海外からの高い評価(9月13日)

 チェロ奏者と納棺師、両方の職業を特訓したという本木さん。第35回モントリオール映画祭グランプリ受賞作「おくりびと」(滝田洋二郎監督)の初日舞台挨拶が13日、都内の映画館で行われ、主演の本木雅弘さんらが受賞の喜びを語った。「おくりびと」は、遺体を棺に納める納棺師という余り世間になじみのない職業をテーマにした映画。本木さんが演じるのは、リストラされたチェロ奏者で、故郷の山形に戻り、納棺師に転職した青年。広末涼子さんはその妻を演じている。

 上映後の舞台挨拶は初めてという広末さん。感動の余韻が残る客席を前に、目を潤ませた。人の死を題材にしながらも、笑いあり、涙ありの感動作となった。上映後、涙で目を赤くする観客もいる中、滝田監督は、「死をテーマにしているが、生きるための映画です。いつまでも「おくりびと」でいたい。いい作品をたくさん作り、みんなを元気にしたい」と挨拶。


 ◇ 「おくりびと」、中国のアカデミー賞で3冠(9月13日)

 9月12日、モントリオール、米国アカデミー賞に続き、中国のアカデミー賞とも言われている中国最大の映画祭、中国金鶏百花映画祭で、作品・監督・男優の3冠を獲得しました。

 「このように死を扱った映画は今まで中国になかった。初めてみたけどとても感動した」など、絶賛の声があふれ出しています。いつ一般上映されるのか?などの問い合わせが事務局に殺到しているそうです。

 第17回中国金鶏百花映画祭

○国際映画部門・外国映画作品賞・・・おくりびと
 (観客賞最優秀作品賞)

○国際映画部門・外国映画監督賞・・・滝田洋二郎監督/おくりびと
 (観客賞最優秀監督賞)

○国際映画部門・外国映画男優賞・・・本木雅弘/おくりびと
 (観客賞最優秀主演男優賞)


 ◇ 『おくりびと』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞(2009年2月23日)

 第81回アカデミー賞は22日(日本時間23日)、ロサンゼルスで授賞式が行われ、滝田洋二郎監督の『おくりびと』が外国語映画賞に輝いた。短編アニメーションでは加藤久仁生監督の『つみきのいえ』が受賞し、実写でもアニメでも日本映画の底力を見せつけた。

開く トラックバック(3)

『切腹』 (1962年)

 ◇ 「切腹」 (1962年)

 「切腹」 1962年公開 監督:小林正樹(予告編)



 (梗概)

 さる日、井伊家に老いたる浪人が訪れる。元福島家家臣の津雲半四郎(仲代達矢)であった。
主家が改易となり、このまま生き延びても仕方がないので、切腹をするため庭先を拝借したいとの嘆願であった。

 家老斉藤勘解由(三国連太郎)は、以前にも同じように元福島家家臣の若き浪人、千々岩求女(石浜朗)が同じように来た事を話し、半四郎を追い返そうとする。

 勘解由の曰く、最近、仙石家においてある浪人が同じように嘆願に来て、それを仙石家では武士の鑑として雇い入れたという噂を聞きつけ、各地で大名家を訪れ、切腹を願い出る浪人が多発しているとのこと。それを苦々しく思っていた井伊家家臣・沢潟彦九郎(丹波哲郎)らは、井伊家の家風を軽んじられぬように見せしめにせんと、若侍の釈明も聞かず無理やり竹光で切腹させたのだった。


イメージ 1

 「切腹」 1962年公開 監督:小林正樹(竹光)

 出演:仲代達矢、岩下志麻、石浜朗、稲葉義男、三國連太郎、
 丹波哲郎、三島雅夫、中谷一郎、青木義朗、他。


 この若侍・千々岩求女(ちぢいわもとめ)こそは、半四郎の娘・美保(岩下志麻)の婿であった。娘夫婦の一人息子が病気で高熱を出したが、医者に見せる金がない。婿が「心当たりがあります」と出て行った。それが“押し掛け切腹”だったのだ。

 半四郎は切腹に及んで、介錯はぜひ彦九郎ら井伊家でも腕の立つ者にと願出るが、彦九郎、矢崎、川辺ら指名された三名は何れも病気と称して、出てきていなかった…。不審に思った勘解由は、家臣に仔細を調べさせる。

 その間、半四郎は、求女がどのような思いで、この井伊家を訪れたかを話していき、一両日待ってくれと懇願する婿に何故、最後の情けをかけてやれなかったのか、井伊家の対応のまずさを糾弾してゆく。 半四郎は、徐に懐から取り出したものを庭に抛り投げた。それは切り取られた三つの髷だった。此処を訪れる前に彦九郎ら3人の髷を斬り落としたことを告げ、「命までは取っておらぬ」と三人との個々の対決を語り始める。

 武士の体面を保つため髷の伸びるのを待って、腹も斬らずにいるような腰抜け武士が、よくも金に困ってやってきた若者をよってたかって嬲り殺しにできたものだと、半四郎は井伊家の武士達を思いっきり罵倒するのであった。 勘解由も、半四郎の言葉を噛みしめながら聞いていたが、武家の面目を保つため半四郎を討ち取り、彦九郎ら3名に切腹を命じるのであった。


 「切腹」 1962年公開 監督:小林正樹(発端)

 ※ 原作:滝口康彦、脚本:橋本忍、音楽:武満徹、撮影:宮島義勇


 「切腹」 (求女の無惨な遺体を送り届ける)



 「切腹」 (市井に生きる者の小さな幸せ)



 「切腹」 (半四郎、床の間の甲冑を投げ捨てる)

 ※ たった一人を相手に、井伊家家中が総掛かりで半四郎に襲い掛かるが、実戦経験のない者ばかりの棒振り剣法では、半四郎に屍の山を築かせるばかりだった。

 ※ 刀こそ武士の魂。刀にかけて井伊家の面目を守らむとするも、半四郎の前に死屍累々の犠牲者を出すばかり。ついに鉄砲を持ち出すに至り、井伊家の面目は失墜する。半四郎は自ら切腹して果てる。だが、表向きはあくまでも、「他に記すべき御政道の向きなし」として、無事平穏を装う。ただ一点、数多の病死者が一時に出たことが訝られる。


 ※ 映画であることを忘れるほどの長いセリフ回し、スクリーンが舞台に思えてくるほどの演劇的迫力。仲代達矢の迫真の演技、小林正樹の演出の冴え、まれに見る一級品。ラスト、半四郎が井伊家家中の者を斬り倒してゆくシーンは、壮絶にして清廉。“もののあはれ”を感ぜしめずには措かない。
 2008.06.21(土)公開、映画『西の魔女が死んだ』

イメージ 1
 「人はみんな、幸せになれるようにできているんですよ」

イメージ 2
 おばあちゃんは、普通の人とは違う生き方をしていた。

 「私の母は、ものを見通す力がありました。ある時、父が海上で遭難して海の中を必死で泳いでいた時、『右!』と言う声がしたそうです。それで父は、右に向かって必死に泳いだそうです。すると暫くして砂浜が見つかったのです」。

 その晩、まいは、こんな夢を見た。

 暗い海の中を、まいが必死に泳いでいる。でもどっちに向かって泳げばいいのか分からない。その時、「西へ!」と言う声が聞こえ、まいは西へ泳ぎだす。それは、「西の魔女」が自分の救いであるという啓示のようでもあった。

イメージ 3
 「バラのそばにニンニクを植えておくと、バラに虫もつかないし香りもよくなるの」

イメージ 4
 宵っ張りの朝寝坊だったまいが“魔女修行”を志す。
 魔女修行の基本は、早寝早起き、しっかりご飯を食べ、よく運動し、
 自分の事は自分で決め、決めたことはやりとげることだった。
 すごく当たり前の事だったけど、実は、まいの一番苦手なことばかり。

 「おばあちゃんには、予知能力はないの?」
 「わたしには、そんな力はありません。わたしは日々のほんの少しの変化が楽しみなのです。予め知る必要などありません」

イメージ 5
 「おばあちゃん、大好き!」「 I know. 」
 まいは、自然の恵みの素晴らしさに、次第にこころを開いてゆく。

 まいは、温室の片隅に咲いていた草を、「ヒメワスレナグサ」と名づけました。大きく育ったら大切に植え替えようと心にきめて…。

イメージ 6
 ワイルド・ストロベリーの畑:祖父が亡くなって暫くしたある日、裏山の畑に野苺の花がたくさん咲き誇っていました。そして、その日は、祖母の誕生日だったのです。「じゃあ、それはおじいちゃんから、おばあちゃんへのプレゼントじゃない」、「その通りです。あの人は私の誕生日を一度も忘れたことがありませんでしたよ」。おばあちゃんは、思わず畑にひざまずいて泣いたそうです。

イメージ 7

 「おばあちゃん、人は死んだらどうなるの?」
 「そうですね、おばあちゃんが信じている話をしましょう」

 「死ぬということは、魂が体から離れることです…」

 「じゃあ、魂が離れたら、まいに教えて。約束だよ」
 「あっ、別に急がなくてもいいよ」
 おばあちゃんは、にっこりと微笑みました。

イメージ 8
 中学に入学した「まい」は、友達との関わりから不登校になり、祖母の家に預けられる。幼い頃に、ハーフであることで苦労した母親は、感受性の強い娘を“扱いにくい子”と夫に話す。まいは、その言葉にも傷ついた。そんなまいを、祖母は優しく包み込んでくれた。

イメージ 9
 母は、まいのために暫く仕事を休む。何を最優先させるべきかを考えて…

イメージ 10
 ※ NHK「ハゲタカ」、とても良かった。受信料を喜んで払えるものだった。

イメージ 11

イメージ 12
 威圧的な存在感、不気味な雰囲気で、まいを混乱させ、祖母との不仲の元になる。
 「おばあちゃんは、わたしよりゲンジさんの方が大事なんだ!」

イメージ 13
 祖母との別れの時、「おばあちゃん、大好き!」と言えなかったまい。
 いつまでも、寂しそうに見送る祖母…

イメージ 14
 「おばあちゃんは私に冷たい仕打ちをした。でも私のしたことは、その何倍もヒドイことだった。おばあちゃんは、わたしを許してくれるだろうか…」。 祖母、危篤の報せを受け、母と共に祖母の家に向かう車の中で、まいは今さらながらに、二年間の音信不通を後悔するのだった。


 映画『西の魔女が死んだ』公式サイト
 http://nishimajo.com/

 映画「西の魔女が死んだ」 オフィシャルブログ
 http://blogs.yahoo.co.jp/nishimajo_movie/


 ◇ 原作:梨木香歩 「西の魔女が死んだ」

 発表から今日に至るまで十数年もの間、愛され読まれ続けてきました。第44回小学館文学賞、第28回日本児童文学者協会新人賞、第13回新美南吉文学賞受賞と数々の賞に輝く名作です。

イメージ 15

 ◇ 長崎俊一監督「西の魔女が死んだ」

 主演は、アカデミー賞女優シャーリー・マクレーンの愛娘で、日本映画デビューを飾るサチ・パーカーと、半年にも及ぶオーディションで選び抜かれた13歳の期待の新星・高橋真悠。

 少女はおばあちゃんとの生活のなかで、自然と触れ合ううちに、「強さ」「優しさ」「希望」といった「生きる楽しさ」を再発見していく。

イメージ 16

 ◇ サチ・パーカー(1956年生まれ、本名:サチコ、Stephanie Sachiko Parker)

 母は女優のシャーリー・マクレーン、父は映画製作者のスティーブ・パーカー。米国生まれだが、2歳から12歳までを東京で過ごし、学習院初等科に通っていた。流暢できれいな日本語を話す。両親ともに親日家としても知られ、「サチコ」という名前も「 blessed child(祝福された子) 」を意味することから、当時渡米中だった小森和子により命名された。本作では、50代のパーカーさんが老けメークでおばあちゃんになりきり、心の底から孫を優しい愛情で包み込むおばあちゃんを好演しています。

イメージ 17

 “西の魔女”と呼ばれる、ちょっと不思議な祖母を演じたパーカー。役作りについて聞くと「撮影前に原作を読み、おばあちゃんの歩き方や座り方、話し方を研究しました。元教師という設定なので、マナーについてもいろいろ勉強しましたね。でも清里に着いて、おばあちゃんの家を見た瞬間、すーっとキャラクターが入り込んできたんです」。

 劇中で、おばあちゃんはまいに“魔女修行”と称し、料理や掃除、洗濯といった日々の営みを伝授する中で“手作り”の素晴らしさも教えているが、パーカーの生活スタイルも、良い意味で“オールドファッション”だと言う。「電子レンジは持っていないし、料理も最初から手間ひまかけて作るようにしています。今の時代には難しいことかもしれないけれど、その瞬間瞬間を家族と過ごすことがとても大切だと思います」。

イメージ 18

 パーカーは、父親(『青い目の蝶々さん』の製作者スティーブ・パーカー)と奥日光にある加仁湯という秘湯をよく訪れたそうです。「まいのように、私は父から自然の素晴らしさを学んだのです」。 この作品に出会う前は、感情的で心配性だったと語るパーカー。だが、おばあちゃん役を演じて心境に変化が現れたのだとか。「迷った時に、おばあちゃんのセリフを思い出せば、『それはそれ、これはこれ。心配しなくても大丈夫よ』と言われているような気がして、元気になれるんです。そしていつかは私も魔女になれると思っています。今、一生懸命修行してるんですよ(笑)」。

イメージ 19

イメージ 20

イメージ 21
 「おばあちゃんは覚えていてくれたんだ」。まいは、思わず「おばあちゃん、大好き!」と、つぶやく。すると、台所の方からさわやかな風が吹き渡り、「 I know. 」と吹きすぎてゆきました。台所には、まいが使っていたマグカップが置いてあり、そこには「ヒメワスレナグサ」の花が大切に植えられていました。

イメージ 22

イメージ 23

イメージ 24
 ※ 山梨県清里で、撮影。

イメージ 25


 手嶌 葵 (てしま・あおい) 『 虹 』

 映画 「西の魔女が死んだ」 テーマ

 丘に咲く野の花 足もとで揺れた
 雨のあと光が 心まで届いた

 空には生きている 叶える虹が微笑む
 胸にはかけがえのないもの 守ることを

 透き通る思い すべて愛を育てて

 空には生きている 叶える虹が微笑む
 胸にはかけがえのないもの 守ることを

 なくさない 私のたからもの かがやく
 この胸に かがやく


 岐阜 TOHOシネマズモレラ岐阜 058-320-5770
 13:00〜15:05、Screen6、観客数約20名ほど。

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事