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[プロパガンダ]
●伊勢崎さんが投げかけたのは、ある思考実験。次のような状況で戦争を支持しないと言い切れるかどうか。
ちょっと想像力を働かせて、A国(我々)とB国がある。
A国とB国には国境問題がある。ちょっと緊張しているんですけど、そんな時にA国の中で大規模な爆発事故が起こって、一般人が大勢亡くなる。でも誰がやったか判らない。
A国の大統領は国民に向かって10ケ条の声明を発表することにした。
【戦争プロパガンダ10の法則】 [A.ボンソビー、英1871〜1916]
1.我々は戦争をしたくはない。
2.しかし敵側が一方的に戦争を望んだ。
3.敵の指導者は悪魔のような人間である。
4.我々は領土や覇権の為ではなく、偉大な使命の為に戦う。
こう言う言い方をする。国民に向けて大統領が言ったとします。
B国に向けて戦争をやるってことを支持しますか?(伊勢崎)
今の私だったら嫌です。(ローズ)
5.我々も誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為に及んでいる。
6.我々の大義は神聖なものである。
7.敵は卑劣な兵器や戦略を用いている。
8.芸術家や知識人も正義の戦いを支持している。
それ言われちゃうと、段々と最初は反対をしていても、そう言う言葉をかけられたら変わって来ると思います。
洗脳されてそのまま消えていくと思います。(ローズ)
9.我々が受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大。
10.この正義に疑問を投げかける者は裏切り者かスパイである。
怖くなって何も言えなくなってしまいますね。段々と。(ロ−ズ)
何か、国全体が目指す方向に少しでも異論を差し挟む者が居たら、そいつを許せない。同胞であっても許せない。敵以上に憎む。そんな感じ,判ります?(伊勢崎)
判りますね、はい。
今でも自分がこの質問をされて、この言葉を投げかけられたら、洗脳されちゃうんだなと。巧く国民の傷ついた心の隙間に入って、そこから洗脳してってるんだなと。(ローズ)
それがプロパガンダです。(伊勢崎)
【心の隙間に入る言葉は恐ろしい】[ザヘル・ローズ]
●この10ケ条は第一次世界大戦でイギリス政府が行ったプロパガンダを分析したものである。戦意形成のメカニズムが浮き彫りにされていると伊勢崎さんは指摘する。
最終的には国民が扇動されてしまって、傷つくのも国民で、夢を失ったり、一人ぼっちになったりになってしまうのも一般人なんですよね。(ローズ)
その心の隙間に入って来る、効果的なメッセージを作り、尚且つそれを喧伝する。(伊勢崎)
私たちも気をつけると言うか、言葉だけですぐ動いてしまってはいけない。(ローズ)
そうなると好いですよね〜。(伊勢崎)
そうならないんでしょうね〜(ローズ)
よくあの正義による戦争で、正義があるからこそ起きてしまった戦争ってあるんですけど、先生は正義に対する戦争ってどう思われますか?(ローズ)
一番簡単な正義って言うのは、悪いことをした人間を罰するってことですよね。若しくは悪い国を罰すると言う事ですよね。それが一番正義になりやすいですよね。(伊勢崎)
この正義って、見方によって、人によっては自分たちが思う正義って違うじゃないですか。私から見て、この人は正義だけど、この人から見たら正義でも何でもなかったてのがあるので。正義って何なんでしょう。(ローズ)
正義に一定の基準はないっていうことなんですよ、つまり。
僕は昔、身近に経験したことがあって。シエラレオネって言う国で。内戦の処理、和平に僕は直接的に関わったんですけど。銃を下して政治交渉するのは良いことでしょ?
平和的解決ですね、でもそんなに簡単じゃないんですよ。
戦争中彼らはいっぱい殺して居る訳です。でもしかし、銃を置いた後に罪を裁くよ、って言ったら、銃を下すと思います?(伊勢崎)
下さないかなあ。(ローズ)
なかなか下してくれないですね〜。だから殆どの場合、許しちゃうんです。シエラレオネの内戦では50万人殺されました。50万人ですよ。
許すだけじゃなくて、その反政府ゲリラのリーダーを副大統領にする。(伊勢崎)
ヒーローみたいなもんですね〜(ロ〜ズ)
それで〜停戦合意を勝ち得たんですね〜。それが和平のきっかけになったんです。
ある意味で正義を犠牲にしたんです。平和の為に。
正義そのものはなくちゃ困るけれども、その正義は非常に脆弱なものである。危ういものであるって言うのが、多分真実の姿じゃないですかね。(伊勢崎)
正しい正義ってのは絶対にないし〜、自分の中にしかないものだと思う。
自分の中に止めておけばいいものを、押しつけようとする。その押しつけが一つの戦いなんですよね。(ローズ)
正義と言うのは、いろんな言葉に置き換えられるでしょ。
正義は人道主義かも知れない。正義は民主主義かも知れない。しかし、民主化されてない国を強制的に民主化する。その為の戦争になっちゃうかも知れない。
それが正義の為の戦争になっちゃう訳 ですね〜。人道と言う事、非人道的なリーダーが納めている国、その政権をやっつける為の戦争。この人道と言う事も戦争の理由になっちゃうんですね。人道主義もね。それが恐ろしいとこですね。(伊勢崎)
【正義に一定の基準はない、脆弱なもの】[伊勢崎賢治]
●この対話でね〜、戦争の原因がこれだから、これをすれば解決できるんだって、スパッと行くのかと思ったら、大変なんだと認めるのは〜。
○10ケ条の話を聞いていて、自分だったらどうするだろうって考えて。怖いですね〜。人の心って簡単に洗脳できるし〜。核兵器以上の力を持つって言う、あのナイフ一本で、ルワンダでは虐殺ってありましたけど〜。いかに自分の心を見つめるかってことがとっても大切だな〜って思いましたし〜。考えても、考えても結論に行きつかない話ですね〜。
●70年前一人の先人がこんな言葉を残した。
「我々の決断の大部分は、実際には我々自身のものではなく、外部から我々に示唆されるものである」
社会心理学者のエイリッヒ・フロム 「第一次世界大戦後のドイツ国民が全体主義に傾倒していく心理を鋭く分析した」
「私たちは自分の決断は、自分自身が下していると信じているが、それは大きな幻想に過ぎない。
実際には孤独の恐ろしさや自由の重みに耐えかねて、他人に歩調を合わせている」(エイリッヒ・フロム)
フロムは人間の危うさに警鐘を鳴らした。
どうしても理解できない、自分が苦しい時に相手のことまでは考えられない。私自身もそうだったし、そこで生まれてくる憎しみをどうやって抑えるかってのは、誰かが教えてやらないと判らない。
私はたまたまなんで、殆どの子供たちは孤児になっても、誰も引き取ってもらえなくて、住む世界もない、食べる物もない、どうなるかと言うと犯罪に手を染めるか、ほんともししたら、他の国でテロリストになってしまうかも、そこから来ているんですよね、実際は。そう言うところから直していかないと、終わらないんですよ、戦いは。(ローズ)
我々の仕事って、過去の経験から叡智というものを引き出して、それを未来につなげるってところが使命ですよね。戦争用語に「叡智」が使われなかったら、学問の意味がないですよね。(伊勢崎)
●あらゆる善良と思われている一人一人の中にも、まかり間違えば、洗脳されれば、教育されれば、どんどん、どんどん、相手を懲らしめたいとか、そういうものがある。我々の中にも「悪」というものがあると言う事を知らない。知らないと言う事を知らないから、あいつらが悪いんだって言う風に行っちゃうのかな。
性悪説とか、善とかより熱狂です。時を得た熱狂ですね。熱狂は本質的なものかな。(伊勢崎)
人は何時でも凶器になりうる、私自身も実は、心一つ間違えたら凶器になってしまう。怖いなって思ってしまったんです。(ローズ)
NHK 探究Q より (抜粋)
私は思う
同じプロパガンダでも主張する人によって、その意味は違ってくると思う。
つまり国民に協力を求める為なのか、それとも自分の考えで洗脳するt為なのかである。
前者は実情を説明し国民の理解を求めるが、後者は自分の考え方で国民を染めてしまう。
一方、国民の方はこの両者の違いを見分ける力が必要である。
その方法はすでに述べた。http://blogs.yahoo.co.jp/sw5491/65004692.html
更にプロパガンダに乗せられて、一時的熱狂にわが身を忘れてしまう国民性という問題だ。
わが国では”バスに乗り遅れるな”という悲しい習性が残念ながら今も残っている。
それと、正義に一定の基準を求めるのがおかしいのであって、脆弱なのは人間である。
万人にとって正義はそんなに都合のよいものではない。正義ではないものを正義と主張するのが間違っているもだ。
正義はある。
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hinokuni55 さん、今日は。
失礼いたしました。
「自我」ではなく自己の「傾向性」と表現すべきでした。
2012/3/6(火) 午後 1:48
正義は十人十色ですから
2012/3/7(水) 午後 4:23 [ ゆきな+('∀'●) ]
ゆきなさん、今日は。
「正義」は個々人が定義できるように見えますが、それには己の傾向性が混入していない、と言う前提条件があるのです。
つまり、個人的欲望が含まれてはならないのです・
2012/3/8(木) 午後 4:02
戦争は商ぃ。
2012/3/26(月) 午後 8:23
1082001 さん、今日は。
それで済むのでしょうか?
2012/3/27(火) 午後 10:22
a争い、対立は人間の本然だと思います。
始は個人同士も争いが、家族の争い、、さらに部族の争い、
そして、民億の争い、、、、国の争い、
泥棒にも3分に理屈と言うとおり、正義は立場、利益確保のため
となれば、我田引水は当然となります。、
そこに宗教が絡めば、正義はいくつつも生じます。
キリスト教とイスラム教を見れば、自明の事、
いや新教と旧教。スンニ派とlシ−ア派の対立は、
教義の違いの根本は、正義に名を借りた、自己利益エゴイズムの
争いでしょう。
哲学が無数にあることは、人間観、存在観も一つではない証明です。
正義も考えならば、統一は不可能です。
2012/4/5(木) 午前 7:36 [ サチコ ]
サチコさん、今日は。
深い思考と経験から、お考えを述べられているのを感謝します。
しかし、カントの言う理性は一つである、と言う原理(純粋理性)を否定する論理にはなっていません。
理性が人によって違うのは、そこに 傾向性(本性が命じる欲求)が混入しているからです。
理性ではないものを理性であると個人的に定義する所から矛盾が生じるのです。
理性は一つです。
正義もひとつです。
2012/4/5(木) 午後 2:50
ご高察は、哲学ですね。
おっしゃいます、とおりでしょう。
でもカントの登場はほぼ200年前です。
この200年の間に、人類は進歩致しました。
200年前の先人の言葉が1永遠のものと考えることに
違和感を感じます。
人は無窮の時間を超える事は出来ないと思います。
現代科学と宇宙の深遠を、感じる今の感覚を、、カントが、、、?
そんなことは、ありえません。
2012/4/9(月) 午後 5:01 [ サチコ ]
サチコさん、今日は。
科学がいくら進歩しても、科学は道具でしかありません。
最終選択は人間が決定するのです。
科学に決定権を与えたら2001年宇宙の旅のハル・コンピューターになってしまいます。
2012/4/12(木) 午前 11:14
お尋ねいたします。
S,W
2012/5/4(金) 午後 2:34 [ サチコ ]
???
2012/5/5(土) 午前 9:49
ごめんなさい、パソコンのコントロール不完全のため
醜態をお見せしました、
さて、科学がいくら進歩しても、最終決定は人間が、、、
科学結論をくつがえす人間、、ヒューマニズム、、
そんなものが、その未来に存在するものでしょうか、?
その根拠は、、、?、
主観的なものでなく、客観的に、お示しくださいませ。
2012/5/5(土) 午後 3:28 [ サチコ ]
サチコさん、今日は。
貴女のような知的対話、あるいはディベートできる方は、私にとって貴重な存在です。
>ヒューマニズム、、
そんなものが、その未来に存在するものでしょうか、?
これは何を言わんとされているのか?
私にとって人間存在はそのためにこそあるのです。
逆説的に言えば、人類の歴史に科学が人類の意思決定を定言的に、アプリオリに規制した例があるでしょうか?
2012/5/6(日) 午後 1:12
未来をどう規定するかによりますね。
通常未来は、人により認識が違います。
100年後も1000年後も、未来ですが、その人の想定認識によリ大きく違います。
ヒューマニズムの観念が、遠い未来に不変のまま存続しているとは思えません。これは・すべての観念に当てはまります。
爆発的に急増する地球人口は、グリーゼ581qのような
地球型新惑星に、いかにして移住するかと言う問題になると思います。
独立を付与されたアフリカ新興国、、人口増大は、この
後進国が大きな比率を持つでしょう。
制御の時間はないでしょう。コンプレックスとプライド
だけは、ナミ以上ですから。
、こういう未来を想定しますと、今の世界での論争が
なにか、あまりにも、近視眼論議に感じられます。
人間存在もこの地球世界の存続が前提です。
時間の経過とともに人類の歴史は、科学こそ人類の意思
決定に、必要不可欠となると思います。
御意見をそらすつもりはございません。
でもあなた様なら、、未来を見据えての御意見を
いただけるものと思いまして、申し上げました。
2012/5/9(水) 午後 4:54 [ サチコ ]
サチコさん、今日は。
貴女との対話での前提条件の違いは、人類が自己統制できるか否か?の世界観、人間観のように思います。
貴女は人間は「自由」ではないと思っていませんか?
人間は獣と違って「理性」を獲得していますので、本能に制御された命令に服従しません。つまり自由なのです。
獣は本能に逆らった生き方はしません。つまり自然法則の奴隷なのです。
ではこの人間の「自由」はどのように確保されるのでしょうか?
それはただ一つ、「教育」です。
オオカミ少女の話を思い出して下さい。
http://takedanet.com/2007/05/__1471.html
人は一生懸命勉学しても、その死によって積み上げられた教養は消滅してしまいます。
人類の教養は教育によってこそ、次世代に受け継ぐことができるのです。
この消滅と進歩の競争は、まるで「よもつひらさか」の掛け合いのようです。
>ヒューマニズムの観念が、遠い未来に不変のまま存続しているとは思えません。これは・すべての観念に当てはまります。
2012/5/10(木) 午後 0:51
続き、
・・・この言葉は人間の自己否定、ギブアップを意味しているのではありませんか?
2012/5/10(木) 午後 0:53
わたくしが申し上げたい事は、未来は不確定だと言う事です。人間は、一見自由ですよ。常識と言う枠以外、人は
誰も自由です。
でも、わたくしたちが、こうして、お話している事は
そんなこに捉われない、自由精神の発露の交錯だと思います。
人は残念ながら、時間の枠に、しばられます。
遠い未来に、、地球は、人類は破滅します。
紫式部、清少納言などは、どんな未来を予測したでしょうか、、?、、人は今に生きます。
予測できない時間より、現実の今に生きます。、、、」
なにが最善なのか、、答えが出ません。
2012/5/14(月) 午後 4:51 [ サチコ ]
サチコさん、今日は。
人間は神ではありません。全知全能をお望みではありませんよね?(^.^)
その考え方を「帰結主義」と言います。
今の若者はこの考え方が主流です。
物事に突き当たると、まず結果を想定し、対応策を考えます。
だから創造性・独創性もなく、お定まりの意見しか出てきません。
結果から考えるのではなく、根本的原理・理念から出発するのです。
結果を恐れてはいけません。
それが「生きる」本当の姿勢です。
黒沢監督の映画「生きる」を思い出します。
2012/5/15(火) 午後 10:15
追記、
困難な問題を乗り切った人は皆、この考え方です。
2012/5/15(火) 午後 10:26
2012/5/31(木) 午後 2:50の***さん、今日は。
企業では、退職や転勤などで人が全部入れ替わっても、社風は残るそうです。
つまり受け継がれるわけで、悪い伝統や悲しい習性程、しっかりうけつぐようです。フ〜((+_+))
2012/6/1(金) 午前 10:01