如何ならむ初山歩みの麻衣

理想がないものは、自己内で理と理が対立して、結論が出せない。

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{何が正しくて何が間違っているのか?}
                    NHK「知への旅」ルネッサンス より


「中世の終り頃、ヨーロッパでは密かに革命が起こりつつありました。
危険を冒して変革を成し遂げるか。不満が有っても現状に甘んじるか。
私たちには二つの選択肢があります。そして何時の時代にも社会を変える為に、敢えて危険を冒した人達が居ました。」
         プロニスワフ・ゲレメク
         ポーランド「連帯」元活動家

教皇のボニファテウス8世はこう宣言しました。
「我々は全てのキリスト教徒に申し渡す。神によって救済される事を望むならば、如何なる人間なりとも教皇に服従せねばならぬ。」

「私はこう決めている。より優れている考え方を見つけた時には、自分の考えは喜んで捨てるのだ、私の知っていることより知らないことの方がはるかに多いのだから」(フス)

プラハは国際色豊かな街でした。この街でフスは様々な国の人々と出会いました。ドイツ人、イタリア人、ユダヤ人、スラブ人。そして彼らの異なる考え方や生活、信仰などについて議論したのです。
異なる考えを持つ人々は意見を戦わせました。
ヤン・フスがイギリスの神学者ジョン・ウィクリフの主張を知ったのも、そのような討論を通してでした。

「教皇制度は悪に満ちている。
教皇はキリストに背く罪深い人間だ。彼は悪魔の軍団の指導者であり、魔王の手先である。
色を塗った丸太より酷い偶像でしかない。」
フスに先立つこと40年、ウィクリフも聖書の教えによって目を開かれました。
彼はローマ教皇と言う権威に挑戦しました。

「キリストは体を休める場所すらなかったのに、教皇はなんと広大な領土を所有していることだろう。教皇のふるまいは傲慢であり、柔和だったキリストとはかけ離れている。」
(フス)

キリスト教徒が従うべきは教皇ではなく、聖書である。ウィクリフのこの主張にフスも全く同感でした。
フスはその考えを大学の中だけでなく、教会で広く人々に訴えようとしました。彼はラテン語ではなくチェコ語で説教をし、人々に大きな感銘を与えました。
フスはウィクリフの著作を翻訳して宮廷の人々に贈り、支配階級からも支持を取り付けました。しかしプラハの大司教はウィクリフの著作の没収を命じました。フスは抗議します。
私はここに偉大なるジョン・ウィクリフの著作を読み、研究した事を告白する。これは素晴らしい著作だ。聖なる真実を書き記してある彼の著作を誰もが読むべきだ。」
                            (フス)
プラハの大司教はフスを異端と見做しました。そして直ちに戦いを宣言したのです
1410年7月16日プラハの城の中庭でウィクリフの著作200冊が燃やされました。
「なんと愚かなことを、本を燃やしたところで人の信念を変えることが出来るものか。
真実は燃せないのだ。焼かれた本はこの国にとって大きな損失だ。」

フスはチェコスロバキアで異議を唱えると言う伝統を打ち立てました。その伝統は現在にまで受け継がれています。
「教皇様、先ごろ教皇様が下された命令の為に、わが王国は大混乱に陥っております。
お願いでございます。神の名誉の為に、わが国民の為にも出来る限りすみやかにわが教会の司祭ヤン・フスを自由の身にして頂けますでしょうか。神のみ言葉が隠されるべきではありません。聴く者がいるかぎりどこでも説かれるべきなのです。」
ソフィー王妃
宮廷の支持に安心したフスは教皇の召喚を無視しました。

「教皇には絶対服従なのだと彼等は言う。
教皇を非難してはならない。そんなことを公然と言う彼らこそ異端である。」
(フス)

しかし教会を改革しようとするフスの試みは打ち砕かれてしまいます。
政治的な影響を恐れたベンセツラウスは、もう二度と彼を保護しようとはせず、兄の神聖ローマ帝国の皇帝であるジギスムントに処分を委ねました

「ヤン・フスに教会の改革を云々させるべきではない。我々は教皇庁を支持している。近頃はやりの考えに耳を傾ける積りはない。」
ジギスムント 1368−1437
神聖ローマ皇帝 フス派を弾圧

ジギスモントはコンスタンツで開かれる公会議に、自説を弁護してはどうかとフスに提案しました。フスはその言葉を信じてコンスタンツに赴きました。すると異端のかどで投獄されてしまったのです。

「ジギスムントが私のことを忘れてしまったとは驚きである。
彼と話す前に、私は異端の宣告を受けるだろう。こうなったからには自説を撤回し悔い改め罪を償う行為をしない限りは火炙りの刑だ。」

「聴け、ヤン・フス。
神聖なる公会議の決定に全面的に従い、自らの過ちを認めよ。さもないと法の定めるところにより、お前を処刑することになる。」

「私、ヤン・フスは神に背いて偽りの誓いをたてることを、真実に背くことを、聖人の教えに背く事を恐れる。自説は撤回できない。」
1415年7月15日ヤン・フスは火あぶりの刑になりました。


私は思う。
「建前」が崩れたら終わりである。
どう言う社会であろうか。
実際、私が住んでいる所で、数年前こんなことを言われた。
「早く謝って返してもらいな」・・・{解説}(盗まれる、お前の方が悪いんだ。盗みは当然である。と言う意味)。
これは私が部屋の鍵がなくなって困っていた時のことだ。
私は暴力団と仲が悪い。
と言っても一方的に、こっちがやられているだけだが。
この町では暴力団が権威を持っているのである。

私はヤン・フスの気持ちがよく判る。
皆どちらが正しいのか、とっくに判っているのに、暴力団の方の味方をします。
私は常識のないバカとして処理されています。
こんな社会風潮をなんと言うのでしょうか。
「人心の荒廃」だと思います。
彼らに注意できる人がいないのです。
私にはフスが信仰のみの動機で、わが身を投げ出したのだとは思えません。
皆さんはどうですか?


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