如何ならむ初山歩みの麻衣

理想がないものは、自己内で理と理が対立して、結論が出せない。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

靖国神社問題

ウィキペディア(Wikipedia)より

松平永芳(まつだいら ながよし 1915年(大正4年)3月21日 - 2005年(平成17年)7月10日)は、日本の海軍軍人、陸上自衛官、神官。靖国神社第6代宮司(1978年 - 1992年)時代には、昭和殉難者(東京軍事裁判におけるA種戦犯容疑者、俗にA級戦犯)の合祀を実施したことで知られる。
• 松平が宮司になって考えたのは、何か決断を要する場合、祭神の意に沿うか沿わないか、遺族の心に適うか適わないか、それを第一にして行くとの方針の下に、次の三原則を定めた。
1. 日本の伝統の神道による祭式で、御霊をお慰めする。
2. 鳥居や神殿などの神社のたたずまいを、絶対に変えない。
3. 明治天皇が命名した社名を変えない。
• いわゆる“A級戦犯”14柱の合祀についての松平の考えは、「国際法的に認められない東京裁判で戦犯とされ処刑された方々を、国内法によって戦死者と同じ扱いをすると、政府が公文書で通達しているから、合祀するのに何の不都合もない。むしろ祀らなければ、靖国神社は僭越にも祭神の人物評価を行って祀ったり祀らなかったりするのか、となる」であった。故に靖国神社の記録では、戦犯とか法務死亡と云う言葉を一切使わないで、「昭和殉難者」とすべし、という「宮司通達」を出し、これを徹底させた。

「富田メモ」

公開された富田メモの一部は以下の通りである。靖国神社についての発言は1988年4月28日(昭和天皇の誕生日の前日)のメモにあった。
私は或る時に、A級が合祀され
その上 松岡、白取までもが
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と
松平は平和に強い考えがあったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない
それが私の心だ
※「易々と」の左側の位置から「そうですがが多い」「全く関係者も知らず」の2行が縦書きで書かれている。
メモは、「私は或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」と記している。松岡は日独伊三国同盟を締結し、A級戦犯で合祀されている元外務大臣の松岡洋右、白取はこれもA級戦犯で合祀されている元駐イタリア大使の白鳥敏夫、筑波は1966年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取りながら合祀しなかった靖国神社宮司の筑波藤麿とみられる。昭和天皇は、筑波宮司がA級戦犯合祀に慎重であったのに対し、筑波が退任後、A級戦犯が合祀されたことに懸念を表明し、その中でも松岡洋右と白鳥敏夫までもが合祀されたことに強い不快感を表明した。
メモは、さらに「松平の子の今の宮司がどう考えたのか」「松平は平和に強い考があったと思うのに」と記している。「松平」は終戦直後の最後の宮内相の松平慶民。「松平の子」は、長男で1978年にA級戦犯を合祀した当時の靖国神社宮司・松平永芳とみられる。「親の心子知らずと思っている」として、松平慶民は合祀に慎重であったのに、その子供である松平永芳が、「易々と」合祀してしまったことに対して昭和天皇は強い不快感を表明した。末尾には「だから 私あれ以来参拝していない。それが私の心だ」と記述されている。

昭和天皇が1975年11月21日以降靖国神社に参拝しなくなった原因として、以前から推測されていたA級戦犯合祀が問題だったという説を裏付けるものだとして、テレビ・新聞などは大々的に報じた。


私は思う
爆弾三勇士を讃え,永くその誠真を尊崇することは武人、遺族,国民にとって当然だ。
しかし、彼等が神になるというのにはついていけない。

「人間宣言」は1946年1月1日に官報により発布された昭和天皇の 詔書の通称である。
「神の末えいにはあらず、には同意できない」との陛下のお言葉も素直に賛意できます。
そもそも神社神道と国家神道は違う。

根本的に、靖国神社は国家神道そのもののはずだ。
国に命を捧げた兵士たちの御霊をお慰めするのに反対する人は世界にも僅かだろう。
では靖国神㈳の何が問題なのだろうか。
帝国主義の軍隊はみな侵略し、掠奪し、犯した。
当時はそれが当然のこととしてまかり通っていたのだ。今の暴力団のように。
神官が天皇の御意志に逆らって「まつりごと」を右顧左眄するのも同じだ。
昭和天皇は当時の日本に於いて、最もバランスのとれた、啓かれた広い思想と國際感覚をもつ知識人だったと思う。
偏った考えで物事を専横する輩は決まって,力を背景にする「増徴と傲慢」だ。
今、松平永芳がやったことの弊害が此の国を危機に落とし入れている。
日本は近代国家です。民主主義国家です。
もういいかげんに封建制村社会を脱しましょう。
もうヤクザなことは止めましょう。
おまかせ民主主義、自分ちさえ好ければ、はもう止めましょう。
人類は「進歩」しなければならない「義務」を負っているのです。

しかし国家改革のあまり自己存在を失わぬようにアイデンティティはしっかりと持ちましょう、

脅迫、犯行予告

がほどよくボケましたね

もうすぐ何もかもわからなくなるでしょう。

2013/10/3(木) 午後 7:06[ red*u*g*2*0l ]


http://blogs.yahoo.co.jp/sw5491/66540812.html

東京裁判 2

国家が国家を裁くのはおかしい、国際法があって初めて可能となる筈だと思う。この人たちはそのことに普遍性を確認しながら裁判に臨んだのだろうか?

[裁判管轄権問題]
当事者である連合国が裁判を行う権利を持つか否か。
もし持たぬとすれば裁判は成立せず被告は釈放される。
勿論そのようなことが起こり得ると考えた被告、弁護人は一人も居なかった。

「その第一は、当裁判所に於いては平和に対する罪、また人道に対する罪について御裁きになる権限がないと言うことであります」(清瀬弁護人)

「裁判長、十一の国が本法廷に集まり告発の席にいます。彼らは秩序ある国家の代表であります。これらの国は地球全住民の1/2から2/3を含んでおりますが、今次侵略戦争における莫大な量にのぼる資源の損失とおびただしい数の悲惨な人的損失は殺人、略奪等の犯罪行為によるもので、こんにちこれら十一ケ国が本公判において世界中にこの不幸を招いた責任者を罰しないことがあるでしょうか。これら十一ケ国の連合国がこの侵略戦争を武力により終結させたのでありますが、彼らがこの侵略者に対し、こんにちただ手をこまねいて、なんら法の処置を加えずに放置しておくことができるでしょうか」(キーナン検事)

キーナン主席検事は弁護側の法律論議は、文明を救う為に行っているこの裁判に対する挑戦だと言う。
法律論による反対で犯罪人が処罰されないなら、人類は生き残る法律的権利がなくばるではないか。
キーナンの反駁はスターリンの演説を引用し、ルーズベルトの言葉をひき、休憩を挟んで延々2時間に及んだ。

再び反論に立った清瀬弁護人は、時の大統領トルーマンの言葉をひいて報いた。
「世界の歴史始って以来、初めて戦争製造者を罰する裁判が行われつつある」(トルーマン)
と言う言葉である。

「あなた方の大統領自身が従来の法律的観念では律しえない裁判が行われていることを認めているではないか。それなのに、この裁判が適法であり公正であると主張するのは矛盾ではないか」(清瀬)

「トルーマン大統領が言ったと言うことは本件について何らの関係はありません」(ウェッブ裁判長)


[アメリカ人弁護人による補足動議]

ファーネスは主張する。
「真に公正な裁判を行うのならば、戦争に関係のない中立国の代表によって行われるべきで、勝者による敗者の裁判は決して公正ではありえない」(ファーネス)

国際法は国家利益の追求のために行う戦争をこれまで非合法とみなしたことはないとブレークニーは言う。
歴史を振り返ってみても戦争の計画、遂行が法廷において犯罪として裁かれた試は一つもない。我々はこの裁判で新しい法律を打ち立てようとする検察側の抱負を承知している。
しかし、そういう試みこそが新しくより高い法の実現を妨げるのではないか。平和に対する罪と名付けられた訴因は、故にすべて当法により却下されねばならない。
国家の行為である戦争の個人責任を問うことは法律的に誤りである。
なぜならば国際法は国家に対して適用されるものであり、個人に対してではない。個人による戦争行為と言う新しい犯罪をこの法廷が裁くのは誤りである。

戦争に関し国際法の法規が存在していることは戦争の合法性を示す証拠であります。
戦争の開始、通告、方法、終結をきめる法規も戦争自体が非合法なら全く無意味です。
戦争での殺人は罪にならない。それは殺人罪でない。戦争が合法的だからです。
つまり合法的な人殺しなのです。殺人行為の正当化です。たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としての責任は問われなかったのです。
キット提督の死が真珠湾爆撃による殺人罪になるならば、我々はヒロシマに原爆を投下した者の名をあげることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。この国の元首の名前も我々
は承知している。彼らは殺人罪を意識していたか。

してはいまい。
我々もそう思う。それは彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからです。
いかな証拠で戦争による殺人が違法なのか。
原爆を投下した者がいる!
その投下を計画し、その実行を命じ、それを黙認した者がいる!

その人たちが裁いている。(ブレークニー)

このくだりは、現在日本で発行されている速記録には、以下通訳なしとして印刷されていない。ブレークニーの論法は必ずしも原爆という新兵器の非人道性を正面から攻撃するものではなかった。しかし昭和21年5月という占領下の日本で原爆問題に触れることだけでも連合国代表によって構成される法制を刺激したに違いない。

アメリカ人弁護士の協力が必要であるという要請は日本側から出され。マッカーサーが25人の派遣を承認したものであった。
果たして昨日までの敵国人である被告の為に、アメリカ人が心から弁護できるものかどうか、ただ裁判の公正を装う見せかけに過ぎないのではないか。
こうした危惧と不信を抱いた被告、弁護人も多かったと言う。しかし、この日ファーネス、ブレークニーの弁論は法廷の日本人を驚かせた。
アメリカ人弁護人は日本人弁護人同様に、いやそれ以上に法の公正を要求し、その裁判の欠陥を突いて止まなかった。
しかし、日米弁護人の裁判管轄権に対する真正面から異議に対しウェッブ裁判長は5月17日言葉すくなに却下を申し渡した。理由は将来宣告するとして明らかにされず休廷となった。
裁判は有無を言わさず成立した。


私は思う。
清瀬さんは全力を尽くして戦い、責任を十分に果たしたと思う。
しかし、アメリカ人弁護人の強烈な理論的追求はどうだろう!
それをさせるマッカーサーも凄い。
こんなことは日本ではあり得ない。
正にこの弁論をもって、この裁判の結論をたたきつけたと言えるのではないだろうか。

これだけの整理された理念と、現実的打算などにも微動だにしない信念は凄い。
今の日本にこれだけの人物がいるのだろうか?

東京裁判 1

[東京裁判]
 
今、日本人はここに戻って考え直す時だ。

                                    企画制作 講談社
                                 極東国際軍事裁判
                      International military tribunal for the far east.
                            監督 小林正樹  ナレーター 佐藤 慶

                                    キングレコード(株)
                                      より(抜粋) 

[裁判長挨拶]
本法廷を構成する私たちは、ここに集合する前に共同して、公平に感情を交えず法に照らして裁くことを確約した。

[起訴状] Indictment
先ず、原告である連合諸国と被告の個人名を列挙してから、起訴状はニュールンベルグ裁判に倣い、パリ不戦条約に照らしてこう説き起こす。
1928年(昭和3年)1月1日から1945年(昭和20年)9月2日に至る期間に、日本の対内外政策は犯罪的軍部に支配され、且つ指導された。この政策は重大な世界的紛争と侵略戦争の原因となり、平和を愛好する諸国の利益と日本国民自身の利益を大きく失う原因となった。起訴状の殆どを執筆したのは英国の参与検察官コミンズ・カーであっと言う。

膨大な起訴状は二日に亘って朗読された。東条以下28名の被告たちは一つの共同謀議に加わっており、その目的は侵略による世界支配であり、その目的の為、通常の戦争犯罪の他、平和に対する犯罪及び人道に対する犯罪を犯し、あるいは犯すことを奨励したと断じた。そして55の具体的な訴因を列挙し、各被告がどの訴因によって起訴されたかを述べていた。

起訴状の内容について28名の被告たちの思いは様々であったに違いない。
しかし、被告の一人、賀屋元蔵相の感想は多分全員に共通するものだろう。

「ナチと一緒に挙国一致、超党派的に侵略計画を立てたと言う。そんなことはない。軍部は突っ走ると言い、政治家は困ると言い。北だ、南だと国内はガタガタで、御蔭でろくに計画もできず戦争になってしまった。それを共同謀議などとはお恥ずかしい位のものだ」(賀屋興宣)
事実、被告たちの中にはこの時までお互いに一面識もなかった者もいたのである。



私は思う
コミンズ・カー氏はニュールンベルグ裁判の前提の元で起訴状を作成したのだと思う。
この時点で三国同盟へのこだわりが、既成事実として確定していると思う。
彼は日本が計画的に侵略を開始したと思ったのだろうが、それは違う。
日本はそんなにまとまった政策で開戦などしていない。
賀屋蔵相の言う通りだ。
元老が絶えて軍部への押さえがきかなくなって、政府が機能を失ったのだ。
つまりシビリアンコントロールができなくなってしまったのだ。

その考えで起訴するには、あまりに主観的思い込みが強すぎたと思う。
日本とドイツの違いを知らなすぎると思う。
欧米側が相手の状況を知ろうなどとしていない証拠だと思う。
そこには敵か味方かの思考しか感じ取れない。
思い込みが強すぎる。
「公正な裁判」を目指すならば司法の知性的な状況認識を重視しようとする姿勢が示されるべきだと思う。

[アフガンをどう思っているんだ?]

・・・こんな質問を受けたようだ。
私はすでに結論を出している。
と言うか、伊勢崎さんの意見に賛同している。
彼はこう言っている。


争いの一番の原因と言うのが、ちゃんとしたリーダーが作られていないと言うことですか。(ザヘル・ローズ)

か、あるいはリーダーを作るシステムが無いのか。(伊勢崎)

どう言うシステムが必要なのですか?(ザヘル・ローズ)

そこは難しい、民主主義という言葉を使わなければいけないでしょ?民主化されれば好いシステムが作られる、好いシステムのガバナンスのシステムが出来る。世界中の国が、民主化されれば紛争がなくなるだろうと言うふうに信じたい。しかしその考えを押し進めて行くと。無理にでも民主化されていない国を民主化しようと言う考えが出てくる訳ですね。
で、戦争が起こる訳です。(伊勢崎)
【無理な民主化も戦争の原因となり得る】[伊勢崎賢治]

                以上、NHK  探究Q なぜ戦争するのか より(抜粋)

http://blogs.yahoo.co.jp/sw5491/65474824.html

私は思う、
この批判論は何もアフガンに限った話ではない。
これからアフリカではもっと数多く、手のつけようもない厄介な紛争が起きるだろう。
アメリカはどこまで抱え込むのだろう?

もう。そろそろ国連に下駄を預けるべきではないだろうか?


[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事