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「日本のいちばん長い日 」(文春文庫) 半藤 一利 (著) より
憲兵の行動記録は消滅されていて、なかなか掴みにくい。
終戦時の青年将校のクーデターについては、憲兵隊そのものを取り上げた資料はないのではなかろうか?
ただ阿南陸相の割腹に付き添っていたのは護衛憲兵でした。
上記の半籐氏の「日本のいちばん長い日」では護衛憲兵の意思がクーデターに味方せぬ立場を表している。
経緯を時間的に追ってみれば、
01:00 青年将校らが森近衛師団長、白石中佐を殺害
近衛師団指令を偽造
東部軍(近衛師団の上部組織)に森近衛師団長殺害の情報が伝わる
04:00 上原大尉が埼玉県豊岡の陸軍航空士官学校に戻る
東部軍高嶋参謀長が近衛第二連隊長芳賀大佐にニセ命令書等の状況を伝える(青年将校らは皇居から退去)
横浜警備隊長佐々木大尉の襲撃部隊が首相官邸を襲撃
近衛第一連隊第一中隊によって東京放送会館が占拠される
05:00 東部軍管区司令官田中静壱大将が近衛師団司令部に乗り込む
石原参謀、憲兵隊に逮捕される
横浜警備隊長佐々木大尉の襲撃部隊が鈴木首相私邸に放火
阿南陸相、自決
09:00 塚本憲兵中佐、椎崎中佐と畑中少佐の逮捕を命じる.
11:00 枢密院本会議開かれる
椎崎中佐と畑中少佐、皇居前で自決
決起した青年将校の一人、古賀参謀が近衛師団司令部で自決
<憲兵隊司令部>
「…高嶋参謀長は、まず東部軍憲兵隊司令部に、軍司令官出動の場合の護衛憲兵の派遣を要請、不破参謀に近衛師団司令部の状況そのほか、軍司令官現場指導の下準備の視察を命じた。ついで、近衛師団各部隊の部隊長または命令受領者の、至急直接参集を命じた。憲兵司令部の塚本中佐が事件を知ったのもこの時刻であった。森師団長殺害さるの報告をうけ、塚本中佐は真偽をたしかめるべく、伊藤憲兵大尉に師団司令部への斥候を命じ、さらに非常呼集をかけ全員警戒体制をとった。…」。憲兵隊にも叛乱の情報は伝わっていました。
http://www.tokyo-kurenaidan.com/showa42.htm
既に、森師団長殺害直後に東部軍司令部に情報が伝わっていたのです。
決起部隊は杜撰な計画、対象の思惑の不確認 、当時の大本営そのままの希望的観測で事を進めていたのです。
戦局が惨敗続きの今までの経緯を考えると、気持ちは判らないではない、しかし「増長」と「傲慢」もここまで来るともう「狂気」でしかない。
所詮、時局の混乱に成りあがった暴力主義者達であり、当然結果には無責任だったのです。
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