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[東京裁判]
今、日本人はここに戻って考え直す時だ。
企画制作 講談社
極東国際軍事裁判
International military tribunal for the far east.
監督 小林正樹 ナレーター 佐藤 慶
キングレコード(株)
より(抜粋)
[裁判長挨拶]
本法廷を構成する私たちは、ここに集合する前に共同して、公平に感情を交えず法に照らして裁くことを確約した。
[起訴状] Indictment
先ず、原告である連合諸国と被告の個人名を列挙してから、起訴状はニュールンベルグ裁判に倣い、パリ不戦条約に照らしてこう説き起こす。
1928年(昭和3年)1月1日から1945年(昭和20年)9月2日に至る期間に、日本の対内外政策は犯罪的軍部に支配され、且つ指導された。この政策は重大な世界的紛争と侵略戦争の原因となり、平和を愛好する諸国の利益と日本国民自身の利益を大きく失う原因となった。起訴状の殆どを執筆したのは英国の参与検察官コミンズ・カーであっと言う。
膨大な起訴状は二日に亘って朗読された。東条以下28名の被告たちは一つの共同謀議に加わっており、その目的は侵略による世界支配であり、その目的の為、通常の戦争犯罪の他、平和に対する犯罪及び人道に対する犯罪を犯し、あるいは犯すことを奨励したと断じた。そして55の具体的な訴因を列挙し、各被告がどの訴因によって起訴されたかを述べていた。
起訴状の内容について28名の被告たちの思いは様々であったに違いない。
しかし、被告の一人、賀屋元蔵相の感想は多分全員に共通するものだろう。
「ナチと一緒に挙国一致、超党派的に侵略計画を立てたと言う。そんなことはない。軍部は突っ走ると言い、政治家は困ると言い。北だ、南だと国内はガタガタで、御蔭でろくに計画もできず戦争になってしまった。それを共同謀議などとはお恥ずかしい位のものだ」(賀屋興宣)
事実、被告たちの中にはこの時までお互いに一面識もなかった者もいたのである。
私は思う
コミンズ・カー氏はニュールンベルグ裁判の前提の元で起訴状を作成したのだと思う。
この時点で三国同盟へのこだわりが、既成事実として確定していると思う。
彼は日本が計画的に侵略を開始したと思ったのだろうが、それは違う。
日本はそんなにまとまった政策で開戦などしていない。
賀屋蔵相の言う通りだ。
元老が絶えて軍部への押さえがきかなくなって、政府が機能を失ったのだ。
つまりシビリアンコントロールができなくなってしまったのだ。
その考えで起訴するには、あまりに主観的思い込みが強すぎたと思う。
日本とドイツの違いを知らなすぎると思う。
欧米側が相手の状況を知ろうなどとしていない証拠だと思う。
そこには敵か味方かの思考しか感じ取れない。
思い込みが強すぎる。
「公正な裁判」を目指すならば司法の知性的な状況認識を重視しようとする姿勢が示されるべきだと思う。
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