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始めまして。
アメリカ人の言う政治の定義は、日本人にどれだけ理解できるのか。
これが前提条件ではないでしょうか?
John Rawlsの言う正義では、功利主義。ヒューム、アダム・スミス、ベンサム、ミル等の
「最大多数の最大幸福」を否定しています。
どんなに効率的整然としていても、高度に普遍性の有る「正義」に
もとるならば改正・廃止されねばならない。・・・これは政治の問題ではないでしょうか?
人間個人には正義に根ざす不可侵性がある。
社会全体の福祉ですら、これを侵すことは出来ないとしています。
1、 少数に強いられた犠牲が多数に享受される事による有利性の合計によって
償いを受けるということを正義は許さない。
(私見、地球侵略を企てるエイリアンの母船に突っ込む特攻ヤンキーが居たけど、SF映画で)
2.正義によって保証される権利は政治的交渉とか社会的損益計算には従わない。
誤った論理に黙従しても良い場合は、より良い理論がない場合だけである。
一層大きな不正義を避けることが必要な場合にのみ、ある不正義にたえられる。
これを理解し、評価できるのが「正義」であるとしています。
正義ある社会とは、自己充足的連合体で、各々及び全体がその拘束を認めている状態である。
そして、協同の体系が明確に定められていなければならない。
これは参加する人々の善を増進するように企図されている。
秩序有る社会では、その企図が同時に、正義の公共的概念によって有効に規制されている。
その結果1、利害が一致する時一人で生活するより良い生活をもたらす。
2、不一致の時、分配の配分で自分の取り分の多い選択を争うので、
適正な分配上の取り分の合意が必要となる。
この定めた分配が、誰もが受入れて居て、それを皆が承知していること。
基本的諸制度がこの原理を満たしていて、皆がその事実を知っていなければならない。
(私見、9.11以後のアメリカの正義は納得できる。しかしそれ以前は?
彼等が生きようとするもがきを察知する博愛が欠落していなかったか? )
この基本的憲章は現実には存在していない。・・・・未だに人類連合体は出来ていませんね。
(つまり、理念が先だ。と言ってます。長くなるので,又後日。迷惑でなければ)
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