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はじめまして
私達は終戦後、所謂、戦後教育を受けてきました。
争うことはいけないこと。戦ってはいけません。仲良く暮らしなさい。
自分は自分の考えで生きるんだ!
一見正しいように聞こえます。
でも、そうも云っていられなくなってきました。
前提条件を忘れていたのです。社会倫理、道徳、建前が通用しての話だったのです。
「悪」とは戦わねばならないのです。
ここまで「悪」の概念が蔓延してしまいました。
今日本の庶民レベルにあって、知性は欲望に打ち勝っているでしょうか?
JR西日本、雪印牛肉偽装、JCO臨界点みな原因は同じです。
なぜあんな事をやったのか。自己責任?
逆らうと怖いからです。その方が良さそうだ。と判断したのです。
裏世界が表なのです。皆そっちへ聞き耳立て、横目で見逃すまいと注目しているのです。
職場で、電車の中で、バラエティの中で、通りすがりの世間話の中で、となりで話す携帯対話の中で。 生き残りたければ素直になれ、と云っているはずです。 そうか、あのことか。 ・・・・なんと言う世界、文化。
知らない人は通勤電車に乗ってみれば分かります。上っ面しか読み取れなければ意味はありませんが。
これが勇気ある態度ですか?叡智ある選択ですか?正義感はどこにいったのでしょう。
最後は自分で決定すれば主体性?
心の中でも規律、法,道徳を守るからこそ主体性が確保できるのです。
私は今社会悪と戦っています。自分の利得の為ではありません。
とても勝つ事は出来ない、その巨大に成長した醜悪文化を見ぬいた時、許せない!と思いました。
市民的自由(自己実現の為の前提条件)とは
言論、思想、信仰、結社,職業選択、移動、居住、国籍変更
を云い、これは如何なる犠牲を払ってでも、守らなければならない、人間であるための条件である。
アイルランド、ボスニアヘルツェゴビナ、パレスチナ、チェチェン、イラク、カシミール、東ティモール、暴力、権力では解決しません。憎しみが憎しみを産む無限の報復合戦へと巻き込まれていきます。
(ロールズの「正義論」より)
社会悪の前提条件は暴力です。暴力に暴力を持って立ち向かう訳にはいきません。彼らとはちがうのです。キリストは愛をもって答えました。
しかし、六本木ヒルズの人達、霞ヶ関の人達、永田町の人達に通じますか?
私は自分の生活、行動範囲の中で実践して行きます。
日本の知性ある方々是非自分の領域で、社会悪の存在を見逃さず、「理」で立ち向かいましょう。
逆らえばいいのです。簡単です。服従しなければいいのです。必ず反応があります。
勇気をもって!
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