如何ならむ初山歩みの麻衣

理想がないものは、自己内で理と理が対立して、結論が出せない。

目安箱

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私の投稿記事は実践理性批判(カント)、学生に与う(河合栄治郎)を随時引用致して居ります。

尚、このブログは現在戦闘中です。
縁害防止の為、コメントは鍵つきですと安心です。


ブログのアラシクズはゴミ籠に排除しました。
御覧になりたい方は早めにお申し出ください。定期的に完全削除致します。

red*u*g*2*0l
http://blogs.yahoo.co.jp/redpurge2oo9 なる輩に。
私の所にくるならば、先ず謝罪しなさい。↓
http://paranoiawatch.jugem.jp/?day=20080731
この者には決して話しかけないでください。
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読んでいて実は驚きました。
「人間は産ま・・・・」と言うことは、動物を意識しなければなりません。
動物は自由でしょうか?

放っておいても、動物は自然の法則を守って生きています。
弱肉強食、さかりの季節、適者生存、自然淘汰。
食べる為でもないのに殺したりはしません。

人間はこの法則は守りません。
放っておくと、人間は人の道(法、道徳)も守りません。
つまり、自由なのです。

色々な因果論があります。
禁断の果物を食べた。火を盗んだ。大脳皮質の発達・・・

次に「人間」とは何なのでしょう?
ヘレン・ケラーは実に立派な人格を築きあげましたね。

福祉事業達成と言う「結果」(皆これで行為している)が立派なのではありません。
「人間の価値」は人格への、自我の成長への思念、「過程」にこそあるのです。
与えられた天分の大小で決まるのではないのです。(河合栄冶郎)

DNA技術で出来あがった人間は人間ではないのでしょうか? 自分だったらどうする。
そんな事をやるのは人間でしょうか?
人間が人間であり得る為の条件とは何なんでしょうか? 以前「人間の条件」という映画がありました。
若い人達に是非見てもらいたい。いや見るべき義務があると思います。

あいつ等は人間じゃない! 
そう云って死んで行った人達が数百万人います。ついこの間の事です。
貴方達のヒイジイチャン?達(他国の人も含めて)です。

それが事実であるならば、如何に気に入らない事であっても、
蕭然としてこれを受け入れる勇気、参画して共感できる素直さ。
「歴史を直視できない者は現実にも盲目である」(バイツ・ゼッカー旧独首相)

死んで行った人達の、「声無き声」に耳をすませて下さい。

ご返事有難うございます。
私の「悪」の定義は、
「人間世界で生きていながら、人間社会を否定し、
人間でありながら、自分の人間性まで否定している存在」です。
彼等は論議を始めると、世の中なんてそんなもんなんだよ!と結論づけます。
まるで人のせいです。自分が率先してやっているくせに。

ちなみに人間は自律をもって人間たり得る。
自己人格に目覚めない者に、何を言っても聞く耳はもたない。

物の見方、考え方、価値観、世界観、人生観をどのように選択、構築してきたか。
その行動理由に目を向けています。 或いは行動しない理由にも。(動機とその行動理由)
その人物が有罪か無罪かではなく、その考え、行いを見つめています。

私が注目するのは法律の云う「悪」ではなく、人間としての義務から見た評価です。
原罪、大脳皮質で思考し、爬虫類脳で活躍する無責任性。
無論、私は欠点だらけです。でも自己人格に「善の観念」を持っています。

つまり、「悪」とは人間としての義務を放棄している存在です。
彼等は決して反省しないし、先人や社会、善意に感謝などしないのです。
その割に、貸しは気にしすぎる程、気にします。損は大嫌いなのです。
略奪し、破壊し、殺します。 怖がって、協力したり、お金を渡したり、利用すれば社会悪です。

日常的生活で、当たり前の道徳を実行していれば、ひとりでに問題点が表面化してくるはずです。
黙っていれば何事もなく,その瞬間は過ぎ去っていきます。
だれも気付かないことですし。気にする自分があるかどうかではないでしょうか。
どうも実践的な話で申し訳ありませんが、私としては十分現場で通用してます。
しっかりと見分けられます。

はじめまして

私達は終戦後、所謂、戦後教育を受けてきました。
争うことはいけないこと。戦ってはいけません。仲良く暮らしなさい。
自分は自分の考えで生きるんだ!
一見正しいように聞こえます。

でも、そうも云っていられなくなってきました。
前提条件を忘れていたのです。社会倫理、道徳、建前が通用しての話だったのです。
「悪」とは戦わねばならないのです。
ここまで「悪」の概念が蔓延してしまいました。

今日本の庶民レベルにあって、知性は欲望に打ち勝っているでしょうか?
JR西日本、雪印牛肉偽装、JCO臨界点みな原因は同じです。
なぜあんな事をやったのか。自己責任?

逆らうと怖いからです。その方が良さそうだ。と判断したのです。
裏世界が表なのです。皆そっちへ聞き耳立て、横目で見逃すまいと注目しているのです。
職場で、電車の中で、バラエティの中で、通りすがりの世間話の中で、となりで話す携帯対話の中で。 生き残りたければ素直になれ、と云っているはずです。 そうか、あのことか。 ・・・・なんと言う世界、文化。
知らない人は通勤電車に乗ってみれば分かります。上っ面しか読み取れなければ意味はありませんが。

これが勇気ある態度ですか?叡智ある選択ですか?正義感はどこにいったのでしょう。
最後は自分で決定すれば主体性?
心の中でも規律、法,道徳を守るからこそ主体性が確保できるのです。

私は今社会悪と戦っています。自分の利得の為ではありません。
とても勝つ事は出来ない、その巨大に成長した醜悪文化を見ぬいた時、許せない!と思いました。
市民的自由(自己実現の為の前提条件)とは
言論、思想、信仰、結社,職業選択、移動、居住、国籍変更
を云い、これは如何なる犠牲を払ってでも、守らなければならない、人間であるための条件である。
アイルランド、ボスニアヘルツェゴビナ、パレスチナ、チェチェン、イラク、カシミール、東ティモール、暴力、権力では解決しません。憎しみが憎しみを産む無限の報復合戦へと巻き込まれていきます。
(ロールズの「正義論」より)

社会悪の前提条件は暴力です。暴力に暴力を持って立ち向かう訳にはいきません。彼らとはちがうのです。キリストは愛をもって答えました。
しかし、六本木ヒルズの人達、霞ヶ関の人達、永田町の人達に通じますか?

私は自分の生活、行動範囲の中で実践して行きます。
日本の知性ある方々是非自分の領域で、社会悪の存在を見逃さず、「理」で立ち向かいましょう。
逆らえばいいのです。簡単です。服従しなければいいのです。必ず反応があります。
勇気をもって!

あなたはどちら

暴力は人間としての弱さである。 (ジャン・ジョレース)

この弱さ、この恥ずべき弱さを、人間に強いるのが戦争であり、
一切の暴力運動である。 (渡辺一夫)


羽仁五郎の「クロォチェ」を読んで
現代のような激しい時代になると、学者は二つに分かれると思います。

一つは、自分の学問を信じあくまで現代を批判しようとする人と、
学問なんかそっちのけにして、現実に押し流されていく人と。
クロォチェはもちろん、前の人でした。

クロォチェは学問を信じていましたけれど、現実を少しも忘れてはいなかったと思います。
それはクロォチェが批判ということを大切にし、「クリティカ」という雑誌で
どしどし新しい事態を批判していたことでわかります。

これはクロォチェが、学問ばかり盲信して現実を忘れた、
うその学者と大変違っている点だと思います。
現実に押し流されている人は、現実は複雑で、単純な理論なんかには乗らないと言いますが、
うその理論にはどんな現実だって乗らないでしょう。

クロォチェの理論はもう少し深い、強い理論で、
歴史の正しい批判から生まれた考えだから
どんな事態にもびっくりしないで正しく批判することが出来たのだと思います。

教養が欲望に負けていて、私達は立派になれることはないでしょう。
一国の場合でも同じことだと思います。学問の純粋ということは、
生活を離れるという意味ではなく、

いろいろな勢力に負けないという事だと思います。

(吉村 友男 1944.10.18 フィリピン西方海上にて戦死。陸軍歩兵軍曹。22才)
「きけわだつみのこえ」より

反撃あり

ウップス!
反撃はやはり暴力でした。その前に、このサイト?で
私が女性にちょっかいを出したことになっていたようです。
食べたものを吐いてしまいました。
体中あっちこっち神経が悲鳴を上げています。
しばらく休憩が必要なようです。

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