如何ならむ初山歩みの麻衣

理想がないものは、自己内で理と理が対立して、結論が出せない。

OH鑑

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私の投稿記事は実践理性批判(カント)、学生に与う(河合栄治郎)を随時引用致して居ります。

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red*u*g*2*0l
http://blogs.yahoo.co.jp/redpurge2oo92oo9 なる輩に。
私の所にくるならば、先ず謝罪しなさい。↓
http://paranoiawatch.jugem.jp/?day=20080731
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みあれ祭

[宗像神社とは]

以前、高橋 紹運 について調べた時、宗像神社の存在を知りました。

今回「吉野の宮司さん」から紹介頂いた本(*)で、この「みあれ祭り」のことを知りました。

こんなに奥深い謂れが有ったのかと思いました。

こう言った由来が広く知られるべきだし、まだまだ全国には多くの埋もれた文化があるのだと思います。

いや世に、そして人に知られなくとも、自分たちの信仰として当然の事として数百年もこのような伝統を

守って来ている人々に驚きの念が湧き起こります。

本日は祭り当日です。

よい天気のもと、多くの漁船が玄界灘の荒波を乗り越えて快走していることだと思います。

まだまだ日本の文化は健在ですね。



(*)「神道と日本人」 山村明義 新潮社

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BF%E3%81%82%E3%82%8C%E7%A5%AD

阿南陸相と憲兵

「日本のいちばん長い日 」(文春文庫) 半藤 一利 (著) より


憲兵の行動記録は消滅されていて、なかなか掴みにくい。
終戦時の青年将校のクーデターについては、憲兵隊そのものを取り上げた資料はないのではなかろうか?
ただ阿南陸相の割腹に付き添っていたのは護衛憲兵でした。

上記の半籐氏の「日本のいちばん長い日」では護衛憲兵の意思がクーデターに味方せぬ立場を表している。

経緯を時間的に追ってみれば、

01:00 青年将校らが森近衛師団長、白石中佐を殺害
近衛師団指令を偽造
東部軍(近衛師団の上部組織)に森近衛師団長殺害の情報が伝わる

04:00 上原大尉が埼玉県豊岡の陸軍航空士官学校に戻る
東部軍高嶋参謀長が近衛第二連隊長芳賀大佐にニセ命令書等の状況を伝える(青年将校らは皇居から退去)
横浜警備隊長佐々木大尉の襲撃部隊が首相官邸を襲撃
近衛第一連隊第一中隊によって東京放送会館が占拠される

05:00 東部軍管区司令官田中静壱大将が近衛師団司令部に乗り込む
石原参謀、憲兵隊に逮捕される
横浜警備隊長佐々木大尉の襲撃部隊が鈴木首相私邸に放火
阿南陸相、自決

09:00 塚本憲兵中佐、椎崎中佐と畑中少佐の逮捕を命じる.


11:00 枢密院本会議開かれる
椎崎中佐と畑中少佐、皇居前で自決
決起した青年将校の一人、古賀参謀が近衛師団司令部で自決


<憲兵隊司令部>
 「…高嶋参謀長は、まず東部軍憲兵隊司令部に、軍司令官出動の場合の護衛憲兵の派遣を要請、不破参謀に近衛師団司令部の状況そのほか、軍司令官現場指導の下準備の視察を命じた。ついで、近衛師団各部隊の部隊長または命令受領者の、至急直接参集を命じた。憲兵司令部の塚本中佐が事件を知ったのもこの時刻であった。森師団長殺害さるの報告をうけ、塚本中佐は真偽をたしかめるべく、伊藤憲兵大尉に師団司令部への斥候を命じ、さらに非常呼集をかけ全員警戒体制をとった。…」。憲兵隊にも叛乱の情報は伝わっていました。
http://www.tokyo-kurenaidan.com/showa42.htm

既に、森師団長殺害直後に東部軍司令部に情報が伝わっていたのです。
決起部隊は杜撰な計画、対象の思惑の不確認 、当時の大本営そのままの希望的観測で事を進めていたのです。

戦局が惨敗続きの今までの経緯を考えると、気持ちは判らないではない、しかし「増長」と「傲慢」もここまで来るともう「狂気」でしかない。

所詮、時局の混乱に成りあがった暴力主義者達であり、当然結果には無責任だったのです。

[今の年寄りが駄目なのを知っていますか]

今年もアニメ「火垂の墓」を昨夜見た。
人間ここまで薄情になれるのか、と思う。
戦争さえなければ、あんな悲劇は起きない、人間の業がなせる技だ。

昔の年寄りは何でもよく知っていた。
歴史も、物事の道理、故事来歴、諺、出典や因縁もよく知っていた。
今の年寄りが若者に教えることが出来るのは世渡り、金もうけ、自分だけ生き残る方法ばかりだ。
何故だか分かりますか?

日本の防空制度は超重爆撃機による長期に渉るしつこい攻撃の前には哀れなほど不適切であった。
勝利の宣伝によって甘やかされていた日本の市民は、都市空襲の圧力のもとでドイツ市民が数年間の航空爆撃の間も持ち続けた「規律」を殆ど、全く示さなかった。(米陸軍航空史より)


空襲に直面すると国民は敗戦の事実を否応なしに悟らされた。
軍部の宣伝や憲兵、警察の取り締まりも無力となった。

20年、7月の「警視庁より見たる社会情勢一班」では
「国民の心底には軍を誹謗し、官に不信頼の念、顕著なるものあり」とし、
「英米は敵ではない、大敵は国民を苦しめる日本政府で強制殺人だ」といった投書が増えていることを揚げている。そしてこれに続けて
「極めて最近に於いては、かかる気力も希望も漸く鈍化し、国家社会のことよりも自己周辺の保身に低迷するという、諦観的無気力の暫時普遍化する傾向あり」と結んでいる。

政府に対して声を上げることが出来ない国民は不信や不満や怒りを内向させ、わが身だけを守るエゴイズムの殻に閉じこもっていた。

こうした中で、民衆は自づからの力と才覚とで身を守ることで精一杯で、他人を押しのけてでも自分だけがなんとか生きようとする、とげとげしい空気が世間に広がった。

戦災の被害者に力を貸したり被災者同士が助け合うゆとりはなく、大打撃を受けたり弱い立場にあって立ち直る力を持たないものは、とりわけ苦しく惨めな生活を強いられた。
敗戦の後も国民自身が戦争責任を問い詰めることはなく、戦災による犠牲は見捨てられたままにされた。
思い出すのも嫌で、人々は口を閉ざしたままであった。(大空襲 今井清一 より)




私はこう思う。

それが国民性だと言われればそれ迄だが、ドイツはレンガ造りの建屋だし木造家屋の日本では逃げるだけで精一杯だと思う。
しかしドイツ人が消火義務を放棄せず、規律を最後まで守ったことは学ぶべきことではなかろうか。
規律が保たれていれば、相互扶助の機能も保たれる筈だ。
この時点で日本人社会の倫理・道徳感は打ち崩されたということなのだろう。

この時代の日本人が本当の日本人なのか、それとも今の日本人が本当の日本人なのか?
同じ状況になったら、又今の日本人も同じ事をするのだろうか?

「規律」があれば、最後まで弱い者を助け、協力しあう人間関係が続けられる。
人間らしく生きたいですね。

五・一五事件と戦争

[何故戦争にしたのか]

五・一五事件
この事件は2・26事件と並んで軍人によるクーデター・テロ事件として扱われるが、犯人のうち軍人は軍服を着用して事件に臨んだものの、2・26事件と違って武器は民間から調達され、また将校達も部下の兵士を動員しているわけではないので、その性格は大きく異なる。
同じ軍人が起こした事件でも、2・26事件は実際に体制転換・権力奪取を狙って軍事力を違法に使用したクーデターとしての色彩がつよく、これに対して本事件は暗殺テロの色彩が強い。
その前年には軍人、右翼によるクーデター計画が発覚したり、井上準之助・前蔵相、団琢磨、三井合名理事長が右翼に射殺されていた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E3%83%BB%E4%B8%80%E4%BA%94%E4%BA%8B%E4%BB%B6

( ここで私が疑問をもったのは、あの2・26の西田悦も血盟団の襲撃を受け、五発命中生命危急となったのである。何故だろうか ? )
それは

” 十月事件幕僚とその流れを幕僚が、後に統制派とともに、軍内から青年将校の蠢動を追放しようとした(この故に清軍派という)、これが為に青年将校と激しくやりあった。
磯辺は「獄中手記」で、" 改造は中央部で計画実施するから青年将校は引っ込んでおれ。陛下が許されねば短刀を突きつけてでも言う事をきかせるのだ。"等の言辞を平然として吐く、不遜不逞なる軍中央部の改造軍人。と罵倒している。

私はこれらの幕僚の天皇への忠誠心を疑うものではないが、しかし、満州事変に於ける独断専行といい、天皇機関説問題に於ける態度ないし国体明微運動の強引なる態度といい、たとえ、一時天皇の御不興をかっても、いずれは、喜んでいただけるであろう、という考えがなかったとは言えない。
「国に争臣なければ、その国危うし」とか「下能くこれをいい、上能くこれを容れて王道光あり」という下克上に通ずる直諌思想が、その一部に潜在していたことは否めない。
これを不逞といい、不遜ということならば、それは、たしかに指弾に値する悪逆思想であった。
この幕僚の下克上に通ずる忠諫思想が、ずっと尾を引いて、戦争から戦争へと日本を悲劇に追いやった根底に流れるものであったことを、ここで注目して置く必要があろう。 ”         元東部憲兵隊司令官大谷敬二郎著「軍閥」より。

この言から連想するのは東京裁判に於てキーナン検事がその目的を達した東條の証言である。
それは図らずも同じ
" 陛下の御意思に反したかもしれませんが "・・・だった。

越権行為には決まって傲慢と増長がある。
今現在、同じような実行組織がある。徒党を組み、法を軽んじ、掟で実力行使をして当然としている。
建前を崩して平然としている。我が国民は先の大戦から何を学んだのであろか?        *9.7.19追記

民主主義ではこの種の横暴に立ち向かう勇気がなければならないと思う。
袖手傍観と事なかれ主義はいけない。

何時の世も人の考え付くことは同じなのですね。
子供の「イジメ」は大人の真似をしているのではありませんか?
政治抗争も民衆の間に起きている事の縮図なのではありませんか?

悪逆の者の仕方は、人の上の非を見出し聞き出して、語り広げ慰むなり。
又、「何某こそ斯様の悪事故、御究にも逢ひ、閉門蟄居仕居り候。」
などと無き事までも言ひはやらかし、世上普く取沙汰させてその者の耳に入れ、

扨はこの事顕われ候と存じ、先ず病気分にて引き入り候時、
「我身に悪事ある故、手前から引き取りたり。その仔細御改めあるべし。」
と沙汰して歴々の耳にも入れ、止む事なく悪事になる様に仕なすものなり。

この手を知らで、うろたゆる者を笑ひ、悪事にして面白がり、
又我身の為の工(タク)みにも仕るものにて候。
度々ありし事なり。広き御家中なれば、斯様の侫悪の者、何時の世にもあるものなり。
覚悟すべき事なり。   (「葉隠れ 五七話」より)

「悪智慧」は政治の必須機能なのでしょうか?
この逆手を使って相手を陥れる手段もあるのではないでしょうか?

でも、この畜生道に対し、その上を行く
「話を聞き覚え、書物を見覚ゆるも、我が分別を捨て、古人の分別に付く為なり。」
を信じ、実践して行こうと思います。

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