如何ならむ初山歩みの麻衣

理想がないものは、自己内で理と理が対立して、結論が出せない。

OH鑑

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私の投稿記事は実践理性批判(カント)、学生に与う(河合栄治郎)を随時引用致して居ります。

尚、このブログは現在戦闘中です。
縁害防止の為、コメントは鍵つきですと安心です。

ブログのアラシクズはゴミ籠に排除しました。
御覧になりたい方は早めにお申し出ください。定期的に完全削除致します。

red*u*g*2*0l
http://blogs.yahoo.co.jp/redpurge2oo92oo9 なる輩に。
私の所にくるならば、先ず謝罪しなさい。↓
http://paranoiawatch.jugem.jp/?day=20080731
この者には決して話しかけないでください。
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歴史を読む意義、価値とは何なのでしょうか?

必要無ければ、歴史など学ぶことはありません。
貝殻を追いかけて歴史を知る?
それも、確かに学問としては成り立つかもしれませんが。
歴史は昔は「鏡」と言いました。大鏡、増鏡。(小林秀雄)
つまり己を映し、己を知るのです。時代は違い、人は違っても、共通する所は有りますよね。

哲学では「詰るところ人間は何も知ることはできない」と言うテーゼがあります。
よく居ますこーいう人。では考えないことですね。

日常生活における難解な問題、根の深い問題、政治的重要時局における選択の迷い。
皆、悩んでいるではないですか。
だから歴史に目をむける訳ですね。先人が同じ問題を悩み、どうしたのか。
知りたくないですか?自分の考えにそんなに自信があるのなら、悩まなければいいのです。

問題に突き当たって、悔悟、懊悩、嫉妬する。 それが人間じゃあないでしょうか?
こんな時、人はその原因を明確にして、己の経験に鑑みて、
手段を選択し、意志決定し(腹を決め)ますね。(信ずる事は責任を持つこと)
そこに、個人差が現れてきます。何を参考に選び、共感するか個人差が有ります。

ただ、他山の石として今までの自分と違う考えを知る事ができるのです。先人の人生観、教訓。
現実に関与し合った相手では出来ないのです。そんな時は夢中なのです。
パースペクティブに陥っています。 こだわり、意地になっています。

そんな時、どれ位その原因、本質を明確に出来るのか、それを考える「ゆとり」なんてありますか?
又、経験、価値観、知識、世界観、人生観、等、人によって大きく異なるのです。

何の為にその「明確化レベル」に重要性を感じるのか判りません。本当に悩んでいて、解決、決心する気があるのでしょうか?・・・
我々は生きています。生活、仕事、責任の中で悩んでいるのです。研究しているのではありません。
それを教育すべきだと思うのですが? 「致良知」

歴史は多面的である。
果たしてどの説が本当なのか? 真実はどうであったのか?
真実は神のみぞ知る。

しかし考えてみれば、我々が歴史から得ようとしているのは、
その真実であろうか?
見方を変えて見れば、同じ事件も受け取る側の立場、価値観、人生観、世界観、人間観に
よって大きく評価は変わってしまう。

だから歴史なんか学ぶ意味なんか無いと主張する人がいる。
とんでもない間違いだと思います。 特に闘争世界は直視すべきです。
逃げてはいけません。 宗教家も含んで。

物事の「本質」を掴むことは、具体的に認識する為に必要なことである。
本質を明確にするには、本質的なもの以外を捨て去ること、
つまり抽象化せねばならない。

人類が歴史から受け取るべきものは、事件そのものの再現ではなく、その事件が
発生した由来、因果関係、底に流れている人間社会の本質を理解することです。
意志選択、実行しているのは人間なのです。

単なる事件の再現をいくら追及して見ても、それは現象を追いかけているだけで
一見具体的に見えようとも、その根本的本質は得られてはいません。
現象こそが抽象的なのではないでしょうか?。

本質を理解することで、人間を知り、社会を知り,普遍化された結論が与えられる
と思うのです。

この認識が、己を知り、人を見分ける目であり、
特に組織内人事では絶対必要条件だと思うのです。

現実に、今の社会で人事が正しくないからこそ
ニュースにあのような事件が伝えられているのではないでしょうか?
(この記事を私の不平と取られるならば、それは私の不徳とする処です)

また、冷や飯かあ

大変、面白いです。
武藤氏の初代資頼(スケヨリ)は平知盛の家人であったが、
一の谷の合戦で平家を見限って、顔見知りの
梶原景時に投降し、奥州攻めで戦功を認められて鎮西奉行に抜擢された、
言わば”自力開拓型”の人物のようですね。

そこにいくと、大友氏や島津氏は毛並みの良いエリートという感じがします。
何れも内情を尋ねて見れば苦難の山ですけども、私はこの武藤氏に親近感を感じてしまうのです。

私の経験では、サラリーマンは「押し」よりも、「引き」が出世の常道でした。
自分のカラーを出すタイプは、なかなか難しいでしたね。
昨今でも堀右衛門なんかもそのタイプではないでしょうか。(サラリーマンではないけど)
出る釘は打たれるのです。

頑張れど頑張れど達せず、尽くしに尽くせど甲斐なく、信じても信じても裏切られる。
この武藤氏の家系を見つめる時、その心を察すると、
平氏や源氏とは、又違った、世の無常を感じます。

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