如何ならむ初山歩みの麻衣

理想がないものは、自己内で理と理が対立して、結論が出せない。

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私の投稿記事は実践理性批判(カント)、学生に与う(河合栄治郎)を随時引用致して居ります。

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red*u*g*2*0l
http://blogs.yahoo.co.jp/redpurge2oo9 なる輩に。
私の所にくるならば、先ず謝罪しなさい。↓
http://paranoiawatch.jugem.jp/?day=20080731
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何故戦争するのか

人間は何故戦争をするんですか?
何時も子供たちが戦争によって家族を失ってしまったり。
どうして、こんなに世界は進歩しているのに。
その反面で武器によって人を殺めるのか。
犠牲になるのは子供じゃないですか。
この戦争がなくならないのを、理由を是非ちょっと今日は知りたいと言うか、意見を聞かせて欲しいです。
(ザヘル・ローズ)

難しいですね、ただ自分に対してでも説得力のある原因の一つとして、基本的に、あの〜経済的にね。戦争ってのは儲かるんですね。(伊勢崎賢治)
それは武器を売るとか、武器を作ったりする人たちですか?(ローズ)
それも、その一つで、しかし我々一般人もそうかもしれません。例えば戦争というのは破壊ですよね。都市が破壊される、そうすると、それを又作らないといけませんでしょ。
すると経済活動が営なまれる、建設ということでね。
労働力も吸収されますから、それによって恩恵を被る人がいっぱい出てくる訳です。
(伊勢崎)
【もうかる人がいるから戦争はなくならない】[伊勢崎賢治]

先生は紛争が起きている多くの国に行かれてます、
その中で争いが絶えない一番の原因って何だと思いますか?(ローズ)
それはやはり、指導者でしょうね。全てのリーダー、指導者にはエゴが有ります。
全ての人間にはエゴがあると同時に、僕が経験した破たん国家というのは全てリーダーの問題ですね。(伊勢崎)
リーダーがちゃんとしていない?
何時も納得出来ないのが、どうしてトップは、同じ国で血のつながった人たちなのに、
ちょっと上に立つと、すぐ力で人を抑えようとする。
よく同じ国の人たちに出来るな、と言うのがすごく心が痛いんですよね。
で、その争いの一番の原因と言うのが、ちゃんとしたリーダーが作られていないと言うことですか。(ローズ)
か、あるいはリーダーを作るシステムが無いのか。(伊勢崎)
どう言うシステムが必要なのですか?(ローズ)
そこは難しい、民主主義という言葉を使わなければいけないでしょ?民主化されれば好いシステムが作られる、好いシステムのガバナンスのシステムが出来る。世界中の国が、民主化されれば紛争がなくなるだろうと言うふうに信じたい。しかしその考えを押し進めて行くと。無理にでも民主化されていない国を民主化しようと言う考えが出てくる訳ですね。
で、戦争が起こる訳です。(伊勢崎)
【無理な民主化も戦争の原因となり得る】[伊勢崎賢治]

                以上、NHK  探究Q なぜ戦争するのか より(抜粋)

私は思う
1.「もうかる人がいるから戦争はなくならない」はその通りだと思う。
現に、先の大戦で焼け野原となった日本が急速に復興出来たのは朝鮮戦争のお陰でした。
残念ながら事実です。
だから、それで好いのだとは言えない。
何故ならば、それは受益者だけの論理だからだ。セメタリーがいかに美しかろうと。

2.「無理な民主化も戦争の原因となり得る」は民主的リーダーではない者がリーダーになるから無理が生ずるのだと思う。
歴史を振り返れば、みなそうだ。
為政者になった時、反対者や抵抗者を力ずくで処理してしまう。
それは、その方が手っ取り早いし、責任者としてのストレスに耐えられないからだ。
別の表現をすれば、覇道でトップになるのが人間の常だからだ。
しかし、それは先人が否定した政治です。
真のリーダーは反対勢力の理解者でも有らねばならない。
それは偏らない価値観を持てるだけの知性を必要とする。
つまりちゃんとしたリーダーたる者は歴史に裏打ちされた、正しい教育を受けている必要があると思う。
従って民主主義は決して最高の政治形態ではなく、何時でも全体主義や専制、ポピュリズムになるし。
その国民のレベルによって変態するものであるが、それでも一番ましな政治形態なのだと思う。
結果はその国民がとることになる。

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ゴー・ストップ事件

{風が変わった}

ゴー・ストップ事件 昭和8年6月17日  大阪天六交差点。

信号は赤だった。
しかし兵士は止まらなかった。
「こっちらの取り締まりは憲兵がするんや、お前らの言うことなんか聞けるか」
「兵隊さんは振り切って逃げようとしました。巡査がうなじを掴むと、兵隊さんはナニスルンヤと言って手をどけようとしたんで、兵隊さんの上着のボタンが全部外れてしまいました」。
派出所内で乱闘。
野次馬の一人が憲兵隊に通報。(以上が曽根崎署の調査概要)

粟屋仙吉(大阪府警察部長)は戸惑っていた。
「どうして今回にかぎってこんな些細な事件を大きな問題にしようとするのか?第四師団側の狙いが判らない」。
もし彼が普通の警察官僚なら問題はそうこじれなかったかも知れない。謝罪すればそれでまるく収まるからである。
しかし粟屋は普通の官僚ではなかった。彼は神に祈った。これから始まるであろう苦しみに耐えるために。

未だ警察からの謝罪がないことにしびれを切らし、井関隆昌(第四師団参謀長)は記者会見を行なった。
「事件は単に兵士と巡査の間に起こった暴発的な問題ではなく、『皇軍』の威信に関する重大な問題である。」
粟屋(東大法学部卒、柔道五段のモサ、宗教はキリスト教、断然禁酒主義)の反論は、「陳謝の必要なし」とはねつけ『軍隊が陛下の軍隊なら警察も陛下の警察であります。』
脅迫や嫌がらせが続いた。

これに怒ったのが第四師団長寺内寿一。警察対軍隊全面対決。
井関の言。「師団側が問題にしているのは我々軍人の威信が傷つけられたと言う一点ですよ!警官の処置が正しかったと言うのなら円満解決という訳には出来ませんなあ!」。両者激突。

井関の発表した声明文の一部。「現役軍人を単なる民衆として取り扱うのは正当ではない。その理由は、現役軍人は軍の統帥権内にあるものであって、単独に外出しているからとて、統帥権外にあるのでは断じてない。従って万一不幸があった場合には所轄憲兵隊に通告され、引き渡されるべきとなっている」。
つまり陛下の股肱である皇軍には一般市民と同じである警察権の執行を認めないと言うのである。
これが師団側の本音だった。

粟屋は頑としてゆずらなかった。軍人が犯罪を犯しても構わないということを警察が認めるのか。
両者の話し合いは決裂した。そして師団側は法廷の場に持ち込んだ。
大阪地検の捜査記録によれば、その結論はこうである。
「警官が交通違反者を連行するのは当然の処置にして、職務執行の必然的結果である。更に一般市民と軍人を分ける法的根拠は存在せず、傷害事件の事実関係は水掛け論に終わり、その真相判明せず」。
事件は解決の兆しすらないまま時は過ぎていった。

昭和八年十月、福井県で恒例の陸軍特別大演習が行われた。
そのおりのこと、陛下が陸軍大臣荒木貞夫にこうお尋ねになった。
「大阪の事件は一体どうなったか」。
荒木はその一言に恐懼した。この恐懼は電撃となって第四師団側に伝わった。恐れ多くも事件について心を痛めて居られたのである。
事件から154日目、新聞はゴー・ストップ事件円満解決と報じた。

粟屋は生前ゴーストップ事件について、あまり多くを語ろうとはしなかった。唯一、兄に宛てた手紙が残されている。
「いかに飛ぶ鳥を落とす軍部に対しても、悪くないところは謝らぬと言う態度にて最後まで終始し、断固として居丈高になった態度をどう納めてよいのか苦慮を極めるまで頑張りました。その間、如何なる迫害も、失脚も、ピストルも、全て覚悟して進みました。何らの引け目もありません。」
軍部という巨大なものと戦った男の言葉だった。

11月18日夜、ついに警察側大いに譲歩し、師団側の要求を大部分容認。尚、付帯条件として大阪府警察部長は管内警察官に対し、現役軍人に非ありたる場合に、その取り扱いを慎重にすべき旨、通牒を発す。
(和田検事正が司法省に提出したゴー・ストップ事件報告書)

ありゃ〜負けですよ。警察の負けですよ。あの内容は。喧嘩両成敗、引き分けじゃない。結局、警察が負けたんですね。
粟屋さんですか、がまあ〜涙を飲んで〜その〜譲歩したということでしょうか。
だという風に見るべきじゃ〜ないでしょうかね〜。
(江口圭一 愛知大学法学部教授)

信号は赤である。
市民たちは青になるのを待っている。しかし兵士たちが道を渡って行く。
市民たちは憤慨し巡査の顔をうかがう。しかし巡査は動けない。手を出すことが出来ない。

その時、
ふっと時代の風が変わった。

非常に高潔な人格に支えられた官僚が多かった時代だと思うんですね。
国を憂えて、このままではどうなるのかと、高い知識と高い志の中で判断してゆくという、そういう素晴らしい官僚が戦前居たことは確かなんです。
粟屋さんというのはやはり、
こう言う軍部台頭というのは,いずれ日本を不幸な道へ引っ張り込むんじゃないかと、言うことを肌で感じられる非常に徳のある官僚だったんじゃないかという気がするんですね。(大谷昭宏)

                                (「驚きももの木20世紀」より)



私は思う。
例え結果に影響を与えなかったとしても、官僚の中にこのような高い知性をもった高潔な人格が居たことは、日本人として大いに誇るべきだと思います。
現在も同じく立派な官僚が居られますが、その他大勢と同列の扱いを受けて『勇退』させられて居られるのを見て非常に残念に思います。
高級官僚の進退には国民の意見を取り入れるべきではないでしょうか?

何故戦争へ

[日本人は何故戦争へと向かったのか]

誰だって戦争をやろうって思っているやつは居ないんだね。
不思議だね。
どうしてあ〜ゆう事になったのかねえ。 (木戸)


松岡は、日本には非が無いと主張した。その強気の裏には列強への期待があった。

「判ってくれるだろう」 (松岡外相)


今回の証言テープから伝わってくるのは、自分たちの行動は特別ではない」という日本側当事者の楽観です。

「満州事変」
「当時の姿勢はですよ、列国も大体そんなものなんですよ、どこの国も
あんまり大したことないんですよ、みんなやってるんですから」
(片倉衷 関東軍参謀)


「兵隊を動かすことを満州に限定するなればだ、国際的にはそ〜心配することはない。
国際連盟というものは言論でワーワー騒ぐのであって。
力をもってやって来るというようなことはない。」
(鈴木貞一 陸軍省幹部)


しかし、こうした希望的な解釈は後の戦争へと繋がる国家の判断に大きく影響して行きます。


外務大臣の内田裕哉はイギリスの妥協案を拒絶します。
日本の民衆は満州国の建国に熱狂。政府はこの国内世論を優先するあまり、
イギリスの提案すら顧みることはなかったのです。


求めている熱河作戦ですが、行動は満州国の内部すなわち長城の東側に限定するよう厳命しております。」
(荒木貞夫 陸相)


政府は関東軍の要求をはねつける事ができなかった。


そうは言っても熱河は満州国の中だ。説明すれば連盟も判ってくれるだろう。(内田外相)


軍との摩擦を避け、内側の事情を優先した選択だった。その一方、世界の出方については更にあまく見ていた。


日本はイギリス等、列強の政治の潮流を読み誤ったと思います。
帝国主義から民主的な政策へ、まさに中心は移りつつありました。
日本政府は未だ列強が古い通念にとどまっていると考えたのでしょう。
              (アントニー・ベスト教授 ロンドン大学:英外交史)

「国家の前途を思い、率直に申し上げる。
ものは八分目でこらえるのが良い。一切の行きがかりも残さず連盟に手を引かせるなど
出来ないことは最初から政府も御承知の筈である。」          (松岡)                       



経済制裁は恐慌から立ち直っていない日本には致命的でした。
にも関わらず誰も関東軍に作戦を撤回させようとしません。寧ろ、その代わりに外務省が場当たり的に持ち出したのが連盟脱退論でした。


以上
NHK「日本人はなぜ戦争へとむかったのか」より

私は思う
今も同じだ。
間違った事をやって悪いと思わない。
どんなに最低な奴でも、自分を当たり前として他人を評価する。
物事が対処できなくなっても、希望的観測で無責任な事を言って責任を逃れる。
狭い視野で、せつな的な目先の問題解決しか考えない。(理念で判断せず、目先の結果を想定して対処する。)

要するに、知性というものが欠如した「アクタレ」に国家を牛耳られているのではないか?
「オマエラ戦争やるぞ、逆らうな!」と宣告されても逆らえないのではないか?
この国民は。

・・・相手が相手なら。

[喉元過ぎれば]

先の大戦を反省しない人々へ。

あれは陛下の為にやったのだから、我々はなんの責任もないし、反省など必要ない等と、とんでもない理屈を振りかざす輩がいる。

何故、素直に陛下のお言葉が受け入れられないのか?

 抑々 帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ 萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ 皇祖皇宗ノ遣範ニシテ 朕ノ拳々措カサル所 曩ニ米英二國ニ宣戦セル所以モ亦 實ニ帝國ノ自存ト 東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ 他國ノ主權ヲ排シ 領土ヲ侵カス如キハ 固ヨリ朕カ志ニアラス

陛下お一人が生き残って、何の皇室か?

終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
 斯ノ如クムハ 朕何ヲ以テカ 億兆ノ赤子ヲ保シ 皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ
 是レ 朕カ帝國政府ヲシテ 共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ

陛下の為に戦ったのだから責任ない?

馬鹿も休み休み言え!

戦争の反省

[戦争の反省]

またぞろ戦争したくてしょうがない人々が現れてきた。
600万人を超える戦死傷者を出し、原爆を落とされても反省しようとしない。
「我々は犠牲者である」と言うのがその理由らしい。

旧軍令部の中心に居た元将校達が反省会をしていた。
私が驚いたのは,実は「軍令部には長期的な計画を冷静に研究するスタッフがいなかった」
事である。あの赤レンガの中身はその程度だったのか。
記録テープの中には色々な反省の意見があった。(NHK、日本海軍400時間の証言)

其々の仕事に埋没し国民一人一人の命が見えなくなって行った将校達。
その姿勢は海軍あって国家なしと言わざるを得ません。
そうした内向きの姿勢は戦後になっても続き、反省会の元将校達はその記録を公開しませんでした。
しかし私は彼らを一方的に非難することに躊躇いを感じてしまいます。

1.縦割りのセクショナリズム。
2.問題を隠蔽する体質。
3.ムードに流され意見を言えない空気。
4.責任の曖昧さ。

元将校達が告白した戦争に至るプロセスは、今の社会が抱える問題そのものであり、私自身もそうした社会の一員であるからです。
元将校達は二度と過ちを犯さない為に、反省会を始めたと語っていました。
彼らの言葉を、真の教訓としていける社会でなくてはならない。と強く感じました。
それが余りにも多くの犠牲者を出した、この国に生きる私たちの責任だと思うのです。
(キャスター:小貫武)

軍人の責任論はあったが、他に国民としての責任とは現在、どうなったのだろうか。
国民も、あれほど万歳、万歳やっていたではないか。
確かに扇動に乗せられたという面もあるかも知れない。実際、柳条溝事件も戦後になって初めて国民に知らされたのだから。しかしそれでも報道関係は知っていた。

●そろそろ新聞が軍閥を叩き始めた。
昂然たる闇の巨魁と言い、権力を以て専制を行い、軍刀を以て言論を窒息せしめたと言い、陛下を盾にして神がかり信念を強要したと言う。
そして我々言論人はこの威圧に盲従していたことを恥じる。過去の10年間は日本人の言論史上、未曾有の恥辱時代であった。
などとぬけぬけと言う。この新聞論調はやがて皆、日本人の戦争観、世界観を一変してしまうであろう。今まで神がかり的信念を抱いていた者ほど信条的に素質がある訳だから、この新しい波に又溺れて、夢中になるであろう。
我々はこの民衆を嘲笑したい。唯、時勢のままに動く愚衆の波を笑いたい。
しかし笑うことは出来ない。この愚衆こそ即ち、日本人そのものだからである。
(山田風太郎)

●「戦争は始めさせては駄目だ」と言う事です。
始めてしまってから、ア〜ッこりゃひどい,こんな事になるなら。
と言って止めさせようたって止まないんです戦争は。
やらせない為には何が重要なのか?
それは、現実に世界で何が起っているのか。
其々の国が何を思って何をやっているか認識すること。
これを正直に、お互いに知らせあう事です。
(むのたけじ)

●これほど見事に徹底した自己中心主義と,お任せ主義の組み合わせは,世界の大国の中でも珍しい。
大勢順応と言う習慣が強く、現在に憂えることに関心が強くて、過去や未来の関係において、現在の行動を定義すると言う事が少ない。
だから過去の不快な事実を,正面から見ると言う習慣が無い訳ですよねえ。
それが一番基本的な問題だと思う。
(加藤周一)

手段にばかりに注目して、動機に関心がない人々。

「人はどの道、めいめいが自分の事象の見観方に従って、自分の満足する目標を目指す以上、
人々は互いに愚かさと、無分別を咎めあっても、低俗さと悪意を咎めあうことは出来ない。」
(カント)

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