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10月24日、大船渡市の崎浜漁港にやってきました。
1歩ずつ前へ のメッセージに目を惹かれました。
小さな漁港です。ここでも地盤沈下の為に、ひび割れたコンクリートが海水に沈んでいました。
停泊中の小型の漁船には、船の床をブラシでせっせと磨く男性の姿がありました。
漁に出ているのでしょうか? 素人の私にはわかりませんが……
たぶん本格的な漁の再開には、まだ時間がかかるような雰囲気でした。 |
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3.11の地震で津波に飲み込まれた釜石市。
瓦礫の山はほぼなくなり、10月24日は道路の整備が行われていました。
信号はまだ復旧しておらず、大きな交差点には誘導員の姿があります。
市街地の様子は当時、何度もニュースで放送されていました。
実際に町の雰囲気を体験すると、より一層悲しみがこみ上げてきます。
釜石市の死者・行方不明者は1091人(9月6日のニュース)だそうです。
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車で釜石市の市街地に入ると、津波の爪痕を残す建物がずらりと並んでいました。
東北銀行の壁に赤い×印があります。
この辺りの建物のほとんどにこういう印がついています。銀行に工場に商店に民家。
印をつけなければならなかった人たちの気持ちを考えると、胸が痛くなります。
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10/24車で大船渡の港に向かう途中に撮影。
この建物の数メートル先に、かもめの玉子の工場がありました。
息をのむ光景が広がっています。
最寄りの駅では、集まった物資を並べて(服や日用品)、被災者が自由に持っていけるように入り口を開放していました。
三陸鉄道は当分復旧しないようですので、地元の人たちは駅の有意義な使い方を模索しているように見えました。
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2011年10月24日(曇り)撮影。
この日は、両親と被災地を訪れ、現地の様子を見てきました。
昨日のニュース(11/21)で、高田松原の奇跡の一本松が放送されました。
海水のせいで根が腐り、保存は厳しいとの内容。
養分が吸えないので、葉はどんどん枯れてきているようです。
私も、ここの海水浴場には何度も来たことがあるので、松林には思い入れがあります。
もし、一本松が完全に死んでなくなってしまっても、復興を願う人々に希望を与えた事実に変わりありません。
これから厳しい冬がやってきます。
数週間前、県内のニュースで、仮設住宅に住む一人暮らしの老人が亡くなっていたのが発見されたと流れました。
色々な工夫、対策が実施されていますが、やはり、一人暮らしのおじいちゃん、おばあちゃんが心配です。
義援金に協力するくらいしか出来ませんが、みんなで支え合い、復興に向けて前進していきたいです。
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