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この前、アマゾンで探してコレクターの方から購入しました。

『オカルト入門』 W・E・バトラー著 大沼忠弘訳

この本は、昭和50年に角川文庫から初版が出ました。
いまでは絶版となり、入手が困難な品物です。

東京にいたころに古書の街、神保町に行って探してみればよかったな、と少し後悔。
いや、原宿のあの巨大なブックオフに行けば、100円で見つけられたかも…?

しかし今どうしても欲しかったので、価値が跳ね上がっていたけど買っちゃいました。
文庫なのに、4千円です(高っ!)。


Butler, W[alter] E[arnest]
W. E. バトラー
(1897-1977)

バトラーは第二次世界大戦後のイギリスを代表する魔法の第一人者です。

少年時代は、一度だけ古代ギリシャの神々召喚の呪文を唱えて、あやうく成功するところだったという話があります。
本当だったらすごく面白いですね。

将来もっと高く売れそうなので、大事に読みたいと思います(笑)

11月に入りまして、小説を書き始めました。

目標は400字詰め原稿用紙300枚です。

できれば他の文学賞に応募したいのですが、私のレベルではまだ手が届かないと思われます。

なので狙いやすい「ジャンプ小説新人賞」をターゲットにしてみました。

現在はまだ20枚ほどしか進んでいませんが、来年、完成したら出してみようと思っています。

私の通っていた学校のOBが、別の賞で一次選考までいきました。

ちょっと、羨ましいので、一次選考くらいは突破したいです。

ライトノベルでデビューしちゃってる同期もいるので、立派な小説を作りたいなぁ…(負けず嫌い)

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『ガラスの地球を救え』手塚治虫(光文社)

手塚治虫は1989年2月9日に他界しました。
この本は、未完のまま手塚氏が急逝したため、テレビ、雑誌などの発言なども加えて編集されたものです。
亡くなってから2ヶ月後の1989年4月に光文社からハードカヴァーで発行されました。
その文庫版です(1996年初版発行/光文社知恵の森文庫)。

★目次
・「ガラスの地球を救え」刊行によせて
・自然がぼくにマンガを描かせた
・地球は死にかかっている
・科学の進歩は何のためか
・アトムの哀しみ
・子供の未来を奪うな
・“いじめられっ子”のぼくをマンガが救った
・先生がマンガに熱中させた
・ぼくは戦争を忘れない
・語り部になりたい
・夢と冒険に生きる子に
・親は子に自分史を語れ
・時間の無駄遣いが想像力を育む
・やじ馬根性は健全なパワー
・ブラック・ジャックのジレンマ
・脳だけはつくれない
・情報の洪水に流されるな
・何が必要な情報か
・アトムも破れない壁
・異文化との衝突
・オリジナリティは遊びの中から
・路地裏こそ味がある
・蝶の匂いがわかるか
・人間の欲望
・“悪”の魅力
・負のエネルギー
・マンガは本来反逆的なもの
・ぼくは真剣なメッセージを送りつづける
・「火の鳥」が語る生命の不思議さ
・IFの発想
・宇宙からの眼差しを持て

≪感想≫
これだけたくさんの目次ですが、簡潔で読みやすく、わかりやすい文章です。読んでいて全然苦になりませんでした。しかも内容が面白いからどんどんページが進んで行く。こんなに面白いエッセイは初めてです。
この本には、手塚治虫の本音がいっぱい書かれています。

――幼いころから生命の大切さ、生物をいたわる心を持つための教育が徹底すれば、子供をめぐる現在のような悲惨な事態は解消していくだろうと信じます。
そのためには“豊かな自然”が残されていなければならない。
(中略)昆虫をちぎったり、カエルに息を吹き込んで破裂させたり…でもそれは、同じ生命あるものとして生きていく予行練習のようなものでしょう。そこでさまざまな生き物たちの死と生に出会って、生きることの喜びの裏側にある悲しみも、知らず知らず体の奥の方で理解していくのです。
昔、自分の家のすぐそばにある原っぱで、繰り広げられる小さな地獄の数々は、それでもタフに生き抜くことの喜びを教えてくれました。――本文より――

これにはひどく共感を覚えました。
私も田舎でトンボやセミなどの昆虫を殺して育ってきたからです。というか、田舎の小学生はだいたいみんな経験していることだと思います。
私は7年間東京で暮らしましたが、あんなに自然のない街で育った子供はどんな大人になるのだろう、と興味を持ちました。東京を出たことがないという若者と実際に話してみると、感性や想像力に欠けているのは明白です。都民の方々には申し訳ないのですが、何も感じなくても生きて行けてしまうのが都会なのだ、と私は結論を出しました。真剣に感動するものがないから、興味が持てず、とりあえず大学に行くけど将来何をしていいかわからない、という人はきっと感性が薄いのです。だって、世界にはこれだけ感動できるものがあるのに、他人事ではつまらないのは当たり前。決して本気に考えようとはしないのです。彼らは自分さえ守られていればそれで満足なのです。そのくせ不満も多くやたらと腹を立てます。本物の自然を体感してきてないから、感じる能力が乏しいし、淡白で好奇心も異様なほどありません。これが少数派であると良いのですが、私は感性の素晴らしい東京都民に会ったことがないからわかりません。東京の中心部はもはや人間の生きる環境ではありません。私はそう思って東京を離れました。

想像力の重要性。みずみずしい感性を育てる環境の大切さ。それは手塚氏に限らず多くの人が語っています。
手塚氏はずっと未来を予測していて、大切な子供たち(=未来人)に期待している、と語っていました。それは今の人類には期待できないということかもしれません。少なくとも、いま地球上にある問題はすぐに解決できるものではないのは確かです。

「われわれの論理はどうしても人間中心になります」という言葉を残した、ガモフという物理学者の宇宙論で「人間性原理」という考え方があるそうです。我々の住む地球をはじめ宇宙を、すべて人間中心に考えるという論法です。この論理によってこそ、自然破壊や資源の食いつぶしを来たしているといって間違いない、と手塚氏は言っています。

地球を死の惑星にはしたくない。
手塚治虫のその想いを叶えるために、いま私たちに出来ることはなんなのでしょう。


ちょっと前に、テレビでアトムの企画をやっていました。
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これがアトムの初登場シーンらしいです。
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以前、漫画家の松本零士から「銀河鉄道999」のセリフを歌詞に無断使用したと非難され、名誉を傷つけられたとして、歌手の槇原敬之が訴えられるというニュースがありました。

私はものすごく腹が立ちました。
それは“松本零士”に対してです。

私は“松本零士”こそが、他人のアイディアを盗み、名誉を傷つけてきた人間だと思っています。

1978年に放映されたアニメ「銀河鉄道999」。
これが宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」から生まれたというのは有名な話です。

私は宮沢賢治の文学が好きで、有名どころから短編まで目を通してきています。
明治29年、彼は岩手県で生まれました。
生前の彼は売れない作家で、金持ちの家のぼっちゃんでした。
小学校の教師を辞めた後、家族の反対を押し切って家を出て、たったひとりで農業を始めます。
「銀河鉄道の夜」は昭和8年に急性肺炎で死去した賢治の死後、草稿の形で遺されたため、未完成の状態でした。享年37歳でした。

宮沢賢治の作品はあくまでも“文学”であって、“エンターテインメント”ではありません。
おもしろいとか、おもしろくないとか、そういう次元では読んで欲しくないのです。
彼は最愛の妹トシを亡くし「銀河鉄道の夜」を書きました。
カムパネルラのモデルは宮沢トシであり、この物語は死んだ妹を見送るという想いが込められています。

そんな人間の思いがこもった文学作品を、SFエンターテインメントにして、タイトルもそのまま真似した“松本零士”を私は許せません。当時は著作権にうるさくない時代だったのかもしれませんが、これは明らかに著作権の侵害。現に、私のようなファンまで傷ついています。

銀河鉄道というアイデアだけ盗むならまだしも、タイトルもそのまま盗んだのが悔しい。
死んだ宮沢賢治だって、妹の為に書いた作品がこういう形で他人の利益になっていると知ったらどう思うのでしょう。

とにかく、私は“松本零士”が大嫌いです。

 蝦夷の将軍の子、人首丸(ひとかべまる)は、地表に降り積もった雪に足を取られながら懸命に走った。後ろには政府軍の将軍、坂上田村麻呂が彼の首を取ろうと馬を飛ばしていた。
 種山ヶ原の高原になだれ込む馬の数は半端なく、蹄は大地を揺るがした。前方にそびえる大きな岩の突起に立った人首丸は、凛として平原を振り返りこう叫んだ。
「この孤立した丘こそが、人間界と異界とをつなぐ正門である。風に揺らぐ境の領域を渡り、我は幻想世界へと旅立とう」
 色をなくした種山ヶ原は、黒い塊の政府軍を残して空気に融けていった。人の群れの影は視界から消え、やがて何も見えなくなった。それは音もなく、痛みもなかった。ただ感動だけがあった。耳元で歓喜の声が聞こえた気がした。人首丸は白い息を吐きながら光の中に落ちていった。
 
 放牧された牛や馬が草を食べているそばで、大らかな放牧民は子供たちを集めて輪をつくり、祖霊を迎える日の為に「剣舞」の練習をしていた。練習に飽きた少年は輪を離れて高い丘に走った。上空でトンビが声高に鳴いた。春の匂いを含む温かな風が少年の背をやわらかく押した。
 モナドノックの丘の上からは、なだらかな浅葱がそよそよと風に吹かれている様を見渡すことができた。その丘の下には、人知れず石灰のような細い棒が幾つも転がっていた。人骨だった。それは千年もの間、誰にも触れられず草の中で眠っていた人首丸の骨だった。
 彼の骨を苗床に、オオイヌノフグリが小さな花をつけていた。空の色を映したようなきれいな薄紫色の花だった。
 その古い骨に頭はなかった。

≪了≫

800字の作品です。これは2005年4月に提出したもの。
先生から出されたテーマは「啓蟄」でした。
いま読み返して思ったのは、説明が足りないということです。
人首丸は実在した青年で、実際に坂上田村麻呂に殺されたと記憶しています。
種山ヶ原は宮沢賢治の詩によく出てくる高原です。
「イーハトーブ」はエスペラント語で「岩手」を指しています。
説明をさせていただくと、人首丸は首を切られ、胴体は放置された設定です。あのころ必要なのは首だけでしたから。
 だからなんだと言われたらそれまでですが、小説の練習ということで書かせて頂きました。
 先生からは特別な批評はなかった作品です。
 小説って難しいです。

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