旧 東京倶樂部★CLUB TOKYO:平成館

こちらは実質閉鎖しております→新住所:http://mangotokyo.livedoor.blog/

全体表示

[ リスト ]

映画『トレイシー』

イメージ 1

【2018年/香港/119min.】
佟大雄は、眼鏡店・大光明を経営する51歳の男性。
長女・碧兒は結婚して家を出、今は妻・安宜、留学を控えた息子・立賢との3人暮らし。
平凡でも幸せに見える大雄だが、長年、誰にも打ち明けられない秘密を抱えている。
毎朝、眼鏡店に出勤すると、誰も居ない上階へ行き、女性物の下着を付けるのが日課になっているのだ。
そんなある日、大雄は、見知らぬ青年からの一本の電話を受け、ショックを受ける。
学生時代の大親友で、戦場カメラマンになった高正が、シリアで命を落としたという報告であった。
大雄は、早速、もう一人の大親友・池俊と、空港へ行き、
高正の遺骨を持って香港へやって来た青年・邦を出迎える。
初対面の邦が、自分を“高正の夫”と自己紹介したことに、驚きを隠せない池俊。
高正と邦は、ロンドンで正式に結婚したものの、香港ではそれが証明できないため、
税関で差別を受けた上、高正の遺骨を収めた大切な骨壺を取り上げられてしまったという。
「高正を二度亡くしたようなもの」と、怒りと悲しみで涙ぐむ邦。
大雄は、弁護士である娘婿ジェフリーに相談し、
遺骨を取り戻す準備を進めるべく、しばしば邦とも会うようになり…。



第31回東京国際映画祭、アジアの未来部門に出品された香港映画を鑑賞。

イメージ 2

上映終了後には、監督&主演俳優のQ&Aを実施。(→参照


原題は『翠絲〜Tracey』。
メガホンをとったのは、これが長編監督デビュー作となる李駿碩(ジュン・リー)
1991年生まれ、27歳の李駿碩は、本年度の東京国際映画祭アジアの未来部門最年少の若い監督さん。
一方、プロデューサー兼脚本は、ベテランの舒(シュウ・ケイ)




本作品は、トランスジェンダーであることを封印し、長年妻子と共に生活してきた中年男性・大雄が、
学生時代の親友であり、初恋の人でもある高正の死を機に、
葛藤しながらも、ありのままの自分になっていく姿を描く人間ドラマ

主人公・大雄には、経営している眼鏡店があり、妻子がいて、長女は結婚して妊娠中で、
つまりは間も無くおじいさんになる五十男。
これまでの50年と同じように、残りの人生数十年も、
たとえ心にモヤモヤを抱えていても、惰性で生きていくことは可能だっただろうし、
本人もそうするつもりだったのであろう。

ところが、自分が同性愛者であることを、何の躊躇いもなく口にし、
ありのままに生きている邦という青年と出逢ったことで、
自分自身も周囲の人々も欺き続け、それを当たり前として諦めていた生き方が揺らぎ始め、
殻を破る物語である。




主な出演は…

イメージ 3

トランスジェンダーである事を隠しながら生きている
51歳の眼鏡店経営者・佟大雄に姜皓文(フィリップ・キョン)
大雄と長年連れ添う妻・安宜に惠英紅(カラ・ワイ)
亡くなった高正の夫で作家の邦に黃河(リバー・ホアン/コウ・ガ)
大雄が昔働いていた店で世話になったダーリン哥に袁富華(ベン・ユエン)等々。


私が、新人監督・李駿碩の作品を、何がナンでも観たい!と思った一番の要因は、
あの姜皓文がトランスジェンダーを演じているという意外性。
これも偏見だと思うが、トランスジェンダーを演じる男優は、線が細く綺麗な人が選ばれがち。
(もしくは、敢えてゴツイ男優に女性の扮装をさせ、笑いをとるというパターン。)
そういう意味では、これまで数多くの香港映画で、ヤクザ者を中心に強面の男を演じてきた姜皓文に、
トランスジェンダーを演じさせるのは、意表を突いたキャスティング。
でも、意外でありながら、絶対に役にハマる!と予感させるキャスティングでもあった。

実際に作品を観たら、予感は当たっていた。
ギョロっとムキ出した大きな目が特徴的で、
映画の中では、いつもギラギラに暑苦しいまでの存在感と気迫に満ちた姜皓文だけれど、
素では、優しさや奥ゆかしさが滲み出ており、この『トレイシー』では、そこが巧く引き出されている。
もう人生後半戦に突入している大きな体の中年・大雄の遣る瀬無い思い、葛藤、悲哀は、見ていて胸を打つ。


出演本数こそ多くても、長年脇役で、賞とも無縁だった姜皓文が、
『ショック・ウェイブ 爆弾処理班』(2017年)での演技が認められ…

イメージ 4

今春、第37回香港電影金像獎で助演男優賞を獲得した時は(→参照
私まで本当に嬉しくなっちゃったのだが、
本作品の大雄役は、あれ以上のインパクト。
姜皓文のキャリアの中で、絶対に代表作になると確信させられる演技であった。


少々気になったのは、役名。
若い頃からずっと男性であることに違和感を抱き続けてきた主人公の名前が、
皮肉にも、“大きなオス・大雄”なんて雄々しい名前…。
さらに言うと…

イメージ 5

『ドラえもん』に登場する野比のび太の中国語名がまさに“大雄”。
中華圏の人の多くは、“大雄”と聞いたら、真っ先に野比のび太を思い浮かべるのでは。
『ドラえもん』の野比のび太も、『トレイシー』の大雄も、温厚で優しい反面、臆病な所があるのは共通点。


で、『トレイシー』の大雄が、性転換手術で、身体的にも女性になった後、自分で新たに付けた名前が、
映画のタイトルでもある“翠絲(トレイシー)”。
これは、大雄の母親の名前を拝借。
最後に、その母が、名前の由来を息子・大雄に語る。
曰く、母の父親には二人の妻がいて、一人は“翠婷”、一人は“風絲”だったので、
一字ずつ取って、娘に“翠絲”と名付けたのだと。
昔にしてはモダンな洋風の名前かと思いきや、実のところ、封建時代だからこその名前だったのだ。
自分の殻を打ち破り、堂々と女性として生き始めた大雄なのに、
新たな名前が、封建時代の象徴のような名前だった、…というオチにしたのには
李駿碩監督や脚本のに何か意図があったのでしょうか…??
そこんとこ、私、かなり気になっているのですが…。


妻・安宜役の惠英紅と、ダーリン哥役の袁富華は、
もう直発表の第51回金馬獎で、それぞれ助演女優賞、助演男優賞にノミネート。
どちらも、ノミネートされるに相応しい素晴らしい演技。

妻の安宜は、物語前半は、
どうでもいい事で大騒ぎする面倒なおばちゃんという印象なのだが(←それが面白かったりもする)、
中盤以降、感情移入し易い役でもあった。
仮にトランスジェンダーに対し差別意識が無い女性だったとしても、
夫からそれを知らされずに、何十年も結婚生活を続け、ある時突然真実を告げられても、
それを上手く受け止められず、怒りや哀しみが爆発するのは、自然と感じる。

安宜は、粤劇(広東オペラ)好きな主婦という設定なので…

イメージ 6

この作品では、戲曲の衣装を身に着け、歌い舞う惠英紅のお姿も見られる。


称賛されて当然のベテランと違い、驚きがあり、本作品で新境地を開いたと思えたのは、邦役の黃河。
メインキャストの中で唯一の台湾人俳優で、台詞も彼一人だけ北京語である。
香港ではほぼ無名の黃河が起用されたのは、
彼を発掘した映画監督で、事務所のボスでもある易智言(イー・ツーイエン)の推薦みたいですね。
易智言監督は、2年前に同性愛者であることを公にしているし、
『トレイシー』の企画にも早くから関わっていたのだろうか。
易智言監督は、映画のエンディングで、“Special Thanks”の所にクレジットされていた。

黃河が日本で初めてお目見えしたのは、恐らく台湾観光ドラマ『君につづく道〜這裡發現愛』
そのドラマに黃河は、主人公・周渝民(ヴィック・チョウ)の少年時代でチラリと出演。
目鼻立ちがハッキリした正統派アイドル顔の周渝民の少年時代にしては、薄ーい顔でガッカリな黃河であった。
実力派としてなら芽が出るかも知れない人材を、アイドルとして売って失敗しちゃった…、という印象。
近年も、日台合作映画『南風(なんぷう)』(2014年)で演じた役が、
モテモテのイケメン設定だった事に、違和感が…。

そうしたら、この『トレイシー』。本作品で初めて素直に「あら、いいじゃない、黃河」と思えた。
芸術家肌で、性を超越した雰囲気の邦という青年は、黃河の個性が活かされた役。

その邦で、一つ引っ掛かってしまったのは、
亡きパートナー高正が同性愛者であったことを、高正の旧友にアッサリ喋ってしまった点。
生前の高正は、その事実を親友に打ち明けなかったのに、邦が勝手に言っちゃって良いのだろうか。
勿論LGBTがありのままに生きられるのが良い社会だが、隠したいのなら、隠すのもまた自由なはず。
邦の言動にいちいち文句を付けると、物語が先に進まないので、まぁ良しとしますが。

ちなみに、この黃河は、日本でずっと“ホァン・フー”または“ホァン・ハー”と紹介されていた。
ところが、『南風』のプロモーションで来日した際、今後日本では“コウ・ガ”でいくと自ら宣言。
なのに、この『トレイシー』では、“リバー・ホアン”にされましたね。
華人の名の多くは、漢字に意味が込められているのだから、アルファベットしか持たない西洋人ならともかく、
日本人はムキになって無意味な片仮名で表記する悪習は止めて、漢字で表記するべき。
彼の名は勿論中国大陸を流れる雄大な川・黃河(こうが)を意味している。






LGBTを扱う作品として、特別斬新な物語だとは思わない。
何となく予想していた通りに展開していったので、驚きは無かったけれど、
これまでとは全然違う一面を見せた姜皓文の演技に見入った。
姜皓文が、益々好きになってしまった。

また、主人公・大雄はトランスジェンダーだが、特殊な話ではなく、
何かを我慢したり諦めている誰もに置き換えられ、
自分の殻を打ち破り、新たな一歩を踏み出そう!と背中を押してくれる前向きな映画だとも感じた。

日本に入って来る香港映画が、アクションと犯罪モノに偏り過ぎている現状に、もうウンザリしているので、
ヤクザ者も銃撃戦も出て来ない『トレイシー』が、正式に公開されることを願います。


余談になるが、台湾アイドル炎亞綸(アーロン)の、男性とのキス写真やSNSでのやり取りが流出し、
彼が3人の男性に三股かけていたという疑惑が、ここ数日、台湾を中心に中華圏で話題になっている。
自分の意思ではなく、私生活が明かされたことで、少なからず傷付き、動揺もしているだろうし、
仕事関係や周囲の人々に影響が出るかも知れない。
でも、炎亞綸は、思った事を率直に口に出し、隠し事できないタイプと見受けるので、
これを機に、ありのままでいられるなら、この先、彼は楽になれるのかも知れないとも思った。
悶着は有っても、仮面を外せ、心の平静を手に入れた『トレイシー』の大雄みたいに…。
(相手が男性だろうと女性だろうと、三股はもし本当なら、誠実には感じられないけれど。)




第31回東京国際映画祭での上映終了後に行われた
李駿碩監督と主演俳優・姜皓文によるQ&Aについては、こちらから。



追記:2018年11月17日

イメージ 7

『トレイシー』でダーリン哥を演じた袁富華(ベン・ユエン)が、
第55回金馬獎で、見事最佳男配角(最優秀助演男優賞)を受賞。おめでとうございます!
第55回金馬獎についての詳細は、こちらから。

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事